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第三章二十二話「最高峰のゴーレム」

 ナヴィアに挑発をさせてから一度も兵士と遭遇することなく、圭太とナヴィアは目的地にたどり着いた。


「久しぶりねケータ」


 イブ用の特別広い牢獄で腕を組んだキテラに出迎えられた。

 やっぱりか。大方宿敵と最悪のタイミングで再会とかそういう脚本なんだろうが、あいにく予想ができていた圭太は驚かなかった。


「よおキテラ。元気そうで残念だ」


 圭太はまるで友人にでも向けるように片手を上げる。


「アタシもよ。まだピンピンしてるなんて悲しいわ」


 キテラも驚いていない圭太の反応にガッカリしている様子はない。

 圭太とキテラは似た者同士だ。考えが読まれているところまで読んでいたのだろう。


「ケータ様、あれは」


 ナヴィアが圭太の袖を引っ張る。

 視界に入れないようにしていたのだが、そういうわけにはいかないらしい。

 キテラの背後には兵士が、どれも圭太よりも強いと直感させられるフルフェイスが四人立っていた。

 三人ではない。四人だ。シリルたち反乱軍が一人倒し、圭太が一人倒した。最初は五人いたのだから数が合わない。


「やっぱりか、お前。まさか人間まで作っていたとはな」


 キテラが外から増援を集めたかもしれない。だがその可能性は低いだろう。

 魔王がいたあの大陸で鍛え上げた圭太に並ぶ人間はそう多くない。数があるのならサンの応援に行っていたはずだ。二人でも大陸を渡っていれば圭太の作戦は失敗していたかもしれない。

 つまり、ここにいる兵士たちは普通の人間ではない。

 キテラの元から離れられず、英雄に並ぶ実力を持つ存在。魔法使いが生み出した最悪の敵だ。


「人間、ではないわ。限りなくアタシに近いだけのゴーレムよ。攻撃魔法は一種類しか使えないし生殖機能も存在しないわ」


 使える魔法とは兵士を中心に起こす爆発のことだろう。

 あれ一種類だけなら対処はしやすい。問題は硬さだがイロアスなら支障はない。

 しかし先ほど倒した相手は動きが鈍かった。恐らく攻撃されて初めて反応するよう設定されているからだろうが、この場にいる兵士たちはキテラがこの場にいるからか既に臨戦態勢だ。

 どうすれば勝てるのか。圭太の頬を一筋の雫が流れ落ちた。


「俺やナヴィアよりも強い兵士が何人もいる理由が分かったよ。キテラがモデルになってるんなら納得だ」


 策がまとまらない。イブの姿はどこにも見えず、絶望的としか言えない状況だ。結局キテラの弱点は判明しなかったのも痛い。

 せめてシリルがいてくれれば何とかなるのだが。反乱軍に預けたのは間違いだったか。


「そうよ。アタシが生んだ最高峰のゴーレム。なのにアンタたちは既に二つも壊してくれて」

「一人は俺たちじゃないけどな」

「似たようなもんでしょ。どっちもアンタの息がかかってる」


 時間稼ぎのための会話は、キテラが鋭く睨むことで終了した。


「それで、五対二だけどそっちはどうするつもりだ?」


 圭太はすがるような気持ちで、会話を終わらせまいと必死に口を開く。


「どうするとは?」

「まさか英雄様が数の暴力をしてくるわけないよな?」

「正々堂々戦えって? バカみたい。サンじゃないんだから」


 キテラに鼻で笑われた。

 分かる。圭太もサンの戦い方は潔いと感じる反面、嘲笑の対象でもあった。

 戦場で正々堂々が常に通じるわけではない。もしもそれが叶うとしたら不意打ちが通用しない強者だけだ。


「それに、アタシのゴーレムは四体だけじゃないわ」


 キテラが右手を水平に振る。

 すると彼女の背後からボコボコと何かが盛り上がるような音が鳴り始めた。


「……おいおい」


 既に何をしたのかはある程度予想がつくが、圭太は音の正体を見つけて顔を引きつらせる。

 兵士たちが鎧を着ていない状態で地面から生えてきていた。生まれたばかりだろう。体は土と肉の中間ぐらいの不安定な状態だった。ある意味忘れられそうにはない。トラウマになりそうだ。


「本当はアタシの全魔力で一体が限界なのよね。だから能力が高いのに五体しか用意できなかった」


 現在進行形で生まれ続けているゴーレムから、キテラへと視線を移す。


「助かったわ。アンタが魔王を連れてきてくれて」


 彼女は恍惚としていた。顔は上気し口元はだらしなく緩んでいた。


「ぐぅ。ワシを魔力タンクとしか思っておらぬじゃろ」

「おいイブ。大丈夫か!?」


 ゆっくりと霧が晴れるようにしてイブが姿を現す。椅子に縛り付けるような全身の拘束具は相変わらず。だけど以前見せられたときとは違い、足元には怪しく光る赤い魔法陣があった。

