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第二章十三話「禁忌魔法」

「さあ準備は整ったの!」


 イブは高らかに宣言した。


「今更じゃが、本当にやるのか?」


 身分不相応な高級宿にて、イブは顔をしかめる。

 一部屋に圭太、イブ、ナヴィア、クリスの四名は集結していた。見世物にしたら一儲けできそうな豪華な顔ぶれだ。もちろん目的は荒稼ぎではない。


「もちろんなの。絶対助けるの」


 ふんすっと鼻息荒く、イブの治療に訪れているクリスは頷いた。

 なぜだろう。とても頼もしいのに頼りにならない感じだ。


「ワシは神の祝福とは真逆の存在なんじゃがな」


 かつてアダムを神に仕立て上げたイブはあからさまにやる気がない。

 気持ちは理解できるがもう少し隠そうとしてくれないだろうか。これではクリスと一緒に準備した意味がない。


「作業の前に一ついいでしょうか?」

「なんじゃ?」


 ナヴィアが手を挙げ、出来るだけ本題から逸れていたいのだろうイブが瞬時に反応した。


「禁忌魔法とはいったい何なのでしょうか?」


 その場にいたナヴィア以外の全員が固まった。


「あれ? 禁忌魔法って知れ渡っているんじゃないのか?」


 今更すぎる問いに圭太は首を傾げる。

 この世界に来た瞬間から禁忌に触れた存在に近かった圭太。何も知らない彼ならともかく、この世界の住人たちで禁忌魔法の説明を求める者はいなかった。だからてっきり一般常識なのだと思っていた。


「名前だけな。詳しい者はそうおらぬ」

「私たちの間でも詳しいのはキテラぐらいなの」


 イブとクリスが揃って首を横に振る。

 キテラとやらは勇者パーティの魔法使いだったはずだ。知識量もかなりのものだろう。

 よほど魔法に通じていなければ禁忌魔法の実態は掴めないようだ。


「そうなのか。てっきり誰でも知っているのかと思ってた」


 ちなみに圭太は禁忌魔法についてなんとなく理解している。前世でも存在こそしなかったが似たような概念はあった。理解するのは簡単だ。


「知っているのはを使用者が死ぬことのみ。ついでですから色々と聞いておきたいのです」


 ナヴィアはエルフだ。知識に貪欲なのだろう。でなければわざわざ使わない魔法の代償なんて気にしない。


「使用者が死ぬ? でもイブは」

「魔力量の差じゃ。魔力が多ければ多いほど代償は軽くなる」


 圭太が首を傾げながらイブに視線を向ける。

 すると圭太の視線の意味を読み取ったイブは簡潔に説明してくれた。

 理論上では禁忌魔法も普通の魔法と変わらないようだ。魔力を消費して魔法が発動するらしい。

 とてつもない魔力量である魔王であっても代償を支払わなければならなかったという点を除けば。


「逆に魔力量が少なければ一発で死ぬのか」

「そうなの」


 クリスは即答してくれたので圭太の夢の一つはあっけなく打ち砕かれる。

 せっかく魔法のある世界に来れたのに、魔力がないせいで魔法を使えば即死する未来が確定した。

 悲しくなんかない。本当だ。


「だから禁忌魔法を治す機会がそもそもないの」


 人知れず目から汗をこぼしている圭太をよそに話は進んでいく。

 禁忌魔法も大事だがそもそも魔法が使えないのも大問題だと思う。圭太以外で気にしている様子はないが。


「それで禁忌魔法は不治の扱いなのか。治せるかもしれないってのは納得だ」


 圭太はそろそろめんどくさい奴になっている自覚があったので目元を拭った。

 演技力があって助かった。


「ワシには治せなかったんじゃが」


「禁忌を癒すのもまた禁忌なの。簡単にはできないの」

「むっ。それは困るのう」


 イブがわざとらしく唸った。お前絶対分かってただろ。


「ちょっと待てよ」


 イブに冷たい視線を叩きつけていた圭太はふと疑問に思った。


「なんなの?」


 いつのまにかせっせと床に魔法陣を書いていたクリスが作業の手を止める。

 ……宿なんだが。消えるんだよなそれ。

 本題から思考が飛んでいきそうになったので、圭太は雑念をため息として吐き出した。


「クリスも禁忌を犯したんだろう? どうして自分を最初に治さなかったんだ?」

「ほう?」


 圭太の言葉に最初に反応したのはイブだ。

 あごをさすって興味深げな視線をクリスに向けている。


「どこで、それを」


 対するクリスは皿のように目を丸くし、口も大きく開けていた。

 地雷を踏み抜かれたのだとすぐに理解できた。


「噂で聞いたんだ。気にしてたんなら謝る」

「構わないの」


 圭太は素直に頭を下げる。

 圭太としては軽い世間話ぐらいの感覚だった。もう一人の禁忌魔法の使用者であるイブが気にしていなかったのも理由だ。よく考えてみればクリスの反応こそ一般的なものだろう。軽率な発言だったと反省しないのはさすがに人としてどうかと思う。


