第一章三十話「勝てないよ」
「よし到着っと」
陸地に降り立った圭太は、バンザイして全身を伸ばした。
船に揺られて二日ほど。旅慣れしていない圭太には途方もなく長い旅路だった。揺れない地面のありがたみを今こそ感じたことはない。
「長い道のりでしたね。本当に長かった」
うっすらと頰を上気させているナヴィアが、乱れた服を直している。とても扇情的だ。
「大変だったみたいだな。いやホント、思春期には辛い時間だった」
ナヴィアが連れていかれてから、ずうっと艶のある声が響いていた。何をされていたのか大いに気になるところではあるが、女性との交際経験が乏しい圭太には質問する度胸がない。想像に任せるしか術はないのだ。
「忘れてください」
「……善処します」
そう簡単に忘れられるとは思えないが、ナヴィアにジト目で睨まれた圭太はそう答えるしかなかった。
「これで僕の仕事は終わったね」
圭太とナヴィアの会話を微笑ましく眺めていたイケメンクソ騎士ことサンが口を開く。
圭太は顔を強張らせた。サンの役目は圭太たちを人間のいる大陸まで送り届けること。役目が済めば、彼は人間から道具へと成り下がる。
「そうじゃな。シャルルと仲良くしてほしいのう」
「それは彼女次第かな。僕は奴隷だ。主の意思には逆らえない」
「それもそうじゃな」
イブがさらりと流し、左手を虚空へと水平に伸ばす。
彼女の手から三メートルほど離れた場所に黒い穴ができた。
確証はないが、多分瞬間移動のような魔法だろう。あの穴は魔王城に繋がってるに違いない。
「待ってくれ」
躊躇いなく黒い穴に入ろうとするサンの肩を、圭太は掴んだ。
「何かなケータ君」
「圭太な。俺の名前。まあいいや」
微妙に違う名前のニュアンスにも慣れてきたが、一応訂正する。
細かい奴と笑いたいなら笑え。名前の微妙な間違いが気になる人間は多いはずだ。
「大切なことを聞いてなかった。俺の目的は達成できそうか?」
「えっ? アッハハハハ! 僕に聞くのかい?」
サンは腹を抱えて笑い出した。
「お前は俺が倒した初めての勇者一味だぜ? 参考ぐらいにはなるだろ?」
「確かにそうだね。じゃあ断言するよ。君の目的は途中で頓挫する」
予想通りの言葉が冷たく言い放たれた。
「神に愛されているシスターにも、魔素に愛された魔法使いにも、そして運命に愛された勇者様にも、君は絶対に勝てないよ」
サンは勇者一味の人間だ。一番近くで他の面々を見てきた。
だからこその説得力は確かにあった。この世界に来る前の圭太なら、無理だと早々に投げ出していただろう。
「だよな。そう言われると思ってた」
だが、圭太はこの世界に来て変わった。失敗すると言われたぐらいでは諦められないほど聞き分けは悪くなっていた
「なんだ。やっぱり分かってたのか。じゃあどうして聞いたんだい?」
「決まってるだろ? 宣戦布告だよ」
サンは圭太がショックを受けないと予想していたようだ。からかうように笑っている。
圭太はその腹が立つぐらい整った顔に、求めているだろう言葉を叩きつける。
「俺は勇者。絶対を覆す者だ。魔王城で便りを楽しみにしてろ」
勇者が魔王を倒すというのは鉄板のネタだが、実現は不可能に近いものだろう。
勇者は絶対魔王を倒せるのではなく、魔王を倒した者こそ真の勇者なのだ。困難を達成できたからこそ英雄として人々に崇め讃えられる。
不可能を可能にするからこそ、主人公は格好いいのだ。
「うん分かった。魔王が死んだって吉報を待ってるよ」
不可能を実現していった所業を一番近くで見ていたであろう騎士は、不敵に笑ってみせた。
「もうよいか? この魔法の維持って結構大変なんじゃが」
イブが車イスの肘掛けを右手の指で何度も叩いていた。かなり苛立っているご様子だ。
「悪い。もう大丈夫だ」
圭太は急いでサンの肩を放し、一歩下がって黒い穴から遠ざかった。
「ではの。勇者の盾」
「サヨナラ。魔王」
軽い挨拶を終えて、サンは黒い穴の中へと入る。
すんなりとサンを呑み込んだ黒い穴は、イブの下ろされる腕に合わせて消える。影も形もない。
「うしっ! じゃあ行こうか」
別にサンは死んだわけではない。そう思い直すことにして、圭太は威勢良く一歩を踏み出した。
「行く当てはあるのですか?」
車イスを押してナヴィアが追随する。奴隷ごっこは継続するつもりのようだ。
「あるわけないだろ。俺はこの大陸来たことないんだぞ」
「そうですか。わたくしもです」
「ワシも以前の記憶は千年以上前じゃしなぁ」
三人とも今後のことをまるで考えていなかった。自分たちのあまりの無計画さに笑いがこみ上げてくる。
「まっ、なるようになるだろ」
圭太は気楽に足を進めた。勇者なのだから、きっとトラブルから近付いてくるはずだ。
魔王に召喚された勇者は、自然と問題ごとが起きるのを期待している自分に再び笑い出した。




