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第二章九話「町中」

 追い出されたのは残念だが、とてもいいものが見れた。

 圭太たち三人は宿に戻ろうと歩いていた。個人的にやりたいことは達成した。クリスについてとか勇者についてとか色々調べ物をしなければならないが、今日急いでやる必要もない。高級宿で羽を伸ばすのも重要な仕事だ。

 圭太の足取りは軽やかだった。趣味を堪能し、これから人生で一番高級な宿でゆっくりできるのだ。テンションが下がるほうがどうかしている。


「嬉しそうですねケータ様」


 イブの車イスを押しているナヴィアがくすくすと微笑んでいた。

 車イスを押すと圭太は一度申し出た。だけど断られてしまったのだ。奴隷を差し置いて仕事をするとは何事かと逆に怒られてしまったのだ。

 ナヴィアの首にはいつぞやから拝借し続けている奴隷用の首輪が繋がれている。服装もほとんど肌着で冬場はどうするんだと心配してしまう状態だ。エルフが人間の町を歩くには奴隷の仮装が必要不可欠だから仕方ないのだ。


「おうっ。やっぱり武器は男心をくすぐるよな」

「そういえばワシの武器庫でも目を輝かせておったな」


 圭太が元気よく返事すると、イブは呆れたようにため息を吐いた。


「よく分かりません。強い武器さえあればそれでよいはずです」

「男のロマンなんだよ。やっぱり」


 実用性じゃないんだよ。


「ケータ様の話はたまに理解できないです」


 ナヴィアには理解してもらえなかったようだ。ちょっと寂しい。


「武器も必要ないんじゃがな。ワシにとっては」


 ふふーんとばかりにイブは胸をはった。真っ平らなので圭太は動揺しなかった。


「イブには膨大な魔力があるもんな」

「ある意味一番卑怯ですよね」

「だな」

「ワシは実力なんじゃが!? 卑怯呼ばわりされるのは納得いかないんじゃが!」


 圭太とナヴィアが同時に頷くと、イブは両手をバタバタさせて不満を全身で表現する。


「いや存在が卑怯だろ」

「あんまりじゃろ!?」


 いやだって、ねえ?

