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第三章十六話「世界一堅強な牢獄」

 町外れにある寂れた酒場。


「えっ牢獄を破るつもりなのかい?」


 顔を赤くしている酔っ払いの素っ頓狂な声が響き、酒場にある視線が一斉に集まる。


「ええ。と言っても実際にやるつもりはありませんよ。友人同士で言い争いになりましてね。どこの監獄が一番強いのか気になりまして」


 圭太が酒場に似合わない朗らかな笑みを浮かべ、視線の興味を削ぐ。

 圭太は情報収集のため何食わぬ顔で町に入り込んでいた。検問所はあるが誤魔化す方法はいくらでもある。以前と違って一度経験したというのも大きい。

 そして、あまり大きな顔ができない圭太は町外れの小さな酒場に堂々と入り込んだ。酔っ払いなら多少の不穏は流してくれる。話し相手としてはちょうど良かった。


「また難儀な話をしてたんだな」

「まったくです。我ながら笑っちゃいます」


 圭太は肩をすくめ、どう考えても破綻している設定に自嘲する。

 友人と牢獄の破り方で白熱した議論になるなんて、脱獄犯同士の特殊なコミュニティでもない限りおかしすぎる。


「友人が一番頑強なのはキテラ様の牢獄だと言いましてね? 反論の材料が欲しいので聞いて回っているわけです」


 もちろん嘘だ。キテラの牢獄しか知らないだけだし他と比べて頑強なのかどうかも知らない。


「場合によっちゃお前さんが連れ込まれるなそれ」


 酔っ払いはガハハハッと豪快に笑う。酒に酔わなければ気配り上手なお調子者のオッさんなのかもしれない。


「それが困りものでして。どうにか弱点を教えていただけませんか?」

「と言われてもな」


 おっさんが困り顔になり、会話を聞いていたのか別のおっさんが会話に割って入ってきた。やっぱり酔っ払っている。


「悪いなにいちゃん。この町で生きている俺たちが知っているわけがない」


 期待はしていなかったが、話に乱入してきたおっさんは首を横に振る。


「そうだそうだ。いい噂。にいちゃんにとっては悪いもんならいっぱいあるが、弱点なんて聞いたことがない」

「そうですか……ちなみにその噂というのは?」


 難易度は痛感した、とは言えない。

 キテラの誘いに乗って抜け穴を見つけ、シリルによる想定外の魔法により窮地は脱した。

 情報は欲しい。たとえキテラの守る牢獄がどんな評判なのかであっても、聞いておいて損はない。


「堅牢要塞。陸にある絶海の孤島だ」

「そうそう。噂じゃ脱走はもちろん侵入も難しいらしい」


 予想を超える評価に圭太の眉間にしわが刻まれた。


「まあキテラ様に目ぇつけられたら一発だけどな」

「違いない」


 おっさん二人がガハハと笑う。

 とてもうるさい声量に周りの目が再び集まるが、話題の中心である圭太は考え込んでいて気にしていない。


「侵入も難しいのですか? 穴は一つもない?」

「ない、らしいぜ。俺たちだって入ったことはないから分からないが」


 入った経験があるほうが珍しいだろう。

 おっさんの言葉を冗談だと受け取った圭太は初めて微笑む。


「人が通る穴ぐらいはありそうですが」

「そんなのが開いていたら大ごとだろうよ」

「頭よさそうなのに残念だなあ」


 ごもっともだ。おっさんたちの言う通りである。

 常識的に考えて、人が逃げられる大きさの穴が牢獄に開いているわけがない。

 このおっさんたちは知らない。キテラがゴーレム精製用に大穴を開けて放置しているなんて、圭太も信じられないぐらいだ。


「そうですか。世界一堅強な牢獄対決では友人に負けてしまいそうですね」

「諦めるんだな。残念だったなあにいちゃん」


 圭太はふむとわざとらしく唸った。

 欲しい情報のほとんどは得られなかった。それどころか何も情報を持っていないようだ。

 町の中心部に行けば話は変わるだろうが、圭太はお尋ね者だ。あまり動き回るわけにもいかない。

 おっさんの言う通り、情報を集めるのは諦めたほうがいい。


「にしてもどうしてにいちゃんはここの牢獄を毛嫌いしてんだ?」


 おっさんの一人が圭太がもっとも答えにくい質問をした。


「牢獄が好きな人はいないでしょう?」


 圭太は微笑みを浮かべ首を傾げた。

 来て欲しくはないと思っていたが想定していなかったわけではない。牢獄の弱点を聞くのだ。興味を引かないと考えるほど楽観主義ではない。


