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第一章八話「移動」

 イロアスを手に入れてから三十分、圭太は謁見の間にいた。

 武器に慣れるためにも振り回したかったので広い場所を城の主に聞いた。どうやら謁見の間が戦闘を想定して魔法で床を強化しているという話なので、圭太はイブを背負ったまま魔王城最上階まで戻ってきたのである。軽く死ぬかと思った。


「実際に戦わないとダメだな」


 真剣に振り回して、三十分が時間の無駄だったと気付いた。

 やはり武器を使いこなすには実戦経験を積まなければ話にならない。実際に戦ってみて初めて正しい動き方とか戦い方が掴めるような気がする。三十分棒きれ振り回したところで掴めなかった成果は、実戦ですぐ理解できるだろう。


「ワシが揉んでやろうか?」


 今度は魔王が座るにふさわしい無駄に背もたれが大きなイスに腰かけているイブが、頬杖をついて不敵に笑う。

 対戦相手としては申し分ない。相手は魔王。勇者見習いの圭太では歯が立たないだろう。


「なんでだよ。自力で移動もできないくせに」


 だが今のイブは両足が動かせない。いくら彼女が魔王で圭太が勇者だからといって、自由に動けない相手に刃を向けるのは忍びない。


「ワシを誰じゃと思うておる。これぐらい魔法でチョチョイのチョイじゃ」


 頬杖をやめたイブは片手を軽く回す。すると彼女の体はゆっくりと浮かび上がった。


「おおっ」

「ふふん。もっと崇め称えるが良い」


 感嘆の息を漏らす圭太に満足げに頷いて、イブは右手を前に出す。

 イブの体が勢いよく飛び、謁見の間の大きな扉近くの壁に人間サイズの穴が開いた。


「おおっ……?」


 圭太の感嘆は戸惑いに変わった。


「痛いんじゃがーっ! 早く助けに来ぬかー!」

「っと。大丈夫か?」


 イブの叫びで我に返って、圭太は慌てて廊下へと飛び出す。

 仰向けになっている状態で壁に穴を開けた少女は両手をバタバタ振っていた。


「今まで物を壊さぬように魔法を使うたことないからの。加減を間違えてしもうた。次は大丈夫じゃ」


 圭太に起こされたイブは謁見の間に入るとまた浮かび、再び勢いよく壁の向こうへと消えていった。圭太はもう一度助けに行く。助けるとまたイブは飛び、また壁に穴を開ける。

 繰り返されること三度。


「なかなかうまくいかぬの」


 再び魔王専用巨大背もたれイスに座ったイブが腕を組んで首を傾げた。


「オーケー分かった。お前不器用だろ」

「なっなぜそれを」


 圭太の指摘に、魔王は面白いぐらいに動揺を露わにした。

 なぜも何も何度同じ失敗を繰り返したんだお前は。気付かないほうがおかしいだろうが。

 圭太は額を押さえてため息を吐いた。万能かと思われた魔法だが、思っていたより使い勝手は悪いらしい。


「なるほど。じゃあシャルロットに怒られないためにも別の手を打とう。ちょっと武器庫行ってくる」

「何をするつもりじゃ? ワシも一緒に行くぞ」

「ダメだ待っててくれ。これ以上人間サイズの穴を増やされたら困る」


 謁見の間からイブを運ぶのも疲れるし、勝手に移動されても困る。つまりイブにできるのは、謁見の間でジッと待つことのみだ。


「次でできそうな気がするんじゃ」

「ダメだ。もしまた失敗して怪我でもされたら俺がシャルロットに殺される」


 イブの責任を代わりに取れと怒られる可能性が高すぎる。何せシャルロットは人間を嫌っている。まあ魔族なら当然なのかもしれないが、圭太を排除できる機会があれば見逃してくれるとは思えない。


「むう。主が壊されては確かに面白くないやもしれぬ」

「また殺されてもいいとか言われるかと思ったぜ。とりあえず待っててくれ」


 子供のように唸るイブに安堵して、圭太は謁見の間を後にした。



「というわけでやってきました武器庫です」

「どうしてわたしは呼ばれたんだ?」


 虚空に向けて圭太が呟き、シャルロットは怪訝な瞳で変な行動を取る勇者見習いを睨んでいた。


「聞くところによるとシャルロットは超強い剣士なんだろ?」

「まあただの人間よりは強いな」

「なら色々と頼れる部分もあるんじゃないかなと思って」


 武器庫に向かう途中で圭太は彼女を見つけた。まだ仕事中だったのか小さく唸っていたシャルロットに気分転換になるからついてきてくれと説得した。首が飛びそうになった話は省略する。


