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第四章一話「召喚」

「――好きだから!!」


 家族を突然の交通事故で失い、茫然自失としている友人に、友情を壊そうとする言葉。

 その直前で白い光に包まれた琥珀は、せっかくの言葉を届けることができなかった。


「……どこここ」


 辺りを見渡して、琥珀は呟く。

 針葉樹の森の中、石の柱が三本アーチ状に頭上を跨っていた。手を伸ばした姿勢で固まる琥珀の足元には白い魔法陣が煌めいており、その緻密さ複雑さには芸術性すら感じた。

 琥珀はつい一分前まで駅のホームにいたはずである。なのに気がつけばまったく知らない場所でまったく知らない人たちに見られている。理解がまるで追いつかなかった。


「フハハハハ! アダムめ! 本当に召喚しおった!」


 知らない二人のうちの片方、色素の抜けた髪の男が、腕を組んで高らかに笑った。

 とても整った顔立ちのイケメンだ。だけど鳥羽君ほどじゃないと思ったので琥珀はまったくときめかなかった。


「ダメですわお兄様。アダム様をそのように言っては」


 もう片方の人、同じ髪色の女性だ、が高笑いする男の服を引っ張る。

 こちらも整った顔立ちだ。薄い緑のロングドレスは控えめな装飾なのにしっかりとした存在感を放っており、苦もなく着こなす彼女には同じ女性として尊敬せずにいられない。


「いくら神と言えど人間に頼らなければならぬなら余のほうが偉い。なぜなら余が王だからだ!」

「これだからお兄様は……」


 ドレスの女性が頭を抱えて重たいため息を漏らした。

 男女のやり取りから二人が兄妹であると判断する。ついでに彫りが深く日本人には見えないのに日本語を話していることから、ここは日本であり二人が日本語堪能な外国人であると判断する。

 片方がロングドレス、もう片方がアニメの皇帝とかが着ていそうな軍服なのは、多分近くにコスプレ会場があるからだろうと判断した。


「はじめまして。言葉は通じますか?」

「どこここ」

「よかった言葉は通じますね」


 女性がドレスの両端を持ち上げて近付いてきたので、琥珀は先ほども呟いた言葉を繰り返す。

 なぜか女性が安堵したように胸を撫で下ろした。日本に来ているのは君たちだ。どこからどう見ても純日本人である、髪は天然の金髪だけど、琥珀がどうして日本語を話せないと思うのだろうか。

 そういえば、日本人が白人の見分けがつかないように外国の人も黄色人種、アジア系の人たちの見分けがつかないみたいな話を聞いた気がする。アジア系だとは分かっても日本人かどうかは判別付かなかったとしても不思議ではないのかもしれない。


