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第二章十一話「この力のおかげ」

「じゃあ行くの!」


 クリスの声が、活気のある町に響く。


「どうしてこうなった……」


 圭太は右手をクリスに引っ張られながら空いた左手で頭を抱えていた。

 何が嬉しくて倒すべき敵とデートしなければならないのか。


「? 手伝うって言ったのはケータなの」

「言ってないから。頑張ってとは言ったけど」

「一緒なの」

「違うから。まったく違うから」


 項垂れる圭太にクリスは不思議そうに首を傾げている。

 二人が仲良くデートしているのには訳がある。

 イブの両足を治すのは現状不可能なのだそうだ。

 クリス一人の祈りでは禁忌魔法を治すには至らない。魔力がなくなりイブもただでは済まなくなるらしい。

 準備が必要だ。クリス一人では足りないので物を集めなければならない。難しげな説明を圭太はたくさんされたが、要は儀式の準備だ。


「クリス様ー!」


 細身なくせにゴリラみたいな握力で圭太の手をがっしり掴んでいるクリス。

 なんとか振り払えないかと思案していると、笑顔で手を振りながら男が走り寄って来た。


「はいなの。仲直りはしたの?」

「もちろんです! その節はどうも!」


 圭太の手を握り潰しているとは思えない優しげな笑顔を浮かべるクリスに男は九十度腰を曲げた。


「気にしなくていいの。できることをしただけなの」


 えっへんと胸をはって、クリスは再び足を進める。圭太もずるずる引きずられていった。


「おっクリス様じゃねえか! 今日は何を買いに来たんだ?」


 クリスが必要な物を買うために店に立ち寄ると、店主らしきガタイのいい男が笑顔で近寄って来た。真っ白な歯が輝いている。


「これとこれが欲しいの」

「おういいぜ。これはおまけだ!」


 クリスが指差した石像のような置物を掴んでいき、ついでにまったく関係のない何かの実までシスターに渡す。

 この店は呪術屋とかそんな感じなのだろう。置かれているすべての品物が胡散臭く思えるのは考えすぎなせいだ。そうに違いない。


「いいの?」


 クリスは小さく首を傾げつつ、ちゃっかり全部受け取っていた。


「もちろんさ! あのクリス様に奢ったって自慢になる!」

「おじちゃんいっつもそう言ってるの」

「はははっ! 何度でも奢るさ!」


 キラーンと光る歯の通り、豪快な笑い声を出す店主の呪術屋を後にするクリスと圭太。

 とても特徴的な店だった。あまり儲かる商売には思えなかったが、店主の人望で客を集めているのだろう。呪術とか頼らなさそうなのに、人は見かけによらないものである。


「やっぱり人気者だな。英雄って」


 クリスの手を振り払うことを諦めて、圭太は雑踏に消えるよう呟いた。

 サンのとき以上に慕われているように感じるのは、彼が守護者だったのに対し、クリスは民衆に寄り添う聖女だからだろう。ほとんどのケガも悩みも解決してくれる聖女が人望を集めないわけがない。


「何か言ったの?」

「いや別に」


 首だけで振り返るクリスに、圭太は頭を振って苦笑する。


「そうなの? わぁーありがとうなの!」


 怪訝な顔をするクリスに、今度は袋に入った果物の差し入れがあった。

 こぶし大の赤い木の実。ぱっと見はリンゴだ。とても美味しそうである。


「はい。ケータにもあげるの」


 縦長の紙袋、前の世界でいうA4プリントぐらいのサイズから顔を覗かせる赤い木の実。

 その一つを手に取り、クリスは圭太に差し出した。


「いいのか? アンタに差し出されたものだろう?」


 ちゃっかり木の実を受け取りながら、圭太はたずねる。

 前世も今世も人から物を恵んでもらった経験はない。イブたちは魔族なのでノーカンだ。


「主は分かち合うべしと仰ってたの。独占は悪なの」


 クリスは小さな口を大きく開いて、赤い木の実にかぶりつく。瑞々しい音が鳴った。


「悪ね。アンタだって才能を独り占めしているじゃないか」


 クリスに習って木の実に口をつける圭太は悪戯っぽく笑う。


「私だって望んで持っているわけじゃないの。でも」

「でも?」

「この力のおかげでコハクに出会えたのはよかったと思えるの」


 クリスは照れ臭そうに笑っている。

 魔王を倒し人類を救った英雄ではなく、ただの少女が浮かべている笑顔だった。一瞬だけ、圭太の警戒が緩む。


「コハク? 勇者のことか?」


 名前を聞いた覚えはないが、話の流れからして間違ってはないはずだ。

 なんとなく言い慣れたような名だ。覚えていないぐらい小さな頃に同じ名前の子供と遊んだりしたのだろうか。


「名前を知らないの? とても有名になったの」

「あいにく旅をしていると詳しくはならないんだ」


 旅をしているといってもたった数週間の話だが。


「そうなの。私も昔は旅をしていたの。懐かしいの」


 クリスは懐かしむように目を細め、明後日の方向に想いを馳せていた。


「確か勇者たちが魔王を倒したのは一年前だろう? 懐かしさを感じるには早すぎるんじゃないか?」


 クリスの様子はとても長い年月、それこそ十年とか二十年分の時間が感じられた。

 それはあり得ない。見たところクリスは圭太と同年代。つまり十代後半なのだ。さすがに5歳で魔王は討伐できない。


「そんなことないの。魔王を倒す旅から帰って、私たちは離れ離れになったの」

「離れ離れ? 一度も会ってないのか?」


 別の大陸を守っていたサンはともかく、他二人とは交流がありそうなものである。特に勇者は優れた実力者でもあり象徴でもあるから各地に出向いているはずだ。道すがら寄ったりとかもあるだろう。


