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第三章二十一話「命をお預け」

「よっと」


 掛け声と一緒に圭太は緊迫した様子で話し合っていた兵士二人の上半身と下半身を斬り分けた。

 そして流れるように上半身が地面に落ちると同時に二人の心臓にイリアスを突き刺した。赤い液体が地面に広がるが圭太は軽い身のこなしで避けて牢獄の深部へと歩き出した。


「……ケータ様が一人を好む理由が分かりました。慣れすぎです」


 一連の動作を観察し、圭太がしくじったときのために待機していたナヴィアは鮮やかな手口にため息を吐いた。

 圭太とナヴィアがゴーレム精製用に作られた穴から侵入してしばらく経った。せわしなく兵士たちが走り回っているので、反乱軍もまだ頑張っているようだ。おかげさまで圭太の潜入スキルもいかんなく発揮されていた。


「ゲームでよくやってたからな。ステルス系は」


 近頃のゲームには大体潜入(ステルス)要素がある。画面の中で常にプロが動いていたものだから真似をすれば簡単に隠れられるし足音で大体の位置は把握できるようになってしまった。

 前の世界ではゲームなんて何の役にも立たないと言われていたのだが、異世界転生すればこんなにも必要になる。ゲーム廃絶をほざく輩は一回異世界に引っ越したらどうだろうか。

 圭太はイロアスを無言で突き出し、ちょうど曲がり角から姿を現した兵士を貫きながらそう思った。


「げーむとやらはよく分かりませんが、慣れているのは理解できました」


 牢獄に潜入してから一度も弦を引かれていないヒリアを撫でて、ナヴィアは血を踏まないように気を付けながら後をついてくる。

 また呆れられている気がするが、振り向くのは億劫だったので圭太は気付いていないフリをした。


「――?」


 ナヴィアが突如足を止めた。布を擦った音からして振り返ったようだ。


「どうした?」


 ナヴィアの異変を面倒だからと無視するわけにもいかないので、圭太も足を止める。


「反乱軍が強敵の一人を倒したようです」

「へえ。思ったより頑張ってるんだな」

「反応が薄いですね」


 ナヴィアの報告を聞いた圭太が再び足を動かすと、ナヴィアの不満げな視線を背中に感じた。


「ん? そうか?」

「そうですよ。シリルさんが頑張っているのに」


 いつから名前を呼ぶ仲になったんだか。

 圭太は一部の例外を除いて人間の名前を呼ぼうとしないナヴィアの変化に驚きつつ、悟られないよう表情に注意する。


「まあ、アイツはな。どうせ死なないだろ」

「どうせってどういうことですか」

「無効系能力者は大体主人公補正があるんだよ。ジャイアントキリングには最適だからな」

「何の話ですか?」


 圭太が常識だとばかりに物語特有の法則を教えてあげると、ナヴィアには理解できなかったのか首を傾げられた。

 無能力者、特に無効化系はそう簡単に死なない。恵まれない者が勝つほうが面白くなるからだ。シリルはまだ子供だし、覚醒が起こったとしても不思議ではない。


「まあいいんだよ。そんな話は」


 圭太は的中過ぎる予想を頭を振ることで追い出す。

 シリルが強敵を倒して成長したとかそんな話は今関係ない。圭太とナヴィアはいかにイブを助け出すかに集中しなければならないのだから。


「そうですね。残り四人です」


 ナヴィアの言葉からは、既にシリルに対する圭太への怒りは無くなっていた。

 油断すれば危険な状況はまだ続いている。シリルに対する評価は帰ってからすればいい話だ。


「正面からでは勝てないからな。仕方ない。ナヴィアに囮をやってもらってもいいか?」


 正面からでは勝てないので不意を突くしかない。それにはやはり、囮が必要不可欠だ。

 圭太とナヴィアなら圭太のほうが確実に敵を倒せる。武器の差と不意打ちの慣れから、二人は共通の認識でいた。


「かしこまりました。現状ケータ様のほうが慣れてますから、わたくしの命をお預けします」

「重たいな。まあ、その通りなんだけどさ」


 ナヴィアのプレッシャーとも受け取れる期待に、圭太は軽く肩をすくめた。




「……」

「そこをどいていただけませんか?」

「…………」

「だんまりですか。悲しいです」


 兵士、しかも圭太が暗殺して回った一般兵とは違うフルフェイスの兵士、目しか見分けるポイントがない難敵のほうだ。

 そんな相手の目の前で、ナヴィアは言葉通り肩を落としていた。


「………………」

「というか、本当に人間ですか? 他人の魔力が入りすぎて自我を失っているように見えるんですが」


 ナヴィアは兵士の周りを歩きながら興味深そうに観察する。

 魔力に敏感なエルフは、兵士の体に明確な第三者の魔力を感じ取った。


「……………………」

「やっぱり会話できませんか。これならわたくしでも倒せるのではないでしょうか?」


 ナヴィアは首を傾げてヒリアを構える。

 武器を出しても襲ってくる気配はない。このまま攻撃しても大丈夫なのではないだろうかとすら思えてくる。


「…………………………ネ」

「おっと危ない」


 兵士を中心に爆発、反乱軍を一時壊滅状態まで追い込んだ魔法を解き放とうとして、異変を察知した圭太に頭から股の下までまっすぐイリアスを突き刺されることで中止させられた。

