第三章十五話「頼っても」
「悪かった!」
シリルの家にて、圭太は頭を勢いよく地面にこすりつけた。もはやめり込みそうな勢いだ。
「お前が女だとは思わなかったんだ! 頭を下げただけで許されるとは思ってないけど、どうか命だけは!」
かなり失礼なことを言っているが、必死な圭太は気付いていない。
仕方がないのだ。シリルは子供。二次成長期を迎えていない体は性別の判別が難しい。しかもオレっ娘だし口調は男勝り。声変わり前なんて男女似たようなものだ。どうして区別ができるのだろう。
圭太は半ば開き直るように口の中で言い訳を並べる。もちろん土下座の姿勢は崩していない。
「……なあ、ホントにコイツは勇者一味を相手にしたのか?」
シリルは必死に頭を下げている圭太ではなく、一緒に帰ってきたナヴィアに話しかける。
声音が呆れかえっているように聞こえる。当然だ。自分の性別を絶賛全否定中なのだから。怒りを抑えているだけでも大人な対応だと思う。
「はい。頭を地面にこすりつけているケータ様こそ、勇者の盾と聖人を倒したお方です」
「しかも一人じゃないのか。世の中分からんもんだな」
なぜか誇らしげなナヴィアに、シリルは困惑した顔になった。
今の圭太からはとても予想ができない。こんなに情けない姿を晒している彼が、本当にかの英雄を二人も倒したなんて。
「おい」
「はいごめんなさいまだ使う価値があるので命だけはどうかお許しくださいそれ以外なら何でもしますから」
声をかけられた圭太はさらに深く頭を下げる。頭蓋骨がミシミシと鳴った。
「何言ってんだ。違う。頭を上げろ」
「あごを蹴り飛ばすんですね分かります」
「誰がやるか」
頭を上げながら圭太は目を閉じるが、慈悲深いシリルは暴力で解決しない選択肢を選んでくれた。
「お前、勇者の仲間を二人倒したんだよな」
それどころか圭太を罰する気配もない。シリルの興味は今までの戦果であり圭太のことなんてどうでもよいのだろう。
なんだか自分で言って悲しくなってきた。
「俺というか魔王というか。俺一人じゃ誰も倒せなかったと思うけど」
圭太一人だったら間違いなくサンを倒せなかった。クリスに関しては一緒に魔物を倒しただけだ。戦ってすらいない。
過大評価に圭太は頬をかく。どうせナヴィアが吹き込んだのだろう。ちょっと大げさに話をするのは困りものだ。
「話が違うんだが?」
「ケータ様は作戦を考えるのが上手なんです。魔王様をあごで使えるのはケータ様ぐらいなんですよ」
「とてもそうは見えないけど」
シリルはナヴィアを胡散臭そうに睨むが、エルフの少女は変わらず誇らしげに胸をはっていた。
ナヴィアに話をしても無駄だと感じたのか、シリルは首をひねりながら圭太を見つめ直す。
「オレはお前を誤解していた。いけ好かねえ人の足元をすぐ見る下種野郎だと思ってた」
「まあ間違ってないぞ」
「違います!」
圭太としては正直な気持ちだったのに、即答で肯定したらナヴィアに怒られてしまった。
「でもお前は、助けを求められたら絶対に叶えてくれるんだよな」
「あー、確約はしたくないけど」
絶対だと断言はできない。残念ながら未来は不確定だ。誰にも分からないことを約束することはできない。
「俺にできることはする。どれだけボロボロになってでも、最善を尽くすつもりだ」
少なくとも諦めるなんて真似だけは絶対にしない。
圭太は前世で命を諦めた。せっかく拾われた命だ。両足を犠牲にしたイブのためにも、使い切らなければ申し訳ない。
「今回はオレが助けを求めた。だから」
「ああ。絶対にキテラは倒す。どのみち倒さなければならない相手だ。シリルに頼まれなくてもやるつもりだったけどな」
なぜか不安そうな顔をするシリルを安心させようと圭太は自信満々に微笑む。先ほど土下座していた人物とは思えない。
「頼っても、いいのか?」
頼ってもいいのかだって。当然だ。助けを求めてきたのに手を振り払うわけがない。
「言っただろ? 目的が同じなんだから裏切るわけにもいかない。シリルがキテラに味方しなければ敵対することもないさ」
「するわけないだろ!」
あり得ないだろうけど、と圭太が口の中で繋げるとシリルは眉を吊り上げて怒鳴った。
「じゃあ頼ってくれ。さっきも言ったけど俺たちの最高戦力は奪われている。それでも一人よりはマシはずだ」
圭太たちの戦力は少ない。少なすぎる。今は猫の手でも借りたいところだ。猫と比べれば魔力を無効化する子供の手は戦力として十分すぎる。
そして圭太やナヴィアといった戦闘慣れした戦力はシリルにとっても必要なはずだ。キテラにはまだ届かないだろうが、戦力は多いに越したことはない。
「……分かった。頼りにしてる」
シリルが俯きながら手を伸ばす。髪の間から見える耳は赤くなっていた。
「おう。頑張るよ」
シリルの意図をすぐに理解した圭太は彼女の手を取って力強く胸を叩いた。
期待に応える。ヒーローとしてこれほどの仕事はない。
「ですがケータ様。具体的にどうするおつもりですか?」
圭太が気持ちよく微笑んでいると、頼りになる従者が現実に引き戻した。
「戦力はこの場にいる三人のみ。頼りの綱である魔王様は牢獄の中です。現状勇者一味の討伐は不可能だと判断します」
「なっ」
「ナヴィアの言う通りだ。今回は状況が絶望的すぎる。勝つためにイブを救出しなければならないが、俺やナヴィアでも敵わないような人間が五人常に監視している」
