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第三章二十話「皆を守る者」

「――――――――」


 シリルが言葉を紡ぐ。


「クソッなんで魔法が使えないんだ!?」


 全身に上質な鎧を着こんでいる兵士が、焦った叫びを出す。

 シリルの魔法が魔力を封じているのだと知らない兵士たちに混乱が広がっていく。


「今だやれーッ!」

「「「「「ウォォォオオオオ!!」」」」」


 兵士たちが混乱している隙を狙ってロイが号令を出し、反乱軍が堰を切ったように襲い掛かった。


「スゲエ。これが反乱軍か」


 魔力を使いすぎたシリルが肩で息をしながら、混乱に乗じて一方的に蹂躙していく反乱軍の姿に感嘆の息をこぼした。

 反乱軍の服装はまばらだ。鎧は急所だけしか守っていないしそもそも鋼の質から違う。剣や弓もくすんでいるように見えた。

 反乱軍が今優勢なのはシリルの力もあるだろう。だけど装備の差を覆すほどの士気の差も原因のように感じた。


「俺の自慢の仲間だ。もっと驚いてくれ」


 赤い液体を滴らせた剣を持つロイが、血まみれの顔で歯を見せる。

 シリルが前を見ると敵の兵士は皆動かなくなっていた。また増援が来るのだろうが、今ならちょっと休憩する時間がある。


「ロキ、だったっけ?」

「ロイな。誰が嘘つきだ」

「えっ?」

「いや何でもない」


 まだ反乱軍の顔と名前が一致していないシリルは、ボソリと呟いたロイに首を傾げた。


「それより、お前疲れていないか?」


 ロイはシリルの体を見る。彼女は肩で息をしていた。敵が出てくるたびに魔法を使っているし、下手をすれば反乱軍の面々より疲労が激しいくらいだ。

 自分の半分も生きていない子供を一番働かせてしまっている。ロイからすれば不甲斐ないという感想しか出てこない。


「まだ大丈夫だ」


 シリルは額に滲む汗に気付いていない様子で首を横に振った。限界はかなり近付いているとすぐに読み取れた。


「それならいいが、無理するなよ?」

「子供だから心配してんのか?」

「まあそれもあるけど」


 ロイが頷くと、シリルの眉間にしわが刻まれた。


「怒んなよ。お前が言い出したことだろ?」

「うっせ」


 不機嫌にそっぽを向いて頬を膨らませるシリル。

 普段は気を張っていて忘れがちだが、彼女も年相応の反応をすることがある。

 キテラにすべてを失われた少女。

 何としてもこの反乱を成功させなければならない理由がまた一つできた。


「シリルだったか? お前は俺たちの要だ。でもだからって無理する必要はない」


 拗ねているシリルの頭にポンと手を置いて、ロイは機嫌を直してくれるように祈る。


「オレがやらないといけないんだ。ケータから頼まれたんだ」


 大分落ち着いてきたのか、シリルの肩は上下しなくなってきた。だけど彼女は頑固に気を張り詰めている。


「ケータの指示は時間稼ぎだ。よく分からんがアイツの仲間が解放されれば俺たちは勝てるんだろ? なら無理するな。休むのも大切な仕事だ」


 シリルがいなければ反乱軍の勢いなんて食いつぶされてしまうだろう。それが分かっているのでロイは代わりに仕事の一つとして休息を頼んだ。

 このまま無理して倒れてもらうわけにはいかない。


「……分かった」

「やれやれ。子供の相手は面倒だな」


 ロイはため息を吐いて、仕事を増やした圭太に恨み言を一つ口の中で吐き捨てた。

 圭太がシリルを仲間に加えると伝えられたとき、あの男は確かに頼むと言った。

 似たような境遇だから子守りをしろということらしい。反論したが圭太の作戦もシリルの能力も適切なものだったのであまり効果はなかったのだ。


「リーダー! また敵だ!」


 反乱軍の仲間の声に、シリルが過敏に反応した。


「……」


 無言で近付いてくる体格の良い男が一人。

 今までの兵士とは違い、フルフェイスのヘルメットのせいで顔は伺えない。だがなんとなく嫌な予感がした。


「なんだ? 一人?」


