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第一章四話「大・復・活!」

「あばぶべッ!?」


 自殺をしたはずの圭太は、飛び降りた勢いそのままに床を転がった。


「おっ成功したようじゃな……やはり人間になるか」


 全身に突如擦り傷を負った圭太が身悶えていると、鈴のような声が飛んできた。

 視線を声のした方向に向ける、前に自分が置かれた状況を確認することにした。

 石畳というのだろうか。長方形の石が規則正しく並んだ床。圭太が転んだためか一部分だけ赤い雫が落ちていた。

 室内だと思うのだが天井はない。壁にはところどころ穴が開いてあり、天井の代わりに真っ赤な雲がゆっくりと流れていた。今は夕刻なのだろうか。自殺する直前、圭太は学校を早退したから夕日を見るにはまだ早い気がするのだが、いつの間にか時間が過ぎていったらしい。


 圭太は一呼吸置いて、先ほどチラリと見えたオブジェに視線を向ける。

 部屋の中心に少女が横たわっていた。遠目からでも分かる美貌には幼さが混ざっている。高校生の圭太が一目で年下だと判断できるから、中学生か小学生ぐらいだろうか。彼女を中心に広がる銀色の髪はキラキラと空の光を跳ね返している。彼女の写真を撮れば一枚の絵画ができそうなぐらい幻想的な光景だった。

 その小さな胸に黄金の剣が刺さっていなければスマホを取り出してカメラを起動させていた。


「どうしたんじゃ? 顔が傷だらけじゃぞ」

「そりゃあ床転げまわったからな」

「知らぬ。ワシのせいじゃないのじゃ」


 まあ確かに圭太が要因の一つなのは間違いないのだろうが。

 銀髪の少女が首だけを動かして圭太を見ていたので、どうやら剣が刺さっているのは特殊メイクと同じ類なのかもしれない。実際は大したことないのだろう。はははっ騙されたぜ。

 彼女の近くに乾燥した赤い絵の具みたいなものが広がっているのは、それだけ本格志向という証拠だろう。


「それで、ここはどこでお前はなんだ? 有名なコスプレイヤーなのか?」

「こすぷれいやぁ? とはなんじゃ?」

「マジかコスプレが浸透してないぐらい田舎なのか……?」


 圭太は美術作品の一つみたいになっている少女に近付きながら首を傾げる。

 なぜか美少女に耐性がある圭太でさえも、目の前で倒れている少女の美しさには息を呑んだ。

 赤い瞳は生意気さを表すかのように吊り上がっており、口の端には狼みたいな犬歯が覗いている。体形はまだ第二次性徴期を迎えていないからか色々と未発達な印象。心臓の位置に取り付けられた剣の模型が邪魔なせいで見落としそうになるが胸はわずかにふくらんでいた。将来に期待である。服装はフリルがたくさんついた黒のドレス。いわゆるゴスロリというやつだろう。彼女の輝く銀髪との相性は抜群だ。

 なるほどかなりの完成度だ。近付いてみて改めて圭太は思った。どこからどう見ても作り物だとは思えない。だが彼女自身はコスプレに詳しくないらしい。これはつまり彼女の知人がこの芸術作品を作り上げる入り知恵をしたのだろう。グッジョブだ顔も知らない人。


