第二章二十八話「同胞の安全」
「えっええええぇぇえええええ!?」
クリスの叫び声が早朝から響き渡る。
圭太は顔をしかめた。うるさい。起き抜けの頭に響く。
「ワシの復活より驚かれておるのう。少し妬けるのじゃ」
イブが不満を露わに唇を尖らせている。
「嬉しくねーよ。だから睨むな。ナヴィアも」
圭太は疲れた顔でイブとナヴィアに視線を送る。
頭に響く叫び声が嬉しいわけない。
「ケータ様あっさり正体を明かすのですね。わたくしはずっと我慢しているのに」
「まだ何かあるの?」
ナヴィアが肩をすくめ、クリスは身構えた。
魔王の復活、新たな勇者の誕生。それに加えてまだ驚愕の事実があるのなら、警戒したくもなるだろう。
「わたくしはケータ様の所有物ではありますが奴隷ではありません。ほらこの通り」
そう言って、ナヴィアは自分で奴隷用の首輪を外した。
本来の首輪なら自分で外すことは不可能だ。もしも外せたら奴隷商は成り立たない。
「あっそうなの。なんとなくそんな気がしていたの」
「……むぅ」
「俺を睨むなよ」
期待していた反応が貰えず、ナヴィアは唇を尖らせた。
圭太はさらに疲れた顔になった。
「禁忌なのも納得なの。勇者を召喚する魔王なんてあり得ないの」
クリスはさらりとナヴィアを流して話を戻す。
うぅ、とさらに不機嫌になっているナヴィアに圭太は触れないことにした。
後で機嫌を直すのに苦労しそうだ。
「じゃろ? 両足を失っただけの価値があるじゃろ」
イブは自慢げに嬉しそうに胸をはっている。
掘り出し物扱いされている圭太は面倒なので傍観を貫く。
「それは分からないけど、魔王は何が目的なの?」
「分からぬか。理解されぬか。寂しいのう」
「ふざけないでほしいの」
今度はわざとらしく肩を落とすイブの態度に、クリスは引き締まった表情でこぶしを構えた。世界が変わってもボクシングのファイティングポーズは共通のようだ。
「ワシとやるか? 銅像に釣られて態度まで大きくなったようじゃな」
イブの口元は変わらず弧を描いている。だが目は笑っておらず、眼光には明確な殺気が宿っていた。
睨み合うイブとクリスの雰囲気は穏やかではない。いつ戦闘になっても対処できるよう、二人は魔力が渦巻かせている。
「そこまでだ」
今にも火ぶたが切られそうな二人のちょうど中間に、圭太はイロアスを挟み込んだ。
「ケータ……」
「止めるでない。ここからが面白いんじゃろうが」
臨戦体制だったクリスとイブは、水を差した圭太を当然のように睨む。
震え上がりそうな眼光二つに睨まれた圭太は、それでも気が削げたことに満足して頷いた。
「イブが全力で戦ったら俺とナヴィアが危ないだろうが」
圭太が水を差す理由など、自分に危害が来るから以外に存在しない。
イブはもちろんクリスも生半可な実力ではない。もしも二人が本気で争えばこの町は半壊するだろう。当然一般人に毛が生えたレベルの実力しかない圭太とナヴィアは巻き込まれて大怪我になる。
「そうですよ。わたくしたちは魔王様みたいに頑丈じゃないんですから」
ナヴィアは呆れた表情で信仰対象を見ていた。
同じ信仰者でもアダムとクリスの関係とはえらい違いだ。
「ワシも別段頑丈というわけじゃないんじゃが。まあよい。それでクリスよ」
「何なの?」
「ワシの目的は千年以上変わらぬ。同胞の安全じゃ」
仇敵に声をかけられて警戒するクリスに、イブは本心をさらけ出す。
「魔族の保護? でもこっちの大陸に魔族はほとんどいないの」
話を聞いていただけの圭太は思わずうんうんと頷いていた。
サンが守っていた町では数多くの奴隷が捕まっており、見るも無惨な扱いを受けていた。
