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第二章二十七話「黙って」

「まだ眠いんじゃが」


 日が顔を出して数分しか経っていない、誰もいない早朝の門の前で、イブは目をこすった。


「しっかりしろ婆ちゃん」

「うるさいぞ小童」


 圭太が軽く茶化すとすぐにジト目が向けられる。

 まだ寝足りないのは本心だが、既に頭は覚醒しているようだ。イロアスで斬りかかったら無駄のない手順で拘束されるだろう。眠いと言っているのもただ構って欲しいだけかもしれない。


「魔王様はお休みいただいて結構ですよ。わたくしたちが運びますから」


 車イスを押しているナヴィアがくすくすと微笑んでいる。


「駄々こねられても困るからな」

「ワシを子ども扱いするでないわ」


 圭太が朝の割りにハイテンションでからかい、イブはあからさまに機嫌を悪くする。


「むぅ――」

「ケータ様」

「分かってる。気付いていないフリをするんだ」


 ナヴィアに名前を呼ばれ、圭太は殴りたくなる笑顔のまま冷たく首を振った。


「むぅ――――」

「うるさいんじゃが」

「無視だ。また面倒に巻き込まれたくはないだろ?」


 イブが門のそばの物陰に目を向けているが、圭太は一切目を向けなかった。

 せっかく早朝から旅に出ようとしているのに、また出鼻をくじかれてはたまらない。


「むぅうううう」

「さ。早く次の町に行こうぜ」

「どぉして無視するのー!?」


 とことん無視されて、物陰から圭太たちを覗いていたクリスはとうとう爆発した。


「あっなんだクリスじゃないかー。いたなら声かけてくれよー」

「白々しいにもほどがあるの!」


 噴火しながらズンズンと歩み寄ってくるクリスに、圭太は両手を上げて驚く演技をする。

 棒読みなのをすぐに見破られ、クリスの怒りに油を注いでしまった。


「そもそもどうして出ていこうとしているの!」

「だって俺たち旅人だし、なあ?」

「そうですね。ちょっと長居しすぎてしまいましたし」


 火がつきそうな勢いで睨まれている圭太はどうどうとクリスを抑えつつ、怒りの矛先をずらすためにナヴィアに話を振る。

 圭太の目論見を知ってか知らずか、ナヴィアは普通に答えてくれた。思惑通りクリスの意識は外れ、勢いも目に見えて衰えた。


「ワシとしてはまだベッドに寝ていたいんじゃがな」

「旅に出ると野宿ですからね。もちろんわたくしは慣れてますが」


 イブが機嫌悪そうに眉間を抑え、ナヴィアはドヤ顔で胸をはる。

 どうですかケータ様偉いでしょう。とナヴィアの表情は語っている。


「なんじゃ? ワシは野宿もできぬお子様とでも言いたいのか?」


 ただでさえ寝不足で不機嫌なイブが、据わった目でナヴィアを睨む。


「いえいえわたくしはそんなこと思ってませんよ?」


 ナヴィアは身を泳がせて首を傾げる。

 演技のあまりのひどさに圭太は吹き出しそうになった。


「小娘ェ。ケータほど演技力がないと気付いておるか?」


 当然ナヴィアの下手くそな演技が通用するはずもなく、イブの額に青筋が浮かんでいた。


「あぁー。まああの二人はいつもああだから」


 勝手に喧嘩を始めたナヴィアとイブのやり取りに、圭太はどこか諦めた様子でため息を吐いた。


「仲がよさそうで何よりなの」

「仲良くないんじゃが」

「仲良くはないです」


 全く同じタイミングでクリスを睨む二人。

 圭太は心の中で絶対お前ら仲良いだろと呟いた。口に出したらとても面倒くさいことになるので死んでも言うつもりはない。


「つーわけでじゃあな。無理しすぎんなよ」

「待つの。黙って旅に出ようとしている理由を聞いてないの」


 圭太は手を振って門を潜ろうとした。しかしクリスに両肩を掴まれたせいで動けなくなる。

 肩からミシミシと音がしているような気がするが、きっと聞き間違いだろう。


「今挨拶したじゃないか」

「それは私が来たからなの! 来なかったら黙ってたの!」


 ガックンガックンと前後に揺らされると、さすがの圭太も気持ち悪くなってくる。

 道すがら食べようと朝飯を抜いていて助かった。でなければクリスの顔面にぶちまけていただろう。


「面倒な。駄々こねるなんてどこかの誰かそっくりだな」

「なんじゃケータまでワシに喧嘩を売るか? いいじゃろう言い値で買うぞ」

「誰がお前と喧嘩したがるか。命がいくつあっても足りないっての」

「私を放置するななのー!」


 イブに睨まれた圭太は軽く肩をすくめて受け流す。

 いつの間にか話題から外されたクリスがさらに激しく圭太をシェイクした。


「なんだようるさいな」

「ワシらが話しておるじゃろうが」

「人間というのは空気が読めないんですかね」

「どうして私が悪者扱いなのっ!?」


 三人に怒られたクリスは、納得いかないとばかりにさらに圭太をシェイクする。

 もはや世界が線にしか見えない。


「はぁーやれやれ。いつまで経っても話が進まないな」

「ケータたちのせいなの」


 圭太は肩を回してクリスの手を払う。

 クリスの私悪くないもん視線は無視した。


「大体勝手に旅に出て何が問題なんだ。俺たちゃ元々旅人だぜ?」


 圭太たちは流れ者。ふらりと訪れ知らぬ間に消える旅人だ。