 聖書もびっくりの生まれ方をして不老不死で息をするように大規模な魔法を使える魔王が卑怯でなければなんなのか。


「二人とも静かに」

「ん? どうしたんだナヴィア」


 ナヴィアが左手を顔の位置まで上げて足を止める。

 ただ事ではないとすぐに理解して、口調は変わらず表情を引き締めた。


「魔物の気配がします」


 ナヴィアは一点に顔を向けている。魔物がいる方角を指しているのだろう。


「ホントじゃな。気付かなんだ」


 ウインクするように左目を閉じて、イブがナヴィアの言葉に同調する。

 ナヴィアの勘だけでなく、魔王の魔力感知までもが魔物を捉えた。間違いという可能性はほぼゼロだ。


「嘘だろ? 町中だぞ」


 あり得ない。いや、あり得て欲しくない。

 町中であろうと安全地帯ではないという事実を受け入れたくはない。


「魔物は魔素があればどこにでも現れる。対策もあるんじゃが、どうやらこの町は手を抜いておったようじゃな」


 イブは肩をすくめ、どうしようもないやつじゃなと悪態付く。

 圭太は少しだけ安心した。場所にもよるが安全地帯はたしかに存在しているようだ。


「ようじゃなって、大ごとじゃないか」


 圭太は急いで踵を返す。

 のんびり話をしている場合ではない。急がなくては。


「どこに行くつもりじゃ」

「どこって魔物が出たんだ。倒しにいかないと」

「待つのじゃケータ」


 走り出そうとする圭太を、イブは静かな声音で止めた。


「なっなんだよイブ。怖い顔して」


 振り返った圭太は思わずどもってしまう。

 イブの表情筋はほとんど動いていない無表情だ。冷酷な雰囲気さえなければ見惚れていた。


「ワシらの目的はなんじゃ」

「そりゃあもちろん勇者を倒すことだ」


 静かな問いに即答で返す。

 なんだか緊張する。手汗がじっとりとにじんだ。


「なら人間の味方をするでない。今まではメリットがあったが、今回ばかりはただの善意じゃろう?」

「悪いかよ。不必要な死を避けようとするのが」

「目に映る者すべてを救うことなぞできぬ。ワシでもじゃ」


 常に名も知れない誰かのために働いてきた心優しい魔王の言葉にはとても重みがあった。


「知ってるよんなことは。だけど理解と実践は別物だ。救えないのは見殺しにする理由にならない」


 だが、いくら気遣った上での忠告でも圭太は素直に聞き入れるわけにはいかなかった。

 圭太はヒーローになるのが夢だ。世界一安心する背中を目指している。

 ヒーローは他者の危機より自分の利益を優先するだろうか。答えは否。自己犠牲の精神すらあるからこそ、ヒーローは皆の憧れになるのだ。


「無駄ですよ魔王様。ケータ様はこういうお方です。説得に応じない頑固者なんですから」

「誰が頑固者だ」


 ナヴィアは微笑み、助け舟を出してくれる。

 ヒーローの真似事に付き合わせてしまったのだ。ナヴィアの言葉は説得力が違う。


「まったく。ケータにも困ったものじゃ」


 二対一になり、圧倒的に不利になったイブは小さくため息を吐いた。

 と同時に彼女の周りが突然暗くなる。

 圭太は反射的に空を見た。すると屋根伝いに走ってきたのか、八つ足の蜘蛛みたいな魔物が飛びかかっている姿があった。

 圭太は慌ててイブに視線を戻す。車イスに座る彼女は急には動けない。手を伸ばし、彼女の手を掴もうとする。

 イブは対照的に、落ち着いた様子を見せていた。圭太の手から逃れるように右手を上げて、魔物にまっすぐ伸ばす。

 イブの手から黒い閃光が放たれた。

 黒い閃光は魔物を飲み込み、一瞬で消し飛ばした。瞬殺だ。


「ワシの授業を覚えておらぬとは」


 詠唱も魔法陣の展開もせず黒い閃光を放ったイブは呆れたように肩をすくめている。今しがた魔物を瞬殺したとは思えないほどあっさりしている。


「えっ、あれ、魔物? なんでここに」


 あまりに何事もなく話すイブに圭太は思考が追いつかなかった。

 イロアスを出す暇もなかった。動く必要さえなかった。

 理解していたつもりだったが、魔王の実力に改めて圭太は戦慄した。


「簡単な話ですよケータ様。魔物は魔力を好みます。そしてこの場には魔王様がいる。この町で一番の魔力に食いつかない理由はないのです」

「ワシの総魔力量を人間ごときと比べるでない。全員と比べてもワシのほうがはるかに多いわ」


 ナヴィアは当然の出来事だと動揺すらしておらず、イブは別の話題に移って頰をふくらませていた。


「そっか。最初から分かってて止めたのか」


 圭太の頰を一筋の雫が流れ落ちた。

 試されていたというわけだ。現実を突きつけて覚悟が揺るがないか試したのだ。もし少しでも揺らいでいたらどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい。


「主は魔力を感じ取れぬからの。どう探すのか気になったのじゃ」

「ングッ。確かにそうだな。俺一人じゃ探せない」


 痛いところを突かれた圭太は胸を押さえた。

 猪突猛進は良くない。しかも策を考えなければ勝てないような軟弱人間なのだから余計とだ。

 さすがに熱くなりすぎたかもしれない。


「まったく。困りものじゃよ主の相手は」

「はいすみません……」

「大丈夫ですよケータ様。とてもかっこよかったですから」


 がっくしと項垂れる圭太を、ナヴィアは肩を叩いて励ましてくれる。ちょっとだけ嬉しくなった。


「あれ?」


 三人がじゃれあっていると、三人のものではない声がした。

 ここは本通りから外れた路地で人通りは少ない。しかも魔物が突然現れたから蜘蛛の子を散らすように人間は逃げ出していった。今は圭太たち以外に人影はないはずだ。


「おかしいの。ここら辺に魔物がいる予感がしたのにいないの。勘違いだったの?」


 建物一個分の距離を置いて、黒い服装の女性が軽やかに降り立った。

 ウェーブのかかった水色の髪を腰まで伸ばし、目尻の垂れた瞳は慈愛に染まっている。黒い服は修道服らしく、胸元に十字架のネックレスがぶら下がっていた。


「銅像と同じ顔、ですね」


 どこかで見たような顔どころの話ではない。

 この町に来てからずっと視界にちらついている巨大な銅像。たった今降り立った水色の髪の少女と銅像はまったく同じ顔だった。


「じゃな。やつがクリスとやらじゃろう」


 イブも声を潜めてナヴィアに同意する。

 急な遭遇に圭太たちはまったく準備していない。あまり相手を刺激するべきではないだろう。近付くとしたら用意周到に準備してからだ。


「――イロアス」

「待て、ケータ」


 イブとナヴィアの共通した意見。いつもなら圭太も同意見のはずだが、なぜか圭太はイロアスを斧槍状態に変えた。

 イブの制止の声も無視して、圭太は足を進める。


「あれ? 君が魔物を倒したの?」


 クリスは武器を持って近付いてきた圭太にコトンと首を傾げた。

 敵意のかけらでもあれば反応は違っていたのだろうが、圭太はそれらしい感情を一切出してはいなかった。クリスからすれば呆然と近付いてくる浮浪者のように見えているかもしれない。


