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第一章六話「人間と魔族」

「なるほどね。この世界でも人間と魔族が争っているわけか」


 シャルル改めシャルロットの先導に従いながら、二人の魔族からこの世界について説明を受けていた圭太は何度か頷く。

 空はいつまで経っても赤いままだ。シャルロットの話では今は昼過ぎ。夕刻にはまだ早いそうだ。つまりこの空は魔界特有の赤い空なのだろう。割とよくある設定である。

 実際に体験している今は設定だと簡単に割り切ってはよくないのだろうが、未だ現実感がないのだから仕方ない。実は夢オチの可能性もまだ捨てきれない。

 この世界は古くから魔王と人間が戦いを繰り広げていたそうだ。これまたよくある設定である。人間側に神の啓示を受けた勇者が現れて、魔王ことイブを封印した。そして今に繋がるのだろう。どこかで聞いたような展開ばかりが続いているのであまり驚きはなかった。


「ケータのいる世界でも魔族はおったのか?」


 圭太がリアクション一つせず話を聞いているので、イブが首を傾げた。いや実際に傾げているか見ていないがもぞもぞと動いているからそれっぽいアクションはしているだろう。

 できればイブには動かないでもらいたい。彼女が身動ぎするたびに背中の柔らかい感触に意識の九割を奪われてしまう。

 ちなみに言うと圭太はちゃんと自己紹介した。しかしイブは発音に慣れなかったからかケータと呼ぶようになった。何度か言い直すように繰り返したのだが、結局直らなかった。名前の呼び方で細かい部分が気になってしまうのは仕方ない。誰だって経験があるだろう。


「いやいなかった。魔族どころか魔法もなかった」

「魔法もなしじゃと? それでどうやって生きていくんじゃ」

「科学っていう魔法を使わない技術が発展してんだ。だから魔法はないが魔法みたいな道具はたくさんある」

「ほほーう。それは気になるのぉ」


 気になるようなものはないと思う。どうせイブなら念話とか言って電話の真似事をしでかすのだろうし、念写とか言ってカメラの代用もできるだろう。あっでも誰でも使えるという点では便利かもしれない。

 ついでに言うと圭太のスマホは召喚されたときに壊れた。ゴロゴロと年甲斐もなく床を転がったことが原因だろう。結構高かったのだが二度と使えないので捨てた。


「話を続けてもいいか?」

「ああ悪かった。続きを頼む」


 振り返って冷たい視線を叩きつけてくるシャルロットに、圭太は首だけで謝罪する。

 失礼だと怒られるかもしれないが、両手はイブの太ももに回されているので仕方ない。最初は役得と喜んでいたのだが長時間のおんぶのせいでそろそろ感覚がない。背中のように感触を楽しめなくなっていた。


「イブ様を倒したと勘違いしている人間どもは調子に乗り、この大陸に町を作って魔族を捕まえては売り飛ばしている。奴隷としてな」

「奴隷か。この世界にもあるんだな」


 これまたテンプレ設定。というよりかは圭太が元いた世界でも行われていた歴史である。

 敗者に人権はない。すべてを奪われ、尊厳を踏みにじられる。むしろ奴隷を撤廃し人権を確立した人たちが異常なのだ。並大抵の努力では叶わないし、革命を起こした偉人たちは軒並み暗殺されている。自分への利益を無視して今の倫理を築き上げたのだから、偉業を為した人たちは永遠に語り継がれるのだろう。