 わざわざクリスに挨拶をする理由がないし義理もない。これ以上厄介に巻き込まれたくないので関わりたくもないぐらいだ。


「だって……お礼……」

「だって、なんだ? 聞き取れなかったんだが」

「そんな恥ずかしいこと言えるわけないの!」


 ごにょごにょと言ったと思ったら大きな声で怒られてしまった。

 耳を澄ましていただけにダメージを受け、圭太は耳鳴りに顔をしかめた。


「なんだよそれ。じゃあそこどけ」

「嫌なの!」


 圭太が足を動かそうとすると、クリスが回り込んで両手を広げ、通せんぼの構えをする。

 圭太は本気で嫌な顔をした。このままではラチがあかない。


「うわぁー。ケータ様今のはないです」

「ふむ。サイテーじゃな」

「おっとぉ? お前ら裏切るの早すぎないか?」


 ナヴィアとイブにドン引きされて、味方に背中を刺された圭太はわざとらしく仰け反った。

 気付いていないわけがない。クリスが旅を妨害する理由は、まだお返しが足りていないと勝手に思っているからだ。


「俺たちはお前の厄介に巻き込まれるつもりはない」


 だからため息を吐いて、圭太はばっさり切り捨てた。


「厄介なんてかけてないの」

「回復魔法の失敗が二度。儀式からの救出が二度。後は今の呼び止めもか」


 右手の指を二本折り、もう一度二本折り、最後に一本折る。

 圭太の指は全部折り曲げられ、握りこぶしができた。


「んぐぅっ。いやでもそれ以上に恩を返したはずなの」


 一瞬何とも言えない唸り声を出すクリスが、気を持ち直して希望的観測を口にする。


「飯を奢ってもらっただけじゃな」

「そうですね。それ以外はわたくしたちでもできますし」

「魔族ってこれだから嫌なの!」


 あぁもうっと頭を抱えて、希望を打ち砕かれたクリスは項垂れた。


「おいイブ。お前正体を明かすなって言っただろうが」


 なんでクリスがイブの正体を知っているんだ。約束破ったのか。

 圭太は戦犯イブをとても鋭い目で睨んだ。

 イブは傍目には人間と区別がつかない。ナヴィアのように耳が尖っているわけでもなければ、シャルロットのようにツノが生えているわけでもない。

 見た目は完全に人間だ。銀髪赤眼の神々しい雰囲気を出しているだけの、ただの人間の姿をしている。

 イブの外見から魔族だと見破られる人間はいない。魔力を探れば別だろうが、そこは魔法を極めた存在。簡単に尻尾を掴ませるようなヘマはしない。


「ワシではないわ」

「もちろんわたくしでもないですよ」


 まさか、という圭太とイブが集まったので、ナヴィアは首が千切れんばかりにブンブン振った。

「? 私は奴隷の彼女を言ったつもりだったの。彼女も魔族なの?」


 頭に疑問符をいくつも浮かべ、クリスは首をひねった。


「……おいケータ」

「……」


 イブのジト目に、戦犯は無言で目を逸らした。


「奴隷が二人ってことなの? でも足が動かない彼女に首輪がついていないの。どういうことなの?」

「あ、ああー。どうしよう」


 うぅーん、と一人で思考の海に飛び込んだクリスに、圭太は珍しく狼狽えた様子で相談を持ちかける。


「どうもこうもあるか。正直に言えばよかろう」

「魔王様に賛成です」

「ナヴィアてめえ」


 わざと演技をやめたいつもの呼び方をしたナヴィアに、圭太は恨めしげな視線を叩きつけた。


「ま、おう…………魔王!? 貴方いやお前がまさかあの魔王だとでも言うの!?」


 圭太の懸念通り、ナヴィアの言葉を拾ったクリスは大きく距離を取って構えた。


「そうじゃ。ワシこそが魔王イブじゃ。直接顔を合わせるのは初めてじゃな人間」


 イブがまさに魔王としか言えない威圧を存分に叩きつける。

 クリスの頰を一筋の雫が流れ落ちた。


「そんな……じゃあコハクは結局倒さなかったの? まさかとは思っていたけど本当に困った人なの」

「思ったより取り乱さないんだな」

「ん? ああ驚くわけないの。コハクは倒す意味があるのかなとか言っていたから予想はしていたの。倒したって聞いたから安心していたけど」


 やれやれと肩をすくめるクリス。

 勇者は色々と迷惑をかけていたようだ。あのクリスですら苦労人ポジションになるなんて。


「ほう。ワシは勇者の都合で死んだ扱いになっておるのか」


 イブはニヤリと笑い、勝手に殺した犯人を記憶に刻みつけていた。


「コハクは次があったら絶対魔王を友達にするって言ってたから、まさかとは思っていたの。まったく王様は何してるの」

「いや、お前の予想は外れてるからな。イブの封印を解いたのは俺だし」


 勇者はともかく、顔も知らない王様にまでいらぬ疑いをかけさせる必要はない。


「そんなわけないの。だってコハクは剣で貫いたって言ってたの。勇者にしか触れない剣なのは知ってるの」


 圭太は知らないが、封印に使われていた剣はイブでさえも触れない代物だった。

 手をこんがり焼かれたイブは当時を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「だから俺勇者。魔王に召喚されたんだ」

「えっええええぇぇえええええ!?」


 早朝の門に、町一番の有名人の叫び声が響き渡った。

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