表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/300

第三章四話「人類の裏切り者」

 暗い牢獄で過ごし、時間の感覚が希薄になってきた頃、鉄棒の格子の向こう側に女が現れた。


「初めまして」

「誰だテメェ」


 間髪入れず、微笑む女に圭太は鋭い眼光を飛ばす。

 まったく気付かなかった。音もなく現れた女に、圭太の警戒心は最大まで引き上げられたからだ。


「挨拶ね。さすが人類の裏切り者ってところかしら」


 女は圭太の警戒をさして気にした様子もなく、やれやれとでも言いたげに肩をすくめた。

 赤色の女だ。

 髪の色も纏っている服もマントの色もすべて赤。目の色も唇もだ。肌の色だけは透き通るような白だが、そこまで統一してるなら赤くなれよと思った。そうしたら美人だと感じることもなかったのに。

 赤色の女は見ているこっちが赤面しそうな美人だった。イブやナヴィアにクリスといった美少女とは面識のある圭太でも、大人びた雰囲気の女を相手にするのは初めてだったりする。

 今まではどちらかといえば可愛い系の美少女だったが、格子の向こうに立つ女は綺麗系のモデルをやっていそうな整ったスタイルも持っていた。


「……何の話だ?」


 一秒にも満たない時間ではあったが確かに見惚れてしまっていた圭太は、表情をさらに引き締めてとぼけてみせる。

 人類の裏切り者。心当たりは一つしかない。


「とぼけないで。魔王と一緒にアタシたちを倒そうと目論んでいたんでしょう?」


 完全にバレている。

 頭が真っ白になる。しかし、驚きのあまり表情には出なかった。出す余裕もなかった。


「何言ってんだ? 魔王は死んだんだろ?」


 この女の正体は分からない。だが魔王についても知っており、音もなく檻の前に姿を見せたことから相当な手練れなのは確かだ。

 カマをかけるつもりで、圭太はあえて世間一般的な常識を言ってとぼけ続ける。


「あくまでしらを切るつもりね。ケータ・トバ」

「おいおい。いつから俺は見ず知らずの人間に名前がバレるぐらい有名人になったんだ?」


 圭太のフルネームはイブでも知らない。いや名乗ったような気はしないでもないが、いつも呼ばれるときはケータだったし、鳥羽なんて久しぶりに聞いた。

 イブから聞き出したのならケータとしか言わないはずだ。まさか他人の記憶に干渉する魔法でも使ったのだろうか。だとすると対処は不可能だ。

 圭太は肩をすくめる内心で、とんでもなく考えを巡らせる。


「拘束されてもまだ余裕があるなんて随分慣れてるのね」


 圭太の内心を知ってか知らずか、女は片目を閉じて呆れた表情を浮かべていた。


「ケータ様? そちらに誰かいるのですか?」

「何言ってんだナヴィア。謎の人間がいるだろ」


 隣の檻に入れられているナヴィアから不思議がっている声がして、圭太は女を睨んだまま簡単に答える。

 これ以上女に隙を見せるわけにはいかない。イロアスを出していないのに、圭太の緊張感は強敵を相手するときと同じぐらい高まっていた。


「人間が? 何を言っているのですかケータ様。わたくしたち以外誰もいませんよ」


 何を言ってるのか分からなかった。


「何……? まさか、魔法か」


 ナヴィアは女の存在にまったく気付いていない。

 普通に話をしているのだ。漫画とかでたまに見る、姿を認識できなくなるぐらい気配を消しているというわけではなさそうだ。話をしている以上、どうやってもそこに誰かいると気付かれてしまうからだ。

