第一章七話「武器の強さ」
「おぉー。色々あるなぁ」
少し埃っぽい扉を開けて、圭太は感嘆の息をこぼした。
謁見の間の十分の一にも満たないサイズの部屋、と言っても転生前の圭太の自室と比べれば十分に広い。庶民的な圭太は滅多に見ない大きさの部屋だ。
イブに案内されたこの広い部屋は魔王城唯一の武器庫だ。四方の壁にはファンタジーなアニメでよく見る剣や弓や槍などがたてかけられており、足の踏み場もないぐらい床にも積み上げられていた。
「まあの。ワシが返り討ちにした戦利品たちじゃ」
シャルロットに用意させた椅子に座り、部屋の入口でイブはふんぞり返っていた。
どうやら魔王のお気に入りも忙しいみたいで、執務があるから人間には付き合いきれないと言われてしまった。
寂しい気持ちはあるがこれから圭太が行おうとしていることにシャルロットは必要ないのでまあよしとする。
「戦利品って割には適当に放ってあるだけに見えるけど?」
「今までどれだけ人間が来たか思い出話に語ってほしいんじゃな? 覚悟を決めるんじゃぞ」
「そんだけ数が多かったってことか。扱いが雑になるのも納得だ」
刃をむき出しにした状態で放置されている武器を器用に避けながら圭太は物色を開始する。少年心に火をつけるものが盛りだくさんだ。正直見て回っているだけで楽しい。
「ワシからすればほとんどゴミじゃが、たまに掘り出し物が見つかる。ここにあるのはその掘り出し物たちじゃ」
「掘り出し物でこの数か。ちなみに何人に一回ぐらいの割合だった?」
「さあの。何百人じゃったか」
おばあちゃん大丈夫か。もうボケが始まっているのか。可哀想にな。
考え込むイブを尻目に圭太は直接言えばただでは済まないだろう言葉を連ねる。この魔王が読心術を習得していなくて助かった。
「一パーセント以下か。ソシャゲと同じぐらいなのかな?」
「そしゃげ?」
「悪い独り言だ。なんでもない」
言葉を繰り返して首を傾げるイブに、圭太は片手をヒラヒラと振って話を流そうとする。
「主よ。主の知識で戦いに活かせそうなものは遠慮なく言うがよい。ワシも興味がある」
「ダメだ。それはできない」
「なぜじゃ?」
圭太が首を左右に振るとイブは再び首を傾げた。
「確かに科学があれば色々便利になる。病気や流通、生活インフラや兵器もこっちの世界より優れているところは多いと思うよ。こっちの世界には詳しくないから分からないけど、更なる発展には繋がると思う」
病の治療法に車などの移動手段、電気やガスの整備に銃やミサイルといった兵器に至るまで、ファンタジーの世界には不釣り合いな数々の発展を圭太は知っている。
魔法が絡めば科学は更なる発展を遂げるだろう。
「それが分かっておるならなぜ言えぬ。ワシは王じゃ。この世を発展させる役目がある」
「分かってるよ。だから言えない。外の技術を言い広めれば世界を壊すことと同義だから。自分たちで気付くべきなんだ」
圭太が話をすればこの魔王は全力で改善へと動くだろう。だが圭太は、イブに甘えるべきではないと考えていた。
魔法と科学が交われば確かに便利になるだろう。誰でも簡単に魔法を使えるようになるかもしれないし、魔族たちが人間に圧勝できるようになると思う。
だけどそれは文明を破壊することに他ならない。
「ふうむ。そういうものかの?」
「言っただろ? 作り物とは言え色々な世界を見てきた。発展する可能性も滅ぶ可能性も見てきた。現に俺のいた世界では使えば滅びが避けられないような兵器も作られていた」
名前を核弾頭という。
いくら勇者であろうと核弾頭は防げないだろう。たった一発で、魔族と人間の長い闘いに終止符を打てる。世界の破滅と引き換えに。
「滅んでしまっては困るのう。誰も守れなくなってしまう」
「だろ? だからいいんだよ。俺のいた世界の話は」
イブの興味を失わせてから、圭太は話を切り上げた。
「イブのおすすめの武器ってあるか?」
「そこら辺に転がっておる剣じゃな。どれも神造兵器じゃ」
「神造兵器って、そんな恐ろしいものを適当に投げてるなよ」
「仕方ないじゃろうが。置く場所がないんじゃから」
「だからってさあ……」
神造兵器というのは文字通り神が作り上げたとされる武器だろう。
鉄を打って作られた普通の剣とは次元が違う。少なくともアニメでは神造兵器を扱う存在は大体強キャラだった。無造作に床に投げられている剣の一本一本が物語の主要キャラが使っていたような曰く付きなのだから、圭太は固唾を飲まずにはいられない。うっかり踏んだら足が斬り落とされるだろう。
「取らぬのか?」
圭太がハラハラと剣たちを避けて物色するものだから、イブは片眉を怪訝そうに上げた。
「ああ、神造兵器? 使えないよこんな恐ろしいもの」
「使えぬのなら使えるように改造もできるぞ。ワシ魔王じゃからな」
