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第三章十七話「反乱軍」

 懐も温まった圭太は路地を探索していた。


「さて、どこに隠れているのやら」


 目的はもちろん反乱軍の居場所を突き止めることだ。

 酔っ払いのおっさんたちは反乱軍は入り組んだ路地の先にいると言っていた。だから圭太は路地を歩いているのだが、残念ながら人っ子一人いない。

 普通ならがっかりするかもしれないが圭太の期待値はうなぎのぼりだ。

 反乱を企てているような犯罪者集団が、人目につく場所にアジトを構える理由がない。おっさんの情報はどうやら正しかったようだ。


「止まれ」

「ビンゴ。いいね今日はついてる」


 そろそろ遭遇するかなーと思っていると、背中に冷たい感触が当たった。

 気配は背後。くぐもった声は布か何かで顔を隠しているからだろう。正体がバレないようにするための対策だろう。実にくだらない。


「お前は何者だ?」


 後ろにいるのは男のようだ。低い声と共に圭太の背中に突き付けている冷たい金属、恐らく短剣だろう、に力を入れる。

 圭太は抵抗するつもりがないので、とりあえず両手を頭の後ろで組んだ。


「初めまして俺は旅人。どうして囲まれているのか教えてくれないか?」

「とぼけるな!」


 圭太が背後の男ではなく、物陰に潜んでいる何者かに微笑みかける。

 後ろで短剣を持っている男の怒声が静かな路地に響く。嘘は吐いていないんだけどなあ。


「やめてくれよ。肌に合わないんだ。後でニキビができたらどうしてくれる」


 圭太は周囲の気配に気付いていた。布がこすれる音、できるだけ殺そうとしている呼吸音、そして圭太に警戒心をあらわにしている視線たち。数は三十ほど。規模が大きくないのか、まだ戦力を隠そうとしているのかは分からないが、結構な興味を引けたようだ。

