第二章十八話「贄」
「やっぱりエルフがいると違うな」
「もちろんです。エルフの魔力感知能力は人間の比じゃないですから」
「お、おう。俺は魔力感知すらできないんだけどな」
ナヴィアが鼻高々に胸を張り、土台から違う圭太は反応に困る。
魔力感知ができない圭太と魔力に親しみのあるナヴィアとでは天と地ほどの差がある。
「にしても、またいかにもな場所だな」
圭太とナヴィアは石造りの道を歩いていた。
周りにも圭太の身長を優に超える石が規則正しく並んでいる。建物、のようにも見えなくもないが人が生活できる状態ではない。道に敷かれている石も苔が生えている。時間の長さを感じられた。
周りに人の姿はない。太陽の位置が変わるほど歩いたからだ。広い範囲の魔力感知をナヴィアがいなければ見つけられなかった。
足で探すのは無理がある。魔力がないのも困りものだ。
「使われなくなって長いようですね。つたが巻き付いてます」
「元々は石の壁なのにな。どうして使われなくなったんだ?」
圭太はつたの巻き付いた石を指でなぞる。
昨日今日に生えたわけではないようだ。年季を感じさせる。放置されて数十年以上は経過していそうだ。
「分かりません。ただ」
「ただ?」
「ここの魔素は少し濃いです」
ナヴィアが懐かしそうに目を細めた。
「魔素が濃い? だからなんだ?」
圭太は訳が分からず首を傾げてしまう。
魔力を扱えず魔法を使えない圭太は、当然ながら魔素を感知できない。
「わたくしたちの大陸と近いということです。ここは魔物が生まれやすいんでしょうね」
「ああー、普通の人間にはきついのか」
ナヴィアたちの住んでいた大陸は魔物が強力だった。魔素が濃いことが原因なんだとイブは言っていた。
そしてこの場所も魔素が濃いようだ。つまり、人間には住みにくい環境ということだ。
人間がこの場所を捨てたのも納得である。
「ケータ様も人間のはずなんですけどね」
一人で考え込んでいると、ナヴィアの冷たい視線に貫かれていた。
「まあ俺も一応勇者だし。シャルロットと散々遊んだしな」
魔王の四天王に連日半殺しにされていたのだ。
厳しすぎるぐらい鍛えられた圭太の実力は人間の中でもかなり上位だ。もっとも本人は勇者パーティという上の存在しか見ていないため気付いていないが。
「自分がどれだけ傷つこうと気にしない変態ですものねケータ様は」
「誰が変態だコラ」
心外である。
「初対面のわたくしに殺す気でかかってこいというような方が変態じゃないとでも?」
ナヴィアの態度は冷たい。
初対面で頭を下げて、実力の及ばない圭太は当然のように弓矢によってハリネズミになった。
圭太も我ながら変態だと思った。
「さ、早くこの中に消えた邪教徒を見つけようぜ」
「露骨に話を逸らしましたね」
なので話題に触れず、仕事に専念することにした。
背中にナヴィアの視線が突き刺さるが全力で無視した。
「エルフの優れた魔力感知で邪教徒を探し出せるか?」
「難しいですね。魔素が濃いと人間の魔力との見分けがつかないんです」
否定的な声に思わず振り向く。ナヴィアは申し訳なさそうに首を左右に振っていた。
「さっきの自慢はなんだったんだ」
「申し訳ありません。魔王様なら簡単なんだと思いますが」
「イブに頼るのもおかしいだろ。信仰されている本人が倒すって」
圭太は苦虫を噛み潰したような顔でナヴィアのアイデアを否定する。
邪教徒が信仰しているのは他ならぬイブである。
いくら害があるからといって、信仰されている本人が破滅させるのは問題がある気がする。
「ですが手っ取り早いのは確かですよ?」
そう。イブに頭を下げれば五分で解決する問題である。
魔王は人類など相手にならないチートな存在である。怪しい人間を見分けて遠隔で魔法を打ち込むぐらい造作もないだろう。
「そうだけど。人間相手に魔王を動かす必要もない」
イブはチートだ。だからこそ、圭太はあまり頼りたくないと考えていた。