 今までキテラの魔法によって隠されていたようだ。今姿を晒したのはゴーレムの精製で余裕がなくなったからだろうか。


「気付くのが遅いわバカ者。苦痛はあまりない。安心せえ」


 いや、よく見ると違うところは他にもあった。

 封じられていたはずの小さな唇が今は自由に動いている。どうせ魔法で会話できるのだからと外されたようだ。

 もしくはイブの声を聞かせることでさらに絶望に叩き落そうとしているか。


「何違うわけ? いくら壊そうとしても壊れない無限の魔力。これがタンクじゃなければ何なのよ」


 キテラは美人だった容姿が醜く歪むほどの笑顔を浮かべていた。

 そんなキテラの声に反応してかイブの足元の魔法陣はさらに輝きを増して、歴戦の魔王が小さな苦悶の声を漏らす。


「そんなイブ様。どうして?」

「あら知らないの? 他人の魔力を奪う魔法があるって」

「やっぱりか。俺も利用したけど、これは許せないな」


 ナヴィアが届かない手を伸ばし、キテラがそんなエルフを笑い飛ばし、予想通りの答えに圭太は顔をしかめた。

 イブを手元に置く一番の魅力は魔法が自由に使えることだ。

 クリスの儀式を止めるため圭太も利用した他人の魔力を奪う魔法。それを使えば無限の魔力が使い放題になるのだから。


「許せない? アッハハハハ! 面白いこと言うじゃない。許せないならどうするつもりなの?」

「もちろん、こうする」


 ついに笑い声を出したキテラを黙らせるために、圭太はイロアスを投擲。全力疾走ですぐ後を追った。


「いくら兵を集めようと、動く前に倒せば問題ない!」


 兵士は強力だ。とても恐ろしい。

 だがキテラの魔法によって生まれたものだというのなら対策はある。動く前にキテラを倒せば消滅させられるのだ。

 普通の兵士とは違いキテラだけを狙えば止められるのだから、先に動かない理由はなかった。


「そうね。まったくもってその通り」


 キテラは右手を圭太に向ける。

 彼女の眼前に赤い魔法陣が浮かび上がってイロアスを弾き飛ばし、足元に浮かび上がった魔法陣から光の鎖が伸びて、圭太は拘束された。


「アンタはアタシと考え方が近い。だからきっと、こうやって不意打ちをすると読んでいたわ」

「ケータ様!」

「ナヴィア! 俺ごと撃て!」

「できません!」

「チッ!」


 ナヴィアの悲痛な叫びを無視して圭太ごと狙うよう命令するが、彼女に拒否されてしまった。

 圭太ごと攻撃すれば、キテラの不意を突けたかもしれない。だけど拒否されてしまったことで千載一遇の機会を失ってしまった。


「よかったじゃない。主人想いの良い下僕で」


 何が面白いのか頬を緩めた状態で圭太へと歩み寄ってくるキテラ。


「キテラ、お前分かってたな」


 圭太は拘束されて手元に武器もない状態で、キテラを睨みつけた。


「あら、何を?」

「俺たちの関係性や反乱軍の戦力。全部知っていたうえで放置してやがっただろ」


 圭太が反乱軍に接触したことも、そもそも反乱軍が跋扈していたことも、そのアジトでさえも。

 キテラはすべてを理解していたうえで放置していた。対策を練るでもなく行動を止めるでもなく、自由に泳がせていた。


「当然じゃない。わざわざ手を出すまでもない。いずれ飛び込んでくるんだから、そのときに叩き落せばいい」


 理由は簡単。

 一人ですべてを相手にしてもお釣りが出るからだ。

 キテラの魔力実力能力は人間が徒党を組んだ程度で揺らぐほどちっぽけなものではなかったからだ。

 自信に溢れていると言えばそれまで。過大評価と鼻で笑うこともできた。

 だけど現実として、こうも簡単に人間の群れを制圧してしまった。キテラは間違いなく、今までの英雄とは別格だ。


「――じゃあここまでは予想できていたか?」

「何? ――ッ」


 キテラと相対してから初めて、圭太は不敵に笑う。

 キテラは一瞬だけ首を傾げる。しかし彼女の背後から吹き荒れた暴風で、目にも止まらぬ速さで圭太から距離をとった。


「ふうむ。ワシを利用するのは無理があるじゃろ。ワシ捕まっとったんじゃぞ」


 暴風の中心にいるのは拘束された状態の魔王。

 傍らにはイロアスが突き刺さっており、代わりに赤い魔法陣は消滅していた。


「でもできただろ。イブならやってくれると思ってたよ」


 ようやく調子を取り戻した様子のイブの苦笑に、圭太は懐かしさすら覚えた。