「確かにそうだが、その身なりからして旅人だろ? 別にどこの牢獄だって変わらないんじゃないか?」


 圭太は動きやすさ重視の服と体のシルエットを隠す薄汚れた外套をまとっている。一目で旅人だと分かるだろう。

 まあ、そもそも友人と議論になったところから嘘なのだから、敵視も何もないのだが。


「前評判ですよ。ここを治めているキテラ様が独裁者だと聞いていたからです」


 圭太が変わらない朗らかな笑みを浮かべながら、まるで世間話のように正直な気持ちを口にする。


「……にいちゃん。それは言っちゃあいけねえよ」


 それまで人のいい笑みを浮かべていたおっさんたちの表情が凍りついている。

 独裁者の悪口なんて処刑ものだ。町外れだから兵士こそ来ないが、町の住民が嫌がるのも無理はない。


「どうしてです? おじさんたちは楽しそうに笑っていました。独裁者ならもっと怯えたような顔になるでしょう?」

「そりゃあな。キテラ様はめったに表に出てこない。何かやらかしでもしない限り」


 キテラは独裁者である。でもそれ以前に統治者でもある。

 不穏分子の排除以外にも仕事はたくさんある。外交や法体制の整備などだ。よほどのことがなければキテラ直々に動くこともないだろう。


「ですが検問の兵士の方々は震えていました」

「ミスをすれば殺される。兵士は特にそうだ。俺たちだって盗みでもしようものなら一発で殺される」


 キテラに迷惑しているのは一部だけのようだ。それ以外は平穏に過ごしていれば無事らしい。

 だとすれば、シリルの故郷みたいな事態は稀なのだろうか。


「そこは収監ではないのですか」

「ああ。牢獄なんてたいそうなもんに俺たちみたいな庶民が入れるかよ」


 なんということだ。牢獄に入れるのは上流階級だけの特権らしい。

 イブがいてくれて助かった。じゃなければ盗みを働いた圭太は即刻灰になっていた。


「それは恐ろしい。こんな話をしているだけでも危ないのでは?」

「そうなんだよ。だから今度からキテラ様が独裁者みたいな話はするな。命が惜しいならな」

「分かりました。ご忠告ありがとうございます。ああ、後これはついでなのですが」


 やっと分かってくれたかとばかりに安堵するおっさんたちに、圭太は微笑んだまま頭を下げた。


「臆病者にもなれなかった愚か者の噂は聞いたことありますか?」


 キテラの恐ろしさに震えて耐えられず、愚かにも倒そうと考えているような輩を知らないか。

 圭太は酔っ払い相手だから大丈夫だろうとタカをくくって、一番知りたい情報についてたずねてみた。


「は? おいにいちゃんまさか」

「いいえ違います。ただもしかしたらと思っただけです。クリス様のいる町でも似たような邪教徒に出会いましたから。こっちにまで火の粉が飛ばないように注意したいじゃないですか」


 実際圭太は邪教徒に迷惑をかけられた。あまりに迷惑だったので壊滅させたぐらいだ。かかわろうと近付いたのは圭太のほうだったけど気にしてはいけない。


「俺たちゃ知らねえ。入り組んだ路地に近付かない俺たちはな」

「そうですか。ありがとうございます。入り組んだ路地には近付かないよう心がけますね」


 反乱軍は入り組んだ路地のどこかに巣食っているらしい。それさえ分かれば十分だ。

 圭太は微笑みを浮かべたままもう一度頭を下げた。


「あ、そうそう」

「なんだよまだあるのか?」

「いやこれは大したことじゃないんですが」


 あまりにも色々と聞きすぎたせいか、おっさんたちはあからさまに警戒しだした。


「昼間から飲んでいたら色々と危ないですよ? 健康面でも体裁的にも」


 情報を話してくれたことに感謝を込めて、圭太はおっさん二人の肩を叩く。


「はっはっはうるせえよ。飲まずにやってられるかっての」

「そうだそうだ。俺の商売を邪魔すんじゃねえよ」

「そうですか。これは出過ぎた真似を」


 ガハハッと豪快な笑いをいただいた圭太は一歩下がった。


「ではこれで帰ります。くれぐれも体を壊さないよう」

「おう。にいちゃんもよい旅路を」

「ありがとうございます。おかげで稼がせてもらいました」


 最後はおっさんたちには聞こえないように、圭太は呟いた。

 圭太の懐には、勝手に拝借したおっさんたちの飲み代が仕舞われている。

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