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第一章九話「いいんだな?」

「いいんだな?」


 剣を抜いたシャルロットが据わった目で圭太を観察していた。


「ああ。存分にやってくれ」


 イロアスを回転させて、圭太もシャルロットを真っ直ぐ睨み返す。

 これから二人は戦いを開始する。



「ううむ。いまいちピンとこないなあ」


 赤い空の下、魔王城の中庭にて圭太は首を傾げていた。

 その手には新しい相棒となったハルバード、イロアスの姿がある。鍛錬あるのみと振り回していたのだ。今度は仮想敵を想定した実戦的な素振りである。実戦経験のない圭太では収穫に乏しかった。昨日車イスを作ったときから感じていたが、やはり誰かと組み手をしなければならないようだ。

 しかしシャルロットには頼れない。昨日半日以上も時間を使ってしまったから、さぞ業務が溜まっていることだろう。手伝いたくはないので近寄らない。イブはそもそも戦えないため、圭太は一人イロアスを振り回すしかなかった。


「……ケータ? 何をしとるんじゃ?」


 首を傾げたままイロアスを引き続き振り回していると、眉間にしわを作ったイブが圭太を見上げる。


「よおイブ。愛用してもらってるようで何よりだ」


 彼女は車イスに乗っている。一晩が経過したがどうやらお気に召したらしい。朝方に一度イブの様子を確認したが車イスがあるから一人でよいと突っぱねられてしまった。近くにシャルロットの姿がないから、ずっと一人で行動していたのだろう。


「うむ。一人での移動がこれほど便利だとは思わなんだ。後は段差が上りやすくなれば完璧じゃ」

「それは難しいな。元の世界でも課題になっていた」


 そこは魔法を頼ってほしい。転生前の世界でも改善できていなかったことを圭太がなんとかできるわけがない。


「ううむ。まあそれはおいおいじゃな。ところでケータはどうしてそんな高いところで棒切れを振り回しておるんじゃ?」


 イブの言う通り、圭太は中庭を囲うようにして伸びる塀の上でイロアスを構えていた。

 高さは三メートル。外壁は黒く、侵入者を防ぐためか凹凸はほとんどない。登るためにはイロアスを地面に突き立てて足場を作らなければならなかった。


「勇者たるもの、どんな状況下でも戦えるようにならないとな」

「よい心がけじゃ。じゃがいくらなんでも塀の上で戦うことはないと思うのじゃ。足の踏み場もないじゃろ」

「あるぞ? 片足分くらいは」

「それはあるとは言わぬ。というかどうやってそこに登ったんじゃ。魔力もないくせに」


 イブが吐き捨てるように言った。

 異世界に来て、一つ分かったことがある。

 圭太にはまったく魔力がない。テンプレとは違う展開の一つだ。魔力のない勇者などできそこない以外の何物でもない。

 チートを手に入れてウハウハ生活はなくなった。焦燥感を抱きながら鍛錬を積もうとしているのは特別な才能が一つもないと自覚しているからだ。魔王にとって利用価値が無くなれば、圭太には捨てられる未来しかない。


「よじ登った。ゲームで見てからパルクールの練習してたからな」

「げーむだのぱるくーるだの分からぬが、とりあえず降りるのじゃ。主まで車イスに乗るつもりか?」

「しょうがないな」


 圭太は真っ逆さまに塀から落ちて地面にイロアスを刺し、腕の力だけで体の勢いを殺して降り立った。


「よしっと」

「主、本当に魔法が使えぬのか?」

「使えないって。これも技術の一種だよ」


 圭太は苦笑いを浮かべながらイロアスをハルバードから腕輪へと戻して左腕に取り付けた。

 新体操の選手なら誰でも似たようなことができるだろう。そもそもパルクールを本格的に取り組んでいる人間なら三メートルぐらい飛び降りても平気なはずだ。圭太も我流で練習したが、それでもパルクールの真似事までしかできない。もっと精進しなければ。


「召喚したのが主で良かったのじゃ。見ていて飽きぬ」

「褒められてんのか? それとも呆れられてんのか?」

「どっちもじゃ」


 その割には呆れた表情にしか見えませんよ。

 やれやれと首を左右に振って肩をすくめる魔王に、圭太はジト目になった。


「なあ聞いてもいいか?」

「なんじゃ?」

「魔王の仕事ってなんだ?」

「む? 同胞の守護とかじゃ。シャルルだけでは手が足りぬようじゃがな」


 そういえばイブが封印されてから魔族は奴隷にされるようになったと言っていた。

 イブたちにとっての同胞を守るためには、剣士一人の力では手が足りないのだろうか。


「イブは一人で大丈夫だったのか?」

「ワシは魔王じゃぞ。しかも超ベテランじゃ。たかが一年ぽっちの新米と一緒にするでないわ」

「はっ? ベテラン? お前が?」


 車イスに座ってハンッと自信満々に鼻で笑ったイブに、圭太は目を丸くした。


「なんじゃその不思議そうな顔は」

「いやいやだってどこからどう見てもがきんちょじゃねえか。てっきり魔王ってのも親から受け継いだものかと」


 代々受け継がれてきた的な。魔王であるイブの実力を疑うつもりはないが、それでも圭太より年上だとはどうしても思えない。ましてやまだ学生で社会経験のない圭太よりも先に仕事をしているなんて信じられない。