「便利だな魔王って。いや、剣はいいよ」
圭太は思わず本音をこぼした。
「なぜじゃ? 勇者と名乗った奴は大体剣じゃったぞ?」
「だからだよ。わざわざ同じ土俵で戦う必要がどこにある」
圭太は勇者だ。だが彼の相手は訝し気に首を傾げている魔王ではなく顔も知らない勇者。どのような戦い方をするのかも分からない相手だが、恐ろしいぐらいテンプレに沿った世界だ。大雑把なイメージならしやすい。
武器は剣で戦い方は正々堂々正面から。それだけ分かっていれば有利に動くための武器も選びやすい。
「武器の強さはリーチの長さだ。剣よりも槍。槍よりも弓」
弓よりも銃。銃よりも爆撃機。爆撃機より核弾頭ミサイル。
圭太の知る歴史は、戦いにとってもっとも有利に働く要素を身をもって語っていた。
「相手との距離が遠くなれば遠くなるほど強くなる。なら剣よりも槍の方がいいだろ?」
戦い方はなんとなく予想がつく。だから暗殺という手もないわけではない。むしろ特殊な力に目覚めていない圭太にとっては一番確実な手段だと思う。
だが魔王を倒した勇者に運命が味方していないとは思えない。俗に言う主人公補正というやつが暗殺の成功確率を著しく下げるだろう。
「ならば弓を探しておるのか? じゃったらそっちの山の中に」
「いや、弓だと訓練に時間がかかる。矢が無いと戦えないのもマイナスポイントだな。素人に使いこなせるとは思えない」
部屋の一角の山積みになった棒きれを指差すイブの考えを、圭太は物色しながら否定した。
弓に特別詳しいわけではないが、確か専用の筋トレをしなければならなかったはずである。中学のころに弓道部の練習を見たことがあるが、自転車のタイヤみたいなチューブを引っ張っていたような記憶がある。元の世界で弓道部に入っていない限り体を作るところから始めなければならない。一人前になるまでに時間がかかるのは望ましくない。
「おっ盾か。どこぞの星条旗ヒーローみたいに投げてぶつければ距離は稼げそうだな」
ホントなんでもあるなと思いながら、圭太は円形の盾を掴んでフリスピーのように投げる真似をする。
映画で見たから盾の戦い方もイメージしやすい。青いヒーローのような常人離れした身体能力はないが無様な戦いにはならないはずだ。
「それにするんじゃな?」
「いや、勇者って大体防御不能技持ってるから無理だ。盾じゃ役に立たない」
盾を山の中に投げて戻し、圭太は首を横に振った。
勇者というのは大体剣からビームが撃てる。盾一枚でビームを受け止める度胸は圭太にはない。
「早う決めてくれぬか?」
「怒るなよ。武器見てると男心がくすぐられるんだ」
「ワシはいい思い出がないんじゃが」
「はいはい。これにするかな」
段々とイライラが溜まってきたらしいイブに急かされて、目当てのものを見つけた圭太はその武器を引き上げた。もう少し吟味したかったのだが、あまり時間をかけすぎるとイブの魔法が飛んできそうだ。
「斧槍? それにするのか?」
圭太の持つ先端に斧と槍の穂先と鎌を取り付けた欲張りな武器、通称ハルバードを指差して不満そうにしていた。
確かに見た目はパッとしないかもしれない。オーラからして違う武器に比べれば弱めの部類だろう。イブからすればもっと強そうな武器を選べばいいとか思っているのは間違いない。
「ああ、これなら程よく距離が稼げて、しかも斬っても突いても裂いてもよしの多機能だ。使えこなせるようになれば強いと思う」
「ふうむ。よく分からぬ」
ハルバードの長所を力説したのだが、イブに魅力は伝わらなかった。とても残念である。
「魔王ってぐらいだし魔法主体なんだろ? 魔法は万能じゃないか」
「まあの。なんでもできるぞ。例えば」
イブが手のひらを差し出してくる。何も起こらなかった。
「……ん?」
「近付かぬか。ちょっと便利にしてやるのじゃ」
「分かった。ほい」
どうやらイブの魔法はハルバードが必要だったらしい。圭太は足元の剣を踏まないように注意して彼女にハルバードを差し出す。
「魔王イブが命ずる。仮の姿をここに」
軽い調子で詠唱し、光に包まれてシルエットのみとなったハルバードが形を変えていく。
光が無くなると、ハルバードは腕輪に姿を変えていた。
「おっおお! すげえどういう原理だ?」
「語ってもよいが三日はかかるぞ?」
「分かった大丈夫だ。どうすれば武器に戻る?」
三日も意味の分からない理屈を聞けるわけがない。多分途中で寝る。そしたら多分イブの逆鱗に触れて魔法を撃たれてしまう。それはとても痛い。二つの意味で。
圭太は実に合理的な判断でハルバードに戻すための呪文をたずねた。
「名を呼べばよい。名はそうじゃな。イロアスとするか」
「お前が決めるんかい」
神造兵器が故のかっこいい横文字の名前があったはずなのに、イブはあっさりと別の名前を決めた。
圭太はハルバードに同情してしまった。