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第三章二十八話「可愛げのない捕虜」

 ロイと話をした数日後、正式にキテラは権力を手放す発表をした。動揺する民衆に次の指導者であるロイが挨拶し、色々と考えがあることを話してその場はお開きとなった。

 こうして、民衆に知られることなく反乱軍の戦いは勝利で終えたのだった。


「ああ、疲れた」


 圭太は外套を着て、なんだか久しぶりに感じる森の中を歩く。

 既に町からは出発していた。人間同士の政治にこれ以上圭太たちが介入するのはよくない。圭太たちは部外者なのだから。


「お疲れ様です」

「慣れないことはするもんじゃないな。気は使うわ政治は分からんわである意味戦闘よりも疲れたよ」


 ナヴィアの労いの言葉を受け取りながら圭太は長く息を吐く。

 圭太は裏で暗躍し、政権交代の隙を突こうとする不届き者と遊んだりロイのアシストをしたりした。

 かかわるべきではないのだが、火種を巻いたのは間違いなく圭太だ。その尻拭いをするのは当然である。


「我慢しなさいよ。アンタの要求を呑んであげたんだから」

「未だかつてこれほど可愛げのない捕虜がいただろうか」


 ぶすっと仏頂面になっているキテラに、圭太は呆れた視線を送る。

 サンを見習え。アイツは自分から捕虜になることを選んだんだぞ。


「あらゴメンあそばせ。あいにくサンやクリスとは根本から違うのよ」


 キテラは人をバカにしたように笑って、まったく悪びれていない癖に頭を下げる。


「ふん。大口を叩きおって。正直に言えばよかろう。また完膚なきまでやられたくないから言うことを聞いておると」


 ナヴィアに車イスを押させながらイブは腕を組んでいた。


「あんまり調子に乗らないでくれる? 不老不死の魔法さえどうにかすればアタシが勝つんだから」

「手も足も出なんだ癖に口だけは達者じゃな」

「何? やるの?」


 キテラとイブが、見ている第三者が震え上がりそうな殺気を込めて睨み合う。

 心なしか魔力がぶつかり合っている気配がする。ミシミシと軋む音がしていた。


「あの。二人が戦うと関係ないわたくしたちが巻き込まれるのでやめていただきたいのですが」

「知らないわよ。コイツに言ってちょうだい」

「この人間が分を弁えぬのが悪い」


 ナヴィアに停戦を求められ、キテラとイブは子供のように相手を指差した。


「意外と似た者同士だよな。お前らって」

「「どこが!」」


 圭太が呆れたように呟くと、二人は声を揃えて怒鳴る。そしてすぐに相手をまた睨みだした。


「よい。もう顔も見たくない。さっさと我が城へ行け!」

「じゃあさっさと開きなさいよ。あの空間接続魔法を」


 イブが顔を逸らし、キテラは腕を組んで高らかに鼻を鳴らす。


「知ってるのか?」

「当然でしょ! 魔法の最高峰なのよ? 魔法を学んでいる者なら誰でも目標にしているわ」


 どうやら黒い穴で空間を繋げる魔法はかなりの難易度らしい。鼻息荒く説明するキテラに、圭太は目を丸くした。


「そんな凄い魔法だったのかアレ。ナヴィアは知ってたか?」

「いえ知りませんでした。魔法はそれほど詳しくないので」

「主ら……ワシ凄いんじゃぞ」


 ナヴィアに聞いてみると彼女も知らなかったようで首を左右に振った。

 イブが何とも言えない表情でため息を吐いた。


「まあそれはなんとなく分かるし」

「凄すぎて逆に理解できないときありますよね」

「本当にな」

「納得いかぬ」


 イブが凄いのは理解できる。だけど普通に使っている魔法がどれだけ優れているのかはいまいち理解できない。イブが凄すぎるあまり簡単に使いまわしているからだ。ポンポン使っている魔法が実は凄い難易度と言われても驚けない。

