最終章二十一話「一般人にできること」
刃とこぶしがぶつかり合うたびに、衝撃と轟音が吹き散らす。神造兵器はどれだけ強い衝撃を受けても決して変形せず、筋肉は刃を正面から押し返していた。
「やるじゃねえかアダム! とても傍観しかしてこなかったとは思えねえな!」
槍であるイロアスと剣である琥珀を器用に使いこなしながら、圭太はとても楽しそうに大笑いをしていた。
正直この空間での戦いはつまらないものだった。光速で動く相手と殴り合いなんてできないし魔王は人智を優に超える魔法で圧倒してきた。
だがしかし、ここまで来てようやく筋肉が出てきた。単純で純粋な力比べ。正面からの小細工なしの殴り合いだ。これが楽しくなければ一体何が楽しいというのか。
「ケータ。あまり無理するでない」
「アシストするわたくしたちのことも考えて欲しいですわ」
「いいんだよ。これが圭太君なんだから。アダムに負けない限り、今日だけは存分に無茶してよ」
イブと一桜が自分の限界を無視して正面から殴り合いを続けている圭太に苦言を呈した。
アダムは純粋な筋力で勝負している。すべて自分の力だ。神が全力を出せば衝撃波をまき散らすなんて造作もないんだろう。
だけど圭太は違う。一度打ち合うだけで圭太の体は衝撃に耐えきれずに骨が粉々に砕けていた。それでもなお打ち合いを続けられているのは圭太が痛みを感じない壊れた人間であったこと、イブと一桜が二人がかりで圭太に治癒魔法をかけ続けているからだ。
普段なら圭太が傷つくのを嫌う琥珀は、今ばかりはと圭太の味方に回る。
圭太が全力を出しているのは理解している。そしてかつてないほど圭太が力比べを楽しんでいるのも知っている。恋人の楽しみを奪うほど、琥珀に思いやりはなかった。
「当然だ! ぶつかり合いが俺の性分だ!」
「我に楯突くな人間!」
「悲しいこと言うなよもっと楽しもうぜ!」
満面の笑みを浮かべている圭太とは裏腹にアダムはこの力比べを心底不愉快に思っているらしい。すっかり感情を表情に映すのが上手くなったアダムが、圭太を壊そうとさらにこぶしを唸らせる。
だけどいくら速くしようと圭太には通用しない。もはや音よりも速い連撃を、光速魔法を発動してまで迎撃する。
スローになった世界でもアダムの動きだけは圭太と遜色ない。気を抜けば一瞬で肉片になると自分に言い聞かせて、圭太の口元はますます弧を描いた。
「じゃがこのままでは埒があかぬな」
「手を出すなよイブ! 俺の喧嘩だぞ!」
「そうも言ってられぬじゃろう。主が背負っているのはワシらだけじゃないんじゃぞ?」
圭太の中にいるイブなら体の主導権を奪ってアダムとの殴り合いを終わらせることができる。
だから圭太が邪魔をするなと叫ぶと、圭太の口から出てくる彼女の声はひどく落ち着いていた。
「ああ、そういえば英雄たちもいたんだったか」
「忘れないでよ圭太君。ボクの目的の一つなんだよ?」
「仕方ありませんわ。アダムの前ではどうしても霞んでしまいます」
「イオまで」
圭太と一桜がそういえば勇者パーティの三人もいたんだっけと思い出す。そんな二人に琥珀は呆れたような声をこぼした。
「一桜もだいぶ俺色に染まってきたな」
「やかましいですわ」
自分の楽しみを最優先にする。仲間であろうと他人は二の次だ。
まるで圭太みたいな最低な考え方にニヤリと笑みを浮かべると、一桜はとても不本意そうな声で短く答えた。正直一桜は昔から琥珀さえよければ他はどうでもいいと思っていたような気がするが、圭太は黙っておくことにした。
「それで、ただ殴り合いに興じているわけではないんじゃろ?」
「まあな。弱点は探ってるさ」
アダムの大画面テレビみたいなサイズのこぶしにイロアスを突き出して弾き飛ばし、反対に剣を振り下ろして圭太の胴体ぐらいはありそうな直径の腕を斬り落とす。
しかしアダムの腕は斬られたすぐから再びくっつき始めた。達人と名刀が揃えば切った野菜の繊維がくっついて元通りになるというが、光景としてはそれに近い。琥珀は間違いなく名剣だが、圭太は剣に関しては素人なのにもかかわらずだ。
「頭にイロアスを叩きつけても四肢を斬り落としても心臓に無数の魔法を打ち込んでも効果は薄いな。すぐに元通りだ」
「ケータも似たようなもんじゃがな」
アダムは筋肉と生物を超越した反応速度で襲ってくるが、単純な技術だけなら圭太に軍配が上がる。だから化け物みたいなこぶしを凌いで反撃のチャンスもあるのだが、その反撃が通用していない状況だった。
不老不死というのは厄介なものだ。どれだけ傷つけようとも決して朽ちないのだから。
「うるせえよ。イブ、似たような状態だったんだろ? 対策はないか?」
「うむ。ないな」
「そうかい。じゃあ俺たちは負けるな」
何か手立てはないかと問いかける圭太に、イブはあっさりと答えた。
対策がないなら圭太たちは敗北する。イブと一桜のおかげで体力面は問題ないが、それでも集中力や気力には限界がある。アダムが適当に殴るだけで圭太を殺せる以上、長引けば不利になるのは圭太のほうだ。