「ここはガイア。そしてわたくしたちは」

「余の名前はエドワード! このガイアを統べる者だ!」


 女性の説明は高らかな男、エドワードの宣言によって中断させられた。


「……そしてわたくしがイオアネス。王である兄を支え、世界を平和に導く者です」


 女性改めイオアネスはとても不満そうに眉間にしわを作り、エドワードに続いて名乗った。


「フハハハ! 余を差し置いて世界を導くなど不敬である!」

「申し訳ありませんお兄様」

「許す! 我が妹にしかできぬ大義ゆえな!」


 再びフハハハハ! と笑っている兄妹の会話を聞き流して、琥珀は首を傾げていた。

 ガイアという地名もエドワードという王様の名前も聞いたことがない。

 ただ理解できたのは、ここは琥珀の知る日本ではないということのみだ。


「貴方様は勇者として召喚されました。名前を教えていただけますか?」


 兄との会話をやめ、琥珀に向けて問いかけるイオアネス。

 仕草の一つ一つに気品を感じる。琥珀は思わず顔を強張らせた。


「ボクは琥珀……っていうか勇者って何?」

「この世界には魔王がいます。人間では敵わない相手です」


 どうやら国どころか世界すら違うらしい。


「コハクがこの世界に召喚されたのは魔王を倒してもらいたいからです」

「余を差し置いて王を名乗るなど片腹痛い! 王は二人もいらぬ!」


 またイオアネスの言葉に重ねるようにして、エドワードが大声で話し出す。

 イオアネスが顔をしかめる。なんとなく苦労しているのは理解できた。

 鳥羽君にいつも苦労させられたからなぁ、と琥珀は遠い目になり、イオアネスもなんとなく彼女が同じ境遇なのだと直感した。


「お兄様の理由はともかく、人間にとって魔王は脅威です。倒さなければなりません」


 こほんと咳払いをしてから、イオアネスが話の筋を修正する。


「だからボクが呼ばれた。そういうこと?」

「はい」

「そっか。分かったよ」

「では――」

「でも一度帰らせてもらえる? 用事があるんだ」


 ありがとうございますと今にも頭を下げそうなイオアネスに、琥珀は断固として告げた。


「それは……」

「早くしてよ。君たちに協力する。でも用事を片づけるのが先だ」


 イオアネスが歯切れを悪くしているが、琥珀は気にしないことにした。

 琥珀には大切な用事がある。

 自暴自棄になっている友人を止めるという、世界で最も重要な用事が。


「できぬ」

「……なんだって?」


 エドワードの言葉に、琥珀は自分の耳を疑った。


「お兄様」

「言えぬのだろう? よい。余が話す。下がれ」

「かしこまりました」


 心配そうな顔を浮かべるイオアネスに、エドワードは先ほどまでとは打って変わった穏やかな口調で命令する。

 妹としてではなく王の配下としてイオアネスは頭を下げ、命令通り一歩下がった。

 必然的に琥珀は良く見えるようになったエドワードに鋭い視線を向けた。


「どういうことかな王様。今帰れないって聞こえた気がしたけど」


 あり得ない。あってたまるわけがない。きっと聞き間違えただけだ。王様がそんなことを言うはずがない。

 琥珀はエドワードを睨みながら、内心では震え上がりそうなくらい動揺していた。

 帰れないのでは、鳥羽君を助けることもできない。


「勇者よ。異世界からの来訪者よ。今のキサマに帰る方法はない」


 そんな琥珀の希望を嘲笑うように、エドワードは落ち着いた口調ではっきりと告げた。


「なんでさ。呼んだんだ。帰すことだってできるでしょ?」

「キサマを召喚したのは余らではない。ゆえに不可能だ」

「じゃあその召喚したって人を連れてきてよ! ボクは鳥羽君を止めないといけないんだ。好きな人が自殺しようとしているんだよ!?」


 琥珀は自分の胸を押さえて泣くように叫ぶ。

 時間がない。

 琥珀の友人、鳥羽圭太は事故で家族を失い生きる気力も失った。

 琥珀が追い付いたときには、既に駅のホームで身を投げようとフラフラ歩いていた。

 咄嗟に肩を掴んだが勇者として別世界に召喚された今は何もできない。ごちゃごちゃ言い争っている時間も惜しいのだ。

 ちなみに呼び出されたのが昨日であったなら、琥珀は圭太への想いを封じ込めて勇者として戦う。

 彼女は困っている人を放っては置けない。助けを求められたなら、自分がどれだけ傷付こうと助けるような人間なのだから。


「いくら余が偉いと言えど神を呼ぶことはできぬ」

「ふざけんな!」


 琥珀の叫びが響き渡り、針葉樹がビリビリと震えた。


「神様が呼んだ!? 帰る方法はない!? それじゃあただの誘拐だ。犯罪じゃないか!」