「私は確かに禁忌を犯したの。だけど可能性を一つ失っただけで困ることはないの。だから無理して治す必要もないの」

「可能性とな?」


 クリスは大して気にした様子もなく話を続けてくれている。

 噂を耳にした圭太はともかく、事情をまったく知らないイブが一歩踏み込んだ。


「子を宿せなくなったの。聖人の私にはどのみち必要ないの」


 クリスの告白に、イブとナヴィアの顔が強張った。

 種族の差はあれど二人とも女性である。子供が産めないという辛さを理解できるのだろう。


「私のことはどうでもいいの。今はその両足のほうが大切なの」


 クリスが咳払いして、話題を強引に切り替えた。


「……そうか。ならば癒すがよい。キサマの神とやらの力を見せてみよ」

「望むところなの」


 クリスはイブに不敵な笑みを見せ、魔法陣の真ん中まで車イスを押す。

 圭太とナヴィアは二人の様子を一歩外から眺めていた。クリスの邪魔をしない配慮である。


「神よ。万物を創造し、守護し、導いてきた者よ」


 凛とした声。鈴のように軽やかで鐘のように厳かな声だ。


「此度も貴方様を求めて迷える子羊が参りました」


 両手を胸の位置で組むクリスはそれだけで絵画の一枚のような迫力を醸し出している。


「大罪を犯した身ですが寛大な神ならばお許しくださるでしょう」


 魔法陣が鈍く光っている。クリスの言葉に合わせて明滅を繰り返しているようだ。


「主よ。貴方様の信徒が求めます。彼の者に赦しを与えたまえ」


 静かに響き渡る声と共に、イブの全身を光が包み込んだ。


「……ほう。確かに感じるのう。アダムの魔力を」


 光に包まれて判別は難しいが、イブは懐かしんでいるようだ。

 少なくとも痛みに耐えているようには見えない。


「――っ。まだ足りません。まだ子羊は癒えていません」


 クリスの顔には玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。

 だが、彼女は手を解かない。縋るように祈りを続ける。


「おいクリス。お前まさか」

「まだ足りませんか。私の命も差し上げます。だからどうか、お赦しを――」

「イロアス!!」


 危惧した通りの言葉が出てきたので、圭太は魔法陣にイロアスを叩き込む。

 イブを中心にした光がイロアスを刺された瞬間に弾け飛んだ。


「ぁうっ」


 飛び散った光が圭太の前髪を撫でる。勢いに耐えきれなかったのかクリスは小さな呻き声を漏らして倒れた。

 ピクリとも動かないクリスに圭太は寒気を覚える。口元に手を当ててようやく息しているのが分かった。圭太は安堵して胸を撫で下ろした。


「ケータ様何を――」

「分からないか!? こいつは今、自分を犠牲にしようとしたんだぞ!」


 突然の行動に驚いているナヴィアを、圭太はさらに怒鳴りつける。


「イブ! お前だって気付いていたはずだ」


 怒気そのままにイブを睨みつける。

 彼女は魔法陣の中心で薄く笑みを刻んでいた。


「気付いておったさ。だからどうした? 本人の意思を尊重したまでのこと」

「ふざけるな。誰かが犠牲を払ってまでお前は両足を治したいのか」


 イブの両足は動かない。禁忌魔法の代償に機能を奪われたから自分では治せない。既に千年を生きてきた彼女だ。永遠に足が動かないのは辛いだろう。

 だが、治せるからといって誰かの命を犠牲にするのは間違っている。それではまるでイブの足は命より重いと言っているようなものだ。命に優劣なんてないのに。


「治せぬよ。アダムの魔力を感じたとき向こうもワシに気付いたじゃろう。この人間の意見なぞ聞き入れぬ」


 イブはクリスの命がけの祈りが実らないと知った上で放置していた。

 圭太は沸騰しそうな頭を理性でなんとか押しとどめる。


「じゃあなおさらだ。クリスを無駄死にさせる気か」

「当然じゃ。こやつは勇者の一味。生かす理由があるまい?」


 沸騰寸前だった頭が一瞬で冷め切った。


「それは、そうだが」


 そう。生かす理由はどこにもないのだ。

 圭太は勇者を倒さなければならない。つまり勇者の仲間であるクリスも敵の一人だ。

 敵は倒さなければならない。見逃して背中を刺されたら笑えないのだから。


「ケータよ。目的を見失うでない。主は勇者を倒すのじゃろう?」


 イブの口調は穏やかだ。まるで子供を諭すように優しく語りかけてくる。


「だからってこれはあんまりなやり方だろ。自滅させるなんて」


 理屈で考えるならイブのやり方は間違っていない。

 だが見過ごせるかどうかは別問題だ。圭太も勇者の端くれである。策にはめるならともかく、勝手な自滅で勝ったところで嬉しくはない。


「なぜじゃ? 勝手に倒れるのじゃからそれほど便利な方法もあるまい?」


 挑発的な態度でクスクスと笑うイブ。

 圭太は怒りに任せて魔王の胸ぐらを掴み上げた。


「ケータ様!」


 車イスが倒れ、二人の従者役を演じているナヴィアが悲鳴をあげる。

 圭太は年端もいかない少女の体の軽さを感じつつ、目だけで射殺すぐらいの勢いでイブを睨んでいる。


「それで、どうする? ワシのやり方が気に入らぬとして主に何ができる。満足に戦えぬ分際で全員正面から倒すとのたまうか?」


 だが、圭太にできるのはそこまでだった。

 殺意も魔力もこもっていない真紅の瞳。しかし確かな圧力を宿らせた瞳に圭太は気圧されていた。


「俺は……クソッ!!」


 できたのはせいぜいイブをベッドに投げ飛ばす程度。しかも高級宿のベッドは弾力も凄まじいため、イブの体は一度跳ねたが傷は一切ないようだ。


「……クリスを教会まで送り返してくる」

「そうか。この場で殺したほうが早いと思うぞ?」

「黙ってろ」


 絞り出すような声にイブは提案し、圭太はそんな彼女を強く睨みつける。


「ケータ様」

「大丈夫だナヴィア。晩飯までには戻るから」


 圭太はクリスの体を背負いながら、ナヴィアに目を合わせずに言った。

 目を合わせなかったのは、どちらの味方をするか悩んでいるナヴィアが泣きそうな顔をしていると知っていたからだ。

 人間の味方をする必要はない。圭太は何か言いたげな気配を漂わせているナヴィアを無視して部屋から出て行った。

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