 反乱軍の剣や矢ではビクともしなかった兵士でも、流石に神造兵器は受け止めきれない。


「遅いですよケータ様。殺されるかと思いました」


 とても的確なタイミングで助けたつもりだったのだが、ナヴィアは不満ですとばかりに頰を膨らませていた。


「お前がズカズカ前に出すぎるからだろうが。さすがに焦ったぞ」

「だって囮なんてやったことないですもん」

「もんじゃねえよ。まったく。無理に命を張らないでくれ。緊張するから」


 ぶりっ子するんじゃないよ。慣れてないんだからさ。自分でやって自分で恥ずかしくなるぐらいなら、素直にやり方教えてとか言ってくれ。

 圭太はまだ興奮冷めやらぬ様子のナヴィアに呆れて、重たいため息を吐いた。


「ケータ様が絶対に助けてくださいますから」

「わぁお。信頼が重たすぎるぜ」


 確かに助けるけどさ。絶対に守り抜くけどさ。

 圭太はナヴィアの信頼が悪い方向に向かっているような気がしたので思い切り顔をしかめた。

 圭太の何倍も人生ならぬエルフ生経験豊富なナヴィアだ。圭太の言いたいことは伝わるはずである。


「さてと。一人殺したが」


 圭太は気を取り直して、地面に刺さったままのイロアスを引き抜く。


「あれ? 死体はどこに行ったんですか?」


 ナヴィアが当然のことに気付いて首を傾げる。

 兵士をイロアスで貫いて、確かに十八禁のオブジェができていたはずだ。しかし兵士の姿はどこにもなく、血が飛び散った様子もない。

 兵士を殺した痕跡は一つも残っていなかった。


「さあね。気が付いたらいなくなっていた。まるで魔物みたいだ」


 この現象に心当たりがないわけではない。

 魔物を倒したときと同じだ。魔物は死ぬことで魔素の結合が切れ、空気中に溶けるようにして消滅する。圭太もナヴィアも見慣れた最期だ。


「空気中に溶けたとでも? さすがにあり得ないです」

「俺も同意見だよ。面倒な予感がする」


 ナヴィアは首を横に振る。

 圭太の例えは普通ではない。人間を魔物と同じと語っているに等しいからだ。

 魔物というのは生物というより現象に近い存在だ。魔素が集まることで勝手に生まれ、死ねば魔素となって消える。死体は残らないし生物の魔力を食らうという本能以外の知能をまるで持たない。

 人間とは比べるまでもなく、まったく別の存在だ。


「なあナヴィア。今も強い兵士の魔力は感知できるか?」

「はい。まだ三つイブ様の近くから離れていないようです」


 やはりか。予想通りの結果に圭太は腕を組んだ。


「俺たちが倒したのはシリルたちの援護に向かう奴だったんだろうな。じゃないと一人で行動しているはずがない」


 シリルたち反乱軍が既に一人倒している。ナヴィアが落ち着いているからまだ戦闘は続いているのだろう。予想外の戦果だ。

 圭太たちが倒したのは予想以上に粘る反乱軍を制圧するために動いていた兵士だろう。

 圭太がキテラなら同じように命令するし、キテラが圭太なら同じように隙をつくはずだ。

 お互いに策が手に取るように分かるので対策を練る。キテラの場合、強い兵士を集めておけばまず負けることはない。


「まあいいや。キテラは感知できるか?」

「キテラ? 魔法使いですか。ちょっと待ってください」


 圭太に頼まれ、ナヴィアは目を閉じて意識を集中させた。


「すぐに分かるんじゃないのか?」

「いえ。かすかに気配は感じるんですが、どこにいるのかはいまいち掴めないんです」


 眉間に深いシワを作り、ナヴィアは目を開ける。

 その表情からキテラが見つけられなかったのだとすぐに察することができた。


「なるほど。ならいいや。どうせ隠蔽魔法を使ってるんだろ」


 予想の範囲内だったので圭太は軽く流した。

 反乱軍の騒ぎに乗じて潜入していることぐらいはキテラも気付いているはず。

 彼女がやりそうなことは隠蔽魔法を使って不意を突いてくるか圭太たちを待ち構えているかの二択だ。そしてキテラは人を絶望に叩き込むのを好んでいるみたいだったから、恐らくイブと一緒にいるのだろう。