 恐らく背後にいる男は鉄砲玉だろう。試すつもりらしいが、舐められているようだ。


「ふざけるのもいい加減にしろ!」

「おおっ怖っ」

「キサマァ!」


 下っ端と話をするつもりはないので圭太がおちょくってやると、男は短剣に更なる力を加える。背中にチクリと痛みが走った。


「とりあえずその剣を離してくれないか?」


 小さな傷ができたかな。ナヴィアにはなんとしても隠し通さなければとか考えながら、圭太はようやく背後の男に意識を集中させる。

 分かるのは息遣い、そして力が入りすぎているのかたまにすり足となっている砂利を滑る音。緊張しているのか心臓の音も聞こえてくる。


「自分の立場を分かっているのか?」

「分かってるって。文字通り背中に痛いほど。だから震えて足が滑りそうになる」


 それだけの音で、大まかな位置と姿勢が分かった。

 圭太は反転し、勢いに乗じて短剣を払う。突然の行動に驚いている男を尻目に短剣を持っていた右手首を掴んでひねり上げて剣を落とし、同時に足を払って地面に叩きつける。


「――こんなふうに」

「がっ」


 掴んだままの男の右腕を背中に回して拘束し、うつぶせの男に馬乗りになって初めて圭太は瞳に光を宿す。

 剣呑な光は男ではなく、周囲に隠れている反乱軍に向けられていた。


「お前らは何者だ? ああ別に答えたくないなら答えなくてもいいぞ。コイツは殺すけど」

「アアァァァア!!」


 圭太が掴んだままの手首を男の頭に向けて動かしていく。ミシミシと音がした。


「待て待て落ち着け。話をしようじゃないか。な?」


 物陰から穏やかそうな青年が姿を現した。

 眼鏡をかけた短い茶髪。線は細く、戦いに明け暮れているとはとても思えない。モデルをやっていると言われたほうがまだ納得できる。

 またイケメンか。もはやため息しかでない圭太はイラっとした気分を組み伏せた男にぶつけそうになるのを必死に我慢する。


「名前は?」

「俺はロイ。反乱軍のリーダーをしている」


 やっぱりか。この世界でイケメンって大体重要な役割だからな。

 イケメンイコール重要人物の方程式ができつつある圭太は、たいして驚かなかった。


「俺は圭太だ。今更かもしれないがキテラの仲間じゃない」

「なんだそうだったのか。じゃあソイツを離してやってくれ。貴重な仲間なんだ」

「だったら武器を下げさせろ。お互い傷つくのは嫌だろう?」


 分かっているんだぞ。お前ら反乱軍が物陰からこちらに弓を向けているのを。剣を抜いていることを。


「分かった」


 ロイは右手を上げて左右に振った。するとあっさりと圭太に向けられていた敵意が収まる。

 どうやら要求を受け入れたようなので圭太も立ち上がることで男を解放した。


「それで、ケータはなんでここに来た」

「話をしにきた」


 圭太は試す目的で瞳に殺意を宿らせる。

 上手くできている保証はないが、圭太の殺意に気付かないようでは使えない。お荷物になるだけだ。もし気付いたとしても怯えるようでは話にならない。リーダーというのは嘘だと判断できる。