「この千年間魔王はワシのみじゃ! この体は生まれたときから変わらんのじゃから仕方ないじゃろうが!」

「そういえば剣で串刺しにされてても平然としてたな。そうか不老不死ってやつか。大変だな」

「う、うぅむ。急に態度を変えるでない」


 圭太に同情の目を向けられたイブは、バツが悪そうに顔をしかめた。

 不老不死を望む権力者は多いが、圭太は不老不死になりたいとは思わない。知り合いが全員いなくなったとしても死ねないという辛さは、色々な漫画ですでに学習済みだ。

 永遠とは憧れるからよいのであって、実現すると退屈なだけだ。


「じゃあ唯一の魔王が帰ってきたんだし、シャルロットも時間に余裕が出てきたわけか」


 不老不死の魔王は両足が動かない状態ではあるが帰ってきた。圭太が車イスを作ったから、もう一人での移動にも困らない。

 シャルロットの負担は軽減されたはずだ。


「主よ。何を考えておるんじゃ?」

「もちろん楽しいことだよ」


 何か不穏な気配を感じたのか片眉を上げるイブに、圭太は笑顔で答えてみせた。




「いいんだな?」

「存分にやってくれ。回復役もいるし」


 剣を抜いて構えるシャルロットの言葉に頷いて、圭太はイブをチラリと見た。

 圭太とシャルロットは魔王城の中庭、赤い空の下お互いの武器を構えていた。

 理由は簡単。圭太が手っ取り早く力を身に着けるための模擬戦の相手として彼女を頼ったからだ。イブのおかげで仕事に余裕が出てきているはずだから、もうシャルロットに気を使う必要は無くなった。


「ワシ回復魔法不慣れじゃからなー!」


 圭太とシャルロットの模擬戦を観戦しているイブが、両手を振って圭太の期待を裏切るようなことを言っている。聞こえなかったことにした。


「死ななければ大丈夫だろ」

「分かった」


 イブは魔王であり、恐らく魔法使いとしてもトップクラスの実力者だろう。

 魔法には詠唱が必要なはずだ。ことごとくファンタジーのテンプレを押さえているこの世界だから、詠唱だって必要だろう。一流の魔法使いなら詠唱破棄とかできるのだろうが。

 イブからシャルロットに視線を戻すと、肌を刺すような圧が叩きつけられた。


「お前には色々と鬱憤が溜まっていたんだ。この機会に発散させてもらおう」

「くぅ。これが殺気ってやつか」


 圭太はイロアスを構え直す。

 シャルロットは魔王代理として働いてきた。不老不死の大ベテラン魔王ことイブには及ばなかったみたいだが、それでも魔族で二番目の実力者なのは間違いない。油断すれば一瞬でやられるだろう。

 圭太はシャルロットの動きを見逃さないようにずっと見つめていた。

 だが気付けば圭太の脇腹に剣が刺さっていた。


「いっ!?」


 圭太は無意識で一歩下がりながら痛みに顔をしかめる。

 それは明確な隙だった。

 眼前に現れたシャルロットは圭太に合わせて一歩踏み込む。同時に脇腹に刺していた剣を引き抜き、左右の太ももと両肩を順番に斬り裂いた。

 体の自由を奪う攻撃をもちろん圭太は避け切れず、バランスを崩した彼は尻もちをついた。

 その首に赤い筋を刻み、シャルロットの剣が止まる。


「弱いな。勇者だとは到底思えない」


 冷めた目。

 何も反撃ができなかった圭太を見下して、シャルロットは自身の剣を鞘へと納める。


「俺が勇者なんて話したか?」

「イブ様に聞いた。戦闘にも意欲的でなんでも知っている優秀な人間だと」

「そりゃ誤解だ。俺は元の世界での常識しか知らないし戦闘経験があるわけでもない」


 圭太は立ち上がろうとして両手足に力を入れる。しかしシャルロットの的確な剣閃は肉の筋を断ってしまったらしく、まるで動かなかった。

 震えるばかりの四肢に圭太は舌打ちをする。生まれたての小鹿でももう少し力が入っているだろう。

 これでは魔王の役に立つなど夢のまた夢だ。


「その割には痛みに慣れているようだが?」

「傷に反応しないことを言っているなら勘違いだ。泣き叫びたい気持ちを必死に耐えているだけだ。自分から頼んどいて泣き叫ぶようじゃ期待外れだろ?」


 本当は涙が出そうだ。痛すぎて頭はくらくらするし、緊張が緩んだからか喉はからっから。許されるのなら今すぐベッドに顔をうずめて枕を濡らしながら泥のように眠りたい。

 だが、それではダメだ。進歩しない。

 圭太は勇者を倒す者。たかが魔族のナンバーツーに手も足も出ないようでは話にならない。目を背けて現実から逃げれば待っているのは地獄のような日々だ。死んだほうがましだと後悔するかもしれない。

 圭太は弱音を吐けない。吐くことは許されないし吐こうとも思わない。イブの両足分は働かなければならないのだ。


「ほおう。イブ様が面白がるのも分かる」


 シャルロットの瞳に興味の色が混ざり、自力では指一本動かせない圭太の首根っこを掴む。


「あの、シャルロットさん?」

「その傷ではロクに動けないだろう。イブ様のもとまで運んでやる」


 どうやら言葉に嘘はないらしい。ずるずると引きずられる。目的地は予想通りの展開にため息を吐く魔王のもとらしい。


「助かるけど、どうしてまた?」

「わたしもお前が気に入った。立派な勇者になれるよう稽古してやろう」

「それっててい良く俺を痛めつけたいだけじゃないよね?」

「……」


 シャルロットは前を向くことで表情を隠した。


「シャルロットさーん? 頼むから違うって言ってくださーい」


 圭太の呼びかけは、手を伸ばせば届く距離のはずのシャルロットには届かなかった。

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