第一章二十八話「二人で話」
「ちょっといいかなケータ君」
空きテントを借りて圭太とイブが休憩していると、サンが顔を出した。
圭太たちが避難エリアに来てから半日が経過した。客人である二人は仕事もないので、この世界で初めて時間を持て余していた。
ナヴィアの姿がないのは、彼女が警備に戻ったからだ。頼んではいないのだが、ご主人様を守るのは仕事ですといい笑顔で言われてしまったので、圭太は止められなかったのだ。
「なんだ? ここじゃダメなのか?」
「できれば二人で話がしたい」
イケメンがキメ顔で言い放ったので、圭太は反射的に握りこぶしを固めた。
残念ながら相手は勇者の盾。圭太が殴ったところでダメージは与えられない。むしろ殴った圭太が手を痛めてしまうだろう。仕方ないのでこぶしは緩めた。
「まあよいのではないか? 今更ワシらを殺そうなどと企むまい」
圭太が意見を求めようとイブに視線を送ると、彼女は軽く肩をすくめた。
「滅相もない。命の恩人に剣を向けるほど僕は恩知らずじゃないよ」
サンは左手で自分の左腰を指差す。剣がない。丸腰だと言いたいようだ。
「分かった。じゃあ出よう」
「ついてきてくれ。いい場所を知ってるんだ」
そう言って出て行くサンに、圭太は慌ててついていった。
「英雄様ぁー!」
子供が腕がちぎれんばかりの勢いで手を振っている。夕方なのに目がいいなと感心しながら、圭太も手を振り返した。
「すっかり慕われているね」
「なんだかむず痒いけどな。今までこんな扱いを受けたことないし」
圭太はイジメに遭っていた。といっても無き者として無視され続けてきただけなので、あまり辛いと感じたことはない。だからだろうか、英雄視されている現状は不思議な気持ちにさせる。
「君が人間だってのもあると思うよ。ほとんどの人は他人の中にある魔力なんて感じ取れないし」
「なるほど。お前は感じ取れるってわけだ。だから話をしたいのか?」
「まあそんなところかな。君の目的がいまいち分からない」
サンはどんどんと進み、圭太も後を追って行く。
気が付けば人気はすっかり無くなっていた。テントも遠い。人間が圭太たちに気付く可能性はかなり低いだろう。
「言わなかったか? 俺は勇者を倒したい。勇者を倒し、魔族の地位を再び元の位置まで押し上げたい」
人がいないのなら、英雄を演じる必要もない。
圭太は周りにサン以外の気配がないのを確認してから、彼の求める答えをくれてやった。
「それが分からないんだ。どうして君は魔族の味方をする?」
サンにとって一番の疑問だったのだろう。夕闇に染まり始めててもよく分かる、とても真剣な眼差しだ。
「俺は魔王に召喚された勇者だ。召喚主の意向に応えるのは当然だろ?」
圭太は当然とばかりに答えた。
「そのために戦っているというのか? 本当に?」
「なんだよ信じてくれないのか?」
「信じられないよ。君の魔力は空っぽだから。言葉も嘘なんじゃないかって思ってしまう」
サンの言葉の意味をイマイチ掴みきれなかった。
「空っぽ? 確かに俺は魔法を使えないけど」
圭太に魔法の才能はない。イブに軽く教えてもらったが才能がないと断言されてしまった。だからこそ武器に頼り、ほぼ毎日血生臭い模擬戦をしているのだ。ボロ雑巾になった服の数は既に両手の指では足りなくなっていた。
「この世に魔力を持っていない生物は存在しない。魔法は属性がないと使えないけど、魔力さえあれば身体強化ぐらいはできるはずなんだ」
どうやらどれだけ才能がなくても身体強化はできるようだ。
この世界の身体強化というものが何なのかは分からないが、言葉のニュアンスから察するに運動能力を強化するのだろう。サンやシャルロットの特異な身体能力も身体強化というやつの影響だと思う。
「そうなのか? イブはそんなこと一言も」
「言えるわけがない。君は魔力があるけど身体強化すら使えない特殊な属性なんだから」
圭太に魔法を教えようとしたイブはそんな常識は教えてくれなかった。
魔法なら指一本動かさず使いこなす魔王だ。圭太の属性に気付かないとは思えない。
「どうしてお前にそんなことが言えるんだ」
イブが気付かなかったとしたら、目の前の騎士は魔王以上に魔法に精通していることになる。
それはないはずだ。何故ならサンの戦闘スタイルは剣。魔法ではない。魔法主体の戦闘をしないサンが魔王よりも優れていたのなら、他の人間はどれだけ飛び抜けているのか。
「一応僕も勇者様と一緒に旅をしてきたからね。色々な人に出会ったし色々な相手と戦ってきた」
「それは知ってるが」
「強い人も多かった。だけど皆、なんて言うのかなそれぞれの想いが魔力に乗っていたんだ。属性がその人の性格を表していた」
サンは目を閉じて、昔の記憶を懐かしむ。とても絵になった。腹が立った。
「炎魔法が得意な奴は性格も明るいとか?」
「そんな感じだよ。だから空っぽの君が気になるんだ」
もしも魔力の属性で性格が決まるのなら、空っぽの属性を持つ圭太はさぞ特異に見えるだろう。圭太の性格は虚無ということなのだから。
「何が言いたい?」
圭太は自分が勇者になった理由を理解できた気がした。そして、まどろっこしく本題を隠そうとするサンを一刀両断する。
話は簡単にしてほしい。じゃないと圭太は覚えられない。
「君は勇者を倒したいと思っているのかな? 勇者を倒し、魔王を勝利に導いたからと言って、はたして君は満足できるのかな?」
サンは試すような目で圭太を見ている。
その疑問は、圭太の奥底に眠っているものと同じだった。
「人間の敵となるのが本心ではないと?」
圭太は感情を隠すために柔らかく微笑む。
多分サンは圭太の本心を読み取れない。圭太の性格は虚無なのだ。機械の性格を読めと言われているようなものだろう。とても大変だと思う。
「ああ。不気味なんだよ君は。すべての言葉が嘘ではないが真実でもない。表情は本心のように見えてただの仮面だと見間違うときもある」
サンにとって、圭太はよほど不気味な存在らしい。顔をしかめ、心なしか気味悪がっている。
「君は何者なんだ?」
「さあな。それは俺が決めることじゃない」
サンの革新的な問いかけを、圭太は首を横に振って答えた。
ある種救いを求めるような顔になっていたサンは、なんだか絶望しているように見えた。
「お前は英雄と呼ばれているだろう? 勇者の盾だと信頼されている」
「そうだね。だから?」
「なら俺の正体も為し得た所業が決めることじゃないか? 英雄となるのか、それ以外の何かになるのかは歴史が決めるべきだと思うね俺は」
圭太はあっけらかんと言い放つ。これは紛れもない本心だった。
実際、戦争はどちらも正義を掲げている。悪逆非道の暴君として名高いヒトラーだって、世界大戦で勝っていれば英雄と崇められていただろう。
結局勝者が正義、敗者が悪なのだ。
自分を正しいと断言する気もないし、悪人だと決めつけられたいとも思わなかった。
「それはただの先延ばしだ。僕は――」
「善か悪か。それだけで物事を決めるのは窮屈だと思うぜ騎士様」
間違いなく善の立場であるサンの言葉を途中で切って、圭太は振り返った。
「俺は為すべきことを為すだけだ。努力した結果が悪だと言うのなら、俺はきっと悪者なんだろうさ」
手をヒラヒラと振って、圭太はイブの待つテントまで引き返した。




