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第三章五話「厳重」

 檻から出ても薄暗い環境は変わらなかった。

 無機質なレンガ造りの廊下は、心なしか体感温度を下げる。埃一つないのがまた不気味だった。

 既にいくつもの牢獄の前を通ったけど、中に人がいるものはとても少ない。静か過ぎるのがますます不気味さに拍車をかける。


「どこに行くんだ?」


 キテラの後を歩いて数分。

 圭太は予想外に規模の大きな牢獄に驚いていると勘付かれないよう、今まで閉ざしていた口を開いた。


「現実を教えてあげるって言ったでしょ?」

「言ってたな。だけど行き先ぐらいは答えてくれてもいいだろ」


 現実というのだから、おそらく圭太にとって良くないものを見せてくれるのだろう。現状を打破するために最悪を知っておくのも悪くない。

 だが、せめてどこに向かっているのかぐらいは教えてほしい。

 正直言って現在地が分からなくなってきた。一人で戻れと言われたら道に迷う自信がある。


「情報を集めると大見得切ったわりには頼ってくるのね」

「当然。情報を引き出すためには話が必要だからな」


 キテラの呆れたような冷たい視線を圭太はニヤリと笑って受け流す。

 キテラの目からわずかに警戒が削がれた。


「……アタシには隠すべきじゃないの?」

「いいんだよ。どうせ警戒しているんだろ?」


 キテラは見るからに臨戦態勢だ。不要な情報、例えば監獄で働く職員の勤務状況とか、を不用意に話さないように注意しているのは見ただけで分かる。

 圭太は手の内がすべて明かされている立場。少なくとも目の前の女よりは気が楽だ。


「お互い腹の探り合いに慣れているみたいね」


 キテラはため息を吐いて、表情を見た目だけ崩す。

 目から警戒心が消えていない。まだまだだな。それでは圭太は騙せない。


「楽にできればいいんだがな」


 圭太は安堵の表情を浮かべ、さも緊張を解いたように振る舞う。

 手の内が明かされているがゆえにできる荒技だ。一瞬本気で緊張を解いたのだから。


「それはアタシに素直になれってこと?」


 圭太の表情の変化に、キテラの目はわずかに嘲りの色が混ざった。

 見事に騙されている。そう思っているのだろう。実際は逆に騙されているとも知らずに。


「慣れているだろ?」

「まあね。昔も今もアタシは正直に生きてきたわ」

「権力者だものな。羨ましい限りだ」


 独裁者。何でも好きにできる権力者なのだと聞いた。

 噂はしょせん噂であり、どこまでが真実なのかは分からない。だが火のないところに煙はたたないから、そう思われるようなことはしているのだろう。

 兵士が怯えた様子で仕事をしていたのが何よりの証拠だ。


「……いいことなんてないわ」

「――何が」

「着いたわよ」


 顔をうつむかせたキテラに圭太が質問しようとして、言葉をかぶせられて中断させられてしまった。

 何がと適当に周りを見ながら歩いていた圭太は正面の様子を確認する。

 見るからに雰囲気の違う部屋が一つあった。

 金属の扉には幾重にも魔法陣が描かれている。来る者を拒んでいるように感じた。

 そして扉を守るようにして全身鎧の兵士が五人立っていた。鎧の隙間から虚ろな目だけが見えている。どれも歴戦の強者だと直感させられた。


「厳重だな。監獄なのに監視が五人か」

「感謝しなさい。魔法で姿を隠していなければ大問題よ」


 確かに問題だろう。圭太は罪人。自由に監獄内を歩ける立場ではない。下手すれば即斬り捨てられる。

 キテラがいたとしても騒ぎにはなっていたはずだ。魔法には感謝しなければならないが、なんだか負けた気がしたので圭太は眉間にしわを作った。


「全員手練れだな。俺なんかじゃ相手にならなそうだ」


