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第三章二十九話「この子は人間」

「アンタの両親はアタシが殺すよりも前にとっくに人として死んでいたのよ」

「そん……な…………」


 短剣を落としたシリルは、崩れ落ちて四つん這いになっていた。

 家族は既に死んでいた。お腹の赤子の魔力を変質したときに魔物になってしまったのなら、シリルは死んでいる両親しか知らなかったということになる。


「正直言って、村を焼き払って後悔はしていないわ。アタシにとっては魔物が群れを形成しているのと変わらなかったし。まあまるで人間のように過ごしていたのは驚きだったけど」


 一人で絶望しているシリルにはあえて触れず、キテラは肩をすくめた。

 理性のある魔物を見た経験はなかったのだろう。圭太も見たことがないから、かなりレアに違いない。


「じゃああのとき情報提供者を殺したのは」

「もちろん。魔物を逃がす理由はないでしょ? 他にも仲間がいるようだったから泳がせただけよ」


 キテラに焼き滅ぼされたあの男。シリルの保護者だったあの男を、キテラは最初から殺すつもりで動いていた。裏切ったのではない。最初からキテラはあの男の敵だったのだ。


「ま、そんなことはどうでもいいの」


 キテラはコホンと咳払いして、脱線し始めた話を元に戻す。


「ケータはともかく、魔王が騒がないのだからやっぱりこの子は人間なのよね?」


 キテラは背後で腕を組み、話を聞いていたイブに問いかける。

 この場にいる中で一番魔法に詳しいのは間違いなくイブだ。魔力や魔物に関してもそれなりの知識がある。


「そうじゃな。魔物のように虚ろな現象ではないようじゃ。少なくとも感情はある」

「吐き気がするけどアタシも同意見よ。ってことはやっぱり魔物とは違うのね」


 イブが自分と同じ意見だと知って、キテラは長く息を吐きだした。


「アタシがここを任されたのは人間にそっくりの魔物がここら辺で確認されていたからよ。気が付けば独裁者と呼ばれていたけど都合がいいから放っておいたわ。結果面倒なことになったけどね」


 肩をすくめて笑うキテラ。圭太は彼女が自嘲してるのだとすぐに理解できた。


「すぐに人間を焼き払ったって噂はそういうことか」

「魔物だもの。殺さないと」

「なるほど。とんだ役者だな」


 気に入らないことがあるとすぐに人間を焼き払う独裁者。それが民衆のキテラに対する評価だった。

 しかし現実は違った。気に入らないことがあってかどうかは分からないが、キテラは一人で人間に紛れ込む魔物を倒して回っていただけだった。悪名が鳴り響こうと関係なく、訂正すら放棄して仕事を全うしていただけだった。

