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最終章五話「大丈夫かな?」

「皆大丈夫かな?」


 白い空間をひた走りながら、琥珀が心配そうに口を開く。


「さあ。どうだろうな」

「さあって、いくらなんでも関心なさすぎるよ」


 話を始めてもペースは落とさずに走る圭太は小さく肩をすくめ、その返し方が気に入らなかったのか琥珀は眉を逆八の字に歪めた。


「違いますわコハク。むしろ逆です」

「逆?」

「アイツらは全員任せろって言った。先に行けと、必ずイブを連れて帰れと言った」


 一桜がニヤニヤと圭太の後を追い、どういうことか理解できなかったらしい琥珀が首を傾げる。

 圭太は表情は変えずに心情を呟く。期待という重荷を背中に感じながら。


「なら俺たちが考えるのはアイツらの心配じゃなく、これからどうするかだ。時間がない中でどうやってイブを助けるか。大切なのは一つだけだ」

「ケータだって本当は心配でたまらないのですわ。薄情なように振る舞っているのは、そうしなければ引き返してしまいそうだから」


 直接内側を覗いた経験がある分琥珀よりは圭太の心情を理解できる一桜は何が面白いのかずっとニヤニヤと殴りたくなる笑顔を浮かべていた。


「うるせえぞ一桜。駄弁るぐらいなら移動手段にでもなりやがれ」

「わたくしを乗り物と勘違いされては困りますわ。安全が保障できないんですから、大事な戦いの前に傷だらけになりますわよ?」

「ちっ」


 圭太がイライラを露わにして一桜を睨むが、彼女はどこ吹く風と笑顔を崩さない。勝てないと察して圭太は舌打ちをこぼした。


「そっか圭太君も心配なんだね。良かったよ。ボクのときみたいに見殺しにするつもりじゃないんだ」

「お前だって見殺しにするつもりはなかったけどな。ちゃんと助けただろ?」

「うんまあオンネンの一部になるって貴重な体験はできたけど」


 圭太は琥珀を殺した。必要にかられて仕方なく。

 だが初めから殺すつもりではなかった。すぐに生き返らせたし、物理的に一桜の一部になるという貴重な体験もさせてあげた。まあ、だったら殺すなって話ではあるんだけど。


「アイツらは俺より強い」


 圭太は断言する。


「シャルロットには勝てないし、ナヴィアも俺より戦闘経験を積んでいる。シリルに至ってはアイツにしかできない魔法まである」


 残してきた彼女たちは圭太よりも優れている点が多い。技量も経験も魔法も圭太は持っていないのだから、正々堂々真正面から罠をはらずに戦えば圭太が勝てることはないだろう。


「俺が心配するだけ失礼ってもんだ。そうだろ?」

「そんなことないよ」


 格上の仲間たちを心配するのは逆に失礼だ。自分が手を出したところで足手まといにしかならない。作戦を考えることはできても弱点になるかもしれないのだから。

 圭太が自分を卑下して自嘲すると、琥珀はゆっくりと首を左右に振った。


「シャルロットもナヴィアもシリルも、圭太君がいたからここまで来れた。きっとこれからも圭太君の助けが必要なはずだよ」

「んなわけあるか。俺は魔力も持たないただの人間だぜ?」


 圭太には魔法が使えない。今まで戦ってきた強敵たちは皆使っていたが、圭太にその才能はない。だからいつも血を流して死にかけて、結局化け物呼ばわりされるゾンビのごとき生命力を手に入れた。

 圭太の助けが必要になるわけがない。なぜなら圭太にできるのは意地悪い作戦を思いつくか肉壁となるかの二択しかないのだから。あの三人なら圭太を頼らなくても活躍できるだろう。


「ケータの言葉は間違っていますわ」

「んだと。一桜、俺を化け物呼ばわりする気か?」

「そっちも否定しませんが」

「否定しろよ」


 しれっと化け物認定してくる一桜に圭太は冷たい目を向ける。


「ケータが魔力を持っていないのは間違いです。また嘘吐きましたわね? わたくしにはお見通しですわ」

「いや俺に魔力はないだろ。実際魔法が使えなかったんだぞ」

「シリルと同じく個性的なだけですわ」


 シリルも魔法はほとんど使えない。彼女の魔力は他者の魔力の働きを阻害するものだ。だから一般の魔力で動かすことが前提の魔法を特殊な魔力を持つシリルが扱うことはできない。シリルは自分が使える魔法を一から生み出さなければならないのだ。