「していないの。コハクは王都で王様のご機嫌取り。キテラは治安の悪い国の統治。サンの生死は分からなくなったの」


 クリスは浮かない表情を左右に揺らした。

 コハクは勇者。ということはキテラとやらが魔法使いか。

 勇者と同じ攻撃力を持つとサンは言っていた。要注意人物の名前が判明したのは思わぬ儲けものだ。


「王様のご機嫌取りってことはないんじゃないか?」


 勇者は英雄であり偉業を成し遂げた者だ。

 いくら権力者といえど独り占めは簡単ではない。


「旅立つまで毎日のように求婚していた王様と一緒の城に住んでいるの。ご機嫌取りじゃなかったら何なの?」


 イブの治療を無理やり止めたときのような鋭い目つきで、クリスは圭太を睨む。

 どうやらその王様は勇者にゾッコンだったようだ。毎日求婚していたのなら、軟禁まがいのことをしていたとしても不思議ではない。


「そんなに怒るなよ。俺に言われても困る」

「それはそうなの。だけど……」


 睨んでいたかと思えば今度は肩を落として項垂れる。

 コハクとやらをクリスはよっぽど心配らしい。


「そんなに気になるならクリスも王都に行けばいいじゃないか」

「それはできないの」


 クリスは即答する。


「みんな癒しを求めているの。私が自分勝手な理由で投げ出すわけにはいかないの」


 この町の宿屋はほとんど埋まっていた。宿屋はほとんどが旅人を相手にしている商売だから、それだけ多くの人間がこの町に訪れているのだ。

 目的は銅像にもなっている一人の少女。

 神に愛され、魔王を倒した勇者パーティの一員を求め、人々は群がってくる。

 中心にいるクリスはとても悲しそうな顔をしていた。無理に我慢しているような顔をしていた。


「分からんね。どうして英雄は自分の意志を封じ込めるんだか」


 クリスの顔には既視感がある。

 本当は奴隷を解放したいのに、奴隷を逃がさないために剣を抜いたサン。彼と同じ、役目のために自分の意思を押し殺したような顔だ。

 圭太はとても気に入らなかった。別に悪いわけでもないのに、どうして力を自分のために使わないのか。


「ケータに何が分かるの?」

「分かるかよ。理解したいとも思わない」


 クリスにまた睨まれるが、今度は強く睨み返した。


「大体、お前らは魔王の討伐を嫌々したのか? 皆に言われて仕方なく命をかけてたってのかよ」


 少なくとも勇者はそうだろう。

 誰もが皆勇者だからという理由で千年間誰も成し得なかった魔王討伐を押し付けたのは間違いない。そのあと本人がどう考えたかは別として。

 ならば、勇者と旅をした面々はどうだろうか。


「違うの! あのとき私たちは平和な世界を求めて」

「なら、自分の意見を押し殺している今はどうなんだ」


 予想通りの答えに思わず口元が緩みそうになるが気合いで引き締める。

 無理難題を押し付けられた勇者やその仲間、そして支援したであろう多くの人間は、自らの意思で戦った。押し付けられたと思っている人間はおらず、皆平和を望んで剣を取った。だから魔族に勝利したのだ。

 しかし現状はどうだろう。一致団結と言えるだろうか。

 民衆はクリスを求め、縛り付けている。果たして押し付けられていないといえるのだろうか。


「勇者に頼まれたら嫌な仕事でもやり遂げる? 下らねえ。英雄って枷に縛られやがって」


 答えは否。

 遠慮とは我慢。我慢とは鎖である。

 期待を押し付けられているからこそ、クリスは枷を外せず悶々としているのだ。


「勇者たちに感謝していない人間はいない。勇者たちの望みを叶えたくない人間はいない。英雄を慕ってくれている人間はお前にも幸せになってほしいと思っているさ。そうだろう! お前ら!!」


 圭太は周りに聞こえるように大声で問いかける。


「ちょっとケータ何を」

「聞き耳立てて、俺みたいな素性の知らない相手を気にしているお前らに聞きたい! クリスに不幸になってもらいたいか!!」


 クリスが困ったような顔をしているが無視して、圭太は周りを見渡す。

 先ほどからチラチラと、英雄と共に歩いている圭太を見てくる視線には気付いていた。少なくない数の好奇の目が圭太に注がれていた。


「「「そんなわけない!」」」


 圭太に気付かれていたと直感した町の人たちが、わーっとクリスへと駆け寄った。最初からそうすればよかったのに。


「みんな……」


 騒動の中心にいるクリスが、感極まったような声を出す。


「お前らのせいで不幸になるって言ってるぞ!」


 雑踏の中にいてもはっきりと聞こえる声。

 圭太はクリスから少し離れ、雑踏に揉まれながら民衆に問いかける。


「クリス様が難しく考える必要なんてないんだよ」

「クリス様に頼ってるのは俺たちなんだ。それで困るってんなら手を振り払ってくれよ」

「俺たちにはクリス様が必要だ。だけどクリス様はまず自分の幸せを手にしてほしい」


 この町はクリスによって成り立っている。だからこそ、町の住人にクリスを悪く言う者はいない。

 町の象徴だからこそ、皆に慕われている英雄だからこそ、町で一番大切にされている。


「うん。うん! ありがとうみんな。ケータの言う通りだったの」


 クリスは涙ぐみながら、圭太がいたはずの場所に顔を向ける。

 だが雑踏に呑まれ姿を消している圭太をクリスは当然見つけられなかった。


「ケータ? どこに行ったの?」

「――先に教会にいるぞ」

「ひゃっ!? ビックリしたの!」


 耳元で囁かれて、クリスは反射的に背後へと振り返る。

 クリスが見つけられたのは、手を振っている圭太が人込みに消えていく姿だった。

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