 サンとは別の意味で自分を殺して勇者のために働き続けたキテラに、圭太は尊敬と侮蔑の視線を送る。


「だけどアンタが人間だって言うのなら、家族の仇として殺したいと言うのなら、しょうがないから受け入れるわ。幸いコハクに任されていた仕事は終わったところだし」


 圭太たちが玉座から引きずり降ろしたことにより、キテラは勇者からの任務を放棄せざるをえなくなった。

 最初から民衆に理解を求めていれば、キテラはこんなことにならなかった。反乱軍はいなかっただろうし圭太たちは脱獄できずに寿命を終えていた。

 結果として圭太に都合がよく世の中が回っていたが、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


「オレは――」

「復讐したいのよね? アタシを殺したいのよね? 好きにすればいいじゃない。どうせ生き延びても捕虜確定だし」


 シリルの言葉に被せて、キテラは自らの殺人を許容する。


「死ぬほど嫌か。ワシの城は」

「当たり前じゃない。敵の根城に望んで囚われるなんて正気じゃないわ」

「仲間は皆受け入れたがな」

「あの二人は例外よ。底なしのお人よしなんだから」


 イブがあからさまに不機嫌になるが、キテラとしては真面目に答えているだけだ。

 圭太もキテラの気持ちは理解できる。檻の中にいたのだから余計とだ。


「オレは、お前が憎い。お前を殺したい」

「じゃあそうしなさいって言っているでしょ」


 シリルが顔を上げて、やっぱり復讐を断ち切れずに殺意を絞り出す。

 既に受け入れると言ったキテラはため息を吐いた。両手を広げ、抵抗する気もないらしい。


「ダメだシリル。それは許せない」


 圭太はそんな二人の間に割って入った。

 二人だけで話をして、勝手に決着をつけられても困る。圭太にだって思うところはあるのだから。


「ケータ。邪魔しないでって言ったじゃない」

「うるせえよ。キテラの意思なんかどうでもいい。俺は助けを求められたから動いているんだ」


 キテラが不機嫌を露わにしたので、圭太は鋭く睨みつけてやった。

 キテラを殺されたくない、英雄を失いたくないという気持ちは否定しない。だけど今復讐の邪魔をするのはキテラのためではない。()()()と言ったシリルのためだ。


「ケータ……」

「言ったよな? 復讐に意味はない。やるだけ無駄だって」


 圭太は四つん這いになっているシリルに視線を合わせるべくしゃがみこんだ。そしてさりげなく短剣を取り上げる。


「今の話が本当なら、シリルの両親は魔物だった。人間の天敵だ。キテラのやったことは正しい」

「お前までその女の肩を持つのか」

「違うって。いいから最後まで聞けよ」


 シリルの瞳に憤怒の色が宿るので、圭太は苦笑交じりに首を左右に振った。

 キテラは圭太の敵だ。似たような思考の持ち主だが仲間になることはないし、擁護するつもりもない。


「考えてみろよ。両親が魔物になったのなら、どうしてシリルはまだ生きているんだ? どうして復讐したいと思うんだ?」

「そんなの、分からない」

「じゃあ代わりに教えてやるよ。愛されていたからだ」


 絞り出すような声で回答を拒否するシリルに、圭太は彼女がもっとも求めているだろう言葉を口にする。


「魔物には感情がないらしい。俺も今まで痛がる魔物は見たことがないから、多分それは本当だ」


 死ぬことですら受け入れようとしているキテラだ。今さら嘘を吐くとは思えない。

 でも一応圭太は自分の経験からキテラの言葉の正当性を主張した。

 シリルにとっての敵の言葉を、たやすく信じ込ませるためだ。


「両親が魔物だったなら当然感情はない。お前だって無事じゃない。今も生きていられなかったはずだ。お前の魔力は魔物の天敵だからな」


 もしもシリルの両親が魔物であり娘の魔力特性を理解していたとするならば、シリルが狙われない理由はない。

 誰だって天敵を見逃さない。できる限り避けるだろうし排除することだってあり得たはずだ。


「でもお前は生きているし復讐したいと思うぐらい両親を愛していた。それってつまり両親に愛情を注がれてたってことだろ?」


 でもシリルは今も生きている。しかも復讐の炎を燃やしており、人生を狂わせようとしている。

 もしも親にぞんざいな扱いをされていたら、復讐心なんて抱かなかったはずだ。


「魔物になるよりもシリルへの愛は深かった。ただそれだけのことなんだよ」

「それは……」


 圭太の優しい言葉に、シリルの目からは雫が落ちる。


「前にこうも言ったよな? お前の親はきっと復讐を望んでいない。ただ幸せを願っているって」

「………………うん」


 本人も気付いていない涙に圭太は微笑みだけを浮かべる。


「きっと引き返せるとしたらここだ。両親のためにその手を汚さないよう頑張ってみるのもいいだろ?」


 圭太はシリルの復讐心を折る。

 キテラに真実を聞かされたところへシリル自身が鼻で笑った親の望みを組み合わせれば、子供の心なんて簡単に折れる。

 このチャンスを見逃すほど、圭太は残酷ではなかった。


「心配するな。キテラには相応の罰を受けてもらう。魔王城で死ぬよりも辛い苦痛が与えられるはずだ」


 少なくともプライドはズタズタになるだろう。


「違いないわ。押し込まれるだけで吐き気がしそうだもの」

「ワシの城をなんだと思っておる」


 キテラが苦笑し、イブが不機嫌に睨む。

 珍しく二人の意見は揃っており、圭太の味方をしてくれた。


「だからここで立ち止まってくれ。シリルに殺しは似合わない」

「……」

「両親のために」

「………………分かった」


 圭太が再度両親をダシにすると、長い沈黙の結果シリルはコクリと頷いてくれた。


「だけど絶対にソイツを苦しませてくれ! オレの気が晴れるまで!」

「任せておけ。シャルロットに任せればきっと苦しむだろうさ」


 キテラのプライドをズタズタに引き裂いてくれるであろう魔族の味方の名前を出して、圭太は勢いよく親指を立てた。

 どこで調達したか分からないメイド服を、シャルロットはまだ持っているだろう。根拠はないが確信が持てた。


「まさか、アタシにまでサンやクリスみたいな服を着せるつもり? 嫌よ絶対!」

「ほら。想像しただけで震え上がってる」


 首をブンブンと横に振って後ずさるキテラを指差して圭太は言う。

 復讐を諦めた少女は満足そうに頷いてくれた。

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