第三章三十話「あとは」
シリルの許可を得たので、キテラは黒い穴を通って魔王城に転送されていった。キテラが最後に戦闘中でも見せなかった涙目になっているのは印象に深かった。
「あとは勇者だけだな」
黒い穴が消え、腕を組んで呟く圭太。
勇者パーティは全滅した。残るは一人。イブを封印した張本人だけだ。
「ふむ。ご苦労じゃケータ。この旅にも終わりが見えてきたのう」
イブが感慨深そうに頷いた。
長かった旅はもうすぐ終わる。当然野宿もなくなるのだから、イブにとってはいいことづくめだ。
「もう終わりですか。ちょっと寂しいです」
「大丈夫じゃ。城に戻っても楽しめるのじゃからな」
「住人が増えたからな。退屈はしなさそうだ」
肩を落としているナヴィアに、イブは微笑みかけた。
シャルロットだけではない。サンにクリス、キテラもいる。
毎日騒がしくなりそうだ。圭太の訓練相手もより取り見取りだ。
「……じゃあな」
小さく呟いて振り返り、シリルは手を振った。
「おい待てよ。どこ行くんだ?」
「どこって帰るんだよ。オレの家に」
圭太が呼び止めてもシリルは振り返らない。
また一人で過ごすのだろう。盗賊だった両親の家で、一人手を合わせるのだろう。
「そっか。提案があるんだけど」
圭太は予想していた答えの一つにドライに頷いて、シリルの正面へと回り込む。
顔を合わせようとしないのは、何を言われても無関心を決め込むためだろう。そんな寂しい真似はさせない。
「俺たちと一緒に来ないか?」
「ケータ様!?」
圭太がシリルに手のひらを差し出す。なぜかナヴィアが驚いたような声を出した。
「ふむ。魔力阻害はワシも持ち合わせておらぬ。よい考えじゃ」
「だろ? 絶対便利だと思うんだよ」
イブがポンと手を叩き、一番厄介な相手が了承してくれたことに圭太は笑顔になった。
旅もマンネリしてきたところだ。ここいらで一人増えればまた楽しい旅路になるだろう。というかイブの駄々の相手は少しでも増やしておきたい。
「ちょちょちょっ、待ってください! おかしいですよ。驚きの過去が明らかになったばかりの子供に対してそんな仕打ち!」
「そうか?」
ナヴィアが慌てた様子で圭太から守るようにシリルの前に体を挟み込んだ。
圭太は従順な従者の言葉に首を傾げざるを得ない。
両親がどうだったとか復讐の意味が消えかかっているとか、そんな些細なことはシリルが旅に出るには一切関係ないだろう。
「オレは行かないぞ」
「ほら本人もこう言ってます」
シリルの意見を鬼の首を取ったように主張するナヴィア。
「ナヴィアお前どっちの味方だよ」
「わたくしはいつだってケータ様の味方です。でもさすがに酷だと思います」
ナヴィアは両手を広げてシリルを守ろうとしている。この短い期間で情がわいてしまったようだ。
圭太はナヴィアの脇の下に手を差し込む。普通ならセクハラだと怒られるだろう。しかしナヴィアは顔を真っ赤にして、んっ……と吐息を漏らすだけだ。
圭太はその隙にナヴィアを抱え上げて横に動かした。
邪魔をするならナヴィアだって容赦はしない。艶っぽい吐息は思い出さないためにも瞬時に頭の中のごみ箱へ叩き込んだ。
「シリル。俺たちにはお前が必要なんだ。来てくれるか?」
邪魔者がいなくなり、圭太はシリルの顔を覗き込むようにしゃがみ込む。
「どうしてオレなんだ。オレは家で家族と一緒に」
「俺の住んでいた地域ではかわいい子には旅をさせろって言葉があるんだ」
「かわっ」
圭太が根拠を話すと、シリルの顔が一瞬で朱色に染まった。
「家族や家を守ることを悪いとは言えないけど、旅に出て成長した姿を見せるのいいと思うぜ? どうせ権力争いに巻き込まれるだろうし」
子供の反応だと圭太は判断して笑顔を作り、ボソリと嫌な可能性を呟いた。