 ロイの反応はそのどちらでもなかった。圭太の殺意に気付いて眉を上げて、怯えるどころか逆に殺意をぶつけてきた。

 どうやら慣れているらしい。圭太はロイが本当に反乱軍のリーダーなのだと判断した。


「はぁはぁ。コイツ恐ろしい手練れですよ気を付けてくだせえ」

「見りゃ分かる。いいからさっさと見てもらってこい」


 圭太がロイを試している間に男は下がり、リーダーに報告をしてから物陰へと消えていった。

 仲間に治療してもらっているのだろう。少なくとも男が消えた物陰は無防備だ。弱点を一つ見つけた。


「話ってのは何のだ? 俺たちはお前に話なんてないが」

「仲間が一人、キテラの手にある」


 騙すつもりはないので、圭太は簡単に自分が置かれている状況を説明した。

 ロイの興味を引けたようだ。片方の眉がピクリと動く。


「へえ。大変だな。だから?」

「俺と他の仲間だけで助けてもいいんだが、いかんせん手が足りない。だからよこせ」

「よこせと来たか。却下だ。攻撃用意」


 圭太のあまりに正直な態度に苦笑いを浮かべ、ロイは右手を上げる。

 右手が下ろされたとき、多分そのときが反乱軍が一斉攻撃してくるタイミングだろう。

 人間三十個ぐらいは大した敵じゃないが、使える戦力を減らすような真似はしたくない。


「いいのか? そっちもタダじゃすまないぞ」

「どっちにしろ部外者に知られた時点で危ないっての。それとも何か? ケータは俺たち全員よりも強いって言いたいのか?」

「そのつもりだ。イロアス」


 圭太はイロアスを腕輪から斧槍へと変え、見せびらかすように頭上で一回転させた。

 物陰からこちらを観察している視線に若干の戸惑いが混じる。圭太の言葉をハッタリと捉えた者もいるようだ。嘲笑の気配も感じる。


「驚いた。武器を隠しているようには見えなかったんだが。どこに隠していたんだ?」

「内緒だ。それより覚悟しろよ。俺は魔族の住む大陸から帰ってきた男だからな」


 圭太はロイを睨み、ロイも圭太を睨み返す。

 お互い戦意は十二分。片方が動けばすぐさま相手を倒そうと動く気でいる。

 圭太とロイによる無言の均衡。動いたのはロイだった。


「へえ。ハッタリってわけでもなさそうだ」

 ロイは上げた右手を左右に振って、また戦闘中止の命令を送る。

 お前らの命令はそんなに単純でいいのか。と圭太は思ったが言わないことにした。いらぬお節介なのは間違いない。


「随分とあっさり信じるんだな」


 もちろん信じてくれたほうがありがたいが。と圭太は続けて言った。

 数の差を活かせば圭太を制圧するだけなら可能かもしれない。むしろ不可能と考えるほうがおかしい。戦力は三十倍の差があるのだから。

 圭太は三十人集めたぐらいで止められるほど安い強さではないのだが、ロイが知っているはずがない。


「これでも人を見る目には自信があるんだ。嘘かどうか聞き分ける耳もな」


 つまり圭太が嘘を吐いていないと判断したわけか。

 根拠がないだろうに。圭太は鼻で笑うが反乱軍の面々から異論の気配は感じない。ロイの目と耳はよほど信頼されているようだ。


「それでキテラを倒すのはいいが、策はあるか?」

「ない。強いて言うなら正攻法だ。人手がいる」

「俺たちに頼るのは肉の壁が欲しいからか」


 間違ってはいない。だが、ロイの予想は正しくもない。


「キテラには通じないだろ。数が欲しいのは一般兵を退けるためだ」


 キテラの魔法はチリ一つ残さない。肉の壁なんてあってないようなものだ。

 使い道がないのに命を捨てるなんて無駄すぎる。使わなければもったいない。


「ほう? じゃあキテラ自身には対抗するための策があるってわけか?」

「こっちには魔力を妨害する人間がいる。キテラが作ったゴーレムぐらいならまとめて処理できる優れものだ」


 圭太はシリルをモノ扱いしているが、当の本人は気付いていなかった。


「何? 冗談だろ?」

「本当さ。嘘かどうか聞き分けられるんだろ?」


 さっき自分で言ったんだ。忘れたとは言わせないぞ。

 圭太が試すように笑うと、ロイは腕を組んで頷いた。


「そうか。なるほど。それなら俺たちでもキテラを倒せるかもしれない」

「こちら側も魔法が使えない可能性がある。だから協力してくれないか?」


 まあ圭太本人は魔法が使えないからどうでもいいのだが。ナヴィアのためにも肉の壁はあったほうがいい。

 相手はキテラじゃないのだからなおさらだ。


「面白いじゃないか。いいぜ乗った」

「本当にあっさりだな。いくら何でも即決過ぎないか?」

「仕方ないだろ。お前は一つも嘘を吐いていない。信憑性はないが信頼はできる」


 ロイは満足げに頷いている。

 確かに嘘は吐いていない。だがそれは結局ロイの感性での話だ。一つの組織を率いる立場として、己の勘に任せててもいいのだろうか。

 圭太は自分とはまったく関係ない反乱軍の将来が不安になった。


「ただ一つ教えろ。どうして俺たちを頼った? ケータなら一般兵ごときに手を焼かないだろ」


 ロイの鋭い視線が貫き、いらぬ世話を焼こうかと考えていた圭太は息を呑んだ。

 なるほど納得した。ロイは油断ならない。ちゃんと考えたうえで行動している。当てずっぽうで動いているわけではなさそうだ。


「まあな。数人厄介なのがいるが、魔力を無効化してしまえばこっちに分がある。本当は俺たちだけでも不可能じゃないんだ」


 正確には圭太一人なら、だ。ナヴィアもイブも許してくれそうにないので提案はしなかった。要はステルスミッションだ。


「でもそれじゃお前らが浮かばれないだろ? せっかくの反乱軍だ。大仕事の一つぐらいしないとな」

「は、ははっ! 正気かよお前。俺たちに気を使ったのか?」


 ロイは腹を抱えて笑い出した。そんなに不思議なことを言っただろうか。


「楽になるのは確かだしな。キテラは勇者の一味の中でも一番厄介だ。できるなら下手な消耗は避けたいってのが正直なところだよ」


 キテラは今までとは違い権力があり兵力があり戦術がある。

 誘導に簡単に引っかかるような奴じゃないし勝手に自滅してくれることもない。これ以上ないぐらいの厳しい相手。ようやくまともな相手だとも言える。


「くっくく。どこまでも正直だなケータは」


 圭太の言葉のどこが面白いのか分からないがロイは楽しそうに腹を抱えている。なんとなくイラっとした。


「野郎ども! 戦争の準備だ! やっと俺たちの出番が回ってきたぞ!」


 ロイが圭太にではなく、背後に隠れていた反乱軍の仲間へと高らかに宣言する。今まで隠れていたはずの三十人が雄たけびをあげた。


「ケータ。お前の考えている作戦を俺だけでいいから全部教えろ」


 明らかに士気が向上している反乱軍の面々に頷いてから、ロイは圭太に耳打ちをした。

 やはり油断ならない。反乱軍なんてもののリーダーをしているだけはある。


「分かった。俺も仲間に顔合わせしてもらったほうがありがたい。ついてきてくれ」


 圭太は頷いて華麗に踵を返す。

 ロイは軽く指示をいくつかしてから走って追いついてきた。華麗に翻した手前ちょっと待つとき恥ずかしかったのは内緒である。

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