第三章二話「力と権力に溺れた」
「遠いのう相変わらず」
今日も今日とてイブはつまらなさそうにため息を吐いた。
「まあいいだろ。今回は情報があるんだから」
車イスの横を歩く圭太は頭の後ろで手を組んで、ワガママ魔王様に呆れる。
毎日続く会話。いつものやりとりに飽き飽きしてしまう。
同じ話題で済むぐらい平和ということだ。道中魔物や盗賊に襲われることもあったが圭太だけでも追い払える程度のもの。退屈になるのは必然だった。
「有名でしたね。今回の英雄は」
「他二人も有名じゃが、今回ばかりは別格じゃ」
車イスをゆっくり押すナヴィアは片目を閉じて、イブも腕を組んで大きく頷く。
クリスのときは情報集めに難航したが、キテラと呼ばれる英雄の情報は拍子抜けするほどあっさりと集まった。
「絶対の独裁者。力と権力に溺れた英雄、か」
圭太は今まで集めた情報を簡単にまとめた。
「人を守ろうとした盾。人を癒そうとした聖人」
目を閉じればすぐに顔が浮かんでくる。
片方とは殺し合ったし片方は命を救った。
同じ敵なのに扱いの差が違いすぎるのは、やはりサンがあまりにイケメンだったからだろう。イケメンに慈悲はない。
「予想通りと言えばそれまでだけど、やっぱりこういう奴もいるよな」
他二人は英雄と呼ぶにふさわしい善人だったから油断していた。
英雄と崇められ、歪まない人間は稀だ。
初めは目を輝かせて世界を救うんだと息巻いていても、力を持て余すようになれば自分の欲望を満たそうとする。しかも世界を救った後なのだから余計とだ。
英雄に憧れている圭太は、とても悲しい気持ちになっていた。
「ケータ様? どうしたのですか?」
気が付けばナヴィアに覗き込まれていた。
「いや、大したことじゃない」
「放っておけ。感慨に浸っておるだけじゃ」
圭太は慌てて首を振るが、イブには何を考えていたのか見破られていたようだ。
圭太は軽く睨むがイブには素知らぬ顔で受け流された。
「にしても気が付けば半分を倒したのう」
圭太を無視したまま、イブは感慨深そうにあごをさする。
「何の半分でしょうか?」
「勇者一味に決まっておろうが」
ナヴィアが首を傾げると、イブは途端に目を釣り上げる。
「そうなのですか?」
だがナヴィアは首をさらに首を傾げた。
「小娘まさか敵の数を把握しておらぬのか?」
「言われてみれば、知りませんね。勇者の他に仲間がいるということしか」
「よくそれで今まで旅してこれたな」
ナヴィアの回答にイブは頭を抱えた。
圭太もふんわりとしか知らない。サンが教えてくれたから最低四人はいるということしか知らない。他にもいるかもしれないが、その詳細は一切不明だ。
「よいか。ワシを倒した勇者には三人の仲間がおった」
「勇者の盾と聖人ともう一人、ですか?」
「そうじゃ。ワシの四天王を各個撃破した実力者たち。人間の中でも別格じゃ」
四天王最後の一人であるシャルロットは今も魔王城を守っている。サンにコスプレさせているのは気になるが実力は本物だ。魔王軍ナンバーツーは伊達じゃない。
そんなシャルロットに並ぶであろう他の四天王を倒したのが三人もいる。
「そのうち二人を倒したなんてケータ様は凄いんですね」
ナヴィアは手を叩いて褒めてくれる。
ちょっと気恥ずかしいから、圭太は足を早めた。
「否、ケータは運がよかっただけじゃ」
圭太の背中には届かない小さな声で、イブは断言する。
「盾は文字通り耐久勝負が得意じゃと聞いておる。手も足も出ておらんかったケータは、相手を土俵まで出せておらなんだ」
圭太はサンのバカ力を身をもって体験した。しかし、逆を言えばそこまででしかなかった。
サンは盾であり、攻撃に適した戦闘方法ではない。そのサンが攻撃にしか回らなかったのは、紛れもなく圭太の力不足が原因だ。
「聖人は勝手に自滅して魔力が枯渇寸前じゃった。類まれなる回復力でいくら攻撃しても倒れぬという話じゃったし、これまた全力の戦いとは言い難い」
クリスは魔王を復活させようと無茶をして、魔力のほとんどをイブに奪われた。
そもそもクリスと正面から戦ったわけではない。あくまでも彼女の生んだ魔物と戦っただけだ。
クリスの助力あってようやく魔物を倒したが、それで彼女に勝ったと自慢することはできない。
「ですが魔王様。相手の得意分野に運ばせないのも実力の一つでは?」
「そうじゃな。ワシもその考えまで否定するつもりはない」
他者の追随を許さない圧倒的な魔力量を持つイブは、正々堂々真正面からの勝負でも負けることはない。
だが、策を巡らせ相手の長所を潰す戦い方を卑怯と罵るつもりはなかった。少なくともイブには真似できない戦い方だ。万能の魔王ですらできないのだから立派なものだ。
「じゃが気付かぬか? ケータが今まで倒した相手は持久戦が得意な相手じゃと」
「そうですね。言われてみれば」
圭太が今まで何とか勝利を拾ってこられた理由を、百戦錬磨の魔王は既に見破っていた。
「ケータは相手の持ち味を封じれるほど戦いが上手いわけではない。受け身の相手でなければ敵わぬということじゃ」
圭太の度胸は認めている。策を巡らせる才能は魔族でも一二を争うレベルだ。
だが肝心の戦闘能力は、まだ物足りなかった。