「ケータの魔力はモノを取り込むというものです。例えばわたくしのようなモノを」

「それって器としての才能だろ? なんでも入るっていう」


 一桜は自分の胸に手を添える。オンネンである彼女の器という才能があるのは圭太も自覚している。だけどそれはあくまでも器としての才能であり魔力を持っているという話とは繋がらないはずだ。


「器に自分でモノを入れるための魔力ってこと?」

「さすがコハクですわ。絞りカスのキテラの力だけでは暴走したわたくしは制御できません。ケータは無意識で魔法を使っていた可能性が高いんです」


 琥珀がもしかしてと首を傾げると、一桜はその通りだと手を叩いた。しれっとキテラの悪口が言われているが圭太は無視した。キテラは膨大な魔力ソースにオンネンを利用していた。そしてイブとの戦闘でオンネンを暴走させてしまいこぼしてしまったのだ。残ったキテラは確かに魔法に関する知識は持っているが魔力はほとんど残っていない。絞りカスと言うのもあながち間違いではない。


「んなこと言われてもな。この土壇場で魔力があるなんて言われても使いこなせるかどうか」

「ま、まあ圭太君の強みはそこじゃないし」


 光速魔法という特殊な能力を覚醒してすぐに使いこなした琥珀はどこか気まずそうにしていた。

 圭太は自分が天才ではないと自覚している。突然ふってわいたような力を使いこなせるとは思えなかった。

 それに元々器としての才能は利用するつもりだったのだ。特に戦術を変えるような話にはならないだろう。


「でも参考にはなるでしょう? コハクすら倒した勇者なんですから」

「なんだか嫌味に聞こえるな。まあいいけど」


 圭太はギリギリの運任せだったとはいえ琥珀も倒した。一度は首を斬り落としたぐらいだ。一桜の言葉は何も間違っていない。

 間違っていないが、言葉通りの感情が込められているとはとても思えなかった。普通褒めてくれているときは笑顔を浮かべるものだろう。舌打ち交じりの嫌そうな顔を浮かべるのはおかしいはずだ。


「分かった。使いこなせるかは予測できないが藁にも縋りたいときは頼りにするよ」

「それでいいですわ。いざとなればわたくしも協力できると思いますし」

「万能だなオンネンって」


 圭太は色々とオンネンの世話になってきた。だから改めてオンネンの便利さに呆れてしまう。一桜なら不可能はないんじゃないだろうか。


「当たり前ですわ。わたくしできる女ですもの」

「そうだね。イオには何度も助けてもらったよ」


 圭太の言葉にうんうんと頷いて、一桜となぜか琥珀も鼻を高くしていた。


「琥珀、無理して褒めなくてもいいんだぞ」

「無理してないからね?」


 圭太がどこか憐れむような視線を向けると、琥珀は何言ってんのとばかりに首を傾げる。


「そんなっ……コハクだけは味方だと思ってましたのに」

「だから違うって!」


 一桜が目元に手を当ててよよよと泣き真似をする。分かりやすい泣き真似なのに琥珀は焦ったように目を泳がせた。


「ほら無理してないなんて嘘じゃねえか」

「違うって言ったのはそっちじゃないよ!!」

「叫ぶなよ。体力消耗するだけだぞ」

「誰のせいだと思ってるの!?」


 圭太が揚げ足を取ってからかうと琥珀はさらに騒ぎ出した。仕方がないので注意すると、琥珀はさらに声を張り上げる。


「ケータ、からかうのもほどほどにしてください」


 お前もついさっきまで乗っていただろうが。とは言わなかった。一桜を怒らせると何かと面倒だからだ。


「コハクの仲間が全員出てきた以上、次に待つのはアダム本人ですわ。集中しないと」

「言われるまでもねえよ。かつてないほど集中してるぜ」


 アダムの手札がサンたちだけだとしたら、既にカードはすべて切られている。

 次に待ち構えているのは間違いなくアダム本人だろう。今度こそ圭太の番が来る。


「裏ボスを倒せば俺の戦いは終わるんだから」


 圭太の戦いに終わりがあるとすれば、最後の敵はアダムだ。

 かつてないほど圭太は集中していたし気合いも入っている。今なら神でも倒せるぐらいに。

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