「何をブツブツ言うておるんじゃ。質問に答えぬか」

「あー、コスプレってのは仮装って意味だけど通じるかな。わざとそういうカッコしたんだろ?」


 圭太はコスプレに特別詳しいわけではない。コスプレイヤーでもないし熱意があるわけでもない。だからまったく知らない人間を相手に説明しろと言われても困ってしまう。


「わざとで剣に刺される阿呆がおるか。ワシかて不本意じゃ」

「で、でも作り物だろ? 本物だったら会話できるわけがない」

「本物じゃよ。なんなら触ってみるか?」


 冗談だろう。だって串刺しだぞ。心臓を貫いているのに、平然と会話できるわけがない。

 圭太は少女の言葉を信じられなかった。だけど堂々とした彼女の物言いに、剣に触れようと伸ばす指先が震えていた。


「イテッ」

「どうじゃ? 切れる刃先を持つ偽物じゃと思うか?」


 黄金の剣の刃先に触れた瞬間に指先に鋭い痛みが走り、圭太は手を引っ込めて指先を見る。赤い筋ができていた。

 銀髪の少女はやれやれとばかりに呆れていた。最初から言っていただろうと表情は語っている。


「なっどういう――」

「あー悪いんじゃが話はあとにしてくれぬか。ほら、ワシ見ての通り串刺しじゃし。説明は剣を抜いてからじゃ」


 銀髪の少女は自分の胸を貫いている剣を指差した。確かに剣は心臓を貫いている。長話をする場合ではないだろう。


「いいのか? 確か無理に引き抜くのはよくないって」


 あってほしくないが、実際に何かが体を貫通している場合無理に引っこ抜くのはよくないとテレビで見た。刺さっているものが栓の代わりをしているため、不用意に抜くと血が溢れてしまうそうだ。移動できる状態なら刺さったまま病院に行くのがいいそうだ。


「構わぬ。本人が言うんじゃ。言われた通りせぬか」

「どうなっても知らないからな」


 年下のはずの少女の眼力に気負されて、圭太は剣に手をかける。少女の瞳の奥に驚きと歓喜の色が混ざったような気がしたが、関係ないと剣を真っ直ぐ持ち上げる。


「ワシ大・復・活!」

「うおっ!?」


 剣が完全に少女の体から離れた瞬間彼女を中心に暴風が吹き荒れて、圭太は前髪をかきあげる風に一歩後ずさった。

 右手に持っていた剣が光り出したのも驚いた要因の一つだ。光に包まれた剣は圭太の中に入り込んだ。


「助かったぞ名も知らぬ人間。主のおかげでワシの封印は解かれた」

「封印? 何を言ってるんだお前は」


 なんとなくやってしまったという感覚が胸を走り抜ける。

 嫌な予感がした。少女は一度も嘘を吐いていない。


「お前ではない。ワシは魔王イブ。人間の敵にして至高の存在じゃ」

「魔王? 中二病なのか?」

「冗談を言うておるように見えるか? ふむ。ならばこれでどうじゃ」


 少女は倒れたまま片手を振る。

 動作としてはたったそれだけなのだが、どういう理屈か彼女の周りには色とりどりの光の玉が出現した。

 アニメで見たことがある光景だ。逆に言えばアニメでしか見たことのない光景を彼女は片手で作り出した。


「光以外ならすべての属性が扱える。これでも信じられぬか?」

「なっ、本当に魔法が使えるってのかよ」

「じゃからそう言うておろうが」


 少女が小さくため息を漏らす。しょうがないだろう。こちとら魔法のない世界の人間なのでね。そう簡単には信じられないんだ。


「ん? 待てよ。これが俗に言う異世界転生だったとして」


 圭太は呟きながら腕組みをする。

 圭太は自殺しようとした。すると気付けば赤い空の知らない場所にいて、目の前には剣に貫かれていた自称魔王がいる。これはつまり、巷で話題の異世界転生というやつだろう。いや異世界転移なのだろうか。まあ細かいところはどうでもよい。圭太がファンタジーな世界に来てしまったことは変わらない。

 自殺しようとしていたので自分が置かれた不可思議な環境はある程度すんなりと受け入れられた。これが昨日だったら、こうも簡単に受け入れられなかっただろう。


「俺は、どうなったんだ?」


 気になるのはただ一つ。元の世界で圭太がどうなったかだ。

 異世界に来てしまったこと自体はまあいいとして、問題は圭太が死んでしまったか否かについてである。異世界転生することが分かっていれば自殺しようとはしなかった。もしも圭太が死んだあとにこの世界に来たのなら、迷惑をかけたなと思わなくもない。まあ謝罪する方法もないわけだが。


