最終章十四話「勝てる」
胸に銃弾を受け、余裕たっぷりだったキテラの姿勢が崩れる。
シリルはライフル銃を構えた姿勢のまま、静かにそんな真紅の魔法使いを観察していた。
「や、やるじゃない。でもアタシは」
「ムダだ。もうお前に勝ち目はない」
「うっ!」
新しく魔法を発動させようとして、キテラの顔が苦悶に歪む。
「膨大な魔力によるゴリ押しで魔法を使ってるって言ったな?」
意味が分からないと脂汗を流すキテラに、シリルは冷淡に問いかける。
シリルに魔力を阻害されながらも、キテラは魔法を使っていた。膨大な魔力を使って無理やり魔法を発動させていると明かしたのは彼女自身だ。
「なら体内に直接魔力を埋め込めばどうなる? まだ魔法は使えるか?」
だからシリルは銃弾に魔力を込めた。
自称神のロキですら一度は防げなかった対魔法使い用の銃弾だ。いくらキテラが人類最高峰の魔法使いだったとしても、体内から魔法を阻害されれば魔法は使えないんじゃないんだろうか。
「チッ、使えないわよ。お察しの通り」
「だよな。強力な魔法を発動してる最中ならまだしも新たに魔法を使うことはできないはずだ」
もしも魔法を発動している間なら、魔力のごり押しにより銃弾の効果は薄いだろう。だけどキテラは今魔法を使っていない。いくら強力な魔法でも小さな積み重ねから始まる。出鼻をくじくにはシリルの魔力は有効なのだ。
「そしてまだ弾はある。次は眉間だ」
「……まだ反撃の手は」
「ない。こっちの武器を奪ったところで素人相手には負けない。オレもそれなりの経験を積んでるんだ」
キテラはまだ敗北を認めていなかった。どこかに形成を逆転する種がないかと辺りを見渡している。
だが、そう簡単に反撃を許すほどシリルも弱くない。魔法の撃ち合いならキテラのほうが強いのは認めるけど、逆に銃撃戦ならシリルのほうが経験豊富だ。伊達に反乱軍として十年も撃ち合っていない。キテラに銃を奪われたとしても負けるとは思わなかった。
「――はぁ。完敗だわ。アンタの勝ちよ」
キテラはとうとう観念したようにため息を吐いた。
「当然の結果だ。オレが負けるわけない」
「前会ったときはケータの背中に隠れるしかできなかったくせに」
「アレはケータが前に出てただけだ。オレが幼かったのもある。じゃなかったら今みたいにオレ一人で勝ててたんだ」
「正直負けないと思ってたわ。十年の差は大きいわね」
とうとう宿敵のキテラを倒して、シリルはどこか鼻を高くしていた。
キテラは肩をすくめていた。いくらシリルが成長しようとも、天敵と呼ぶにふさわしい才能を持っていたとしても負けないと考えていたのだから。シリルと同じ時間の流れを歩んでいればきっと負けなかっただろうという負け惜しみは心の中にとどめておく。
「なあ派手好き」
「キテラよ。この格好はただ魔力効率が良いだけだから」
「キテラ。お前、アダムの弱点を探ってたんじゃないのか?」
キテラが真っ赤な衣装で揃えているのはちゃんと理由がある。魔素の流れを汲みやすいという立派な理由が。決して派手な格好が好きだから着ているわけではない。
不服だと訂正を求めるキテラには触れず、シリルは問いかけた。キテラの顔が一瞬だけ固まった。
「あら? 何でそう思うのかしら?」
「じゃなかったら操られてたほうが楽だろ。首輪に怯える必要だってない」
「そうね。サンやクリスみたいに体の自由を奪われていれば、爆発する首輪なんて付けられなかったわ。操られてるから仕方ないなんて言い訳もできたでしょうね」
キテラはアダムに操られていない。それどころか囚われた三人のうち、唯一アダムの恩恵を受けていなかった。
理由は簡単。キテラがアダムを拒絶したからだ。逆らう素振りを見せず、大人しくしていた。
逆らえばキテラを殺す魔法をかけられることもなかった。操られていたほうがきっと楽だったのも事実だ。だってこんな白いだけで何もない空間で長時間過ごすだけで発狂しそうになるのだから。
「でもアタシまで屈するわけにはいかなかった。他二人の正義感は知ってるからこそ、アタシは道化を演じなければならなかったのよ」
「お前は信じてたのか。ケータたちが戻ってくるって」
「当然よ。コハクが負けるとは思えないし、ケータが負けっぱなしでいるわけないじゃない」
キテラが孤独な戦いに耐えたのはこのときが長く続くと思っていなかったからだ。
かつて仲間だった勇者が、かつて敵だった勇者が絶対に助け出しに来てくれる。そう信じていたからこそ、キテラは発狂を我慢できた。
「確かにそうだ。ケータなら必ずやり返しにくる」
「でもアタシは何の力にもなれなかった。アダムに弱点なんてないわ」
圭太という人間を理解しているから、シリルもキテラの言葉に素直に頷いた。
対照的にキテラは首を横に振る。せめてもの手助けになればと情報を探ってみたが、意味がなかったのだ。
