第二章八話「武器屋」
「よし宿は確保できたな」
「思ったよりもいいお部屋でしたね」
「うむ。及第点じゃ」
圭太、ナヴィア、イブの三人は紹介された宿に満足しつつ、町中を闊歩していた。
ベッドが二つ、奴隷用の小部屋まで用意されており、リビングと合わせて合計三部屋あった。
階層は高く、窓からは町の光景が一望できた。絨毯はふわっふわで寝転ぶだけで熟睡できそうだ。
細部まで金がかかっているのは一目で分かった。推薦状がなければ泊まるという選択肢すらなかっただろう。
「情報だけで金貨一枚出すような客だからな。金を持ってるって思われてるんだろう」
銀貨一枚で済ませればもっとお手軽な部屋になっていたはずだ。そもそも紹介してもらえなかった可能性もあったが。
「実際は盗んだお金ですけどね」
「しかも元をしっかり回収した上での。金が無くならぬのじゃから自然と羽振りもよくなるのじゃ」
ナヴィアとイブの冷たい目線が圭太に注がれる。
「うるさいないいだろ別に。二人にも恩恵があるんだから」
圭太は不服げに眉を寄せる。盗んだ金は独り占めしているのではなく二人にもちゃんと使わせている。
「だから余計と、ですね」
「まったくじゃ。盗みのおかげで贅沢ができるのじゃからあまり強く言えぬ」
「努力の結果と言ってほしいね」
なんとも言えない嫌な顔をしているナヴィアとイブに、圭太は訂正を求めた。
手に職を持たない圭太が金稼ぎするのは盗みが一番手っ取り早い。
「ところでケータ様」
「なんだ?」
「今はどちらへ向かっているのでしょう?」
ナヴィアの質問に圭太は肩を落とした。
そんなことも知らずについてきていたのか。
「大した用じゃない。部屋で待ってくれててもいいんだぞ?」
せっかくの高級宿なのだ。堪能したとしてもバチは当たらない。
「ダメじゃ。主は目を離すとすぐに死にかける」
「そうですよ。自分の命を軽く見すぎているんですから」
イブとナヴィアは即答で首を振った。
「二人がかりでかよ。俺そんな死にかけてるか?」
「いつもじゃろうが」
「今も生きているのが不思議なくらいです」
「……すいませんでした」
自分で聞いててなんだが、圭太は死にかけていないときのほうが珍しい。
シャルロットとの特訓やナヴィアとの特訓。サンと戦ったときも全身血まみれになった。
我ながらよく生きているものである。
「本当にどこに向かってるんじゃ? 人が少なくなってきとるんじゃが」
「だろうな。町の中心からは遠ざかっているし。おっあったあった」
目的の看板を、文字は読めないので雰囲気で判断したが、見つけた圭太は足を止めた。
大通りから外れたせいで辺りに人の気配はなく、建物のほとんどはいい感じにくたびれている。
そんな人混みから外れた路地に、年季の入った建物が小さく看板を掲げている。
「なんじゃここは?」
外見から何の建物か判別できなかったのか、イブが怪訝な顔で首を傾げる。
「鉄のにおいですね。もしかして武器屋でしょうか」
ナヴィアが一度鼻をすすり、一発でにおいを言い当てた。
「すごいなナヴィア正解だ。エルフってのは鼻もいいのか?」
圭太は軽く手を叩き、寂れた木の扉を開ける。手に木くずがついた。
扉を開けると圭太でも分かるむさ苦しいにおいがした。血と何かが焼けるようなにおいだ。
壁一面に絵画のように立てかけられている武器の数々。剣に槍に弓に斧に盾と種類も外見も様々だ。見ているだけでテンションが上がってくる。
展示されている武器に隠れるようにして入口の正面奥に小さなカウンターがあった。カウンターの奥には開け放たれた扉があり、火の粉が舞っている様子が見て取れた。恐らく今も鍛造の最中なのだろう。血だと思ったのは熱せられた鉄のにおいで焼けるようなにおいは今も炉を動かしているからだろう。
「まあ人間よりは。というか、どうして武器屋なのですか?」
「そうじゃそうじゃ。主にはイロアスがあるじゃろうが」
ナヴィアが純粋な疑問を出し、イブが同調して頬をふくらませる。
イロアスはイブの武器庫で見つけ、彼女が手を加えて名前を付けた。
思い入れは圭太よりあるのかもしれない。人間ごときの武器に頼るのは何事かという思いもあるのだろうか。
「だから一人でいいって言ったのに。ここに来たのはただの趣味だよ」
「「趣味?」」
少女二人は揃って首を傾げた。
「俺は異世界から来た。その世界は魔法なんてなかったし、剣だの弓だのは骨とう品扱い。ただの嗜好品になっていた」
仮想世界、簡単に言えばゲームやマンガでしか圭太は武器を見たことがない。
「そのくせ実物の所持は禁止されていた。まあ殺し合いとは無縁の世界だったからな。武器は必要なかった」
「そんな世界があるのですか?」
ナヴィアが信じられないとでも言いたげな表情になっていた。
生まれた頃から武器に触れ、魔物との戦い方を叩き込まれてきた彼女からすれば信じられないのも無理はない。
「魔法がないから魔物もいない。魔族もいないから戦争もない。まあ人間同士でいがみ合っていたけど、少なくとも俺が戦う必要はなかった」
圭太が育った世界とこの世界の違いはただ一つ、魔法の有無だ。
魔法がないだけで戦争はなく、武器も銃が主体になった。民間人に戦闘技術はいらなくなった。