 だが、この世界は圭太の知っている世界とは違う法則がある。

 つまり魔法。この女はなんてことないとでも言いたげな顔をしているが、自分そのものを隠蔽する魔法を使い続けている。


「ご名答。アンタ以外と話するつもりもないから、お忍びで来てあげたってワケ」

「ナヴィアでも見抜けない魔法。お前が魔法使いだな?」


 圭太には確信を持って女の正体を言い当てた。

 ナヴィアの、エルフの魔力感知はイブには及ばないもののかなりの高次元だ。少なくとも人間より数段上だ。

 だから圭太が気付いてナヴィアが気付かないという状況はこの女が意図しなければできず、ナヴィアが気付けないということはそれだけ魔法の腕が優れているということだ。

 イブ以外で魔法に優れた存在なんて、圭太は一人しか知らない。


「そうよ。アタシがキテラ。サンやクリスから話は聞いてるでしょ?」


 あっさりと赤髪の女、キテラは自分の正体を明かした。

 自分の正体など大したアドバンテージではない。

 自信があるからこそそう語っているように圭太は感じた。


「力に溺れた最強火力だって聞いてるよ」

「あながち間違ってないわ。トドメを刺した数だけならコハクよりも多いもの」

「勇者より、か。さすが魔王に並ぶ者だな」


 範囲攻撃に優れているとでも言いたいのだろうか。大人しくしていなければナヴィアごと殺すとでも言いたいのだろうか。

 おそらく考えすぎなだけだろうが、圭太は脅された気分がしてとても不愉快に感じた。


「こうしてアンタたちを拘束した時点でアタシのほうが上よ。魔王の力は封じたわけだし」


 イブと比べられたことが気に触れたのか、キテラが初めて余裕そうな顔を崩した。片眉を上げて、心なしか不機嫌そうだ。


「だな。完敗だ」

「あっさり負けを認めるのね」


 圭太が両手をあげて降参のポーズを取ると、キテラは目を丸くした。


「見栄を張ったところで意味ないからな。その魔法さえあれば俺たちを暗殺するぐらいワケないだろうし」


 ナヴィアですら気付けないのだから圭太が気付けるわけがない。今は圭太と話すためと言っているから認識できるが、その気になれば誰にも気付かれないように暗殺なんて造作もないだろう。


「そうね。まあ、そうね」


 キテラはなんとなく歯切れ悪そうに頷いている。

 圭太の物分かりが良すぎて拍子抜けな気分になっているのだが、肝心の圭太は気付かなかった。


「それより何の用だ? 英雄様だって暇じゃないだろ?」


 女の正体が分かったので、圭太は話を戻す。

 魔王に次ぐ魔法使いなのだからイブの正体を見抜いても不思議ではない。圭太のフルネームを知っていたのも記憶を読み取ったと考えるべきだ。

 というか、魔法でなんでもできるんだからわざわざ姿を現わす必要はあるのだろうか。


「落ち着いてるわね。アタシを殺したいんじゃないの?」


 簡単に殺されるつもりもないくせに、キテラは首を傾げてたずねてきた。


「今お前を倒す手段はない。だが諦めたわけでもない。来る日に向けて情報を集めておくのは有効な手だ」


 情報は最大の武器だ。必殺の威力も過言ではない。

 できうる限りの情報を集めるのはもはや日常であり、そのために感情を抑え込むことにも圭太は慣れていた。


「それをアタシに言ってもいいわけ?」

「求めているのはお前だ。俺のほうが有利だろ」


 実力や立場で有利なのはキテラだ。下手なことを言って機嫌を損ねれば、圭太の首なんて簡単に飛んでしまう。

 だが、話の主導権を握っているのは圭太だった。わざわざ牢屋の前まで話を聞きにきたのだ。満足するまで情報が搾り取れていない状況では手出しができない。殺すなんてもってのほかだ。


「いい根性ね。サンやクリスが負けるのも納得だわ。あの二人は単純だから」


 圭太の判断が正しいのだと、キテラは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべることで証明した。


「騙しやすかったぜ」

「でしょうね。そのためのアタシだもの」


 どうやら純粋な二人のストッパーをしていたのはキテラだったらしい。道理で驚くぐらいあっさりと圭太の思惑通りに動いてくれたわけである。クリスの場合は違ったが結果オーライなのでノーカンとする。


「アンタに聞きたいのはもちろん、魔王についてよ」


 まあ、そうでなければわざわざキテラが直々に出向いたりはしないだろう。

 あまりにも予想通りすぎだ。というか魔法を使えばいいだろ。


「期待には添えられないな。イブの底を見たことがないんだ」


 圭太は首を横に振った。

 大方、魔王の戦力について知りたいのだろうが、圭太は彼女の全力を見たことがない。何度か魔法を使っているところは見たことあるが、規模を問わず息一つ乱さないのだから全力だったとは到底思えない。