 圭太は決して強くはない。ただ人間の中では比較的格上との戦闘に慣れているだけだ。

 だからすぐに認めることができた。

 ここにいる五人の兵士は、下手な魔族よりも強い。圭太はもちろんナヴィアでさえも簡単には勝てない相手だと。

 わざわざ勇者を使わなくても、この兵士たちがいれば魔王軍ぐらい余裕だっただろう。


「どの口が言ってんのよ。サンやクリスと戦ったんなら余裕でしょ」

「買いかぶりすぎだ。俺一人ではどっちも倒せなかった」

「謙遜だと受け取るわ」

「事実なんだがなあ」


 嘘は一つも言っていないのに信じてもらえず、圭太は苦笑いを浮かべた。

 そして何気なく、本当に気付かれるかもとか一切考えず、圭太は兵士の横を通り抜けて重い金属の扉を開けた。

 広い空間だった。

 圭太が入っている檻とは比べものにならないサイズ。埃どころかくぼみ一つない病的なまでに白い部屋だ。長時間閉じ込められれば間違いなく気が狂うだろう。


『――ケータか?』


 部屋の中央には黒い塔のようなものが置かれていた。

 広い部屋には不釣り合いな小さなものだ。


「イブ……なのか?」


 圭太は塔のような小さな物体に、見覚えのあるフリルを見つけた。

 漆黒のゴスロリ服なんて着るのは世界でただ一人だ。

 圭太はゆっくりと部屋の中に足を踏み入れていく。そうして初めて塔の、いやイブの状況を確認できた。

 両手足は椅子に縛り付けられ、口は閉じられないようベルトが巻かれている。当然のように目隠しされており、首には奴隷用の首輪がつけられていた。


「驚いたわね。口は封じているのに」


 イブの状況に言葉を失っている圭太をよそに、キテラはわずかに目を丸くしていた。


『舐めるでない。ワシにかかれば声を出さずとも話はできる』

「魔力阻害じゃ通用しないようね。対策を考えないと」


 イブの声は当然のように頭に直接聞こえてくる。多分魔法だろう。

 脳内に直接語りかけているというのはこういうことを言うに違いない。とても貴重な体験だ。もう二度と体験したくない。


「イブお前、大丈夫なのか?」

『なんじゃケータ。一丁前に心配するつもりか?』


 イブの声はこんな状況でも変わらず圭太をからかっている。

 心配かけさせまいと気丈に振る舞っているのだろう。逆効果だ。


「魔力阻害の首輪に詠唱封じ。視力と体の自由も奪ってるわ」


 キテラが改めて拘束具の説明をしていくと、圭太は薄ら寒いものを感じてしまった。

 逃げられるか逃げられないか。圭太の頭にあるのはその天秤だ。

 イブの状況を見て逃げられるほうに天秤を傾けることはできない。今まで経験したことのないタイプの劣勢だ。


『ワシには通用しておらぬがな』

「そのようね。さすが魔王と言うべきかしら。まったく。新しい仕事を増やさないでよ」


 イブはケラケラと笑い声を出して、キテラは肩を落としてため息を吐いた。


「いささか厳重すぎやしないか?」


 圭太のそれは、緩くしてほしいという頼みでもあったが、単なる感想でもあった。

 圭太は檻にこそ突っ込まれたが中では自由だ。兵士が付きっ切りということもない。

 だがイブは違う。ただでさえ圭太の何倍も厳重な牢屋に全身の拘束。兵士も粒ぞろいの精鋭が五人張り付いている。扱いの差が違いすぎるのだ。


「何言ってるの? 相手は魔王よ。できることなら今すぐ殺したいぐらいなのに」

『ワシを殺す? 冗談ではない。アダムですらワシは殺せぬよ』

「そうね。可能な方法はすべて通用しなかったわ」


 かかかっと魔法の中だけで笑うイブをキテラは恨めしげに睨みつける。


「ちょっと待てよ」

「何?」

「お前イブに何しやがった」


 圭太は聞き流せない言葉が笑い話のように出てきたので思わず口を挟む。

 殺したいから試した?

 それはつまり、イブを傷つけたということか?