平和ボケしている自覚はある。
「ちょっと信じられないですね」
「ケータが力を求めるのは自分がひ弱だと自覚しておるからじゃ。そうでもなければ死にかけるような訓練に耐えられるはずがない」
圭太を召喚し、ほぼ一緒に過ごしてきたイブが説明を付け加える。
彼女はよき理解者だ。師匠でもあり、親のような存在でもある。
「戦闘経験もなかったからな。この世界は戦争中だし、戦えないんじゃ生きていけない。だから強くなる必要があった。まあ夢もあるんだけどな」
圭太は弱い。そんなことは自分が一番理解している。
何せ圭太は十五年戦いのない世界で生きてきた。つまり十五年のハンデを背負っていることになる。
ハンデをひっくり返すのは簡単じゃない。生半可な特訓では並べない。圭太が訓練を求めるのはそういった理由からだ。
大陸を移動してからも毎日ナヴィアにハリネズミにされている。
「そんなことはどうでもいいんだ」
本題から逸れてきたので、圭太は話をバッサリ切り捨てた。
「俺が武器屋に来たのは単純に武器を見たかったから。だってカッコいいじゃん」
現に視界に入る凶器の数々にテンションはとどまるところを知らない。男の子はいくつになっても男の子なのだ。
「そう、ですか。ちょっと理解できないですね」
「まあケータが変なのは今に始まったことではない。そっとしといてやるのじゃ」
「はい魔王様」
「お前ら……まあいいや。ちょっと時間かかるぞ」
失礼な会話を繰り広げている少女たちを少しだけ睨んで、圭太は宝物の鑑賞を始める。目の輝き具合は五歳児のそれだ。
圭太にとっては五秒ぐらいだが、一時間が経過した。
「やっぱりイブの武器庫を超えるようなものはなかなかないな」
一通り見て回った圭太は少し肩を落としていた。
デザイン的にときめくものはあったが、使いたいかと問われれば首をひねってしまう。
イロアスを超える業物には巡り会えなかった。
「当り前じゃろうが。ワシの城まで来る強者のものじゃぞ? 量産品とは比べ物にならぬ」
つまらなそうに壁に掛けられた剣を指で弾くイブ。どうやら魔王のお眼鏡に叶うものはなかったようだ。
「だな。やっぱり神造兵器って凄いわ。ところでイブならここら辺の有象無象をどこまで強化できる?」
「なんじゃ? ワシの力を侮っておるのか?」
「違うよ。ただ気になっただけだ」
イブが不機嫌に眉毛を釣り上げたので、圭太は慌てて首を振る。
何度も助けられたのに、イブの力をバカにできるはずがない。
「ふうむ……そうじゃなぁ。イロアスほどではないが、小娘の弓と同じぐらいまで強化できるぞ」
「わたくしの弓は有象無象扱いですか」
流れ弾が直撃したナヴィアががっくしと肩を落とす。
「いやほら仕方ないだろ。イブとナヴィアじゃ格が違うんだから」
「そうですけど。わたくしが作った弓は人間と同格ということですよね?」
フォローに回ったつもりだったが、眉間にしわを作っているナヴィアに冷ややかに睨まれてしまった。
「ナヴィアが作ったのか?」
「はい。百年を生きたエルフは自分で武器を作る習慣があるんです」
狩人らしい習慣だと思う。いや、狩人が皆自作で武器を作るわけではないんだろうが。
小さい集落なら自分で武器を作るのは合理的なはずだ。何せ自分に合ったものが作れるのだ。メンテナンスも調整も自分でできるのは大きなメリットだろう。
「そうなのか凄いな。人間でいう職人と同じぐらいの技量を持ってるってことだろ?」
当然ながら武器の作成なんてできない圭太は素直に称賛する。
「……凄いですか?」
「凄いとも。相手は一日中鉄を叩いている連中だぞ? 並べるだけでも難しいだろ」
肩を落としたまま首を傾げるナヴィアに、圭太は自信満々に頷いてみせた。
十五年のハンデを必死に埋めようとしている圭太からすれば羨ましいぐらいの才能だ。
「わたくしは百六十年生きているんですが」
「……あー」
そういえばそうだった。エルフと人間の年季は違いすぎる。時間でエルフに勝てるわけがないのだ。
圭太が良い励まし方が思い浮かばず言い淀むと、ナヴィアはさらに深く落ち込んだ。
「小娘。ケータが困っておるじゃろうが。気を持ち直さぬか」
困り果てた圭太を見かねて、イブが助け舟を出してくれた。
「だって魔王様が言ったのですよ。わたくしの相棒を人間なんかの――」
「いい加減にせぬとまた主で遊ぶぞ?」
「さあっ行きましょうかケータ様! もう十分堪能したでしょう!」
ブツブツと言い訳をするナヴィアに、イブは言葉をかぶせてポツリと呟く。
ナヴィアは急に元気になった。
「おっおう。ちなみに何をされたのか聞いてもいいか?」
圭太はナヴィアの突然の変化に若干引きつつ、元男子高校生としてとても興味がある質問をしてみる。
いや変態とかじゃないから。喘ぎ声的なものが聞こえただけで実際のプレイ内容とか知らないから。ただ気になっただけで決して他意とかないから。
「絶対答えませんからね!」
「とてもよかったぞ? まずワシがじゃな」
「魔王様も! 説明しようとしないでくださいっ!」
彼女にしては珍しいナヴィアの叫び声によって、圭太たちは武器屋から追い出された。




