第三章十二話「この村で」
「思ったよりも簡単だったな」
身の丈ほどの獣を背負った圭太は、とりあえずの拠点兼シリルの家に戻ってきた。
狩りが終わったところだ。ナヴィアの教えもあって大物を狩れた。これなら三人揃って腹いっぱい食べられるだろう。
「つまらないです。ケータ様すぐ覚えてしまいますし」
隣を歩いているナヴィアは唇を尖らせてあからさまに不機嫌になっていた。
「拗ねんなよ。ナヴィアの教えが良かったからだって」
「最初の痕跡の見つけ方ぐらいしか教えられなかったんですが。後ほとんど独学で獲物追い詰めますし。わたくしよりも移動早いですし」
「あっあはははー。悪かった」
圭太は渇いた笑い声を出すことしかできなかった。
獣がいたという痕跡の見つけ方を教えてもらい、後は点を繋ぐように痕跡を追うだけの単純な仕事だった。
ナヴィアが最初の痕跡を見つけてくれていなかったらもっと時間がかかっていただろう。
「謝らないでください。ケータ様のおかげで大漁ですから」
「完全に皮肉だよなそれ」
圭太はジト目で睨む。エルフの少女はそっぽを向いていた。
確かにトドメは圭太だが、獣の足が射抜かれていなければ逃げられていたかもしれない。的確なアシストをしていたのに持ち上げられてもいい気はしない。
圭太とナヴィアが交代しながら獣を運んでいると、シリルの背中を見つけた。
小さな背中は地面に座り込んでいる。正面には土が盛ってあり、シリルの背中と同じぐらいの大きな石が突き刺さっていた。
「ケータ様あれは……」
ナヴィアも何かしているシリルを見つけたようだ。悲痛な顔になっている。察しが良いのはシリルの行いがこの世界の常識内だからだろう。
「ナヴィア。俺は用事ができた。一人で片付けといてくれるか」
圭太は背負っていた大きな獣をナヴィアに渡す。
仕方ないけどちょっと血生臭い。においが移ったかもしれない。今度川を見つけなければ。
「かしこまりました。獲物の解体はまた今度に」
「あっそうか。殺すだけが狩りじゃないもんな」
「はい。解体して食べられる状態にするまでが狩りですよ」
ナヴィア先生が満足げに人差し指を立てた。
「こればっかりは経験ないからな。ナヴィアに教えてもらわないとまったく分からない」
「ありがとうございます。では先に調理しておきます」
「気を使ったつもりはないんだけどなあ。頼んだ」
ナヴィアにお礼を言われた圭太は困ったように後頭部に手を置いて苦笑した。
獲物を背負い大きな風穴の開いたある意味解放感のある家へと戻っていくのを、圭太は手を振って見送る。
「よお奇遇だな。何してんだ?」
ナヴィアを見送った後、圭太は咳払いをしてから子供相応な小さな背中に話しかけた。
「――わざとらしい。騒がしいからすぐに気付いた」
振り返ったシリルはとても冷たいジト目で睨んでくる。
「そうか。まあ気にするなよ」
「なんで当然のように隣に座り込む」
「いいだろ別に」
圭太は素知らぬ顔でシリルの隣に腰を下ろし、手を合わせて目の前のお墓を拝む。
こういうとき宗教によっては念仏とか唱えるんだろうけど、さすがに異世界の宗教には詳しくないので圭太は口を閉ざしている。クリスに聞いておけばよかった。
「何して――」
「俺が生まれ育った場所ではな、お墓の前で手を合わせる文化があったんだ」
なんでそんなことをするんだと首を傾げるシリルに、圭太は軽く理由を説明する。
「なっ、オレは」
「気にするな。お前があの家に住んでいる理由もこの村に人がいない理由も聞くつもりはない」
隠していたかったのか声を荒げるシリルを、手を合わせるのをやめた圭太は優しく見つめた。
誰だって触れられたくない過去の一つや二つぐらいある。圭太だって前世の待遇はできれば思い出したくないのだから。
「お前、どこまで」
「よくある話だよ。シリルの年齢もあわせれば、何があったのかは大体予想がつく」
「……ホント、慣れすぎだろお前」
シリルが理解を諦めたのか重たいため息を吐く。なぜここで呆れられるのか理解できない。
圭太は既に予想していた。一人で廃墟としか呼べないような場所に住んでいて、信頼していた大人をおじさんと呼んで、キテラに復讐を誓っているのだから。これで想像できないとしたらよっぽど鈍いだろう。
「オレは、この村で生まれた」
ポツリと、小さな告白。
「だから言う必要は――」
「いいんだ。ただの独り言だから」
無理するなと止めようとすると、シリルは首を横に振って圭太の配慮を断る。
「……そっか。じゃあ何も言わないよ」
独り言なら圭太は止めることができない。圭太は関係ないのだから。
「この村はお金がなかった。よく分からないけどネング? とやらを払えないっていつも騒いでた」
かつてこの辺りは村だったのか。
気配を微塵も感じなかった。恐らくそれだけ激しいやり取りがあったのだろう。
「大人たちが焦ったような顔をしていたある日、あの女が来た」
