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第三章三話「投獄」

 暗くジメジメとした地下。

 どこからか漏れた穴からわずかばかりの穴が差し込むが、長い通路の半分ほどしか照らしていない。


「どうしてこうなった」


 かすかな光を鈍く反射する鉄の棒が何本か扉のように上下に突き刺さっている穴の奥で、圭太は頭を抱えた。


「まさか町に来てすぐに投獄されるなんて。予想外でした」


 圭太のいる穴の隣、両手を鎖で繋がれたナヴィアは正座している。

 さすがに檻の中では何もできないしすることもない。せいぜいくだらない雑談に勤しむぐらいだ。


「さすがに警戒されてたな。次からは対策を考えないと」


 圭太はあごをさする。思考は数日前のことを思い出していた。




「ふうむ困ったな」


 圭太はあごをさすって前方に視線を向けていた。


「なんじゃケータ」


 いつもと変わらぬ気だるげな様子でイブが半眼を向けてくる。

 なんでお前が一番疲れた顔をしているんだ。ほとんど動いてないだろ。


「検問があるなんて予想してなかった。何がいるんだか」


 遠目からではイマイチ確認できないが、検問所で全身鎧の兵士に呼び止められた人たちは皆何かを渡している。

 お金なのか、なんらかの許可証なのか。どちらにしても持ち合わせていない圭太たちがこのまま進むのは困難だ。


「探ってきましょうか?」

「頼んだ」


 ナヴィアは音もなく姿を消した。

 忍者かと言いたくなるが、多分隠密系の魔法だろう。よーく注意すればなんとなく位置は分かる。

 その証拠にイブはまったく気にした様子がない。


「見てきました。どうやら通行証が必要なようです」

「早いな。助かった」


 ナヴィアの報告を受けた圭太は素知らぬ顔で近くの旅人から通行証を盗む。

 通行証がどんな見た目かは知らないが、それがあるというだけで十分。あとは通行証らしきものを盗んでいけばいい。

 三人の持ち物で共通するものこそ通行証だ。盗むのは簡単だ。


「主の手の早さもたいがいじゃと思うんじゃが」


 息するように旅人三組から通行証を盗んだ圭太に、イブは完全に呆れ返っていた。

 統治する立場であるイブは盗みを許せない。でも窮地を救ってくれるのは圭太の盗みなのだから複雑な気分になる。


「細かいことを気にするなよ。照れるだろ」

「褒めてないんじゃが」


 悪びれもなく嬉しそうに笑う圭太に、イブはさらに呆れ返った。

 圭太は彼女のもの言いたげな目を無視して、ナヴィアとイブにそれぞれ通行証を渡す。


「さ、とりあえず町に入ろうぜ」

「そうですね。ベッドで眠りましょう」

「二人そろってワシを無視か」


 圭太とナヴィアはイブには一切触れず、検問所を通過しようとする。


「止まれ」


 全身鎧の兵士に呼び止められた。まあ当然である。


「何かあったんですか?」

「黙れ。早く通行証を出せ」


 どうやら兵士は世間話をする気がないようだ。

 睨まれた圭太は渋々通行証を手渡す。兵士の手が腰の剣に伸びているから従うしかない。


「ワシらの質問に答えるぐらいよいではないか」

「口を開くな」


 イブが肩をすくめると、兵士の鋭い目が彼女を貫いた。

 イブが露骨に不機嫌になる。圭太は内心冷や汗を流した。


「怖いですね。英雄様の命令ですか?」


 圭太は人のいい笑顔を浮かべながら、核心をついた。

 圭太の期待通り、兵士の肩がわざとらしく跳ねた。


「図星、みたいですね」


 ナヴィアも圭太と同意見のようだ。


「厳しくしている理由は分かりません。英雄様は何を気にされているのでしょうか?」


 心当たりはある。何せ魔王と一緒に旅をしているのだ。心当たりは常に隣にいる。

 ただ、圭太はイブが原因ではないと考えていた。

 魔王の痕跡はほとんど残していない。事実を知っている人間は魔王城で幽閉しているし、そう簡単に広まるとは考えづらい。


「兵はそこまで知らぬじゃろう」


 イブは先ほどの腹いせからか挑発するように笑っている。

 子供か、と言いそうになったが必死に抑えた。もしも口に出してしまえば、取り返しのつかないことになる。


「それもそうか。下の人間は大変だな」

「うるさいと言っているだろう」


 イブに便乗したら兵士は剣を抜いた。

 イブ本人は笑っているが、笑い事ではない。下手すれば面倒な事態に発展してしまう。


「おお怖い。身内同士の話も許してもらえないんですか?」

「黙れ。斬り殺すぞ」

「はいはい。黙りますよ。というかそろそろ通れませんか?」


 やれやれと肩をすくめて、圭太は通行証を確認している兵士に視線を向ける。


「ああ、ちょうど終わったところだ。通行証を返す」

「チッ。通っていいぞ」

「ありがとうございます」


 兵士の一人から許可証を受け取り、つれない態度の兵士の舌打ちにお礼を言った。


「ところでソイツは奴隷か?」


 通行証を渡してきた兵士がナヴィアを顎でさす。

 こちらの兵士のほうが立場が上なのだろう。さっきまでいがみ合っていた兵士は睨むだけで口を開かない。