強い力に頼ってばかりでは育たない。圭太はヒーローになりたいのだ。強くなれないのでは意味がない。
「意地を張るほうが意味ないと思いますけどね」
「うるさいぞ。静かに」
ナヴィアが何か言っていたが、圭太の意識はかすかに聞こえた物音に集中していた。
圭太とナヴィアが忍び足で移動する。
物音の正体はすぐに見つかった。
地面に六芒星が描かれており、怪しげな光を放っている。それを囲うようにローブをまとった男たちが立っており、何やらぶつくさと呟いている。
六芒星の中央には円柱が建っていた。見覚えがある。奴隷用の檻だ。暗闇に支配されている中身は確認できない。赤黒い液体がべったりと付いている檻は、お化け屋敷もびっくりの恐怖心を駆り立ててくれる。
どこからどう見てもまさに儀式中の邪教徒たちだ。
「なんだ? 聞こえないな」
男たちの声は小さく、物影に隠れている圭太たちでは聞き取れない。
儀式に必要な詠唱をしているのだろう。
「そうですね。でもこれ以上近付けば気付かれます」
今隠れている位置から先に物影はない。詠唱の内容を聞こうと近付けば、間違いなく男たちに気付かれるだろう。
「だな。まあ気付かれてもいいわけだが――イロアス」
圭太は腕輪を斧槍へと変えて不敵に口を歪める
元々圭太は邪教を滅ぼすつもりだ。儀式の詠唱内容は大して必要な情報ではない。
「起きてヒリア」
ナヴィアが鈴のような声で呟くと、耳に付けていたアクセサリーが弓へと変身した。
イロアスと同じ変身方法。イブの手が入った証拠だ。
「へえ。それがソイツの名前か」
「はい。魔王様が名付けてくれました」
ナヴィアは嬉しそうに微笑んで大きく頷いた。
今までナヴィアが弓の名を呼んだことなどなかった。名前がなかったのだろう。
それが神に等しい魔王様が名付け親になってくれたのだ。嬉しくないわけがない。
「俺が近付くから合図したら動いてくれ」
「分かりました。どうかご無事で」
「大丈夫だって。ナヴィアがいるんだから」
圭太はナヴィアの肩を軽く小突いて、気配を消してゆっくりと近付いていく。
残されたナヴィアの顔が赤くなっていたなんて、当然のように気付いていない。
「我らの神を呼び戻すには贄が足りぬ。ただの魔族ではダメだった。もっと深い縁。死ぬ直前にかかわった者が必要なのだ」
ようやく男たちの言葉が聞き取れるまで近付けた。話に夢中のようでまだ圭太に気付いていないようだ。
話の内容から、既に少なくない魔族が犠牲になったようだ。しかも全部失敗したらしい。魔王はまだ生きているのだから当然である。
「あのー、これで本当に魔力を分け与える方法が分かるの?」
六芒星の中央、奴隷用の檻から知った声が聞こえてきた。
檻の中に水色の糸のようなものが見える。いや、糸ではない。水色の髪だ。
服装も判別できるぐらい近付けた。暗闇でも分かる真っ黒のシスター服だ。
「なっ、なんでクリスがいるんだ」
圭太は絶句した。
なぜ皆を救う英雄がここにいる。しかも奴隷用の檻なんかに入っているというのだ。
「心配ご無用だ青の天使。我々の神ならば導いてくれるだろう」
圭太があっけに取られている間にも邪教徒は話を進めていく。
今は呆然としている場合ではない。
圭太は足の動きを早めた。
「そう魔王様なら!」
「今だ!」
「ぐげっ!?」
圭太が指示を出した瞬間、邪教徒の頭が爆散した。
ナヴィアの正確な射撃。弓矢での攻撃とは思えない威力だ。イブはどれだけ強化したのだろう。
「何事だ!」
「うるさい」
邪教徒の一人が大声で叫び、顔をしかめた圭太が大きく振りかぶったイロアスを振り下ろす。
邪教徒は脳天から股まで綺麗に真っ二つになった。
「ケータ、なの?」
「おうクリスさっきぶり。とりあえず後で話は聞くからな」
「邪魔をするな愚か者め!」
圭太がクリスに注意を向けている間に、邪教徒が拳大の火の玉を作り圭太へと放つ。
「温いわ!」
圭太は気合いを込めてイロアスを振るう。斬り払われた火の玉はあっさりと霧散した。