「キテラか」
つい反応してしまった圭太は慌てて口を押える。
シリルは独り言を話しているのだ。圭太が口を挟んではいけない。
「あの女は、ネングを払えないのなら価値はないって言った。そして魔法で皆を焼いて回ったんだ」
シリルの顔を横目で見る。当時を思い出したのか悲痛に歪んでいた。
「オレは一人で逃げた。父さんや母さんが逃げろって言ったから。振り返らず走れって言ったから必死で走った。足は擦り切れて痛かったし涙は止まらなかったけど、それでも逃げた」
この辺りは森に囲まれている。森に逃げれば追手を回避しやすいという判断だったのだろう。
焦って逃げれば足を取られるだろうし擦り傷もたくさんできる。大人はキテラに襲われているし、精神的にも肉体的にもさぞ辛かったはずだ。
「あとで必ず追いつくって言われたのに、一晩経っても誰も来なかった。心配になって怖くなって、オレはこの村に戻ってきた」
年貢が払えない代わりに避難経路を準備していたのか。よく探してみれば避難所みたいなところも見つかるのかもしれない。
シリルには悪いが今後のために、一応確認しておこう。
「真っ黒になった人が広場に山積みになってたよ。誰が誰かも分からない、人型の炭が」
「……」
予想通りの展開に圭太は黙り込んだ。
地獄だっただろう。圭太は故郷が焼かれた経験はないが、家族を失った過去はある。
死にたくなるぐらい辛いのは身をもって知っていた。
「オレは皆を埋めてお墓を作った。そして皆に誓ったんだ。あの女の首を渡すんだって」
だけどシリルは圭太よりも強く、逃げるのではなく立ち向かう選択をした。
そして手に入れたのだ。牢獄に潜入できるぐらいの能力と一人でも生きていける逞しさを。
「……余計なお世話だと思うが、復讐したところで意味はないんだぞ」
「ホントに余計なお世話だな。オレが満足するんだからいいだろ」
「だよな。復讐者には通用しない理屈だ」
分かっていた。漫画やアニメの鉄板として存在していた復讐者は、ほとんどが人の言葉なぞ聞きやしなかったのだから。
言葉が届かないのは理解している。それでも圭太はこの子供を説得してあげたかった。
「俺は子供なんていたことないけど、それでも親が子供を心配する気持ちは理解できる。もし俺が親だったら、復讐なんて下らないことをせずに幸せに生きてくれと願うだろうな」
「調子に乗るなよ。お前は一体何様のつもりだ?」
自分の生きる理由を否定されて、シリルの瞳に明確な敵意が宿る。
やっぱりもう幸せがどうとか親が望んでいるからとかそんな理由では止められないのか。それなら現実的な話はどうだろう。
「でも、どうやって倒すつもりだ? シリルの魔力は確かに魅力的だが、あの魔法使いを倒すには手札が足りない。普通にやっても勝てるわけがない」
「そのためにお前らを助けたんだろうが」
「そうだろうな。だけど、俺たちは牙を抜かれた獣も同然。一番の武器は奪われたままだ」
圭太とナヴィアは脱出したが、今もイブはキテラの手の中にいる。
キテラを正面から倒せる可能性があるとすれば魔王であるイブだけだ。圭太たちだけで勝てる相手ではない。
「諦めろってのか? オレからすべてを奪ったアイツを、悠々と見逃せって言うのか!?」
「違う。俺はまだ、お前の頼みを聞いていない」
吠えるシリルはやっぱり止まらないようだ。
圭太はシリルに復讐なんてつまらないことはやめてほしいと思う。そういうのは子供の役目じゃない。
「助けてくれって頼めよ。死ぬかもしれないけど力を貸してくれって頭を下げろ。じゃなければ俺たちは分の悪い賭けを見捨てる」
そういう汚いのは圭太みたいなヒーローに憧れている愚か者の仕事だ。
「テメェ……!」
シリルは圭太の胸倉を掴み上げた。その目は衝動と理性がせめぎ合っているギリギリのものだ。ここで挑発を重ねれば圭太を殺そうとするかもしれない。
「いいのか、それで。俺たち以外で助けてくれる人はいないんだろう?」
「ぐぅっ」
だから圭太は事実を述べることで挑発しつつシリルを黙らせる。
「頼っていた人に裏切られたばかりだものな? お前も俺も目的は同じだ。俺なら裏切らない」
圭太の言葉はシリルにとって傷を埋める甘い戯言だ。
キテラに焼かれた男がシリルにどれだけ協力してきたのかは分からない。どれだけ信頼を得たうえで裏切ったのかは検討がつかない。
だが少なくとも圭太はキテラに靡かない。
復讐対象に味方することもないしシリルを裏切ることもない。
つい先ほど裏切られたばかりのシリルにとって、圭太ほど信じやすい立場の人間はそういないだろう。
「――た」
「た?」
「助けてくれ。オレの復讐を」
求めていた言葉を引っ張り出せた圭太は、邪悪な笑みを刻む。
「オーケー。任せてくれ。一緒にあの女を玉座から引きずり降ろそう」
シリルがドン引きしているとは夢にも思っていない圭太は、今回もヒーローになるために打算する。