最低でも四天王であるシャルロット以上。そうでなければ圭太一人には任せられない。
「最後の一人はケータ様では勝てないと?」
「勇者パーティで残っている一人は魔法使いじゃ」
ナヴィアの問いには答えず、イブはまぶたを閉じた。
魔族の中でも勇者たち一行は有名人だ。自然と情報も集まってくる。
魔族の王にも当然その情報は伝わってきている。
「気に食わぬが人間で唯一ワシに並ぶ手練れだそうじゃ。勇者の仲間で唯一攻撃に秀でており、いくら魔法を撃とうと尽きぬ魔力を所有しておる」
聞いた当初は鼻で笑ったものだが、こうして魔族が人間に敗北した以上あながち嘘でもなかったようだ。
「魔王様と、並ぶ?」
ナヴィアは目を丸くしていた。
彼女にとって、エルフや魔族にとって魔王は神に等しい存在だ。その力に匹敵する存在はなく、その能力を理解できる者もいない。
なのに魔王に並ぶと称される人間がいる。
簡単に信じられる話ではない。ナヴィアにとって、常識を否定されるに等しいのだから。
「ワシも直接手を合わせたことはない。じゃが、ワシの次に魔法を身に着けておった者は破れた。つまりそういうことじゃ」
四天王は剣術に秀でたシャルロットの他にも優秀な魔族を採用している。
中には魔法に優れた者も当然いた。でも、あろうことか人間に負けた。
つまり、人間は少なくとも魔王の次に魔法に秀でている。魔王に並ぶというのもあながち間違っていないということだ。
「そんな相手に勝てるのでしょうか」
「ワシがおるから負けはせぬよ。じゃがケータはどうなるか分からぬ」
イブの目が一足先に進む圭太の背中に向けられる。
「あやつはただでさえ自分の価値を低く見ておるからのう。玉砕覚悟で挑んでも手が届かぬ可能性がある」
イブも魔法を主体とする戦い方だけに、キテラの基本的な戦術が遠距離主体だと理解していた。
圭太は未だ魔法を習得していない。戦闘スタイルは近距離特化だ。
今の圭太ではキテラに近付くことすらできない。近付けなければ神風が吹くこともない。
「そんなの、許せないです」
「ならば小娘が守ってやれ。ケータの背中を守れるのは主しかおらぬ」
ナヴィアの武器は弓。圭太の援護をするには最適だ。
キテラに圭太を届けるのはナヴィアにしかできない。
「はい。お任せください」
ナヴィアは覚悟を決めた表情で、重々しく頷いてみせる。
「ああ、そうじゃ。小娘、ピアスをよこせ」
ちょっと言いすぎた気がしたイブは片手を伸ばす。
なんとなく圭太の代わりにナヴィアが命を捨てるような気がしたからだ。
圭太に死んでほしくはないが、ナヴィアも友人の大切な一人娘だ。失いたくはない。
「ヒリアをですか? どうして?」
ナヴィアはきょとんとした顔で、それでも素直に耳からイヤリングを外した。
「先の戦いでワシを呼びに来たじゃろう。面倒じゃから遠隔で会話をする魔法陣を刻み付けるのじゃ」
クリスの騒ぎがあったとき、ナヴィアは一番走り回った。
あのときはたまたま時間があったが、次も同じとは限らない。火急の用もあるだろう。
そのときにまた走り回っていては間に合わない可能性もある。今後を考えると必要な処置だ。
「そんなことができるのですか?」
「うむ。完成じゃ」
ナヴィアがまた目を丸くしている間に、イブはヒリアを一瞬光らせてから本来の持ち主に返した。
「話をしたくなったときは魔力を流せ。声が届くようになる」
「物知りですね。さすが魔王様」
ナヴィアの知る限り遠隔でやり取りをする魔法はない。
博識のエルフでも知らないような魔法を習得しているのは、さすがとしか言いようがない。
「む? これはワシが新たに作った魔法じゃぞ」
予想外の言葉にナヴィアは口が閉じられなかった。
魔法とはそうポンポンと作れるようなものではない。緻密で繊細な魔法陣を描く必要がある。
海の水を溢れることなく土手に注ぐような技量と、この世のあらゆる法則を知らなければできないことなのである。
「ケータの世界では遠くの者同士で話をする道具があるそうじゃ。詳しい原理は知らぬと言っておったが、ワシの手にかかれば再現ぐらい可能じゃ」
携帯電話と呼ばれる機械の話だ。
現代っ子の圭太がボヤき、興味を持ったイブに問いただされてつい話してしまった。
ある程度の原理はあえて話さなかったのに、万能である魔王様はアイデアだけで見事再現してみせた。
「本当、魔王様って便利ですね」
「よせ。本当なら魔力がなくても使えるそうじゃが、ワシには不可能じゃった」
イブはとても悔しそうな顔をしていた。
この世界に電気の概念はない。雷はあるが利用できるものだという認識がない。魔法は電化製品と同じかそれ以上に便利だからだ。
「それでも凄いですよ。わたくしにはとても同じことはできません」
圭太と違って魔法に親しみ深いナヴィアからすれば、新たな魔法を作るのはそれだけでも神のごとき所業だ。
ちなみに魔力のない圭太は聞いても微妙な顔になるだけだ。圭太は使えないのだから当然である。
「ならば教えてやろうか? 一晩かけてじっくりと」
「お断りします。教わるどころか襲われそうです」
不敵に笑うイブの肩を、顔を真っ赤にしたナヴィアは軽く叩いた。