「権力争い?」
シリルが首を傾げて、話に食いついてくる。狙い通りとあくどい笑みを浮かべそうになるが圭太は必死に表情筋を押さえつける。
「キテラはもういない。今頃ロイが張り切って仕事しているだろうさ。そこに今回の立役者だ」
圭太のアイデアに乗っ取り、ロイは権力を民衆のものにしようとしているだろう。
「俺たちは旅人だから表舞台に立つことはない。だけどシリルはどうだ?」
だが、ロイの他にも反乱軍には何人かの主要人物がいた。
一人は圭太だ。作戦の立案からキテラの討伐まで担当した真の英雄である。ナヴィアとイブもいるが魔族であることから建前上は圭太一人の戦果になるだろう。
そしてもう一人がシリルである。彼女は反乱軍のアシストとして、他の人間にはできないことをした。ロイも認めている通り、彼女がいなければ反乱は成功しなかった。
「反乱軍を守ったのはほかでもないシリルだ。だけどシリルはまだ子供。ロイが気に入らない奴からすればこれほど利用しやすい駒はないだろ」
「そうなのか?」
「まあ、決して放置はされぬじゃろうな。ここに残っても厄介に巻き込まれるのは間違いないじゃろう」
圭太のアイデア、民主主義は政権を民衆に還元することを意味する。
今まで権力に一枚噛んでいた連中、例えば貴族なんかからすれば、それはとても面白くない政策なのは間違いない。何とかして阻止しようとするだろう。
彼らにとって、年端もいかぬ少女は絶好のネタになる。
シリルを真の英雄として祭り上げ民衆を分割、ロイの勢いを削いで陰謀で蹴り落とすことぐらいはやってのけるはずだ。
シリルが望む望まないは関係なく、泥沼の権力戦争に巻き込まれてしまうだろう。
「だから誘ってるんだ。本当だぜ? 決して俺が利用するとかそんな目的じゃないからな」
だから一緒に旅をする。
圭太としても、むしろ口を出したからこそロイの政策は実現してほしいと願っている。王権なんてなくても世界は回るのだと知っているからこそ、圭太は人の世界が変革することを望んでいた。
「嘘っぽいです」
「ケータって自分が胡散臭いの知らないんだな」
「おいこら」
ナヴィアが睨み、シリルがため息を吐く。
あまりの言われように圭太は眉を寄せた。
「分かった。お前がオレを心配だって言うならついていく」
「心配だ。とても心配だ」
「胡散臭いなあ」
圭太が即答するとシリルは苦笑いを浮かべた。
演技力には自信があったのだが。もしかして純真な子供相手だと効果が薄いのか。
圭太は腕を組んで考え込んだ。これからの振る舞い方を変えなければならないかもしれない。
「ナヴィア、だっけ? オレが一緒に旅しても大丈夫なのか?」
一人で思考の旅に出た圭太を放っておいて、シリルはナヴィアに問いかけた。
「それは食料的な意味ですか? でしたら大丈夫です。魔王様の食料を減らしますので」
「おい小娘」
「冗談です。心配しないでください」
ナヴィアはしれっと自分の信仰する存在を卑下にするが、イブに睨まれたので笑顔で誤魔化した。
子供一人が加わった程度で底をつくような買い込み方はしていない。不安要素はイブの胃袋の大きさだが、もしも心配なら本当に減らすだけだ。おかわりを一回減らすだけで充分お釣りが出る。
「じゃあ一緒に行く」
求めていたシリルの言葉に圭太はすぐに思考の渦から抜け出した。
「おう歓迎するよ。よろしくなシリル」
「うむ。よろしく頼むのじゃ」
「よろしくお願いします」
圭太が手を差し出して微笑み、イブが腕を組んで頷き、ナヴィアがうやうやしく頭を下げる。
「よろしく三人とも」
圭太の手を取って、イブは笑顔を見せた。
――十年後、当時の記憶を頼りにした一冊の日記が出版され売れに売れるのだが、それはまた別のお話。