 イブは額を手で押さえ、空いている左手を虚空に伸ばした。

 キテラ曰く最高峰の魔法がいとも簡単に発動し、黒い穴が現れた。


「――――――」

「む?」


 黒い穴が消えて、イブが首を傾げた。


「不発? しっかりしてよね」

「ワシではない。妨害されたようじゃ」


 キテラが眉間のしわを深くすると、イブは首を横に振って第三者の可能性を示唆する。

 圭太とナヴィアは聞き覚えのある声に辺りを見渡した。


「ソイツから離れろ」


 シリルが鋭い目つきで姿を現した。木陰に隠れていたようだ。

 その手には短剣が握られている。


「シリル? どうしたんだよ急に」

「うるさい黙れ! ソイツは故郷の仇だ!」


 なんで短剣を持って殺意を滲ませているのか分からなかった圭太に、シリルは怒鳴って睨みつける。


「ああ、そうだった。復讐者なんだっけ?」


 そういえばシリルはキテラに故郷を奪われたんだったっけ。

 圭太のほうでも色々慌ただしかったしオンネンのこともあって忘れていた。


「忘れていたのですか?」

「ごたごたのせいでな。オンネンのときは何もしなかったし」

「あれは、そうですね。大変でしたから」


 泥の魔物と化したオンネンと戦っていたとき、シリルとキテラは顔を合わせていたはずだ。そのときに何もしなかったのは、共通の敵がいたからだろう。

 今この場に圭太たち以外の敵はいない。シリルにとっての敵はキテラだけなのだ。


「いいから早くソイツから離れろ」

「この子は?」


 反射的に庇うようにして立つ圭太の肩を叩いて、キテラは小さくたずねる。その目はシリルを油断なく見つめていた。

 この場にいる中でシリルの短剣を取り上げられない者はいない。シリルは魔力を阻害する魔法を使えるが、相性の悪いキテラやイブであっても簡単に制圧できるだろう。子供とは経験値の差が違う。

 だがキテラは事情を知っている圭太に状況説明を求めた。どうやら力づくで黙らせるつもりはないようだ。

 イブも傍観に徹するつもりなのか腕を組んでいた。本当にこの二人は似た者同士だ。


「今回の最優秀新人賞だ。お前に恨みを抱えている魔力阻害の魔法使いでもある」

「そう言えばアンタたちが脱獄したときにいたわね。なるほど。ゴーレムが通じなかった理由が分かったわ」


 圭太の簡潔すぎる説明にキテラはポンと手を叩いた。


「聞いてるのかケータ!」

「おいシリル」

「待って。アタシの相手よ。横取りしないで」


 切っ先が震えているシリルを止めようとして、圭太が前に出る。

 キテラはそんな圭太の肩を掴んで首を横に振った。そして圭太をどかすようにして一歩踏み出す。

 どうやら自分で落とし前をつけるつもりのようだ。どうするか悩んでいるナヴィアに圭太は目配せし、成り行きを見守るよう指示する。


「アンタ、どこの出身?」

「お前が焼き払った村だ! 忘れたとは言わせないぞ!」


 キテラと直接話をして、シリルの短剣は持ち主の動揺を露わにするように震えが激しくなった。


「まあでしょうね。アンタはどうでもいいんでしょうけど伝えておくわ。アタシがわざわざ出向いて潰した村は一つだけなの」

「だったらどうした!」

「よく覚えてるってことよ」


 シリルは肩で息をしている。対照的にキテラは切っ先を向けられても落ち着いていた。


「あの村は人為的に魔物を作り出そうとしていた。元々盗賊が集まってできた村だから、都合のいい戦力が欲しかったんでしょうね」


 キテラが目を閉じているのは当時のことを思い出しているからだろう。

 だが圭太はその言葉を信じられなかった。盗賊をやっていたなんて痕跡は見当たらなかったからだ。

 まさか都合よく森の中に建物があったことこそがその痕跡だったのだろうか。盗賊の村だから獣道しか道が繋がっていなかったのだろうか。だから圭太たちが気付くのが遅れたとでもいうのだろうか。