 イブはとことん怪物だなと改めて思った。


「そんなことはどうでもいいの」


 圭太の予想を反し、キテラは戦力について知りたくはないらしい。

 弱点とかを聞きにきたのではないのか。真正面からやり合って勝てる相手じゃないことぐらい既に理解していそうなものだが。


「は? 魔王について知りたいんじゃないのかよ」

「アタシたちを狙う理由が知りたいの。どうして今さら侵攻を開始したワケ?」


 知りたかったのはそっちか。戦力ではなく考えが聞きたかったわけだ。


「それは一年間沈黙していた理由か? それとも歴史上初めて魔王が攻撃に転じたからか?」

「両方よ。アタシたちは魔王を倒した。たった一年間だけど沈黙させることができた」


 圭太がどれを隠してどれを話そうかと考えていると、キテラは先回りして話を始める。


「それが魔王の逆鱗に触れた。だから侵攻を開始したって予想だけど合ってる?」


 キテラはまっすぐと圭太を見ている。まるで一挙手一投足も見逃さないとばかりの鋭い目だ。


「……その聞き方はズルいな。反応だけで答えを探ってる」

「だったら? いいから答えなさい」


 思惑を明かされても、キテラはまったく動じていなかった。それどころか答えを催促する始末。

 立場はいつの間にか逆転していた。主導権を奪われた圭太はまさにまな板の上の鯉だ。

 仕方がないので、どうせイブが魔王だとバレてしまっているし、圭太は正直に答えることにした。


「まず一つ。魔王が一年沈黙していたのは封印されていたからだ。勇者の功績だな」


 たった一年。されど一年だ。

 勇者は魔王を封印し、表舞台から引き摺り下ろした。結果人類に平和がおとずれた。

 イブの封印は簡単に解けるものではなかった。勇者にしか破ることはできず、イブが圭太を召喚しなければ話世界に勇者は一人しかいなかったからだ。

 禁忌を犯してまで新たな勇者を召喚するとは、さすがの勇者も予想していなかっただろう。


「コハクが? でもあの子そんなこと一言も」

「魔王は殺せない。不老不死の化け物だからな。真実を隠すのも無理はない」


 ある日イブ本人から聞いたことがある。

 細切れにされても復活できる。勇者の特殊な魔法に手も足も出ず、一方的にやられたが仕留めきれなかった。だから封印されたのだと、自慢げに話していた。


「不老不死……そんな魔法は存在しない。どうやって?」

「そこまで知るか」


 魔法など専門外にもほどがある。

 キテラのどこか縋るような目を、圭太は一言で切り捨てた。


「次の質問だ。魔王が進撃しているのは俺のアイデアだ」

「アンタの?」


 魔王の話に人間が絡んでくると思っていなかったのか、キテラは訝しげに目を細めた。


「俺がこの世界で最初に目が覚めたのは魔王城だ。魔王の封印を解くためだけに呼び出された」


 自殺する瞬間の出来事だった。

 圭太は向こうの世界で一度死んだ。そしてこの世界に来た。だから元の世界に未練はないし、そういうことは考えないように努めている。


「魔王からすれば俺は人間、ただの敵だ。だから捨てられそうになった。怖くなったんだ」


 イブに召喚されたのは使い捨て目的だった。剣を引き抜くためだけに呼ばれ、封印を解いてすぐに去れと言われたのは忘れられそうにない。

 この世界で生きていくために圭太は必死で考えた。


「捨てられないようにするため、まだ利用価値があると思わせるためにアタシたちを倒す計画を立てた」

「その通りだ」


 キテラに先読みされたので、圭太は一度頷いた。

 瞬間、キテラの顔が烈火に染まる。


「ふざけてるの!? 自分の保身のために英雄を倒す!? どれだけの被害が出るか分かっているの?」


 キテラが鉄の格子に掴みかかり、噛みつかん勢いで叫ぶ。

 格子があって助かった。なかったらきっと、圭太は勢い余って絞め落とされていただろう。


「分かっているさ。俺は英雄を二人、町を二つ不幸にした」


 圭太は檻の中で静かに頷く。

 理解している。圭太が英雄を倒すたびに誰かを不幸にしてきた。

 町が一つなくなった。旅の目的を奪った。

 金銭的にも肉体的にも精神的にもたくさんの人を不幸にしたのは間違いない。

 サンやクリスを連れ去ったのは、本人がそうしたいと言ったからだ。理由は違えど、二人の英雄は魔王に屈した。

 だが他人にいくら迷惑をかけようと圭太は止まるつもりなどなかった。この世界で唯一の仕事を投げ出すつもりはなかった。

 魔王の味方になった時点で、圭太は立派な人類の敵だ。


「後悔、してはいないのね」


 キテラは圭太の表情から、一つも嘘を言っていないと判断した。


「お前だって魔王を倒して後悔していないだろう? いくら犠牲が出ても、達成感に酔いしれていたはずだ」

「なるほど。自分で自分に酔っていると自覚したうえで、あなたは足を止めないのね」


 タチが悪いと呟いて、キテラは大きなため息を吐いた。


「いいわ。ついてきて。現実を教えてあげる」


 キテラが言うと、圭太の檻が勝手に開いた。

 キテラは腕を組んでいる。鍵を取り出した様子はないし、圭太やナヴィアが鍵を開けることは当然不可能。考えられるのは、キテラが魔法を使ったということのみだ。

 指一本動かさず魔法を行使するなんて、まるでイブのようだ。


「ケータ様?」

「悪いナヴィア。ちょっと話をしてくる」


 檻が開いたときのわずかに軋む音が聞こえたのか、ナヴィアが心配そうな声で問いかけてくる。

 圭太は一言謝ってから、キテラの指示通り檻から出た。


「暴れないでね。殺さないといけなくなるから」

「分かっているよ。情報を集めるためだ。我慢するさ」


 わざとらしく背中を見せて歩くキテラの後を追って、圭太は表情を引き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