「バカな魔法を斬るなど」
「俺の知り合いなら誰でもできるっての」
驚いているうちに距離を詰め、石突で鳩尾を突く。男が体をくの字に曲げる間に圭太はイロアスを反転、斧と反対の位置にある鎌で首を落とした。
「調子に乗るなァ――ぐがっ」
怒りに顔を真っ赤にしていた男の一人が懐から短剣を取り出し、圭太の背後から襲いかかってくる。すぐに爆発四散した。
ナヴィアの援護だ。優秀な腕にチート性能の武器が揃っていれば、身震いするぐらい恐ろしい実力になる。
「相変わらずいい腕だなっと!」
圭太は言いながら、顔色が真っ青になっている男をイロアス先端の槍で貫いた。痛みに悶えていたので、引き抜くついでに体を両断した。
「さて、あとはお前だけだが」
「ヒィッ! 助けてくれ!」
数分で五人の仲間を殺されて、邪教最後の生き残りは腰を抜かせて短剣を落とした。
戦闘の意思はないようだ。圭太は据わった目で戦闘を中断する。
「すぐに武器を捨てたのは感心だ。勝てない相手に歯向かっていいことはないものな」
「お前らは、何者だ?」
震える声が圭太の言葉を無視して質問してきた。
仲間を全滅させた正体不明の敵。その正体だけでも知りたいというのはなんら不思議ではない。
「答える義理はない、が教えてやろう。邪教徒に恨みを持っている旅人だ。ナヴィア」
「はいここに」
「……まだいたの?」
圭太の隣にナヴィアが音もなく姿を見せる。
クリスがぼんやりと何か言っているが面倒なので無視だ。
「こいつは俺の奴隷なんだがな。どうも魔族に対して親身になるんだ。さて、彼女がここ最近悲しんでた理由に心当たりはあるか?」
「我々は関係ない!」
「あるだろうが間抜け」
即答で否定しやがったので、圭太は軽く足を斬り飛ばした。
「うがああああああ足があああ」
「お前らは魔王を召喚するとかそんな理由で魔族を殺していただろうが。俺の所有物を泣かせやがって」
「ケータ様……」
痛みに悶える男を無視して、圭太はため息を吐く。
なんだかナヴィアが熱っぽい視線を送ってくるが、これまた面倒なので放置する。
「しかも挙句の果てに英雄様が生贄か? お前らはどんだけ腐ってんだ」
圭太は呆れたような声音であっさりと男の左腕を斬り落とす。
「あぁぁ」
もはや叫ぶ気力も無くなったのか、男は自分の血の海で力なく声を漏らす。
「悪かったな遊んで。すぐとどめさしてやるよ」
手首を返して、イロアスを逆手に持ち替える。
あとはまっすぐ腕を振り下ろせば男の命を終わらせられる。
「待ってほしいの」
圭太が殺そうと腕に力を入れると、目の前にクリスが立ちはだかった。
目だけを動かし奴隷用の檻を見る。何箇所か穴が開いていた。ナヴィアが解放したのだろう。
「どけ」
「嫌なの。彼を逃がしてほしいの」
両手を広げてクリスは立ちはだかる。
一歩も引かない。彼女の瞳はそう語っていた。
「無理だ。それにどのみち出血多量で死ぬ」
腕と足をそれぞれ一本ずつ失った。しかもとめどなく血が流れ続けているのだ。放っておけばいずれ事切れる。
「傷なら治すの。だけど死んだら治せないの」
「そいつはお前を殺そうとしたんだぞ」
「関係ないの」
圭太とクリスは無言で睨み合う。
先に折れたのは圭太のほうだった。
「……分かったよ。よかったな聖人様に感謝しろ」
大きくため息を吐いて、圭太は踵を返した。そして、せっかく長い時間をかけて歩いた道を再び進む。
「ケータ様いいのですか?」
小走りで隣に並んだナヴィアが小声でたずねてきた。
「力づくでやったら負けるのは俺たちのほうだ。本人が許すって言うんだから下手に手出しはできない」
残念ながらクリスに力づくは通用しない。正面からやり合ってもクリスには勝てないからだ。
わざわざ蜂の巣をつつくような真似をしなくてもいいだろう。
「まあ話は終わってないけどな」
圭太は帰ってからの用事ができた。
どんな事情かは知らないが、簡単に死のうとしていたクリスに説教するという用事だ。