「諦めるでないわ。策をひねり出すのがケータの仕事じゃろう」
「だったら情報集めに協力しろよ。俺の戦い方は理解してるだろ?」
「仕方ないじゃろ本当にないんじゃから」
圭太は作戦を考えるのが得意だ。それだけで今まで生き残ってきたと言っても過言ではない。だけどそれはあくまでも情報があったらの話だ。
アダムの不老不死を攻略するための可能性。それがなければ圭太がアダムに勝つことはできない。しかしイブは半ばやけくそ気味に答えた。
「アダムを倒す方法はない。弱らせることはできても完全に無力化することは不可能じゃ。じゃからワシらは千年前に封印したんじゃからな」
「対策はなしか。面倒だな」
何度も刃を突き立てている今ですら弱った様子はまるでないのだが、どうやら弱らせることはできるらしい。
問題は弱らせたところでアダムの不老不死を突破するための手がかりにはならないということだ。まったくもって面倒な相手だ。純粋な力比べでなければイブと琥珀に丸投げしていただろう。
「ロキのときみたいにすればいいんじゃないかな?」
「そうですわ。ケータならアダムを取り込んで不老不死を奪うことだってできるはずですわ」
一緒になって作戦を考えてくれていたらしい琥珀と一桜が、可能性はあるとばかりに声を弾ませる。
「それは無理だ」
「どうして?」
「アダムは俺に収まるようなもんじゃない。間違いなく器が壊されるだろうぜ?」
しかし二人の考えを圭太は却下した。
圭太はあくまでも器である。だから内側から器を壊そうと暴れられれば壊れてしまう。オンネンはまだ容量に余裕があったから問題はないが、さすがにこの世界の神は容量オーバーになるから耐えられないだろう。
「それはやだな」
「器が壊されればわたくしも困りますわ」
琥珀と一桜も考え直してくれたみたいだ。再びうんうんと唸り始める。
「だろ? それにイブで結構ギリギリだったりするんだよ。アダムのすべては受け入れられない」
「悪かったのう」
「責めてるわけじゃない。イブだって本気で抵抗すれば俺を内側から食い破れるだろうし」
器としての容量でいえばイブを取り込めたのも奇跡に近い。恐らくイブが自分から圭太を受け入れてくれているからだろう。だから髪や瞳の色がイブと同じ色になるだけで済んだ。イブがちょっとでも抵抗すれば瞬く間に圭太は内側からバラバラに壊されてしまうはずだ。
「それもそうじゃな。良い脅しのネタができたのじゃ」
「頼むから些細なことで食い破ろうとしないでくれよ。俺が死ぬから」
例えば日常の軽い言い争いとか。
意味があるならいつこの命を使ってもいいと思っている圭太でも、さすがに食いすぎを叱った腹いせで死ぬのは忍びない。
「ではどうやって倒すのですか?」
「どうって、正攻法しかないだろ」
アダムに目立った弱点はない。
それなら圭太たちにできることはそう多くない。力比べで勝てば、何か見えてくるものがあるかもしれないし。
「正攻法? でも攻撃は通じないんだよね?」
「普通の攻撃はな」
イロアスも剣となった琥珀の攻撃も効果は薄かった。神造兵器でもダメなら通常攻撃は意味がないのかもしれない。
「普通の? どういうことですの?」
「決まっておるじゃろう? ワシすら殺すような大規模なものを使うのじゃ」
「そういうこと。具体的には勇者と魔王の最強魔法を合わせれば勝てるかもしれない」
イブは本当の不老不死ではない。一瞬で肉片一つ残さず防御すらできないような超規模な魔法なら殺せるとロキが言っていた。
具体的にイブの防御をかいくぐって魔王を消滅させる魔法なんてものは二つぐらいしかないだろう。イブ本人が持つ最高の攻撃力を持つ魔法と、琥珀にしか使えない光の柱しか。
「ボクの別れを告げる光と?」
「ワシの終末の炎を合わせるじゃと……確かにそれなら効果はあるやもしれぬな」
かつて全力で凌ぎを削ったこの世界の核弾頭二人がふむと圭太の考えなら可能性があるかもしれないと思考を巡らせる。
圭太の口角がわずかに上がった。
「もちろん一桜も協力してもらう。魔力量もオンネンとしての攻撃力も並大抵なものではないからな」
「琥珀のためにもちろん協力しますわ。ですがケータはどうするつもりですか?」
「俺? 俺はもちろん眺めとくさ。一般人にできることなんかないからな」
残念ながら圭太にできるのはお膳立てまでだ。そこから先の人間を辞めた連中の手助けなんてできるはずもない。
「ケータが一般人とか嘘なのじゃ」
「絶対に違うよね」
「下手な嘘ですわ」
「お前ら……まあ、半分冗談だけどな。俺が手を出さずに済むならそれでいい」
仲間たちの不当な評価に圭太はため息を吐いた。納得いかない。
「まあ間違いなくそれだけで終わるとは思えないけど」
それに予感もあった。アダムならきっと最強の二人と互角以上の力を見せつけてくれるという、あまりいいものではない予感が。