「まあの。ワシがおらんくなったんじゃし。誰も魔族を助けられんじゃろ」

「それだけすごいのか? イブは」

「ワシは魔王じゃぞ。人間ぐらいチョイじゃ」


 首に回されている圭太の眼前にイブは腕を伸ばし、デコピンの要領で小指を弾く。

 小指でも余りある強さだとでも言いたいのだろうか。


「なるほど。勇者に負けたけどな」

「しばくぞ」

「悪かった」


 また首に腕が食い込んできたので、圭太は刹那で頭を下げた。密着はやめて。


「イブ様は我々魔族を守るために人間のいない大陸に魔族の国を作った。それがこの大陸、シェオールだ。イブ様が敗れるまで我々は平和そのものだった」

「スマンかったの。ワシが負けたせいで」

「いえそういうわけでは!」


 シャルロットが両手を前に出し、イブの言葉を慌てて否定する。


「本当に王様なんだな。でもなんで人間がいないんだ? 人間と似た見た目の魔族が住めるなら、まあ角とか生えてるけど、人間が住めないってことはないだろ?」

「ほう。バカではないんじゃな」

「お前より難しいこと知ってるからな」


 因数分解とか解けるかお前。俺は解けないぞ。

 圭太は胸中のみで胸をはった。実は自慢になっていないということを彼は気付いていない。


「ちょくちょくバカにしてるように聞こえるが?」

「気のせいだって」

「そうか。後で殺す」


 あれー? おかしいなぁ。

 シャルロットは左腰の剣を鞘走りさせる。チンッと時代劇好きなら聞き覚えがある音に、圭太の全身から嫌な汗が噴き出した。


「質問の答えだが、この大陸は魔素が濃い。だから魔物が発生しやすく、また強くもなりやすい」

「質問しつもーん。魔素と魔物ってなんだ?」

「知らんのじゃな」

「俺は魔法のない世界の住人だぜ? 逆になんで知っていると思うんだよ」


 新しい単語に圭太は元気よく話を中断させて単語の解説を求める。イブがからかうような声音でにししっと笑うが、圭太の世界にないものを圭太が知っているわけがない。

 まあ言葉のニュアンスと今まで読破してきた知識により大体の予想は付いている。


「魔素は大気中に漂う魔力だ。魔法を使えば濃くなるし魔力の多い者がいれば溜まりやすい」


 元の世界でいう酸素みたいなものだろうか。いや人がいた場所に溜まっているのだから二酸化炭素のほうが近い気もする。


「魔物というのは魔素が集まって生まれる生物のようなものだ。自然発生するし生殖機能もない。生物というよりは現象と呼ぶに近いだろう」

「すげーな。本当にそんな感じなんだ。予想通りだ」


 圭太はシャルロットの言葉に別の意味で驚いた。衝撃の事実だからではなく、あまりにもテンプレ展開通りの設定だからだ。いや設定というか現実なのだが。


「なんじゃ。予想ができておったのか? 魔法のない世界なんじゃろ?」

「ああなかったよ。だけど物語として、作り話としては鉄板のお題だったからな。大体こういうものって先入観はあるかな」


 圭太の立場こそよくあるネタの典型である。異世界転生して勇者を倒す。うん。ありふれた展開だ。


「不思議な世界じゃな」

「俺からすれば魔法を使ったり頭に角がある奴のほうが不思議だよ。おとぎ話が現実にあるんだから」


 圭太の世界では魔王も魔族もいなかった。創作物の中の話だった。

 だからコスプレでしか見たことのない存在が目の前を歩いていることも背負っていることも信じられない気分だ。テンプレ世界だから取り乱しこそしないが、それは非現実に想像が追いつくからである。

 未知の状況に放り出されたのなら、圭太はきっと冷静ではいられなかった。イブの両足など知ったことかと命を投げ出したかもしれない。


「あっそうだ。おとぎ話で思い出した。この世界にエルフはいるのか?」

「いたらなんだ?」

「やっぱりいるのか。奴隷として売れ出されたりしていると思うんだけど、魔王様は保護していないのか?」


 ファンタジー世界の奴隷といえばエルフである。あとケモ耳もだが、圭太はそれほど動物が好きではないので後回しでもよい。

 とにかく異世界に来たのだからエルフを一目見なければならない。


「連中は気難しくての。滅多に馴れ合わぬ。勇者が来ても助けてくれなかったしの」

「へえなるほど。それは面白い。なあシャルロット」

「なんだ?」


 エルフは自分の種族のみを優れた存在だと思っているみたいな話は割と珍しくなかったはずだ。だけど大体は人間を見下しているとかその程度だったはず。大陸を渡る手助けをしたはずのイブに協力しなかったというのは少しばかり予想外だ。

 圭太がしなければならないことはとりあえず決まった。まずは予想外の出来事を予想通りに変えるべきだろう。


「この城の武器庫ってどこにある?」


 そのためには勇者としての力が必要だった。

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