第二章二十五話「また無茶」
結局一人で圭太の三倍以上を平らげ、満足げにお腹をさすっているイブを尻目に、圭太たち御一行は教会まで帰ってきた。
聖人様は魔力がほとんどない。この状態で暴漢に襲われたらシャレにならないので護衛を務めたというわけだ。
倒すべき敵を護衛するとは変な話だ。
「ただいまなのー!」
教会に入り、最初に見かけたシスター服の女性にクリスは笑顔で駆け寄っていく。
ごつんと鈍い音が響き渡った。
「痛いのっ!」
「クリス! また無茶をして!」
げんこつを落とされ頭を押さえているクリスに、シスターはさらに怒鳴り声を叩きつけた。
「ごめんなさいなの。私が悪かったの。許してほしいの」
クリスは戦闘中でも見せなかった怯えた表情で両手を合わせ、ひたすらペコペコ下げている。
「今日という今日は許しません! 魔力を放出したでしょう! 魔物が近寄ってきたらどうするのですか!」
「ひぃーっ」
烈火のごとく怒るシスターにクリスは震え上がった。
「なんなのでしょう? あの人間は」
「英雄の一人が頭を抱えて恐れているのじゃ。とても旅の目的にもなる聖人とは思えぬ」
クリスが一方的に怒られている状況に、ナヴィアは首を傾げイブも目を丸くしている。
クリスは勇者パーティの一員であり町の中心人物であり目的地として旅人を集めている英雄である。
そんな彼女が震え上がるぐらいの説教をする人間なんてそう多くない。
「あれ? この人」
圭太は般若の表情を浮かべているシスターに見覚えがあった。
しばらく記憶を探っていると、ようやく客人の存在に気付いたシスターが般若を緩めた。
「貴方は、確か図書館で脅してきた方ですね」
たった一言で圭太の記憶は一気に解放された。
そうだ。アダムに直接会う方法を探していたときに八つ当たりで脅したシスターだ。いくら脅しても意思を曲げなかった頑固者。
「肝が据わってるわけだ。クリスより上の役職だったのか」
クリスに説教しているということは英雄よりも上の立場、たとえば司教とかなのだろう。
たかが一般市民の脅しに屈しなかったのも頷ける。もっと次元の高い腹の探り合いに慣れているからだろう。
「いえ違います。教会に役職はありません」
「この人は私を育ててくれた人なの。つまりお母さんなの!」
シスターを圭太の予想をあっさり否定し、クリスは誇らしげに胸をはる。
「うるさいですよ」
「ひぐっ」
そして説教中だと忘れましたかとばかりに硬いげんこつが落とされた。
「なるほど肝っ玉かあちゃんってことか。厄介な」
圭太は一歩下がって、顔を強張らせた。
「どうして警戒するのですか?」
「対策が通用しないからだよ。大体無理やりな方法で切り抜けられるのがテンプレだから苦手な部類なんだ」
母の愛といえば聞こえはいいが、対策を取らないといけない立場から言えばただただ厄介だ。
「無理やりだなんて失礼な。押し通る隙間を作るほうが悪いのです」
「この親あってこの子ありってか。どうりでクリスが脳筋ゴリラになるわけだ」
力任せが得意なのは親譲りというわけだ。
狂っているとしか思えない自己犠牲の精神もこの親から教育されたのかもしれない。
「何か?」
シスターはコクリと首を傾げる。微笑みを浮かべているが目は笑っていなかった。
「別に。じゃあ俺たちは用事が済んだから帰るぞ。ちゃんと説教されとけ」
「そんな、ひどいの」
もはや関わりたくないので圭太は手を振って踵を返す。
クリスが捨て犬みたいな声を出していたが全力で無視した。
「お待ちください」
だがシスターは圭太を逃がすつもりはないようだ。
「……なんだ?」
心底嫌そうな顔を浮かべて、圭太はもう一度振り返った。
話しかけるなオーラ全開である。
「クリスを助けてくれたのですよね? この子に代わってお礼申し上げます」
シスターは体の前で両手を合わせ、九十度頭を下げた。
「やめてくれ。報酬は本人から貰った」
「そうじゃ。おかげでワシは今満足しておる」