「隠蔽魔法……ケータ様を連れ出したときも使っていたんですよね?」


 ナヴィアは顎に手を当てて、ふぅむと唸っていた。


「そうらしいぞ。だからナヴィアは気付けなかった。俺が独り言呟いているように思ったんだろ?」


 器用なことに姿を見せる対象は選べるらしく、初めてキテラと話をしたときは圭太にしか見えないようにしていた。


「初めての投獄で気が触れたのかと思いました」

「仮にも主人に対しての言い方じゃないな」


 ナヴィアのあまりにも正直な感想に圭太は苦笑した。


「申し訳ありません」

「謝るな。気にしてるわけじゃないから」


 ナヴィアは大切な仲間だ。多少悪く言われたとしても冗談の範囲内と捉える。それくらいの悪意は見分けられるつもりだった。


「でも不思議だ。隠蔽魔法を使っているならまったく感知できないはず。気配だけ感じるようなヘマをする相手じゃないと思ってたんだが」


 イブにはすぐに気付かれたようだが、エルフの鋭い魔力感知能力にも引っかからない高レベルの隠蔽魔法だ。ナヴィアがこちらにいるのも把握しているだろうから、わざわざ手を抜くとも考えにくい。

 キテラは英雄の一人であり、人類で最高峰の魔法使いだ。

 気配を隠せないなんてヘマをするとは考えられない。


「やはり人間ですから。油断しているのではないでしょうか」

「それはないな。今は反乱軍に攻められているんだ。前線に出る気がないなら、むしろないからこそしっかり隠れるだろ」


 キテラが魔力をあまり消費したくないとか圭太を迎撃しなければならないとか考えた上で前線に出ないのは理解できる。

 だが、前線に出ないのなら面倒にならないよう隠れるのが定石ではないだろうか。隠れないのなら大々的に自分の居場所を示すのではないだろうか。

 隠れるわりには適当で、姿を晒すわけには隠蔽魔法を使っている。どっちつかずよ半端な状態だ。


「ではどうしてです?」

「それを考えているんだよ」


 ナヴィアに理由をたずねられても、圭太は答えることができない。キテラとは考え方が似ているのは確かだが、同じ情報を持っているわけではないので考えをすべて把握できないのだ。


「嫌な予感がする。どうして死体が残らない。どうして気配が残っている。ゴーレムを作るためとは言え、どうして人が通れる穴を残している?」


 圭太は疑問を点として脳内に配置、腕を組んでどうやって線を結べるか思考を巡らせる。


「――――――そうか。そういうことか」


 数度のトライアンドエラーを繰り返し、前世での記憶も引っ張り出してようやく、キテラの本質に仮説を立てられた。


「ケータ様?」

「ナヴィア。イブに向かって攻撃できるか?」


 心配そうに顔を見てくるナヴィアに、圭太は武器の特性上彼女にしかできないことを命令した。

「何を言っているのですか? そんなことをすれば」

 イブも無事では済まない。

 圭太の命令に珍しくナヴィアは顔をしかめて拒否を示した。


「イブは不老不死だ。簡単には死なない。だから頼めるか?」


 圭太はさらに頼み込んだ。

 圭太の仮説が正しければ、どれだけの威力があってもイブには届かない。


「……かしこまりました」


 まだ不満はあるようだが、ナヴィアは頷いてヒリアを構える。そして必殺の一撃を床へと放つ。


「えっ……?」


 ナヴィアが理解不能とばかりに息を漏らした。

 ナヴィアの一撃、魔物であっても容赦なく粉砕する矢は、突如床に浮かび上がった魔法陣によってかき消された。


「やっぱりか。行こうナヴィア」


 予想通りの展開に、圭太は忍び足をやめて歩き出す。

 ヒリアは魔力を矢として放つ武器だ。無効化されたのは、この牢獄に魔力を吸収されたからだ。

 キテラは牢獄を魔力タンクとして利用している。

 罪人を集め、死なない程度に魔力を奪っていく。英雄として並々ならぬ魔力量のキテラがわざわざ魔力をかき集める理由はないと思うが、なぜ魔力が必要なのかも心当たりがあった。

 答え合わせは、キテラに直接会ってからだ。


「ちょっとケータ様。隠れて進まなくていいのですか?」

「必要ない。わざわざ手元から駒を動かさなくてもいいって挨拶したんだからな」


 牢獄に入っている罪人の魔力が奪えるのなら、圭太たちの正確な居場所も把握しているはずだ。

 それに加えてナヴィアの一撃だ。こちらがキテラの罠にすべて気付いているというメッセージにはなったはずだ。


「挨拶? 誰に」

「決まってんだろ。キテラにだよ」


 ここは牢獄であると同時にキテラの胃袋でもある。

 何のための胃袋か、答え合わせをしよう。

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