てっきり大陸を渡った奴隷もそれなりの数がいると考えていたのだが、圭太はまだナヴィア以外の奴隷を見ていない。
予想よりも奴隷の流通はできていなかった。それはいいことでもある。ナヴィアが悪目立ちしてしまう点を除けば。
「そうじゃな。少し予想外じゃった。奴隷は買い漁られておると思っておったんじゃが、大陸を渡ったのはおらぬようじゃ」
「あの大陸は人間が住むところじゃないと思っている人も多いの。奴隷を買うような人は特に近付かないの」
偏見といえばそれまでだが、一年程度ではまだ受け入れられていないようだ。
もしかすると奴隷であろうと魔族は避けられているのかもしれない。よっぽどの物好きでもなければ呪いの人形なんて持ちたがらないのと一緒だ。
「なるほどのう。英雄の一人に護衛を任せっきりじゃったのも頷ける」
強力な魔物がいるからと英雄一人で護衛をしているのは変だと思っていたが、毛嫌いしている人間が多いのなら納得だ。
誰も近寄らないのだから、守ろうと思う人間もいない。金にがめつい商人は守れと喚き散らすが肝心の自分は一切戦わない。
サンが守護を拒否できなかったのは、サンが守らなければ多数の人間を見捨ててしまうからだ。
「そうだサン。彼は無事なの?」
「無事だよ。今はまだ」
圭太は明後日の方向を見ながら心配そうな声に返事をする。
死んではいないから無事と言えるだろう。片腕を失ってしまったから無事ではないとも言えるが、もしも真実を言えば圭太の体は爆発四散するだろう。
「ふふん。聞いて驚くな。ワシの勇者はキサマらを潰そうと思うておる。ワシがこの場におるのは新米勇者のお守りをするためじゃ」
「お守りを頼んだ覚えはないがな」
一人でいいと最初から言っている。お守りだと迷惑がるなら今すぐ帰れよ。
圭太はジト目で睨むがイブはどこ吹く風だ。
「サンは行方不明になっているの。他の人は皆帰ってきたのに一人だけいないの。ケータたちが殺したの?」
「もしそうならどうするつもりだ。いや答えなくていい。見れば分かるから」
意地悪な質問のつもりだったが、迷うことなくファイティングポーズを取るクリスを慌てて止めた。
「さっきも言ったがサンは無事だ。無傷ってわけじゃないが、魔族たちが管理している」
「無傷じゃないの? じゃあ治すの」
即決である。
「どうするイブ」
信頼関係の高さに圭太はたまらず苦笑した。
どうやら演技力に自信のある圭太でも悪人を演じるのは無理なようだ。
「好きにさせればよい。ここで暴れられるよりはよっぽどマシじゃ。じゃろう?」
「だな。じゃあ頼んだ」
「うむ。任された」
一度力強く頷いて、イブは静かに右手を伸ばす。
突然手を前に出したイブにクリスが警戒心を強めるが、イブが使ったのは虚空に黒い穴を出現させるだけの魔法だ。
「この穴はワシの城に繋がっておる。勇者の盾もおるはずじゃ」
イブの言葉が終わるよりも早く、クリスは黒い穴へと飛び込んでいった。
「それでいいのか英雄よ」
決断が早いのは疑いも躊躇いもないからだ。仮にも敵だった魔王の言葉を信じるなんてどうかしてる。
圭太はあまりに純真なクリスに苦笑いを浮かべ、後を追うように黒い穴をくぐった。
「お帰りなさいませ魔王様」
おかしいな二次元でしか見たことない執事がいるぞ。
予想だにしていなかった事態に、圭太は完全に動きが止まっていた。
魔王城に帰ってきた圭太を出迎えてくれたのは執事服を華麗に着こなしたサンだった。
「クリスじゃないか。久しぶり。元気だった?」
サンはあっけに取られて呆然としている圭太を置いて、クリスと話を始めた。
