最終章二十六話「神様」
「解こう、と思ってただったんだけどなぁ」
圭太は来た道を引き返した。仲間たちを助けるために。
そして圭太は合流した。そしてため息を吐いた。圭太の仲間たちは皆、一緒に歩いていたからだ。
「何が解けるって言いたいわけ?」
「私たちは最初から正気だったの」
「僕は違ったけどね。シャルロットに叩き起こされたんだ」
再会したときは敵だったはずのキテラ、クリス、サンが順番に人を馬鹿にしたりと何言ってるんだとでも言いたげに眉間にしわを作ったりとか苦笑いを浮かべたりしていた。
三人が操られている様子はない。それどころかアダムの毒牙の気配すら感じられなかった。
「大変だったんだぞ」
「の割には乗り気でしたよね?」
「まったくだ。戦闘狂みたいだった」
シャルロットは苦労を滲ませるような口調で肩をすくめ、ナヴィアが疑り深い目を向けている。シリルは他人事のように呆れた調子で呟いている。
誰もケガした様子はない。クリスやナヴィアがいるから治療には困らないのは理解できるが、誰一人傷一つなかった。
「全員無事とはな。いや良かったんだけどさ」
せっかく神となり、颯爽と仲間たちを助ける当初の予定が崩れ、圭太は頭を抱えた。困るのが全員無傷という点だ。これでは怒るに怒れない。誰にも不幸はなかったのだから。
「皆久しぶり。やっと挨拶できたよ」
アダムに仲間を奪われて、ようやく仲間たちと再会できたときには操られていたし時間もなかったので満足に話もできなかった。だから琥珀はとても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。言葉とは裏腹に弾む声に合わせて輝くような金髪もゆらゆらと揺れている。
「お久しぶりですコハク様」
「コハクも進展があったみたいで良かったの」
「アタシとしてはイオが生き返ったことのほうが嬉しいわ。どうせコハクとケータは結ばれると思ってたし」
サンがしっかり腰を九十度曲げて挨拶を返し、クリスは圭太との距離の近さから一目で琥珀の進展を見破り、キテラは琥珀の左隣に立っている一桜に感慨深そうに目を細めた。
キテラは一人で一桜を生き返らせようと研究していた。圭太の予想はどうやら間違っていなかったらしい。
「わたくしは全力で阻止したのですが、力が及びませんでしたわ。勇者の力とは恐ろしいものです」
「あのときはホント殺されると思ったぜ」
校舎裏で向こうの世界にあるはずのない神造兵器である勇者の剣を振り回されて、一歩間違えればちり芥に変わっていただろう死闘を思い出して圭太は肩を落とした。
イロアスがあればまだ戦えるが、当時の一桜は丸腰の圭太相手に容赦しなかった。危機の度合いでいえば、対策が立てずらい丸腰だったあのときが一番大変だったかもしれない。
「まあ、世間話はここまでにしよう。あまり時間がないんだ」
「時間がない? どういうこと?」
「この空間はもうすぐ崩壊する。主人を失ったんじゃからな」
こほんと咳払いしてから、嫌な記憶と共に話題を変える圭太。
キテラが興味を刺激されたと片方の眉を上げると、代わりにイブが端的に答えてくれた。
「そうだ、アダムは倒したのかい?」
「倒したに決まってるの。コハクが一緒なら神にも負けないの」
「さすがにコハクだけじゃ無理よ。それならアタシたちだってもうちょっと抵抗できたはずだし」
サンが思い出したように聞いてきて、クリスが圭太の代わりに勝手に答える。キテラは冷静に最強の勇者一人の功績ではないと予想を口にする。
「倒したよ。イブと協力してね」
「トドメはケータの嘘じゃがな」
三人の言葉に苦笑しながら琥珀はイブの肩に手を回す。
イブはふんと鼻で笑って腕組みをしながら肩を動かして琥珀の手を払う。結局二人の勇者と魔王が揃わなければアダムは倒せなかった。それがどうやらイブのお気に召さないらしい。
「うるせえな。第二の人生を楽しんでもらおうって粋な計らいじゃねえか」
「それってどういうことだい?」
「説明するのが面倒だからまた今度な」
サンが詳しい説明を求めてきたが、魂とか転生とかそういう話をまともにしたところで理解してもらえるとは思えない。それこそ転生者でもない限りはすんなりと受け入れられない話のはずだ。
だから圭太は説明を拒否した。いつ来るか分からない今度に機会を取っておこう。
「もうそれでいいよ。で、君たちはどうするんだい? 神を殺したんだから、今まで通りの生活はできないよ?」
「ああ、俺たちと会うことは二度とないな」
サンが多分だけど本気で心配してくれているからこそ、圭太たちのこれからについて話題を振る。
しかし将来の心配はいらない。なぜなら圭太の未来はアダムから神の権能を奪った時点で決定していたのだから。
さらっと答えた圭太の言葉に仲間たちは全員が目を丸くした。
「一応俺は神になった。だからこの空間をたたんで元の場所に帰るつもりだ。人間だの魔族だのと顔を合わせることはない」
そう。圭太に選択肢はない。
神は下々に干渉することができない。アダムが強大な力を持っていたのにも関わらず千年間も沈黙していたのは、この世界の単純な理が原因だ。
「だから選んで欲しい。俺と一緒にこの何もない空間で過ごすか、外に出て生きるか」
圭太に選択肢はない。だけど人間や魔族である仲間たちは違う。
かなり無理をすれば、いやホント言うとほぼ選択肢はないような状況だけど、選ぶのを許すぐらいはできる。