「余を罪人呼ばわりか。事情が事情ゆえ許そう」


 琥珀の叫びを正面から受け止めて、それでもエドワードは腕を組んで表情を崩さない。


「じゃあ鳥羽君はどうなるんだよ! ボクが支えにならないなら誰が彼を助けられるんだ!」


 鳥羽圭太に家族はいない。友人もおらず、彼が自殺しても嘆く者は一人としていない。

 勇者として世界を渡ってしまった琥珀を除いて、誰も圭太の自殺を止められないのだ。


「いいから帰してよ! ボクが助けないと」

「ならぬ。魔王を倒せ」

「お前……!」


 一辺倒に告げるエドワードを、今にも殺さんばかりの目で睨む琥珀。

 王様の冷たい視線と正面からぶつかり合った。


「お兄様。そのような言い方は」


 エドワードのあまりの言い方に、イオアネスが口を挟んだ。


「ではどうする? 余らの声はアダムに届かぬ。こちらとて一方的に押し付けられたのだ。このような厄介者を」

「厄介者って、彼女は勇者ですよ。そのような扱いでは誠意に欠けます」


 エドワードに見られた瞬間イオアネスの肩が小さく跳ねた。

 それでも毅然とした態度でエドワードに苦言を送った。


「厄介者であろう。なあ勇者よ。キサマは余のために働くつもりなどないのだろう?」

「帰らせてくれれば協力するって言ってるじゃん」

「では協力する気などないということだ。なぜなら帰る方法がないのだからな」

「……そうなるね」


 怯えを出さないよう努めているイオアネスから今も睨み続けている琥珀に、エドワードは視線を移した。

 帰る方法がないのであれば、琥珀が協力する理由もない。

 琥珀は助けを求められたら断れない性格だが、それはあくまでも協力関係にある相手のみだ。一方的に要求してくるだけの相手とはかかわるなと圭太に言われたのもある。


「帰るぞイオ。この余自ら足を運んでやったというのに、とんだ無駄骨であった」

「お待ちくださいお兄様」


 エドワードが颯爽と踵を返し、イオアネスが駆け足で後をついていった。


「勇者よ。いや、異世界からの迷い人よ。この場は余の所有物である。事情ゆえ大目に見るが早々に立ち去れ」


 イオアネスが追いつくまでのわずかな時間、エドワードは足を止めて琥珀に冷たく言い放った。

 冷徹だと思うか事情を汲んでくれて優しいと思うかは人それぞれ。少なくとも琥珀は冷徹だと感じた。


「……待ってよ」

「なんだ? キサマと違って余は忙しい。手短に済ませよ」


 琥珀の振り絞るような声に、エドワードは再び足を止めた。


「人の人生めちゃくちゃにして、困ったら放置?」


 あまりにも、あんまりな扱いだ。

 構って欲しいとかそういうことが言いたいわけじゃない。

 ただ帰らせてほしい。たったそれだけなのに。


「使えぬ駒など必要ない。無理に動かさぬだけ感謝せよ」

「お前らのせいで帰れなくなったんですけど?」


 琥珀の思いなど通じないとばかりの変わらぬ冷たい声に。

 琥珀の堪忍袋の緒が切れた。

 琥珀を中心に風が渦巻く。エドワードとイオアネスの髪が揺れるが、琥珀だけは髪一つ動いていない。それもそのはず。琥珀を中心とした暴風は、彼女の魔力が原因なのだから。


「なんて魔力……!」


 イオアネスが感情を乗せた魔力から守るようにして顔に手をかざす。

 魔力は誰もが持っているものだが、所有量は微々たるものだ。

 魔法として発動しているわけでもないただの魔力では、髪一本動かさないのがこの世界の常識である。


「ほう。使い道ぐらいはありそうだ」


 くっくっと喉を鳴らして、エドワードは不敵に笑う。


「だが不敬である」

「ぐっ!? がっ」


 エドワードが目を閉じると、どこからか現れた黒装束に取り押さえられた。

 当然琥珀を中心に吹き荒れていた暴風も止まる。

 琥珀は知らなかったが、彼女を取り押さえたのはエドワードお抱えの隠密部隊。命に代えてでも主人を守り抜く連中だ。


「気が変わった。余に歯向かうその度量、称賛に値する」


 エドワードは白々しく手を叩く。琥珀が取り押さえられている状況には興味すら浮かべていなかった。


「勇者よ。考えが変われば聞いてやろう。よく吟味せよ」


 エドワードがゆっくりと近付いてくる。

 平手の一発でもお見舞いしてやろうと琥珀は考えるが、隠密部隊に取り押さえられている体はピクリとも動かなかった。


「ここで腐るか余のために働くか、な」


 エドワードはそれだけを言い残し、高笑いと共に儀式の場を後にした。

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