「わたしも忙しいんだが?」

「まあまあ。イブを助けると思ってさ」

「むっ、イブ様の助けになるのなら」

「助けになるさ。なんならシャルロットのおかげだって報告してもいいんだぜ」

「ほう。分かっているな」


 圭太の予想通り、シャルロットはイブのためならなんでもやってくれる。

 正直ちょっと不安だ。今回は本当にイブのために動いているが、そうじゃない場合でも彼女は簡単に従いそうである。詐欺の恰好の餌食だろう。騙されないか心配だ。


「話が早くて助かる。じゃあまずはこの盾に穴を開けてくれ」

「は?」

「大きさは……そうだなこの鞘がはまるぐらいでいいや。ほい」


 大型の丸い盾を二枚、シャルロットに投げ渡した。たいそうな紋章が刻まれているから目印には困らないだろう。


「いや待て。この武器庫にあるのは軒並み神造兵器なんだぞ?」

「イブからも聞いたよ。だからシャルロットに頼んでるんだ」

「いいや分かってない。神造兵器はイブ様ぐらいしか破壊できないんだぞ?」

「だろうな。まあ失敗してもタワーシールドの形整えればいいか」


 予想通りの性能に無関心な反応を示し、圭太は代用品となりそうな大きな長方形のシールドを選別していく。サイズは圭太よりも大きい。形を整えるのに苦労しそうだ。


「おい」

「頼んだぞシャルロット。イブに自慢したいんだろう?」


 圭太は不敵に笑い、シャルロットは青ざめた。



「お待たせ」


 圭太は疲労困憊のシャルロットを乗せた試作品を持って、謁見の間へと戻ってきた。


「遅いぞケータ! もう日が暮れてしもうたではないか!」

「悪い悪い。予想外に時間がかかってな」


 怒鳴るイブの言う通り、昼頃に謁見の間を出たのにもう空は暗くなっていた。天井のない部屋だから、変化も分かりやすい。


「砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな砕けるな」

「……シャルルに何をしたんじゃ?」


 イブの髪が揺れ始める。イブから魔力が洩れているのだとなんとなく分かった。

 圭太は魔力を感知できない。それなのに魔王の魔力は直感で理解させられる。魔力を感じ取れたなら、魔王の濃厚な魔力に卒倒していたかもしれない。


「手伝ってもらったというかほとんどしてもらっただけだ。おかげで完成したぜ」


 冷や汗で背中を濡らしながら、圭太はシャルロットを退ける。


「てれれてってれー。くーる―まいすー」


 世界一有名な青狸のようなだみ声で、シャルロットとの合作、というよりほぼ彼女一人に作らせたイスをイブに差し出した。


「なんじゃこれ?」


 やはりこの世界には車イスはなかったらしい。イブはコトンと首を傾げる。


「車イスって言ってな。文字通りイスに車輪つけただけの乗り物だ」

「ほーうほうほうほう。初めて見るのじゃ。これはケータの世界のものか?」

「まあな。使ったパーツは違うけど」


 車輪の代用に盾を、取り付けのパーツには無造作に投げられていた剣の鞘を使用している。

 恐らくこの車イス一台でめちゃくちゃな値段になるだろう。それこそ圭太が知る本物の何十倍もの金額だ。世界に一つしかない特注品である。


「自分の世界の技術は使わぬと言うておらんかったか?」

「医療関係だからな。原理自体は単純だし」


 ファンタジーな世界なのだから馬車はあるだろう。原理としては馬車でも使われている車輪をイスにくっつけただけだ。特殊な技術は使っておらず目の付け所が違う範囲内での工作だ。文明を破壊するには至らない。


「ケータが良いのなら構わぬ。座ってもよいか?」

「もちろん。イブのために作ったんだからぜひ使ってくれ」


 圭太は頷いて、車イスを押してイブに近付く。取っ手もつけた。これで操作に不慣れなイブのアシストもしやすくなる。

 シャルロットを乗せていたのは試運転をかねてだ。少なくとも今の段階で大きな問題はなかった。


「砕けるな砕け――」

「シャルル」

「はいなんでしょう」


 イブが名を呼ぶだけで、頭を抱えて虚ろに呟き続けていたシャルロットは正気に戻った。

 彼女には悪いことをしてしまった。神造兵器はその耐久性が故に加工が難しかったようだ。力加減を間違えて何枚か盾をダメにしてしまった。


「乗せよ」

「かしこまりました」


 シャルロットはイブのわきの下に手を回し、イブはシャルロットの首の後ろで自分の手を掴む。

 圭太が教えた、といってもテレビで見ただけだが、介護者の抱っこの仕方だ。確かテレビでは体を起こすために使っていたように思うが、まあ些細な違いは二人の筋力でカバーしてくれるだろう。


「おおっ、なんじゃ変な感じがするのう」


 車イスに腰を下ろしたイブは固定されていない感覚に戸惑ってか子供のようにはしゃぎ声をあげる。

 外見に見合った反応だ。実年齢は聞いていないので、あくまでも外見でしか年齢は予測できない。


「動くぞ」


 圭太はイブに宣言してからゆっくりと車イスを押す。銀髪の少女は楽しそうに反応した。


「乗り心地はどうだ?」

「悪くない。実に快適じゃ」

「神造兵器に感謝だな。盾が衝撃吸収してくれるから素人の急造品なのに揺れがほとんどない」


 神が作った盾だからか、衝撃は吸収してくれるしある程度雑に扱っても問題ないぐらい頑丈だ。

 この盾を加工したシャルロットはさぞ大変だっただろう。


「これで一人の移動も楽になるだろ?」

「うむ。これは便利じゃ。褒めてやろう」

「そりゃあ光栄だ」


 これで穴が増えることもない。圭太は安堵の息を車イスの少女に気付かれないように零した。

 十分後、ようやく疲労が抜けてきたシャルロットに謁見の間の穴がバレて、イブと圭太はそろって怒られた。

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