「それはキテラの探り方が悪かっただけだろ」
「ホントいちいちカンに触るわね。知れば知るほどアダムに勝つ方法なんてないように思えるのよ」
情報が集まらなかったわけではない。キテラとて情報の有用性は理解している。圭太ほどではないが、情報の扱い方についても心得ているつもりだ。
だがしかし、アダムは一切の情報を隠そうともしなかった。その結果理解したのは、アダムがどれだけ常識から外れた怪物かだけだ。
「すべてにおいて魔王を超えてて、神造兵器まで自由に作り出せる。さらに魔法ではなく正真正銘の朽ちない体を持っていて殺すことも不可能。これで勝てる方法があるなら是非教えてもらいたいものだわ」
魔力量に扱える魔法の幅、魔法の威力に発動までの時間までアダムはイブを超えている。もはやキテラですら赤子に等しい次元だ。
それだけではない。アダムの本領は神造兵器の開発である。魔力を代償に一つでも世界が傾くような神造兵器をいくらでも生み出せる。アダムの魔力は無限に等しいからほぼ制限なく神造兵器を生み出せるのだ。
さらに本物の不老不死だ。正面からはもちろん不意打ちも効果がない。アダムの敵になった者にできるのはただ無数の神造兵器により滅多打ちにあうことのみだ。間違っても倒すことはできない。
「勝てる」
だが、それがどうしたとばかりにシリルは断言した。
「ケータなら絶対に勝つ。今までだってどんな相手にも勝ってきたんだ。アダムがどれだけ桁外れでも絶対に勝つ」
圭太にとって琥珀も桁外れな怪物だった。
シリルの魔力阻害の影響は受けず、光の速さで戦う彼女を常人が捉えるのは不可能だ。イブですら琥珀に触れることはできなかった。
だけど圭太は策と知恵を振り絞って琥珀を倒した。サンやキテラ、ナヴィアにシャルロットにスカルドみたいなシリルのはるか高みの存在も倒したのだ。きっと圭太なら、どれだけ格上であろうとも負けはしない。そう断言できた。
「えらく信頼してるわね。アイツは少し壊れてるだけでただの人間よ」
「不可能を可能にできる勇者だ。特別な力がなくても何とかする。してくれる」
「ま、アタシもそっちのほうが面白いわ」
キテラからすれば圭太は痛みを感じなくなっただけの人間だ。少々器としての才能があったとしてもアダムを倒せるほどではない。
だけど圭太が勝ってくれたほうがいいのもまた事実だ。少なくともアダムが神を名乗っている今よりは楽しい日々が過ごせるだろう。
「ねえ」
「なんだ? オレは先に行きたいんだが」
「それは構わないわ。アタシは負けたから止める権利ないし。でも止血剤とかくれない? 死にそうなんだけど」
「そんなものはない」
話は終わったと横を通り抜けようとするシリルを、胸を手で押さえているキテラが呼び止めた。
キテラの頼みをシリルはあっさりと切り捨てた。
「いやいや冗談は――ホントに持ってないの?」
「持ってない。気合いで耐えろ」
「無理に決まってるじゃない! 殺す気!?」
銃弾が体内に残っているせいで魔法もろくに使えない。それどころか血は流れ続けており、このままでは出血多量で死んでしまうだろう。今ですら気合いで立っているのに、さらに気合いで治せとか何の拷問だ。
「おう殺す気だ。自分がしたことを忘れたのか?」
「あれは魔物を倒すためで、ってちょっと! 置いてかないでよ!」
確かにキテラはシリルの両親を焼き払ったけども。それはシリルの生まれ育った村の住人たちがそのまま魔物に変貌していたからだ。こちら側の事情は説明したしシリルだって納得してくれたではないか。
「だからオレはケータを助けに行かないといけないんだ。お前に構ってる暇はない」
怪我人を置いて先に進もうとするシリルには、とてもキテラを助けようという気はないらしい。実際殺すつもりと断言しているし。
「ならせめて銃弾の魔力だけでも何とかしてよ! そしたら自分でなんとかできるから」
「オレにメリットがない」
「ケータを手伝うから! ね?」
「……チッ、しょうがねえな」
キテラが圭太への協力を申し出ると、シリルははっきりと舌打ちをしてから面倒そうにため息を吐いた。
そしてキテラの胸に指を伸ばす。シリルの指先が傷口に触れて激痛が走った。
「指を押し込まないで! 痛いから!」
「じゃあどうしろって言うんだ?」
シリルは至極当然とばかりに首を傾げる。
キテラが魔法を使えないのは、シリルが魔力を込めた銃弾のせいだ。ならその銃弾を取り出せばまた魔法が使えるはず。シリルが手伝えるのは銃弾の除去だけだ。
「他に対策ないの!? 魔法の勉強ぐらいしてるでしょ!」
「してない。オレに一般的な魔法は使えないし」
「嘘でしょ!? この戦いが終わったら絶対に叩き込んで――ぃっ」
わめくキテラを無視して、シリルが指を傷口に突っ込んだ。
キテラの絶叫が響き渡る中、目的のものをつまんだシリルは適当に小さな銃弾を放り捨てた。