ナヴィアは簡単に戦力差と予想を口に出し、シリルは絶句し、圭太は頷きつつ補足説明を加えた。
戦況はすこぶる悪い。このまま正面からぶつかっても負けるのは目に見えている。個々の戦闘能力としても数としてもこれほど相手が悪かったことはなかった。
「おいホントに勝てるんだろうな?」
シリルは柄にもなく心配そうな顔になっていた。
「だから言ってるだろ。このままじゃ無理だ」
「は? さっきまでの威勢はなんだったんだ?」
「現状認識は大事だって言わなかったか? まずは何事も認めることだ」
そうまずは認める。戦力の差を。キテラの狡猾な頭脳とずば抜けた戦闘能力を。自分たちに何ができて何をしなければならないのかを。
「オレが頭を下げたのに無理って言ったのはお前だろが」
「だーかーらー。今は無理ってだけで対策がないわけじゃないっての」
どうやらまだよく分かっていないシリルに、圭太はやれやれと手を挙げた。
何事も、たとえどんな窮地に陥ろうとも手はある。詰みにはまだ早い。
圭太と同じように戦力を数えているキテラだからこそ、慢心している可能性がある。
「今回はどうするんですか?」
ナヴィアが聞き逃せない言葉を付け加えて首を傾げる。
今回はって。まるでいつも何か悪だくみをしているようじゃないか。間違っていないけど。
「まずはいつも通りだ」
「なるほど。いつも通りですか」
「なんだよいつも通りって」
圭太の言葉にナヴィアは納得したように頷き、いつも通りでは伝わらないシリルがはてと首を傾げた。
「情報収集。シリルは知らなそうだな。情報は一番の武器になるんだぜ」
まずは情報だ。何をするにも、もっとも強い武器を調達する必要がある。
「そんな悠長な時間はない!」
「じゃあどうするんだ? 全員で玉砕か? 倒すどころかキテラの顔も見れないと思うぜ?」
シリルが怒るのは予想の範囲内だったので、圭太は冷たく言い放った。
無暗に突っ込むのは得策ではない。神風は吹かない。当然勝利の道もない。
「ぐっ、お前らの実力なら何とかなるだろ。勇者の仲間を二人も倒したお前らなら」
「ならない。夢を計算に入れてもことは成せない。それにキテラは今までの奴とは格が違う。能力としても性格としても」
圭太はキテラをかつてないほどに評価していた。こちらに必要最低限の情報しか渡さないよう注意していたことも強引に接触して心を折ろうとしたことも、とても効果的だった。
今までみたいにしっぽを掴めなかったわけではない。しっぽを掴ませないように動いていたのだ。
戦う相手には不足がないと感じる一方で、万全でなければ勝てない相手だと評価していた。
「勇者たちの中で一番強いってのかよ」
「否定はしない。少なくともサンやクリスだったら村を丸ごと焼き払うなんてしなかったはずだ」
サンもクリスも慈悲がある。甘い人間だと言えば聞こえが悪くなってちょうどいい。恐らくだが勇者も村に住んでいた人間皆殺しとはしなかっただろう。
キテラは残忍さとか目的のためなら何でもするという芯の太さという点では最強かもしれない。
仮に心を折ろうとすれば、それこそ圭太は悪魔にならなければならない。
「あの二人は非道を行うような人間ではありませんからね。被害は少なく済んだでしょう」
どちらにも接触して、二人の人柄をよく知っているナヴィアは圭太の意見に同意した。
「正面から戦うわけにはいかない。だからこそ情報を集める。弱点を見つけないといけない」
「ぐっ、お前が戦い慣れしているのは認める。だけど情報を集めても戦力は変わらないだろ」
シリルのくせに痛いところを突いてくる。これは将来有望かもしれない。
「ああそうだ。たとえ致命的な弱点を知ったとしても俺たちの手が届かない可能性は依然高い。シリルの魔力があれば近付けるけど、まだ足りない」
例えばキテラが突如撤退した理由。それが分かっただけでも大きな前進だと思う。
だが弱点が一つだけでは足りない。キテラの全力を相手に生き残れるような情報が欲しい。
「だからこそ仲間を集める。反乱の舵を取ればやりようがある」
「反乱……!?」
「相手は独裁者だ。兵士でさえ震え上がるような怪物だ。火種はそこら中に転がっているだろ」
圭太は獰猛に笑みを浮かべた。
圭太たちには戦力が圧倒的に足りない。足らないのなら集めてしまえばいい。単純な話だ。
村を一つ、簡単に焼くような女だ。さぞ恐れられているだろう。
怖がりな人間は脅威を排除しようと動き出す場合がある。あとはその一団を圭太が仕切れば解決だ。
「俺とシリルで分かれて行動する。お前は反乱に手を貸してくれそうな奴を探してくれ。似た人間を探すだけだ。簡単だろ?」
「とても簡単だとは思えないけど、分かった」
シリルは顔を引きつらせていたが、一応頷いてくれた。
圭太も動くつもりではあるが、悲劇の主人公のほうが話は早いはずだ。同情も買えるしちょうどいい。
「ケータ様わたくしは」
「ナヴィアはシリルの補助に回ってくれ。俺は情報を集める。一人のほうが何かと動きやすいからな」
「かしこまりました。ご武運を」
シリル一人に任せるわけにはいかない。それにナヴィアは大手を振って町を歩けない。裏方に徹してもらうのが最適だ。
「ははっお前もな。ケガしてくれるなよ? 町全部を壊さないといけなくなる」
「気を付けます」
圭太がナヴィアに笑いかけると、彼女の顔は珍しく赤くなっていた。




