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第三章九話「釣り餌」

 シリルの案内に従って進むと、イブが収監されている檻とよく似た広い空間に出た。唯一違うのはとても大きな穴が開いているという点だ。人が通るには最適な大きさだ。抜け穴というのはあれのことだろう。


「遅かったじゃない」


 その大きな穴の前で赤色の女が腕を組んでいた。


「よおキテラ奇遇だな。穴倉の前で何してんだ?」


 予想通りの人間の姿に、圭太は虚勢の笑みを刻む。

 運がいい。キテラ一人しかいないのなら、どうにか出し抜けば脱出できる。


「蓋をしに来たのよ。釣り餌として十分な仕事をしてくれたわ」


 キテラは左手を振る。すると傍らの地面に赤い魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣から現れたのは男一人だった。増援、ではないだろう。圭太の読みが正しければ男はこの場にいる誰よりも弱い。


「情報提供感謝するわ。おかげでアタシたちの敵をまた一人減らせた」

「いえいえ。こちらも報酬をいただきましたから」


 ぶくぶくと太った腹を揺らし、男は恭しく頭を下げる。

 それだけのやり取りで男の正体は理解できた。


「おじさん……信じてたのに」

「おおーシリル。ありがとうな。おじさんおかげでたくさんお金が貰えたんだ」


 圭太は横に立つシリルの顔を見る。息が荒い。事前に言っていたが、やはり現実を見れば動揺するか。

 圭太はイロアスを構え、一歩前に出た。


「部外者は関係ないだろ。俺たちの話をしようぜ」


 イロアスを構え、ちゃっかりシリルから男が見えないようにする。

 もういいだろう。子供に酷な現実を見せるのは。


「そうね。でもちょっと待ってて。まだ仕事があるから」

「チッ」


 圭太の配慮をキテラは投げ飛ばす。

 圭太は舌打ちした。まだ話を広げるつもりか。

 力づくでやめさせたいところだが下手に飛び込んでもキテラには敵わない。まとめて殺されるのが関の山だ。

 圭太にキテラの話を止める術はない。あまりにも大きな実力の差が、圭太の行動を縛り付けていた。


「ねえアンタ」

「はいなんでしょう」

「知ってる? アンタもアタシの敵なのよ」


 キテラはポンと男の肩を掴む。

 表情は崩さず、薄い笑みを浮かべていた。


「えっ、まさか」

「燃えなさい」


 男は顔を真っ青にし、キテラはとても冷たい笑顔で言い切った。

 瞬間、男の全身を紅蓮が包み込む。


「ぎゃあああああああ」

「そんなっ」


 男の絶叫。そしてシリルは信頼していた男の最期に息を呑む。

 正直言うと圭太はこの展開も予想していた。キテラは敵に容赦するような性格ではない。偽りでも最初はシリルに協力していた男を見逃すとは思えなかった。

 予想していたからこそ、現実を見せないようにイロアスで隠したのだ。


「ナヴィア。シリルを頼む」

「……はい。かしこまりました」


 ナヴィアもさすがに顔を引きつらせていた。どうやら味方を焼き尽くすとは思っていなかったようだ。まだ考えが甘い。


「さて、待たせたわね」

「まったくだ。焦げ臭くって仕方ない」


 圭太は肉が焼けるようなにおいに鼻をつまむ真似をした。

 男がいた痕跡は既になくあるのは炎が地面を焼いた焦げ跡のみ。灰になることすらできなかったようだ。一体どんな火力なんだか。