 人間では勝てない。なら人間以外に頼ればいいだけだ。この場には人間二人の他にも頼りになる魔族みかたが二人もいるのだから。


「なっ、どうして」

「魔法を壊す方法って案外簡単でな。例えば、魔法陣を壊せば一発で発動できなくなる」


 イブから距離を取った結果、圭太たちからも離れてしまったキテラに、圭太は軽く方法を説明してやる。

 魔法は複雑な構成をしている分とてももろい。斬ろうと思えば簡単に斬れるし、中断させる方法も単純な方法でできる。

 脳筋みたいでちょっと思うところはあるけど、イロアス一つあればキテラの魔法を止めるなど造作もない。


「アタシが弾き飛ばす方向を予想していたっての?」

「違う。俺がやったわけじゃない」


 キテラの的外れな予想に、圭太は首を横に振った。

 というか、キテラはそんなヘマをするような奴じゃないだろ。


「モノがあればワシが持ってこれる。多少の魔力阻害ではワシの動きを止めるほどではないからの」

「そういうことだ」


 細かい魔法については知らないが、前世で言うサイコキネシスみたいな魔法を使ってイブはイロアスを地面に突き刺した。

 事前の打ち合わせは一切していないがイブなら分かってくれると思っていた。結果大成功。さすが魔王様だ。

 イブが指一本動かさずにイロアスを宙に浮かせ、圭太の足元に刺す。拘束していた魔法陣が消えたので、圭太は地面に刺さったイロアスを引き抜いて構えた。


「魔王……やっぱり厄介ね」


 イブが参戦しただけで戦況が一気に傾いた。キテラは忌々し気にイブを睨むが、キテラの視線を阻むようにして圭太は立つ。


「ほらナヴィア。残りの拘束を解いてやってくれ」

「かしこまりました」


 あまりに状況が二転三転するものだから思考が追い付かなかったのだろう。呆けていたナヴィアを圭太はあごで使った。


「させると思う?」

「させるさ。無理やりでも」


 無数の火の玉が飛んできたので、圭太はイロアスを横に振って薙ぎ払う。

 手加減している限りキテラの魔法は圭太には通用しない。キテラもそれは理解しているからか小さく舌打ちした。


「正直言って俺じゃお前には勝てない。だけど、時間稼ぎだけならどうだろうな」


 圭太は魔法を斬り落とすが前に出るつもりはない。

 今の圭太ではキテラにはどうあがいても勝てない。だから圭太の役目はナヴィアがイブを解放するまでの盾代わりだ。


「ふっふふふふ。面白いじゃない。認めるわケータ。アンタはアタシよりも頭が回る」

「褒められても嬉しくないな」

「褒めてないわ。けなしてるの。だってアタシの全力を引き出したんですもの」


 キテラが両手を上に伸ばした。圭太の頭上に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣の色は茶色。今までは赤だったはず、と警戒を新たにしている間に魔法陣から大量の土砂が流れ落ちた。

 いくら圭太でも土砂の奔流を斬ることはできない。すぐに土砂に呑み込まれた。


「ケータ様!」

「残念だわ。いくら魔法が斬れたとしても質量には勝てないようね」

「このっ」


 圭太が敗れ、激昂したナヴィアの矢を、キテラは首の動きだけでかわした。


「どうして……」

「そんなにおかしい? アタシたちは魔王を倒す旅をしていたのよ? 生半可な経験じゃないわ」


 キテラは言いながら右手を振るい、愕然としているナヴィアに炎の波を叩きつけた。


「ああぁぁあああ!!」


 ナヴィアが痛みに叫び、気を失う。

 肌はところどころ焦げており、放置していれば命にかかわるひどい火傷だ。


「あら? 灰になるぐらいの魔力を込めたつもりだったのだけれど。さすが魔族ね。魔法の耐性が人間より高いわ」


 キテラは手を叩いて魔族の魔法耐性を称賛し、すぐに第二波を出そうと振りかぶる。

 しかし重力が数十倍になったのかと錯覚するほど空気が重たくなったことにより、キテラは攻撃を中断した。


「人間。それ以上ワシを怒らせるな」


 空気を重たくした原因は殺気。その根源であるイブが、やっと解き放たれた左手をキテラに向けていた。


「ふん。コハクでもできなかったこと、アタシが代わりに果たしてみせる」

「やってみよ。ワシを超えられるのなら、な」


 人間と魔族の最高峰が、相手を殺すためだけに己の英知をかき集め魔力を練り上げた。

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