「やはり気になるか?」

「当然だ。魔王だってぐらいなんだし知ってるよな?」

「もちろんじゃ。主はワシが召喚した。勇者としてな」

「勇者、召喚?」


 勇者と言えば打倒魔王を信条に波乱万丈の冒険を繰り広げ、純度百パーセントの善意で人々を助けながら成長していく主人公である。

 魔王曰く圭太は勇者召喚された。つまりそれは善意の塊と同じ呼び出し方をされたということである。

 有り得ないな。と圭太は鼻で笑った。


「冗談だろ? 俺は良い子ちゃんじゃないぞ」


 圭太は困っている人がいても助けるかどうか分からないし、イジメに遭っている人間がいたら見て見ぬフリをする。よく物語に登場する勇者とは根本的に考え方が違うのだ。


「どうして主が選ばれたかまでは知らぬ。ワシに必要だったのは剣を抜ける者じゃったからな。後はどうでもよかったわけじゃし」


 イブの胸に刺さっていたあの剣を彼女自身は抜けなかったらしい。多分選ばれし者にしか使えないとかそういうタイプの剣だったのだろう。勇者の剣によくある設定である。


「というわけで、もうよいぞ。どこへでも行くがよい」

「は?」

「鈍い男じゃな。言うたじゃろう。ワシの封印を解くために主を呼んだんじゃ。もう用済みなんじゃよ」


 しっしっとイブは片手をヒラヒラ動かす。

 どうやら本気で用済みらしい。さすが魔王である。たかが数分のために他人の人生を遠慮なく使い捨てられるようだ。


「勝手に呼んどいて、勝手に切り捨てるのかよ。最低だな」

「主こそ勘違いするな。ワシは魔王。人間に、ましてや勇者に用事があるわけないじゃろ」

「まあ、そうだろうな。俺もそう思うよ」


 魔王が人間と仲が良いというのはあまり聞かない。大体どこの物語でも世界征服を宣言しているし人間と戦いを繰り広げている。なるほど確かに圭太を手元に置いておく理由はない。


「じゃろ? なら」

「だけど俺なら、勇者討伐に役立てるんじゃないか?」


 だが、圭太としてもここで捨てられるわけにはいかない。コネも特殊な技術もないのに、世間に放り投げられるわけにもいかない。この年下の少女にどうあっても縋りつかなければならない。

 圭太は高校生であり社会経験はない。でもこのまま彼女の言う通りにすれば人生ベリーハードな未来になることぐらいは容易に想像がついた。


「――ほう? 面白い。聞いてやろうではないか」


 イブは興味深そうに片眉を持ち上げる。どうやら作戦の第一段階は成功らしい。


「お前を封印したのは恐らく別の勇者だろ? じゃなければ魔王が負けると思えないし」

「じゃったら?」

「不本意だが俺も勇者だ。同じ勇者同士、弱点もある程度分かるつもりだぜ?」


 ハッタリだ。

 顔も知らない相手の弱点なんて分かるはずがない。


「はっは! それは面白い。主は勇者の分際でワシらの手助けをするというか」

「邪魔者同士で殺し合いをさせれば、そっちにも利益があると思うが?」


 倒れたまま高らかに笑うイブは確かに魔王の威厳を放っていた。


「確かに言う通りじゃな。気に入った。ならば手元に置いてやろう」

「ああ、我が体は御身のために」


 圭太はアニメで見た通りに跪いて頭を下げた。不格好なのは勘弁してほしい。


「ん」

「なんだよ天井に手を伸ばして」


 いや天井ないんだけどさ。


「主を召喚した代償じゃろうな。両足が動かぬ。おぶれ」

「あ、ああ。さっそくお役に立てて光栄だ」

「なんで引いておるんじゃお主のせいなんじゃからな」


 圭太の口の端がピクピクと痙攣していることはすぐに見破られてしまった。


「態度のデカさがさすが王様だなって思ってさ」


 人に頼むときは頭を下げろと習わなかったか?

 圭太はつい言ってやりたくなったが、彼女を背負った瞬間から背中に当たり続けている柔らかい感触にすべてがどうでもよくなった。

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