「悪いわね。炎魔法は片付けが楽なんだけどにおいが酷いのよ」


 キテラは言葉こそ謝っているがまったく悪びれた様子はない。

 慣れているのだろう。良くも悪くもこのにおいに。


「あまりにも臭いから場所を変えたいな。そこをどいてくれないか?」


 本当に何気ない世間話の流れで、圭太は脱獄させてくれないかと頼んでみた。


「どうせなら檻の中に戻ってみない? タダでご飯が食べられるわよ」

「まずいわ臭いわで最悪なんだ。お前も食ってみろよ」

「あら残念。アタシは自分の部屋があるから」


 素敵な提案ね。とでも言いたげに肩をすくめてみせるキテラ。

 キテラはこの町の最高権力者だ。自分の部屋だってあるだろうし臭い飯を食べる理由もない。


「このブルジョワが。二度と食えないようにしてやろうか」

「できるの?」

「三対一だぜ?」


 圭太が見せつけるようにイロアスを構え、シリルを守るように立つナヴィアもヒリアの弦に指をかける。

 キテラを倒すのは現段階では不可能だ。イブの助けがなければならない。

 だけど逃げるだけなら何とかなる。イブの魔法を見てきたから知っているが、発動から攻撃まで一瞬のタイムラグがある。その隙を見逃さなければいい。


「拘束せよ」

「うっ」

「ケータ様……!」


 キテラが凛と口を開いた瞬間、シリルとナヴィアから苦悶の声が出た。

 圭太は振り返る。二人の足元には黄色の魔法陣が浮かんでおり、何本もの鎖が体に巻き付いていた。


「一対一みたいだけど?」

「そうかな?」


 キテラのからかうような声を聞きながら圭太はイロアスを二度振るう。

 イロアスが魔法陣をひっかくと鎖は弾け、鬱陶しい黄色の光も消滅した。


「助かりました」


 あっけにとられているシリルと違い、ナヴィアはすぐに頭を下げた。


「油断するな。相手はイブに並ぶんだぞ」

「申し訳ありません」


 もう一度頭を下げてから、ナヴィアは鋭い目つきでキテラを睨む。一挙手一投足見逃さないという強い意志が感じられた。


「へえ、アタシの魔法を一撃で」


 キテラは興味深そうに口を開く。その目は圭太ではなくイロアスに注がれていた。


「神造兵器だ。魔王城で見つけた」

「そうなの? 探索すればよかったわね。そうすれば儲かったのに」

「来ます!」


 キテラは怠そうに右手を前に出す。ナヴィアはすぐに防御の姿勢をとった。

 紅蓮の波が圭太たちを襲う。先ほど男を消滅させた悪魔の炎が。

 だが圭太は焦らない。イロアスを横一文字に振る。たったそれだけで紅蓮の波は圭太たちを避けるように二つに分かれた。


「この程度か?」

「調子に乗らないで」


 キテラの周りにいくつもの火の玉が浮かぶ。そして炎の弾幕が圭太たちに放たれた。

 圭太は落ち着いてイロアスをグルグル回して盾代わりにする。火の玉はイロアスの盾を揺るがすことなく霧散した。


「イブの魔法をこの目で見てきたんだ。火の玉程度じゃ驚かないぞ」

「みたいね。面倒だわ。ここが牢獄じゃなければ遠慮なく吹き飛ばしてやったのに」


 キテラはあからさまに面倒くさそうにため息をこぼした。

 キテラが手を抜いているのは理解している。最低でもイブと同じぐらいの強力な魔法は使えるだろう。だが、強力な魔法にはそれだけの代償がある。

 良くも悪くも加減が利かないのだ。イブが宙に浮こうとして壁に穴を開けたときもまったくコントロールできていなかった。キテラが本気を出せば牢獄をまとめて吹き飛ばしてしまうのだろう。