圭太はさらに嫌そうな顔をして、イブは腹をポンポンと鳴らしていた。
まあ、お前は満足だろうよ。見ているだけで胸焼けしそうな量を食べたんだからな。
「それでもです。クリスではない魔力を感じました。貴方がたの誰かが大規模魔法を使ったのですよね?」
「いいや俺たちじゃない。クリス曰く魔王だそうだ」
その魔王は満足そうに腹を撫でているので間違ってはいないのだが、圭太は訂正する気がなかった。
「そうですか。いやそれでも構いません。代わりに受け取ってください」
「違うって言ってるんだが。まあ勝手にしろ」
否定しても誤解だと言っても変わらず頭を下げ続ける。勝手にお礼を受け取ったと魔王が怒ることもないのだから、好きに頭を下げさせておけばいいだろう。
「噂で聞いたのです。この子が邪教徒に連れ去られたと」
「あぁ……」
圭太は頭を抱えたくなった。
とても心当たりがある。今回の騒ぎは、そもそも邪教徒の用意した儀式とも呼べない虐殺で使用した魔法陣だ。
クリスが誘拐されなかったら騒ぎが起きることもなかった。
「この子のことだから大丈夫だとは思いますが、それでも心配だったのです」
血が繋がっているかは知らないが、母親はやきもきしただろう。
邪教徒が儀式と称して何をしているのか知っているだけに、娘が危険な目に遭わされて落ち着いていられるわけがない。
嫌な予感に押し潰されそうになっていたからこそ、顔を見てすぐに説教をしたのだろう。
「心配しなくてもいいの! 私は――」
「あと一歩で死ぬところだった。邪教徒の儀式の贄になろうとしてたぜ」
「ケータ!」
心配をかけさせまいとするクリスに言葉をかぶせて、圭太は本当のことを話した。
儀式で死にかけたのは本当。魔力がほとんどないのに一人で魔物に立ち向かおうとしたのも本当だ。挙げ句の果てに四天王モドキと全力で戦おうとした。
圭太たちがいなければクリスは説教を受けることすらできなかった。
「本当にありがとうございます。ほらクリスも頭を下げて」
「アリガトウなの」
シスターは笑顔でクリスの頭を持ち、無理やり頭を下げさせた。
力づくで言わされている感満載だ。そんな感謝の言葉は貰っても嬉しくない。
「いいって。本人に飯を奢ってもらったんだ。気にするな」
圭太は両手を前に出して、頭を下げ続けているシスターとクリスの上体を起こす。
クリスには多大なご馳走を食べさせてもらったばかりだ。イブの胃袋の大きさを予想していなかったのか、懐が寂しくなったのと悲しそうに笑っていたのは脳裏に焼き付いている。
既に礼を受け取っているのだから、これ以上感謝される必要はない。
「というかこっちこそ悪かった。変な脅しをして」
圭太は二人が再び頭を下げないのを確認してから逆に腰を九十度曲げた。
「アダム様に会う方法を探していたときのですか? それこそ気にしないでください。クリスを助けてくれただけで十分です」
シスターが頭を下げるのを気配で察したが、圭太は頭を上げなかった。
「まあそうだろうけど。結果誤解だったわけだしさ」
「それを言うなら不敬な態度も誤解でした。結果として貴方は命の恩人です」
「だから気にするなって。ダメだな堂々巡りだ」
圭太とシスターは下げ続けていた頭を同時に上げる。
「気付きましたか?」
二人揃って頭を下げていたのだから、当然お辞儀をやめればシスターと目が合う。
彼女はいたずらっぽく微笑んでいた。はじめから全部予想していたようだ。
「クソッやっぱり苦手だ」
からかわれていたと理解した圭太は盛大に舌打ちした。
シスターのほうが何枚も上手のようだ。腹立たしい。
「ケータよ」
「なんだ?」
すぐ隣で話を聞いていたイブが袖を引っ張り、何の用か予想できなかった圭太は純粋に首を傾げた。
「アダムに会うつもりなのか?」
イブにとってアダムは神ではない。因縁深いただの敵だ。
実際に殺し合った間柄で実力を理解しているからだろう。イブはどこか不安そうな顔をしていた。