「うん私は大切にされているの。サンと比べれば大したことないの」
クリスの目はある一点、フラフラと揺れているサンの右腕部分の袖に吸い込まれていた。
「ん? ああ、右腕のことか。大丈夫だよ。もう慣れた」
クリスの視線に気付いたサンは右腕のあった場所をポンポンと叩きながら苦笑する。
精一杯心配をかけさせないようにしている。圭太にはそう見えた。
「今すぐ治すからじっとしてほしいの」
クリスの魔力は魔物と戦ったときと違い全快している。
今ならサンの失われた右腕を再生するぐらい可能だろう。また魔力が枯渇寸前までなくなるだろうが、クリスは当然気にしていない。
「……悪いけどそれは断るよ。これは僕なりのけじめだから」
「けじめ、なの?」
サンは首を振り、クリスの好意を拒否した。
まさか拒否されると思っていなかったのか、クリスは目に涙を浮かべる。
「うん。魔族にひどい扱いをした償い。皆を助けてもらった代償。そして僕を解放してくれたケータ君へのお礼だよ」
「そんな重たいものを受け取ったつもりはないぞ」
ようやく現実を呑み込みつつあった圭太は、傍観者に徹するつもりだったのについ口を出してしまった。
圭太が腕を奪ったのはけじめ、なんて重たい理由ではない。ただ無力化させたかっただけだ。
「久しぶりだねケータ君。クリスは強敵だっただろう」
「ああまったくだ。散々迷惑をかけられたよ」
朝っぱらから現在進行形で迷惑をかけられ続けている圭太は、とても疲れた様子でため息を吐いた。
勝手に死のうとするわ儀式に巻き込まれているわ魔物を生み出すわ、ここ数日はクリスのせいで休まらなかった。
せっかくの高級宿だったのに旅立つ頃には疲れが増している。訴えたい気分だ。
「迷惑、か。それはよかった。僕ほど大きな代償ではなかったんだね」
「さあどうだかな。ところでシャルロットはいるか? 主にお前の扱いについて話したいことがある」
右肩をさすりながら安堵したように微笑むサン。
圭太は軽く流し、サンに変な仮装をさせている元凶の姿を探す。
魔族のほとんどは圭太すら接触を避ける臆病者だ。執事服を着せるような魔族がいるとは思えない。
ただ一人、四天王最強の剣士を置いては。
「残念だけどご主人様は不在だよ。あれからエルフとの繋がりが深まったんだ」
いつからお前はシャルロットをご主人様呼びするようになったんだ。
「それはいいですね。魔族との協力を拒む理由はありませんし、何より恩がありますからね」
圭太の後を追って黒い穴を通ってきていたナヴィアは心なしか誇らしげに頷いていた。
エルフは魔族とは別勢力だ。今まで協力関係を築かなかった。イブがナヴィアを預かっているから、協力しようと思ったのだろうか。
歴史を動かした張本人である圭太は、にわかに首を傾げていた。
「あの堅物が協力のう。にわかには信じられぬな」
千年間何度も言い争いをしたであろうイブは、納得いかないのかあごをさすっている。
「先導しているのは若いエルフだって言ってたかな。ごめん。直接会ったわけじゃないから分からないんだ」
「お前が謝る必要はないだろ。じゃあ戻ろう」
圭太は踵を返し、足早に黒い穴を再び潜る。
サンの様子を確認するという用事は済んだ。新たに話ができたが肝心の相手が不在である以上長居しても意味がない。
そもそも圭太たちは早朝から旅立とうとしていたのだ。これ以上無駄な時間を過ごしたくない。
「サン……」
「クリス。僕は大丈夫。後悔していないよ。だから心配しないでくれ」
圭太に引きずられるように魔王城を去るクリスに、サンはいつもと変わらぬ微笑みを返した。




