第二章七話「銅像」
「「「…………」」」
町に到着した圭太御一行は呆然と見上げていた。
「なんだ、これ?」
ようやく圭太の口から出てきたのは困惑した疑問だ。
目の前にはとても背の高い銅像が立っていた。建物よりも高い。圭太五人分以上は確実だ。
銅像はシスターを模しているらしい。女性的な丸みを帯びた体格で、胸の前で手を組んで何かに祈っている様子は神々しさを感じる。
銅像を作った作者に一言言いたい。どれだけ情熱をかけたんだ。扇情的ではないのに、異性耐性のない圭太はなぜか直視できなかった。服のシワや指の繊細さにとてもフェチ心を感じたからだ。
「人間は特殊な趣味を持ってるんですね」
「違うから。少なくとも俺は持ってないから」
ナヴィアも圭太と同じ感想を抱いたようで、とても冷たい目をしていた。
趣味じゃなくても直視できない時点で似たようなものだ。
「どことなく、見覚えがあるのう」
イブは小さく首を傾げた。
「知ってるのか?」
「ううむ。誰じゃったか思い出せぬ」
腕を組んで唸るイブ。どうやら銅像の正体は期待できそうにない。
「魔王様は長生きですからね。記憶が混濁するのはよくあることなんでしょう」
「ワシを年寄り扱いするでないわ」
肩をすくめるエルフの少女をイブはジト目で睨みつけた。
「まあまあ。とりあえずこの銅像について情報を集めようぜ」
いつものやりとりなので仲裁もほどほどに、圭太は話を進める。
この町に入ってすぐ目に付いた銅像だ。好奇心が刺激されるのは仕方ない。
「そうですね。といっても、すぐにわかりますけど」
「えっ?」
ふぅと息を吐くナヴィアに圭太は疑問符を浮かべ、周りの会話に注意を向ける。
「クリス饅頭。クリス饅頭はいかがかねー」
「クリス様に祈ってもらったら結婚できたのー。すごいよねー」
「あたしも彼氏の浮気がー」
男も女も老いたのも若いのも、みんな同じ名前を出していた。中にはあの銅像を指差したりありがたや〜と頭を下げている人までいる。
「……確かに話を聞くまでもないな」
不審にならないよう辺りを見渡していた圭太は小さく頷いた。
「あの銅像の女性はクリス。どうやら有名人らしいですね」
「みたいじゃな。聖人とやらなのは間違いないじゃろう」
「祈ってもらったって言ってるもんな」
ナヴィアとイブの考えに圭太も同意する。
町の至る所で出てくる名前。有名人という銅像が作られる条件は達成されていた。
ちなみに過去の偉人という可能性はないと圭太は考えていた。
この世界は去年まで戦時中だった。建物より高い銅像を建てる余裕はないはずだ。
「ケータ様どうするのですか? 有名人ですから簡単には出会えないと思いますが」
「そうだな。とりあえず宿を取ろう。二人もベッドで寝たいだろ?」
野宿だったりボロ宿だったりであまり快適とは言えない睡眠環境を過ごしてきた。
大陸を渡ってから一番規模の大きな町だ。多少金を出せば快適な部屋を借りられるだろう。
「ケータの割にはいい考えじゃ。すっかり凝り固まってしもうた」
「わたくしもです。水も浴びたいですし」
美少女二人が両手を上げて体を伸ばす。一部分が強調されたので圭太は目を逸らした。
「水じゃなくてお湯だと思うんだが。もしかして湯舟って知らない?」
「なんですかそれ?」
異世界だもんなー知らないかもなーと思っていたらナヴィアは予想通り首を傾げた。
「分かった。説明する。二人とも手伝ってくれよ?」
純日本人である圭太はもったいないとため息を吐いて、魔法使い二人に協力を求める。
電気のないこの世界で、人力で風呂を沸かすのは大変だ。しかし、魔法という便利なものがあれば簡単に済むのだから。
「ただいま満室となっております」
カウンターに立つ執事のような出で立ちの男が、静かな声音で言い放った。
町の外れ、大通りから一本外れた人気のなさそうな路地に建つ宿屋を訪ねた。
中に入ってまず目に付いたのはシックな雰囲気のカウンター。左には壁に沿って曲がる階段が伸びている。壁は白で厚塗りされており、元の材質がなんなのかは想像に頼るしかない。
白塗りの壁に清潔感を感じたのは初めてだ。床に泥が付いていないのも理由だろう。今までの村がひどかったからか、よく手入れされているいい宿だと圭太は評価した。
「マジで? ここもか」
「これで三件目じゃな。いい加減疲れてきたのじゃ」
圭太ががっくしと肩を落とし、イブが不機嫌に頬をふくらませる。
本日の宿探しは難航していた。訪ねた宿はことごとく満室で、予約なんて当然していない圭太たちを受け入れてくれる場所はなかった。
「そう言うなって。なあ、店主さん。理由を聞いてもいいか?」
イブを軽くたしなめて、圭太は顔を執事風の男に向けた。
このまま思考停止して色々な宿を回っていると短気な魔王様が激怒してしまう。ただの八つ当たりでも周りにぶつければ焦土ができる。それは避けたい。
「かまいません。あなた方は旅人ですね?」
「ああそうだ。今まで宿が取れないってことはなかった。旅人が多いのか?」
あっさり素性を見破られた圭太だが、あまり驚かなかった。
人と多くかかわる宿屋の主人だ。観察眼も優れている。そもそも宿を頼ろうとするのは旅人がほとんどだろう。例外があるとすればケンカをして家出した町民ぐらいだ。