 建物が一つしか残っていなかったのはキテラが燃やし尽くしたからではなく、盗賊だから居を構える者が少なかったからなのか。


「でも魔力を集めた程度じゃ魔物はできない。そんなに単純なら魔物は絶滅させられるわ」

「そうじゃな。本来は魔素が集まり時間をかけることで魔物が生まれる。人間はもちろんワシら魔族でも魔物を制御などできぬよ」


 キテラの説明にイブは同意して頷く。

 魔物を作ることはできない。制御ももちろん不可能だ。魔素が時間をかけて変質することで初めて魔物は生まれるからだ。

 魔力を集めただけで魔物を作れるのなら発生を制御して町中で魔物に襲われるなんて事態も避けられるようになる。町の外で魔物を作ってすぐに殺せばいいのだから。

 クリスのときは彼女の膨大な魔力が引き金になっただけだ。あの場所では圭太が邪教を潰す前から何度も儀式が続けられていた。かなりの時間が過ぎ去っていただろう。


「でもその村は諦めなかった。どうしたと思う?」

「そんなの、分からない」

「簡単よ。人間を魔物に変えた。名づけるなら変質魔法ってところかしら」


 キテラの問いかけにシリルは首を振り、かつての英雄は顔をしかめておぞましい答えを告げた。


「当然禁忌よ。魔物になった人間は死ぬ。生まれた魔物も制御できない」


 話を聞いているだけの圭太はどこか冷静にその事実を受け入れていた。

 兵士が欲しかった。つまり盗賊たちは自分の力だけではこの先生き残れないと自覚していたのだろう。

 だから自分を強化するために魔物になった。合理性だけで判断すれば、その選択は間違っていないように思える。

 問題は強力な兵士となる代わりに本来の目的を忘れてしまうことだけだ。


「制御できないなら魔物を倒さなければならない。魔物が魔力でできていると知っている人は多いから、対抗策が魔力を消すことだと考えられても不思議じゃないわ」


 原因が魔素であると理解している人が多いのは、魔物が危険極まりない存在だからだろう。危険だからこそなぜ発生するのか研究されてきて、常識の範囲まで浸透した。


「おいまさか――」

「そのまさかよ。その村では、まだ胎内にいた赤子の魔力を変質させたの」

「そんなの……」


 シリルが自分の魔力の正体を告げられ、圭太と同じく傍観に徹していたナヴィアが顔を手で覆った。

 魔物が魔力で作られるのなら、魔力そのものを阻害してしまえばいいだけの話だ。魔物にとってもっとも強い対抗策となる。

 これで盗賊は一つの戦略を確立した。敵地で魔物に変貌し暴れさせる。そして用が済めば魔力阻害の魔法で始末する。

 人間なら誰でも魔物に変貌できるのだから、自分たちが死ぬ必要もない。捕虜を集めて魔物にするだけでいいのだ。

 間接的ではあるものの、魔物を武器として完全に制御した。これほど厄介な軍隊もそうはいないだろう。


「これもまた禁忌。それもどうやら大罪だったみたい。その村の人間は生きながらにして魔物同然になってしまったの」


 しかし最悪のシナリオが達成されることはなかった。

 盗賊が考えていなかったもの、それは禁忌と代償だ。理から離れるのなら相応の代価を支払わなければならないと、盗賊は知らなかった。


「そんな、じゃあ父さんと母さんは……」

「アンタがどれを両親と呼んでいたのかは分からないけど、アタシが着いたときには魔物しかいなかったわ。本来の魔物と違ってどうやら死体は残ったみたいだけど」


 普通の魔物は魔力でできているので死体は残らない。また魔素に戻るだけだ。

 しかし人間が変質した魔物なら死体が残っても不思議ではない。その死体が積み重なり、供養されたとしてもおかしくはない。


「アンタの両親はアタシが殺すよりも前にとっくに人として死んでいたのよ」


 キテラの言葉に、シリルは持っていた短剣を力なく落とした。

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