 敵が単騎でやってきたことを不思議に思ったのか、シリルは鋭い目つきのまま怪訝に呟く。


「気を付けてくだせえ! ソイツ一人に仲間が五人やられちまった!」

「何? なるほど。コイツがケータの言っていた強敵か」

「コイツが……!」


 部下の報告を聞いて、ロイは嫌な予感の正体を理解した。近付いてきた男の剣から赤い雫が垂れているのが見えたのも相まって、シリルも一歩後ずさって構える。


「下がってろシリル。俺が相手する」


 恐らく無意識の一歩。だけどロイは見逃さなかったので、少女を守るように一歩前へ出た。


「なっ! ダメだコイツはケータよりも」

「分かってる。普通に戦えば俺たちよりも強い。でもな。リーダーってのは一番のリスクに立ち向かわなければならないんだ」


 背中越しに、ロイはシリルを見る。彼女の顔には不安がいっぱいと書いてあった。

 話が違うぞ圭太。引き付けるんじゃなかったのか。


「援護は任せたぞシリル」

「まっ――」


 心の内で悪態づいていても始まらないので、ロイはシリルの手から逃げるように走り出した。


「リーダーを援護しろ! 敵は一人だ!」


 味方の応援が矢となって兵士の体に向かう。しかし鎧にすべて弾かれてしまった。


「……」

「なんだよ無言か? 俺たちは言葉を発するほどもないって言いたいのか!」


 ロイは怒りと気合で恐怖を噛み殺し、手に持っている片手剣を叩きつける。


「硬っ」


 しかしロイの剣は兵士の肉を捉えられず、鎧によって受け止められてしまった。

 今までの兵士とは格が違う。装備すらも違うようだ。これまでの兵士だったら力任せの一撃で鎧を割れたのに。


「魔法だ! ――――――――」


 シリルが一目で兵士の硬さの秘密を見破り、片手をかざして魔法を放つ。


「…………」

「効いてるぞ!」


 兵士は変わらず沈黙を守っていたが、ロイの剣がわずかにめり込んだ。

 少なくとも鎧は他の兵士と大差ないようだ。これなら勝機はある。


「矢を撃てぇえ!」

「……………………」


 ロイが号令を出し、反乱軍が惜しみなく矢を注ぐ。

 兵士の体に無数の矢が刺さり、わずかに身じろぎしたように感じた。


「なんだよあっさりだな! これなら俺たちのほうがまだ強いぞ」

「………………………………ネ」


 兵士がようやく口を開く。

 ――ロイの背筋に冷たいものが走った。


「全員逃げろぉおおお!!」


 ロイの叫びとほぼ同時、一瞬の出来事だった。

 兵士を中心に爆発し、爆風が牢獄の壁に亀裂を走らせる。兵士と相対するようにして陣取っていた反乱軍もその余波を喰らい、まとめて薙ぎ払われた。


「そんなっ、皆が」


 まるでピンポン玉のように転がったシリルは勢いが収まると同時に立ち上がり、口元を手で覆った。

 反乱軍が瓦解していた。

 爆風を喰らって壁に叩きつけられ額から血を流す者。吹き飛ばされた瓦礫が体に刺さり悶えている者。五体を投げ出してピクリとも動かない者だっている。

 たった一撃で、反乱軍の勢いは削がれた。それどころか優勢だと思われていた状況は反転した。


「コイツ……! 大技があるなら先に言えよ」


 声に反応して、シリルは兵士のいるほうに顔を向ける。

 床に剣を突き立て、辛うじて膝をついているロイの背中があった。

 彼も例に漏れず血まみれだ。ロイは一番近い位置で爆発を受けた。まだ動けるのは奇跡に近い。


「ロイ皆が!」

「狼狽えるな! まだ生きている。治療が間に合えば全員助かる!」


 狼狽しているシリルを叱責し、ロイは立ち上がろうと全身に力を入れる。ロイの体は震えていた。


「……」

「そのために、なんとしてもコイツを止める!」


 何とか立ち上がったロイは一瞬で惨状を作り出した兵士に斬りかかる。しかし初めて剣を振った兵士によってあっけなく薙ぎ払われて地面を滑った。

 苦悶の声が聞こえる。素人目でも分かるぐらいの大ケガだ。もう動くのもままならないだろう。

 シリルの手は震えていた。ダメージのせいではない。小さな体には不釣り合いなほどの恐怖に呑み込まれそうになっていた。

