姉御がやって来た日
僕は自称ニートだ。昔から勉強が得意だった訳じゃないし、スポーツも並の下ぐらい。友達なんかいた事が無いし、恋愛関係なんか持ったことが無かった。
そんな僕でも今と言う日々を自分なりに楽しんでいる。
「やっと手に入れた!限定版!」
そう、僕はかなりのオタクだった。近所のアニメショップに入り浸り、昼飯はすこ屋で牛丼を貪り、夜になればCGOの限定キャラを手に入れる為にクエストを周回する、そんな毎日だ。
何処かのラノベ主人公みたいに何か能力が手に入る訳でもなく、莫大な資産を獲得できる訳でも無いが、僕は僕なりにこの生活を楽しんでいる。
「居候?」
僕の母から発せられた一言に僕は首を傾げた。
「えぇ、縁あって我が家に引っ越さざるを得なくなったらしいの。梅上さんって言うらしいんだけど」
「引っ越すって言ったって、僕を養うだけで母さん精一杯って言ってたじゃないか。何でそんな急に」
重苦しい空気の中、母はため息を漏らした。どうやら彼女の方も乗り気では無いらしい。
「貴方がもっとちゃんと自立していればね.......高校生だから仕方ないのだろうけど」
「酷いな母さん。僕だってちゃんと高校には通ってるだろ?それで十分じゃないか」
母の方は何か言いたげな顔をしたがやがて諦めがついたのかリビングを後にした。どうせ僕の事だから成績や進学の事について言いたかったのだろうが、対する僕の方は理解していたとしても聞く耳も持たないつもりでいた。僕だって今という平和な日々を崩したく無い。
少し苛立ってきた僕は自分の部屋に戻りふて寝した。
翌日の朝、居候はやってきた。その時間帯は僕が部屋でニチアサの鑑賞をしている時間だ。わざわざ玄関まで出てその子を迎えに行くという程、僕は融通が効く奴じゃない。
「ほら、居候ちゃん来たわよ!ちゃんと挨拶しなさい」
「はーい」
僕は全身ジャージのまま、面倒臭そうに欠伸をしながら腰を掻き、階段を下りていった。廊下を抜け、母のいる玄関先に向かった。僕が見たのは美しい和服姿をした黒髪ロングの美人さんである。
「初めまして」
丁寧な言葉遣いながら堂々としたその子は僕に向かってお辞儀をした。僕の心の中に何か熱いものが込み上げてくる。
「この子が梅上 陳謝ちゃん。貴方の一個上ですって」
母の声も少し遠のく程に僕はこの子に心奪われていた。華奢な手に茶目っ毛の効いた髪飾り、何処を見ても上品の極みの様な子だったからだ。
「私、ご飯の支度してくるから。2人でお話しておいて」
「ちょ、ちょっと母さん?」
その場から逃げる様に去っていった母を横目に少しばかりの沈黙が続いた。相手は女の子なので男らしく先に声をかけないといけないと思い、行動に移す。
「これからよろしく。陳謝ちゃん」
「その言い方はやめて欲しいな。梅上さんで頼む」
「何か他人行儀っぽくて嫌だなぁ。なんて呼べばいい?」
彼女は眼鏡を少し上げて僕を少し見下すような表情を浮かべながら答えた。
「姉御って呼んでくれ」
「え?」
おしとやかそうな彼女が放った言葉は僕の想定の範囲を超えていた。
「姐さんでもいいぞ?別に血縁関係がある訳でも無いが」
「いやいや、流石に初対面で姐さんは.......」
否定せざるを得ない状況に転じた僕にその"姐さん"は畳みかける。
「何か文句でも?」
「何もありません!姐さん!」
あまりの眼圧に度肝を抜かれた僕はつい承諾してしまった。状況を掴めていない僕に彼女は言葉を付け足す。
「私は先祖代々続いてきた由緒正しき梅上家出身なのだが、最近になって父上の会社が経営破綻してな。どうしても教育費が足りなくなってしまった」
「そうなのか」
「なので縁があったお前の家に住まわせてもらう事になった。迷惑かけるかもしれないが、よろしく頼む」
「あっ、こちらこそ」
最初の方は彼女のその威圧感に翻弄されていたものの、慣れてくれば礼儀正しい素直な子である事が分かった。僕は少し安堵の表情を浮かべたが、彼女はどこかそれが気に入らないらしい。
「お前、心の中で怖い人じゃないなって安心してただろ」
「なんで分かったのか.......?」
「そんな分かり易く顔に書いていたら誰だって分かるだろう。言っておくがこの家の母にお前の教育指導とお世話をする様に頼まれてるんだ」
「はぁ!?」
僕は驚愕した。彼女がこの家に居候に来た理由は単に資金面の問題だけでなく、僕の矯正の狙いがあるというだ。
「だから今度から余計な真似はするなよ。お前が苦労する分には別に構わないが、私まで苦労する事になったら容赦しないからな」
「唐突過ぎて何言ってるのか分からない.......」
僕達が玄関先で話し合っていると準備が終わったのか、母が台所から戻ってきた。
「私からもよろしくね、梅上ちゃん」
「いえ、息子さんは必ず伸び代があるはずなので大丈夫です。多分」
「ちょっと待って」
僕は理解に苦しんだ。どうやら僕を矯正するという方の案件についても親は合意しているらしい。これは僕の平穏な日々が危うくなる。
「母さん、この子が何者か知ってて言ってるのか?」
僕の母は少し悩んだ挙句、答えた。
「内緒にしてたけど、知ってますよ。梅上家の勉強万能、スポーツ万能の天才的な長女ってお聞きしてます」
「マジか!?」
僕は驚きを隠せずに彼女の方を振り向くと着物の裾で口を隠す姉御の姿を目撃した。
「ですから、是非うちの子もエリートに仕上げて欲しいと彼女にお願いしましたから」
「お任せあれ」
「いや、本当に.......誰か、何とかしてくれぇぇぇーー!!!!」
玄関先に僕の悲痛な叫びが響いたが、彼女を追い返す事は不可能だった。
こうして僕自身一番望まない形で僕に姉御ができてしまったのだ。