「あら? 怖い顔ね。まさか、魔王相手に情が湧いた?」


 圭太に睨まれたキテラは嘲笑する。


「俺の質問に答えろキテラ。何をやったか聞いているんだ」


 バカにされているのは分かったが、それでも圭太の気は削がれない。

 イロアスを腕輪から変えないのは最後の理性だ。

 最適なタイミングで使わなければ有効打にはならない。理解しているからこそ、圭太は睨むだけで留めていた。


「可能な限り、そうね。煮たり焼いたり斬ったり刺したり砕いたりしたわ」

『どれも通用せなんだがな』

「本当よ。不老不死なんて信じたくないけど、合点がいったわ」


 肩をすくめるキテラを、圭太は殺意たっぷりな視線で貫く。

 殺気を感じられても自分が出すことはできない。そんな技能を高校生活で使う機会がないからだ。

 だが今の圭太は確かに純粋な殺気を滲ませていた。


「……何? 情報集めに徹するんじゃなかったの?」


 手は出さない。暴れない。必要な情報を集めることこそ賢い選択だ。

 圭太自身が言ったことだ。言われるまでもない。


「仲間に手を出されて黙っていられるほどできた人間じゃないんでね」

「魔王が仲間? 笑わせないでよ」


 キテラは自分を睨み続けている圭太を鼻で笑った。


「魔王は人間の敵。そしてアンタは人間。仲間になんてなれるわけないわ」

「種族の差なんて些細な問題だ。お前だって本当は分かっているんだろう?」


 クリスは魔王との戦いを後悔していた。

 自分が信仰者であるからこそ、魔族にとって魔王はどれだけ心の支えになっていたのか理解できる。間違いだったのではないか。他に手はなかったのかと考えているようでもあった。

 クリスよりも聡く頭の回転が早いキテラなら、とっくに同じ結論に至っているはずだ。人間も魔族も大きな差などないと。


「関係ない。あるのは敵か味方かそれだけ。魔王はアタシの敵よ」


 今度はキテラが圭太を睨む。

 いつ魔法が飛んできてもおかしくない。彼女のまとう空気はそう語っていた。


『そうじゃ。ワシのために怒ることはない。どうせ何も意味はなかったんじゃ』

「そういう問題じゃないだろ」

『そういう問題じゃよ。主が手を出す必要はないのじゃ』


 イブは視界を奪われているにもかかわらず、まるでまっすぐ圭太を見つめているようだった。

 慈愛に満ちた、たまにナヴィアに向ける視線だ。


「お前、自分が何されたか分かっているのか」


 効果がなかったとはいえ、様々な方法で傷つけられた。圭太なら間違いなく十回は死ぬような仕打ちを受けた。

 それなのにどうして平然としていられる。どうして圭太の身を案じている。


『ケータの病気が移ったようじゃな。自分よりも他者を優先するとは思ってもみなんだ』

「お前は――」


 最初から、皆のために戦ってきたじゃないか。

 魔族を守るために戦って大陸まで作って、自分がいなければ魔族に害がいくからと両足の自由まで失ったじゃないか。

 圭太は自分の無力さに涙が出そうになった。

 イブが我慢しているのは間違いない。ではなぜ我慢しているのか。それは一緒に囚われてしまった圭太とナヴィアのためだ。

 圭太がヘマをしなければ、苦痛に耐えてもらうこともなかった。


「アンタをわざわざ連れてきたのは、勝手なことをさせないため」


 圭太が歯を食いしばっていると、するりとキテラの声が意識に潜り込んでくる。


「策を考えるのがアンタの仕事なんでしょ? この状況を見て、魔王を解放できると思う?」


 現実を見せるとはつまり、魔王が囚われている状況を改めて突き付けることだった。


「……簡単じゃないだろうな」


 イブの拘束具だけではない。監視し続けている粒ぞろいの兵士もおそらく監獄の最深部であるこの場所も、とても大きな障害物だ。


「諦めてくれる?」

「それは無理だ。俺は諦めない。お前らと同じように」


 できないからやらない。

 この世界に来るまではまるで常識のようにそう判断していた。

 でもこの世界に来て、イブに出会ってから圭太は考え方を変えた。

 諦めることは簡単だ。一度は生きることすら諦めた圭太だ。投げ出すことには慣れている。

 だから投げ出す。それじゃあダメだ。この世界は単純で、諦めれば諦めるだけ落ちていくし頑張れば頑張るだけ報われる。

 努力が何かを成すとは言わない。だが足掻かなければすべてを失ってしまう。なら歯を食いしばらない理由はない。


「――ふん。檻の中で何ができるって言うの」

「決まってんだろ。無理難題を解決するんだよ」


 圭太は不敵に笑ってみせた。


「できるわけ、ない」


 キテラは即座に否定しようとして、途中で何かに気付いたのか圭太を睨みつけた。


「ははっ。面白い冗談だ。そう言われながらお前らは何をした?」


 そう、キテラたちも不可能と言われながら魔王を倒した。

 立場は違えど同じ状況だ。キテラはさぞ面白くないことだろう。


「アンタはアタシたちとは違う」

「違わないさ。俺は勇者。お前らの英雄と同じ存在だ」


 睨みつけてくるキテラに優越感を抱きつつ、圭太は不敵に笑い続けた。

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