 怖さのあまり涙を浮かべ始めているシリルの脳裏に、声が聞こえてきた。


『最年少だってのは分かってる』


 その声の主は、申し訳なさそうに眉を八の字にしていた。

 ――勝てるかどうか分からない。


『重圧も並みじゃない』


 そうだ。シリルが背負うにはあまりにも今の状況は絶望的だった。

 ――怖い。死んでしまうのが。また皆を守れないのが、とても怖い。


『だけどなシリル、お前に頼むしかないんだ』


 ――でもやらなくちゃ。


『オレなら、できるのかな』

『できるさ。勇者の俺が言うんだ。間違いない』


 アイツは期待してくれた。何も持っていないオレに

 アイツは頼ってくれた。助けてくれと頭を下げたオレに

 アイツは笑ってくれた。裏切られて殺されそうになったオレに。

 ――ならオレは、勇者の見立てが間違っていないことを証明しなければならない。


「オレが守るんだ。アイツのように」


 シリルは袖で乱暴に目を拭い、ロイが落とした剣を拾って立ち上がる。


「来い! オレが相手だ」


 いつの間にか手の震えはなくなっていた。涙もなくなっていたし、苦しいほどの恐怖もどこかへ行ってしまった。

 シリルが立ち上がったため兵士の無感動な瞳が向けられる。虚無のように深く虚ろな瞳だ。だけどシリルはもう怖いと思わなくなっていた。

 キテラと遭遇したときシリルを庇うように立った背中を思い出せば、恐れるに足りない。


「…………ネ」

「――――――――オレは拒絶する」


 再び爆風を起こそうとした兵士にシリルは言葉をかぶせる。今までとは違い、明確な意味と意思を持つ強い言葉を。

 爆風は起こらなかった。代わりにガラスが割れるような音がした。


「……?」


 兵士が初めて困惑した雰囲気をまとう。

 自分の魔法がなぜ発動しなかったのか理解できない。そう語っているようにシリルは感じた。


「……シリル? あの魔法を、弾いたのか?」


 事情を知っているロイが、首だけを動かしてシリルを見る。

 自分の半分も生きていない少女の顔は、まるで英雄のようにとても頼もしかった。


「――――――――オレからすべてを奪おうとする現実を、オレの未来を拒むものを、拒絶する」

「……ッ」


 シリルの詠唱が続く。兵士のフルフェイスから覗いている瞳は驚愕に揺れ、体中を矢で貫かれても退かなかった足が一歩下がった。


「――――――――オレはシリル。皆を守る者だ!」


 高らかに宣言し、シリルの体を中心に白い光が吹き荒れた。


「傷が、治っている?」


 ロイは痛みが引いていくのを感じた。それどころか体が軽くなっている。今なら何でもできそうな気分だ。


「スゲエ。これがシリルの力」

「ははっなんだよ。どうせなら最初から使えよな」


 そしてロイの感覚は反乱軍全員に行き渡っているようだった。兵士一人に壊滅しかけていた反乱軍はゆっくりと体を起こして立ち上がる。


「……はぁ……はぁ。どうだロイ。もっと驚いてくれていいんだぞ」


 ふっと糸が切れた人形のように倒れ込むシリルを、慌てて駆け寄ったロイが抱き支えた。


「驚きっぱなしだっての。野郎ども! 今度は俺たちが助ける番だ!」

「「「「「おおおおおおおお」」」」」


 魔法が使えない今、兵士を恐れる理由はどこにもない。

 ロイの号令に反乱軍は雄たけびを上げて、数の暴力で兵士一人を蹂躙した。


「……よかった。皆を守れて」


 その様子を今にも閉じそうな目で見て、シリルは安心したように呟く。そして意識を保っていた最後の糸は千切れた。


「おっと。お疲れ様。よく頑張ってくれたな」

「だろ? ケータも頑張れよ……」


 本当に意識を手放す直前に、この場にいない人間と間違われてしまったロイは苦笑する。


「……まさかアイツに間違われるとは。さすがイブに仕えるだけはある」


 その独り言は反乱軍の雄たけびによってかき消された。

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