「当たり前だろ。神は死んだ、もういないって言ってやるんだ」
圭太の目標は勇者の討伐。そして魔族の敵を潰すことだ。
そしてその大元を辿っていけば行き着くのは神、アダムだ。
アダムがいる限り勇者は絶えないし、魔族の平和もあり得ない。
「それは許せないの」
「どっちにしろ会う方法はないんだから別にいいだろ」
「そういう問題じゃないの」
やれやれと肩をすくめる圭太を、教祖を狙われているクリスはジト目で睨んでいる。
「申し訳ありません。わたくしの主人が神を信じぬ不敬者で」
「お前だってアダムを信仰していないだろうが」
主人の代わりに律儀に頭を下げるナヴィアに圭太は思い切り顔をしかめた。
同じ立場なのに一方的に悪者にされるのは納得いかない。
「わたくしはエルフですから。魔王様を信仰していますし」
「それはそれで問題ですね」
ナヴィアのある意味過激な発言に今度はシスターが複雑そうに顔を歪める。
信仰者という意味では同じだが、対象が対極だ。人間であるシスターからしたらいい気分ではない。
「なんだか申し訳ないの」
ナヴィアにとっての神を倒した立ち位置のクリスは、信仰者であるからそこバツが悪そうにしていた。
「大丈夫です。その後奴隷になってしまいましたが、まったく全然気にしてませんよ」
「ごめんなさいなの」
ナヴィアはとても黒い笑顔を浮かべており、クリスは綺麗なお辞儀をした。
「というかナヴィア奴隷嫌なのか……?」
「あっ全然そんなことないですよ。ケータ様の奴隷になれてとても嬉しいです」
圭太が今すぐ首輪を外したほうがいいのかと悩み始め、ナヴィアは慌てた様子でフォローし始めた。
前提として二人の主従はただの演技なのだが、どちらも本気の様相だ。
「とても本心には聞こえぬのう」
「うるさいですよ」
「ワシも雇い主側なんじゃが!」
イブがとても意地の悪い笑みを浮かべてからかい、ナヴィアはバッサリと切り捨てる。
扱いの差にイブが叫ぶところまでが一連の流れだ。
「不思議な奴隷なの。主に吠えるなんて」
クリスはイブとナヴィアの言い争いを眺めながら目を丸くしていた。
奴隷制度の廃止された世界で生まれ育った圭太は本物の奴隷を知らない。だから奴隷の扱いも創作物でしか見たことがない。
それでも分かるのは、奴隷に人権はないということだ。道具と同じ立場で扱いはひどく、ロクにご飯も食べられないような生活環境だ。
もしもこの世界でも奴隷の扱いが想像通りのものなら、主人と言い争いをするなんて考えられないだろう。
「まあそこは俺の方針かね。奴隷だろうとナヴィアはナヴィアだ。抑圧してまで良さを潰すのは気に入らない」
本当は奴隷じゃないなんて言えるわけもないので、圭太は懐の深さをアピールした。
話の内容は本心だし圭太の演技力も並ではない。
クリスとシスターがおぉと感嘆しているのを見て、圭太は内心でガッツポーズをした。
「君もかなり変人なの。まるでコハクみたいなの」
「あの勇者様と? こんな方なんですね。幻滅します」
「勝手に他人と重ねて勝手に幻滅すんな。ったく」
親子の会話のダシにされ、圭太は不服をアピールするべく眉間にシワを作った。
「帰るぞ二人とも」
「む?」
「はいかしこまりました」
圭太が声をかけるとイブとナヴィアはすぐに言い争いをやめた。
そして歩き出す圭太の横に早足で並んだ。見た目的には働き者の奴隷としか思えない。
「じゃあな聖人。護衛の役目は終わりだ。魔力が回復するまでしっかり休めよ」
「余計なお世話なの」
一人で留守番をする子供の言うように忠告すると、圭太の意図を読み取ったクリスが子供っぽく頰をふくらませた。
「待ちなさいクリス。貴方まさか魔力を使い果たすほどの無茶を――」
だが、残念。圭太の目的は火種を残すことだった。
言葉を聞き逃さず、再び説教を開始したシスターの声を背中に受けて、圭太は教会を後にした。