「そうですね。とても多いです」
店主は一度頷いた。
「クリス様のおかげか?」
「はい。我々のために働いてくれるクリス様には足を向けて寝られません」
それはシスターとしての働きか。それとも客寄せパンダとしてか。
圭太は悪戯っぽく聞いてみたい気持ちもあったが、この世界にパンダがいるとは思えなかったので言わないことにした。
「すごい方なのはなんとなく分かるんだが、どうしてここまで人気者なんだ? 宿が取れない俺たちからすれば迷惑なんだが」
「そう仰る方は初めてです。クリス様が目的ではないのですか?」
圭太が顔をしかめると店主は目を丸くした。同じような考えが出なかったとは思っていなかったので、圭太は今後信心深い演技をしようと決めた。
この世界の人間は神を信じてる人間がほとんどのようだ。信仰の薄い人間は悪目立ちするはずだ。
「旅の目的ではないな。大きい町だから寄ったまでだ」
「なるほど。それはそれは」
店主は何度か頷いてあごをさすった。
どうやら不信感は拭えたらしい。圭太は内心で胸を下ろした。
「クリス様は神に愛されたシスターなのです。彼女の祈りは癒しを与える。この町に来るのは癒しを求める方ばかりです」
「神ってことはアダム様か。なるほど。聖人なんだもんな。その可能性を考慮すべきだった」
圭太が名前を出すとイブは分かりやすく顔を強張らせた。今は関係ないので無視する。
「どこか宿を知らないか?」
圭太としては今晩のベッドの確保が重要だ。
同業者の繋がりに頼りたくなるほどに。車イスに鎮座する爆弾がいつ暴発するかも分からないのだから。
「さあ。この町に旅人が立ち寄っても受け入れてくれる儲かってない宿があるかどうか」
「タダでとは言わないさ。これでどうだ?」
腕を組んでとぼけようとする店主へ見せつけるように、圭太は懐から金貨一枚を取り出した。
金の価値的には銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となる。つまり金貨一枚で一万円相当だ。
宿泊するならともかく、ただのお話で一万円なんて割が良すぎるだろう。そんな商売ができるとしたら女子高生ぐらいだ。
「分かりました。推薦状を書きましょう。あそこなら融通が利くはずです」
余裕を保っていた店主が金貨を見た瞬間に表情が一変する。
平静を装っているようだが目は金貨にくぎ付けだ。圭太が金貨を指で弄ぶとつられて目も動いている。
「おっと。これは推薦状と交換だ。分かっているだろう?」
「失敬。黄色には目がないもので」
圭太が不敵に笑ってやると店主は逃げるように店の裏へと消えていった。
「黄じゃなくて金だけどな」
店主のあまりに適当な言い訳に圭太はため息を吐いた。
根っからの商人らしくて安心した。金貨一枚分の宿には推薦してくれるだろう。
「よかったのか? たかが宿の紹介に金を使うて」
「いいんだよ。どうせ汗水たらして稼いだ金じゃない。それに――」
圭太はカウンターの向こうに置かれた麻袋を指差す。
「金ならほらここに。な? 簡単な話だ」
店主は店の裏に行ったから金を見ている人間はいない。麻袋が無くなっても犯人は特定できないだろう。
「ケータ様って度胸が据わってますよね。普通推薦状を書いてもらっている立場で盗みなんてできませんよ」
カウンター越しに麻袋を取った圭太を、ナヴィアは残念なものでも見るような目を向けてくる。
圭太だってこの世界に来るまで盗みなんてしたことない。だけど人も殺したわけだし、罪を重ねることに抵抗はなかった。
「もしバレたら魔法を使えばいい。頼めるよなイブ」
抵抗感がないどころか隠蔽の方法まで考える始末である。魔法がある世界でよかった。
「むぅ。盗みの手助けなぞしとうないんじゃが」
「じゃあ今日も干し肉だ」
「喜んでやろう。じゃから今晩は豪勢に頼む」
イブはすぐに手のひらを返した。
「おう金ならある。任せてくれ」
圭太は胸をはり自信満々に答える。食い逃げ対策をしているだろうから金は盗めないだろうが、既に懐は温かい。料理に金を使うぐらいの余裕はある。
「魔王様……意思が弱すぎます」
「ん? ナヴィアは一人で部屋に残りたい?」
「言ってません! ずるいですよそんなの」
「悪い悪い。怒らないでくれよ」
まだ理性で物事を考えているらしいナヴィアを軽く脅したら怒られてしまった。
圭太は両手を合わせて軽く謝る。これで二人も共犯だ。盗みはよくないと言われることもなくなった。
「お待たせしました。おや? 何の話でしょうか?」
店主が奥から出てきた。手には三つ折りにされた紙が握られている。恐らく推薦状だろう。
「気にするな」
「そうですか? こちらが推薦状になります」
「確かに。じゃあイブ」
圭太は推薦状を店主から受け取って中身を確認する。しかし文字は読めなかった。
ちょっと恥ずかしくなったが表情には出さず、圭太はイブに目配せをする。彼女が記憶を操作する魔法を扱えるのは既に知っていた。
「うむ。任せるがよい」
イブが一度頷き、白く光る手をかざす。店主の顔を記憶を消去する光が包み込んだ。