「ええ。そうですが何か?」


 圭太は振り向き笑顔を作る。

 世間話をしようとしているわけではない。兵士は完全に圭太たちを疑っていると肌で感じたからだ。


「どこで手に入れた?」

「どうして答える必要があるのですか?」

「答えろ」

「交渉のこの字もないな」


 兵士の有無を言わさないあまりの言い方に、イブは不機嫌になるどころか呆れ返っていた。


「旅の途中で買っただけです」

「どこで買ったか聞いている」

「どこだったかは覚えてませんね」


 しれっととぼけてみせた。

 サンが守っている町でしか奴隷の魔族は売られていないし、そもそもナヴィアを買っていない。

 事情はすべて把握しているが、ちょっと記憶にないですねという顔をする。前世でテレビに映っていた政治家の真似をするだけだから簡単だ。


「その女も奴隷か?」

「いえ違います。俺の家内です」


 しれっと嘘を重ねる。

 ナヴィアに心なしか睨まれている気がするが、勘違いということにして受け流す。


「家内? このご時世に?」

「何か? せっかく勇者様が魔王を倒したのですから、平和な世界を家族で旅するのは普通でしょう?」


 表向きは平和になった。実は魔王が復活していて、今もお前らを睨んでいるなんて知っている者はごく少数だ。


「旅人か。道理で知らぬわけだ」

「何をですか?」


 兵士の瞳にどことなく嗜虐的な色が出ていた。


「この町に入るには証明書と別に指輪が必要だ。貴公は持っていないようだが」

「そうなのですか知りませんでした。どこに行けば買えるのです?」


 しれっと言っているが、圭太は内心で焦っていた。

 話が違う。ナヴィアがしくじったとは思えないから、わざわざ指輪を見せびらかしたりしなかったのだろう。傍目では分からない方法、例えばごく小規模な魔法を使っていたのかもしれない。

 圭太のような不審人物をあぶり出すためだ。そして、まんまと引っかかってしまった。


「証明書があるのなら指輪についても知っているはずだ。盗んだのでなければ」

「……何が言いたいのですか?」

「抵抗するなということだ。連れていけ!」


 兵士の声が響き、わらわらと集まってきた兵士が圭太たちを取り押さえる。


「ケータ。どうする」

「抵抗するなイブ。騒ぎを起こしたら面倒だ」


 怒声の中でもはっきりと聞き取れる凛とした声に、圭太は荒波に揉まれながら首を横に振った。


「そうだ奥方。お前は別行動だ。さらに調べさせてもらうぞ」


 イブが圭太とナヴィアから引き離されていく。

 兵士の体が壁となり、イブの小柄な体はすぐに見えなくなった。


「お待ちください。彼女は何も関係ない」

「黙れ犯罪者が」


 兵士に取り押さえられた状態で、圭太は指示を出す兵士を睨みつける。


「では理由を教えてください。どうして俺たちと扱いが変わるのですか?」

「そうか旅人だったな。噂についても知らぬか」

「噂、ですか?」


 縋るような色を瞳に浮かべると兵士はそんな圭太を鼻で笑った。

 ついイロアスを出しそうになったが、理性で必死に抑える。


「人間に化けている魔族がいるって噂だ」

「それはっ、違うんじゃないですかね」


 図星だったので、圭太の声は思わず上ずった。


「コイツの乗り物を見たことがない。それだけでも調べる価値があるだろう」


 兵士はイブの車イスを指差している。

 便利だからと別世界の技術を使ったことが裏目に出た。


「なら俺たちだって仲間なんだから同じ扱いにするべきだ」

「お前はただの人間だろう。それに奴隷は魔力が使えない」

「警戒する必要がないってわけだ」


 兵士の一人が律儀に説明して、もう一人が下卑た笑い声を出した。


「俺が人間だってどうして言えるんだよ」

「今もこうして反撃してこないのがいい証拠だ」


 反撃すればもっと立場が悪くなるだろうが。

 圭太は噛みつかん勢いで怒鳴りそうになったがすんでのところで飲み込む。


「それにお前からは魔力をまったく感じない」

「チッ」


 それは揺れ動くことのない事実だった。

 圭太には魔力がない。サンやクリスの話では空っぽの魔力はあるそうだが、使いこなせないのだから一緒だ。


「魔力のない魔族などいない。だからお前は人間ってわけだ。よかったな魔盲で」


 兵士の侮蔑な笑みに、圭太の血液は沸騰した。

 このときになって初めて、圭太は魔力がないことを後悔した。


「イブ。お前だけでも逃げ――」

「ケータ。抵抗してはならぬのじゃろう?」


 言葉をかぶせて、イブは微笑んでいた。


「奴隷用の首輪を付けるぞ。じっとしてろ」

「ワシならば大丈夫じゃ。安心せえ」


 兵士が乱暴な手つきでイブの首に手を回す。

 それでもイブはいつもではあり得ないぐらいの穏やかな表情を浮かべていた。


「まっ、イブ!」

「暴れるなこのっ!」


 兵士に取り囲まれ、連れ去られていくイブ。

 圭太は彼女の背中に手を伸ばし、傍らの兵士の手によって呆気なく意識を奪われた。

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