この何もない牢獄のような空間で圭太と一緒に永遠を過ごすか、人間や魔族として向こうの世界に帰り二度と圭太との再会を諦めるか。どちらを選ぶか聞くぐらいは可能だ。
「何よそれ。三人は決まってるわけ?」
「もちろんボクは圭太君と一緒にいるよ」
「わたくしも器を失っては生きていけませんから、ケータと過ごすしかありませんわ」
「ワシも魔王の仕事に飽きてきたところじゃから、のんびり過ごそうと思う」
キテラは呆れた調子で圭太の周囲に集まっている三人に目を向ける。
子は宇は当然のように頷いて、一桜も渋々と言った様子で頷く。イブは肩をすくめて笑えない冗談まで添えてきた。
「じゃあケータは一人孤独に寂しくならないの?」
「なんか悪意を感じるなクリス。ああ。お前たちの意思を尊重したい」
「そっか。どうしようかな……」
なんだかトゲがある言い方に圭太はジト目になるが、当の本人であるクリスはどこ吹く風と平然としていた。
サンが自分のあごを撫でながら考え込む。ほぼ全員が真剣な表情で悩み込み、沈黙が流れた。
「アタシは帰るわ」
そんな沈黙を破るように、キテラが口を開く。
「この世界にいても楽しくないもの。白いだけの空間には飽き飽きだわ。この空間じゃ魔法を学ぶこともできないし」
キテラはヘラヘラと小馬鹿にしたような笑顔で肩をすくめた。
この空間で新しいものは生まれない。創造とは料理みたいなものだ。複数の素材がなければ成り立たない。白いだけの空間にいる限り新たな魔法を生み出すことにも限界が来るだろう。
「私も帰るの。神様が変わったって教えないといけないの」
「わたしも帰る。魔族が心配だ」
「キテラやシャルロットが帰るなら僕も帰ろうかな。コハク様が残るなら、代わりに人を導く誰かが必要だろうし」
「オレがいたところで意味ねえしな。オレも帰る」
キテラに続いてクリス、シャルロット、サンやシリルも帰る未来を選ぶようだ。
勘付かれてしまっただろうか。この世界に残ってほしくないという圭太の気持ちを。これ以上誰かを残すことは難しいという事情を。
「わたくしは……」
「ナヴィアの答えは後で聞かせてくれ。俺からも話がある」
「分かりました」
他の面々とは違い、ナヴィアには別の話がある。
圭太が短く答えを遮ると、彼女はすんなりと頷いて一歩下がった。
「じゃあお前らは帰るってことでいいんだな?」
「ええ」
「はいなの」
「何度も言わせるな」
「寂しいのかケータ?」
「誰も知らない英雄ともう二度と会えなくなるのは寂しいけどね」
圭太が改めて念押しで聞くと、五人はそれぞれの反応をしながら頷いた。
もう圭太とは会えないが、それでも意思を変えるつもりはないらしい。
「じゃあ扉を開いてやる。イロアス」
圭太がイロアスを持った右手を高く掲げ、上段の要領で振り下ろす。
イロアスに斬り裂かれるようにして、何もない空間に突如穴が空いた。
穴の向こう側には魔王城ではすっかりお馴染みの謁見の間が広がっている。一歩でも穴を潜れば二度とこちらの白い空間に戻ってくることはできないだろう。
「ここから出れば平穏な日々が待っている。今度こそ争いのない平和が」
魔王はいない。勇者もいない。神が人間をたぶらかすこともなければ、捻くれ者が自分のために平和をかき乱すこともないだろう。
細かな火種はまだ存在しているだろう。だけどここにいる面々なら間違いなくなんとかできるはずだ。圭太が信頼する大切な仲間たちなのだから。
「まあ楽しかったわ」
「キテラも無理しないで欲しいですわ」
一番に穴を潜りながら、キテラは小さく手を振る。一桜も真紅の魔法使いに手を振り返した。
「コハク、魔王に負けたらダメなの」
「大丈夫だよ。ボクは最強の勇者だから」
クリスは琥珀にこぶしを突き出し、琥珀もちょこんと自分のこぶしを当てて答える。そのままクリスは穴を通っていった。
「最後にあなたの顔を見れて良かったです」
「うむ。使命を忘れず魔族の発展に尽力するのじゃ」
シャルロットがしっかりと頭を下げる。イブはうむと頷いてから微笑みを浮かべてシャルロットが通り抜けるのを見送った。
「じゃあね圭太君。君と出会えて良かったよ」
「気持ち悪い言い方するな……お前は俺にとって初めての同性の親友だよ」
サンがイケメンスマイルで誤解を招きそうなことを言う。圭太は照れ臭そうにボソリと返した。
「お前らがいてくれたから、オレは生きてこれたんだ」
「おう。頼むから俺みたいな捻くれ者を目指すのはやめてくれよな」
シリルが彼女にしては珍しく感謝の言葉を述べ、圭太は苦笑をこぼしながらいいことはないぞと言外に告げた。
そうして全員がこの白い空間を後にした。
「「「「「サヨウナラ! 神様!」」」」」
空間の穴が塞がっていく。その直前に、この世界を後にした最後に全員が手を振ってくれた。
「ふぅ。イブ、この空間は後どれぐらいもつ?」
仲間たちとの別れを終えた。しかし圭太は感傷に浸る暇もなかった。
この空間を維持できる時間は決まっている。圭太の気合いで多少は変動するが、あまり長居はさせられない。
「お別れをするぐらいはあるはずじゃ」
「そうか。助かるよ」
世界最高峰の魔法使いであり、この空間にも詳しいらしいイブの分析を聞いて、圭太はほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあナヴィア。お前の呪いを解こう」
最後の大仕事をする時間ぐらいはありそうだ。