「一つ聞いてもいいか?」

「質問しているのは私なの。まあいいの。迷える子羊を導くのも仕事なの」


 クリスはとんっと胸を叩く。控えめながらしっかりと自己主張しているものがかすかに揺れた。


「お前は勇者の一味なのか?」

「どうしてそう思うの?」


 ピリッと空気が軋む感覚。

 クリスの表情は変わっていない。ちょっと変な人に絡まれたときのような困った表情のままだ。

 だが圭太の緊張感はピークになっていた。

 クリスの纏う雰囲気はとても鋭くなっている。まるで敵意をむき出しにしたサンと対峙しているようだ。


「この町で色々と話を聞いた。クリスっていうシスターが有名だと」


 声が震えなかったのは奇跡だ。初めから覚悟していればまだしも、不意に英雄の敵意を浴びると萎縮してしまう。


「私はあまり望んでいないけど、言う通りなの」

「シスターってのは後方支援だろう? どうして魔物を倒しに飛び出してきた」


 何となく予想はつく。戦えるから飛び出してきたのだろう。

 サンと同じようにたった一人で町を守護しているのかもしれない。


「あー、護衛の人なら後から来ると思うの。置いてきちゃったの」


 クリスはとても気まずそうに後頭部に手を置いた。

 一応護衛がいるようだ。要人扱いされているのなら一人で町を守っているというわけでもないだろう。前回と同じ作戦は使えない。

 知りたい情報を手に入れた圭太は、とりあえず全力で斬りかかった。


「いきなり斬りかかってくるなんて非常識なの」


 上段からの一振りはクリスが半歩横にズレることで難なく回避された。イロアスの柄が踏まれており追撃にも移れない。

 冷ややかな視線はついに殺気を孕み始める。全身に鳥肌がたった。


「やっぱり強いな。ただ祈ってばかりの人間とは違うらしい」


 圭太は力尽くでイロアスを持ち上げる。クリスを放り投げたせいで腕の筋肉から変な音がした。


「何者なの?」


 クリスはヒラリと宙返りをして、軽やかに着地する。動作一つ一つに余裕が見られた。圭太の行動は不意をついていないようだ。


「俺は圭太。勇者のファンだよ」


 圭太は自己紹介とともにイロアスを斧槍から腕輪へと戻す。

 戦意はないと証明するには武器を片付けることが手っ取り早い。少なくとも今は戦うつもりがないのだ。


「悪かったないきなり斬りかかって。どうしても試してみたくて」


 へらっと笑い、圭太は両手を上げて戦意がないとアピールする。

 シスターなのだからいきなり殴りかかってはこないはずという考えだ。


「許さないの。お説教な、の……」


 尻すぼみに言葉は小さくなっていき、クリスは倒れた。

 何が起こったのか理解できず、圭太は両手を上げたまま固まる。


「……ケータ様何をしたんですか?」


 背後から責めるような冷たい声が飛んできた。首だけ動かすと、ナヴィアの冷たい視線と目があう。彼女はとても呆れていた。


「いや俺じゃない。勝手に寝た」


 首を左右に振って、圭太は不本意な視線を否定する。

 さすがに何か仕掛けるには早すぎる。圭太は勢い任せで事態を動かせるほど肝は据わっていなかった。


「イロアスに相手の眠気を誘う能力はなかったはずじゃ」

「そうだよイロアスじゃない。使えるならサンにまず使ってるっての」


 相手の意識を問答無用で奪えるのなら、それほど便利な能力もない。時間稼ぎで死にかける必要もないのだから。


「じゃあどうしていきなり眠ったのでしょう?」


 ナヴィアの当然の問いかけに、圭太とイブは同時に首を傾げた。


「うぅ、もう食べられない」

「おいまさか……」


 クリスから聞こえてきた、むにゃむにゃとした独り言。

 圭太は思わず口元が引きつった。まさか不審者が目の前にいるのに居眠りしているとでも言うのか。

 圭太が言葉を失うぐらい呆れていると、鼓膜が複数の足音を捉えた。バタバタと慌ただしく近付いてくる。


「そういえば護衛が来るとか言っておったな」

「早く逃げましょう。どう見ても誤解されます」


 ナヴィアの意見に賛成した勇者と魔王は足早にその場を去った。

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