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第二章二十一話「奪え」

「主よお導きを。貴方様の仇敵を蘇らせるため、この私にご加護を」


 つい数時間前、五人もの男を一方的に殺した捨てられた遺跡跡。邪教徒が描いたまま放置されていた六芒星の中央で、両手を組み合わせているシスターがいた。


「やっぱりお前かクリス!」


 予想通りの人物に、圭太は大声で怒鳴る。

 魔力のない圭太でも、中心地まで来るとあまりの規模の大きさに戦慄する。

 ナヴィアがいなければ逃げ出していた。錯乱してイロアスで自分の喉を掻き切っていたかもしれない。

 今この場にいるのは一人ではない。その一点があるからこそ圭太はイロアスを両手で握りしめられる。


「――」


 圭太の怒鳴り声を無視して、クリスは祈りを続けている。


「聞こえていない?」

「それだけ集中しているってのか。クソッ」


 圭太は顔を歪めた。どれだけ魔法に疎くてもこの儀式を放っていたらよくないことぐらい分かる。

 だが肝心のクリスには声が届かない。一番簡単で確実な選択肢は早々に潰えた。


「どうしますか? 力づくで止められますが」

「……いや、やめておこう。使われている魔力が多すぎる。下手に刺激して暴発されたら困る」


 ヒリアを呼び起こして構えるナヴィアの物騒な提案を、圭太は首を左右に振って却下する。

 魔力感度がとても低い圭太の本能でさえ警鐘を鳴らす魔力量だ。力づくで止めることは可能だが、暴発しないと断言できない。暴発したときの被害は考えたくない。


「かしこまりました。ですがどうするのですか?」


 ナヴィアの信頼した瞳で圭太を見る。

 圭太にできるのは考えることのみ。誰にも思いつかないような起死回生の一手を導き出すことだ。

 彼女を助けてからいうもの、ナヴィアの期待は日に日に重くなっている気がする。


「そうだな。止められないが、止める方法はある」

「矛盾してます」


 期待を裏切られたと思ったのか、ナヴィアが頬をふくらませた。


「簡単だ。要は魔法を使えなくすればいい」


 もちろんふざけているわけではないので、圭太は探偵のように人差し指を立てて説明する。


「どんな魔法でも魔力は必須だ。この儀式に魔力が多くいるのは見ての通り。なら魔力を奪えば簡単にこの儀式を阻止できる」


 簡単な話だ。

 魔力がなければ魔法は使えない。だから魔力を奪う。しかも魔力を奪えば暴発の危険性もない。まさに一石二鳥だ。


「簡単にって、そんなの不可能ですよ。他人の魔力を奪うだなんて」

「他人に魔力を分け与えられるんだ。ならその逆ができたとしても不思議じゃない」

「で、でも誰ができるというのですか。わたくしは魔力をもらう魔法なんて知りませんしケータ様はそもそも魔力がありません。誰も魔力を奪えませんよ」


 ナヴィアの言う通りだ。魔力を奪おうが渡そうが関係なく、他者から魔力を供給してもらう方法を圭太たちは知らない。

 知らないからこそ図書館で調べ、こんな胡散臭い事態が起こっているのだ。


「奪えるさ。あらゆる魔法を極めている存在を俺たちは知っているだろう?」


 だがそれはあくまでも人間だけの、生物の枠組みでの話だ。

 色々と神話級にやらかしている不老不死が知り合いにいるではないか。


「まさか、魔王様ですか? 確かにあの方なら」


 ナヴィアも納得してくれたようだ。あごに手を当てしきりに考えている。


「ナヴィア。イブを連れてきてくれ。障害物競争ならともかく平地ならお前のほうが早い」

「分かりました。魔王様を連れてきます」


 それだけを言い残し、ナヴィアは一目散に走り去っていった。パルクールを習得している圭太ほどではないが、ナヴィアの移動速度もかなり速い。すぐにイブを連れてきてくれるだろう。