「手がないみたいだな」

「冗談。アタシは勇者パーティ一の魔法使いよ」


 圭太は油断なくキテラを睨みながらからかうために口の端を吊り上げる。

 キテラは鼻で笑い飛ばし、幾重もの魔法陣を空中に描き出した。


「ケータ様。穴から魔力を感じます。とても濃い密度です」

「ああ。なんとなく分かるよ。何が出るんだろうな」


 ナヴィアが深刻な顔で報告し、圭太もまだ変化を見せない魔法陣に警戒を強める。


「そういえばこの穴がなんでできたか知ってる?」


 キテラは堂々としていた。

 その背後の穴から、人型の土の塊が姿を現す。


「ゴーレムの材料として使っているからよ」


 一つや二つ、ではない。

 ゴーレムは穴から続々と出てきている。はじめは数えていた圭太だったが、三十を過ぎたあたりから数えるのをやめた。


「多いな。ナヴィア」

「はい。人間はお任せください」

「任せる」


 すべてを言うまでもなく意思を読み取ってくれるナヴィアに圭太は一つ頷き、圭太は二人を守るようにイロアスを持ち直す。

 圭太の視界には赤い女ことキテラ、そして無数のゴーレムたちだ。苦戦は必須。面白くなってきた。

 圭太が絶望的な状況に笑みを深めていると、さっき聞いたばかりの肉が焼けるような音がした。


「チッ。最近使ってなかったから」

「まだ隠しダネか?」


 キテラは自分の体を抱くように抑え、圭太は虚勢をはって軽口を言う。

 これ以上何かを出されれば間違いなく殺される。今の状況だけでも全員が無事に逃げ出せる可能性は限りなく低いのに。


「時間切れよ。アンタたちの最期が見れなくて残念だわ」


 そう言うとキテラの足元に青い魔法陣が浮かび、魔法陣が発光すると同時に姿を消した。


「あの人間の魔力を感じられなくなりました」

「逃げたか。魔力切れか?」


 ナヴィアの報告を聞いて、圭太は首を傾げた。

 まだ残っているゴーレムの群れは脅威だ。個体ごとの性能は大したことなさそうだが、数が多いから相応の魔力を使ったとしても不思議ではない。


「分かりません。規模が大きいのは確かですが、そんな様子はなかったと思います」

「なるほど弱点の可能性か。運がいいな」


 魔力を使い切ったわけではない。肉が焼けるような音に最後にチラリと見えた苦悶を浮かべたキテラの顔。

 弱点かもしれない情報は思わぬ収穫だ。弱点さえ分かってしまえばあとはそれを重点的に攻めればいいのだから。


「あとはこのゴーレムたちをどうにかできればだが」


 キテラを攻略する糸口は見えた。脱獄は目前。残る問題は一つだけだ。

 今も穴の奥から出てきているゴーレムの群れ。数の暴力をどうにかして覆すという無理難題だけだ。


「どいてくれ」

「ちょっと。大丈夫ですか?」


 ナヴィアを押して、シリルは圭太の隣に並ぶ。


「安静にしてなくていいのか? 親しい人が目の前で焼かれたんだ。取り乱さないだけ立派だと思うぜ」

「どうせオレを見捨てたんだ。どうなろうがどうでもいい」

「無理するな。自分を曲げてもいいことないぞ」


 我慢したところで状況が好転するわけではない。むしろ余裕がない今の状況では無理したことによる反動のほうが怖いぐらいだ。


「うるさい黙れ。それより今はこの土人形をどうするかだ」


 圭太はチラリとシリルの顔を見る。

 子供とは思えない揺るぎない瞳がそこにはあった。頼るだけの価値はありそうだ。


「そうだな。いい案があるのか?」

「オレに任せてくれ。――――――――」


 シリルが圭太には聞き取れない言葉を紡ぐ。

 シリルの声に反応して、ゴーレムたちは音もなく崩れ始めた。


「なんだ? 何をしている」


 ここにきて初めてのまったく予想だにしていなかった展開。

 魔力の感知ができない圭太はナヴィアに説明を求めた。


「分かりません。魔力を感じない」


 だけど人間よりはるかに優れた魔力感知能力でも何が起こっているのか解明できないようだった。

 ナヴィアは圭太よりも困惑した様子だった。魔力を感じず、だけどゴーレムたちを自壊させているようにしか見えない、魔法としか思えない状況に戸惑っているようだ。


「なんだって? でも現にゴーレムは壊れて――まさか、アンチ魔法?」


 圭太は前世での知識から、シリルが起こしている魔法の正体に勘付く。

 ほとんど同時に無数にいたゴーレムの最後の一つが崩壊した。


「どう、だ。これで」


 土人形をすべて土に戻したシリルは肩で息をしている。意識が途切れ途切れなのか、徐々に体は傾いている。


「最高だ。だからゆっくり休め」

「へへっ、やっとオレもまも――」


 とうとう意識を手放して倒れ込んだシリルを、圭太は抱きかかえるようにして受け止めた。


「まったく。無理するから」

「わたくしが運びます」


 圭太はため息を吐いて、シリルの体をナヴィアへと受け渡す。


「じゃあ行こうか」


 シリルを背負ったナヴィアを先導するようにして、圭太はゴーレムたちが出てきていた穴の中へと突き進んでいった。

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