「主よ。我が願いを聞き届けたまえ」

「さてと。二人きりになったのはいいが肝心の相方は上の空か。寂しいね」


 圭太は肩をすくめて、すぐに鋭い視線で辺りを見渡す。

 獣の唸り声が全方位から聞こえてくる。


「やっぱり来るよな。イブと同様の魔力だ。さぞごちそうに感じるだろう」


 圭太はため息を吐いた。予想通りの展開過ぎて涙が出てきそうだ。

 今も圭太が震え上がりそうな魔力は垂れ流しのままだ。ここで問題。魔力に興味を持ち近寄ってくる圭太たち以外の生物を答えよ。

 答えはすぐに姿を現した。

 朽ちかけの石の柱から姿を晒したのは多種多様な魔物たち。その数三十は下らない。


「かかってきな魔物ども。似非勇者が相手してやるよ」


 圭太が不敵に笑みを刻むのと、魔物の一匹が飛びかかってきたのはほぼ同時だった。

 圭太は上段で迎え撃つ。薄い手応えを残し二つに裂けた魔物は消滅した。


「弱いな。まあ仕方ないか」


 圭太はつまらなさそうに鼻を鳴らし、間隙を狙ってきた魔物の顔面を貫いた。

 貫いた魔物は黒いもやとなって消え、圭太は引き寄せたイロアスの鎌でさらに魔物を切り裂いた。


「ゲームで例えれば向こうの大陸は最終ステージだ。雑魚敵のレベルが高いのも当然。そりゃあ難易度が下がれば物足りないよな」


 大きな口を開けて食らいつこうとする魔物のアギトを、圭太はイロアスの柄を叩きつけて無理やり閉じさせる。


「難易度は低いが数が多いな。ゲームと違ってこっちはスタミナがあるのがなあ」


 叩きつけた勢いを殺さないようその場で一回転して、圭太は遠心力を加えた一撃で魔物三匹を両断した。


「前世やシャルロットのおかげで体力に自信があるとは言え、さすがに魔物ホイホイに釣られた雑魚の相手は面倒だな」


 圭太は魔物を一方的に駆除する大立ち回りのさなか、背後で未だ祈り続けているクリスを一瞥する。

 彼女の祈りが終わらない限り魔力は垂れ流しだ。言い換えれば、魔物は際限なく寄ってくる。


「早く来てくれよ」


 いつ終わるかも分からない虐殺の中、圭太は彼の神に小さく呟いた。




「魔王様!」


 ナヴィアは宿として借りている部屋の扉を叩くように開けた。

 そこそこの値がする宿だからか、大きな音に興味を惹かれたほかの客が様子を伺おうと部屋から出てきてくるが、ナヴィアは人間ごときに意識を向ける余裕はない。

 ナヴィアは理解していた。圭太がなぜ一人残ったのか。わざわざナヴィアに楽な役を与えたのか、理解していた。


「なんじゃ騒々しい」


 二人が求めている最後のピースことイブは、わずかに眉を動かすだけだ。

 荷物はまとまっており、部屋を借りる前の状態に戻っている。ベッドの布団まできれいに整えられていた。


「えっと、なぜ旅の支度を?」


 まるでこれから旅立つような姿に、勢いをくじかれたナヴィアはコトンと首を傾げた。

 イブがベッドメイキングできたことに一番驚いているとは口が裂けても言えない。


「無用な争いに巻き込まれたくはないからの」


 イブはまるでナヴィアの心情を見透かしたかのように、不満げに鼻を鳴らした。


「ケータ様が一人で戦っているのですよ?」

「ならば余計とワシはいらぬじゃろ」

「ダメです。ケータ様は魔力を持たない。この状況を止められません」


 イブは当然のようにすべてを理解している。今も町まで届く魔力の波を誰が作っていて、誰が暴発を防ぐために魔物と戦っているのか、規格外の魔力感知能力ですべて把握していた。


「魔力はある。使い方を知らぬだけじゃ」

「どちらにしても魔力を奪えなければ止められません」

「だからワシを呼びに来たと。最終的に頼ってくるあたりケータらしいのう」


 イブは小さく口元を歪め、明確に嘲笑った。

 どれだけ考えを気に入らないと罵倒しようと、人智を超えた能力に頼らざるを得ないときは遠慮なく頼ってくる。

 都合がよいと言えばそれまでだ。手を振りほどかれる可能性を考慮していないのだろうか。


「御託はいいのです。早く助けに行きましょう」

「ナヴィアよ。主はどう思う?」


 後ろに回り込み車イスを押そうとするナヴィアに、イブは静かな声音で問いかけた。


「何がですか」

「ケータの策じゃ。魔力を奪うのではなく暴発させることも簡単じゃ」


 圭太は自然と暴発を防ごうと考えていたが、暴発したところでイブたちにデメリットが生じるわけではない。

 むしろ暴発したことで人間の町をまた一つ壊滅させられる。人間と戦争している魔族の立場からすれば、わざわざ暴発させないという選択肢はない。


「全員を救うかまとめて潰すか。ナヴィアはどちらがよいと思う?」


 イブが確認したいのはナヴィアの立ち位置だ。

 イブと同じ魔族としての考えを持っているのか、それとも人間に傾倒しているか。

 ナヴィアの答え次第では色々と考えなくてはならないことも出てくる。


「……わたくしは、人間を救いたいとは思いません」


 ナヴィアは絞り出すようにして、人間の味方ではないと断言した。


「ですが、ケータ様は命の恩人でありわたくしの主人です。ケータ様が救いたいと言うのなら、わたくしはあの方の意志を尊重します」


 イブが振り返って、背後の少女の表情を覗く。

 確固たる意志を感じられた。テコでも簡単には動かなさそうだ。


「それが魔族にとって不利益だったとしても?」

「ケータ様がいなければわたくしはここにいません」


 圭太に救われたから圭太のために働く。

 義を感じる粋な考え方だ。そこまで言われてしまうとイブは何も言えない。


「よかろう。ワシを抱け」


 満足げに頷いて、イブは両手を広げた。


「えっ? 今の状況を分かってますか? そんな――」

「何、顔を真っ赤にしておる。転移魔法で飛ぶだけじゃ」

「あ、ああ! なるほど。そういうわけですか。そういうわけですよね!」


 誤解していたと理解したナヴィアが顔を真っ赤にしたままポンと手を叩いた。


「他に何があるんじゃ……まったく。スカルドから節度は習わんかったようじゃな」


 さすがのイブも圭太が一人奮戦しているのにナヴィアで遊ぶ余裕はない。そういうのは恥じらう反応をゆっくりと楽しむものである。


「さ、さあ早く行きましょう。ケータ様が待っています」

「そうじゃな。そういうことにしといてやろう」


 顔を真っ赤にしたまま腕を回してくるナヴィアにため息を吐いて、イブは小さく呪文を唱えた。

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