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第一章二十七話「的外れな評価」

「ここがキャンプ場だよ」


 サンの先導に従って、圭太とイブは海岸まで来ていた。

 海岸に所せましと並べられているテント。その隙間を縫うようにして人々が行き交っている。


「へえー。喧噪は変わらずなんだな」


 遠目からでも分かる賑わっている姿は、町があった頃とほとんど変わらない。


「まあね。物資はないけど人がいなくなったわけじゃない。明るくしていたほうが気分がいいんだ」


 サンの言い方だと無理をしているように聞こえる。だが、子供たちの笑い声は作り物ではないだろう。

 ひと頑張りしたかいがあったというものだ。圭太が魔物を斬り倒した分、人間は笑顔になれたのだから。


「なるほどのう。シャルルにも聞かせてやりたいぐらいじゃ」


 イブはあごをさすって、復讐を切り捨てられないでいる部下を思う。


「一年経ったからね。魔王がいなくなってから」

「そうじゃな。人間にとっては平和な時間じゃっただろう」


 二人の話は聞こえていたが、ついこないだこの世界に来たばかりの圭太は何も言えなかった。


「あっ! 騎士様!」


 人々の声が聞こえるまで近づくと、サンに子供が抱き着いた。


「おっと。ただいま少年。今日は客人がいるんだ。挨拶してみるかい?」


 突然の子供の襲撃を、サンは余裕で受け止めた。視線はテントのほうに向けられており、圭太が視線を追うと何人もの子供が様子を窺うように顔を覗かせていた。

 子供たちはサンに微笑みかけられて、物影から姿を現す。ざっと五人。ちょうど近くで遊んでいたグループとかだろうか。


「このひとたちだれー?」

「僕を助けてくれた英雄たちだよ」

「ええーそうなのー? この人たちがまものからまもってくれたんだー」

「そうだよ。だから皆にも教えてあげてくれるかな?」

「うんー!」


 英雄に頼みごとをされた子供たちは嬉しそうに駆け出して行った。


「俺たちのことを何て話してんだよ」


 聞き間違いじゃなければサンを助けたと言っていなかったか。


「ん? そりゃあもちろん人間を守るために魔物の群れに立ち向かった英雄だよ」

「腕を落とされたというのに、随分的外れな評価をしたんじゃな」


 イブのため息に圭太も同意して頷く。

 圭太とサンは武器を構えお互いに殺し合おうとした仲。つまり敵同士だ。誰も死ななかったのは結果論だし、サンを助けるだなんて論外だ。


「的外れなものか。君たちがいなければ皆の笑顔もなかった。君たちは確かに英雄だよ」

「そういうものかね?」

「そういうものさ」


 圭太が納得できなくて首を傾げる。力強く頷いたサンは不思議な説得力を持っていた。


「騎士様。よくお戻りになりました」


 とても落ち着いた声音の男性が、サンに近寄って片膝をついた。


「あれ? いつぞやの酒場の」


 白髪交じりの頭には見覚えがあった。

 圭太が人間の町で情報を集めていたとき、酒場の店主をしていた男性だ。とてもダンディーだったのは覚えている。


「ああ、貴方たちでしたか。まさか魔物に立ち向かえるほど強い方たちだったとは」


 どうやらおとぎ話は子供以外にも伝わっているらしい。


「まあね。この騎士様ほどではないけど」

「ワシもじゃ。こんな足じゃしな」


 圭太とイブはそろって肩をすくめた。

 圭太たちが英雄というおとぎ話は否定してやりたいところだが、否定すると今度は人間の敵になってしまう。これから人間と一緒に違う大陸に向かおうとしている圭太としては、面倒を避けたいのが心境だった。


「そんなご謙遜を。ところであのエルフの奴隷は?」

「あー……彼女はな――」

「待ってくださいケータ様。いつになれば奴隷の前を歩くことをやめてくれるのですか」


 今日は来ていないんだと言おうとしたら、奴隷の首輪をつけたエルフの少女が駆け寄ってきた。


「どうしてここに、って思ったけど人間の守護をしていたんだっけ?」

「さあ? 奴隷であるわたくしには分かりません」


 ナヴィアがはて、と首を傾ける。

 それにしてもどうして奴隷の仮装をしているんだ。もしかしてずっと圭太たちが来るのを待っていたのだろうか。


「この女狐め」

「何か言いましたか奥様?」

「気持ち悪い。いつも通り接せぬか」


 イブが顔をしかめて吐き捨てた。そういえば魔王とエルフの少女は仲が良くなかったんだっけ。


「ご無事でしたか。ありがとうございました」


 店主が圭太たちに向かって頭を下げた。


「待ってくれ。どうしてアンタが俺たちに頭を下げるんだ。しかも奴隷がいるというのに」


 圭太は慌てて店主の肩を掴んで上体を起こさせる。

 圭太たちが英雄であるとは信じられないはずだ。いくら何でも胡散臭すぎる。しかもナヴィアは奴隷の格好までしている。

 この世界で奴隷に頭を下げるというのは非常識のはずだ。


「わたくしは関係ないかと思いますよ? お二人に対してではないですか?」

「いえ、三人に対してです」


 ナヴィアがさりげなく自分は対象外だと話すと、店主はすぐに訂正した。


「恐らくエルフの彼女は奴隷ではないのでしょう。どのような事情があるのかまでは存じませぬが、人間を助けていただいたことに比べれば些細なこと」


 圭太とナヴィアの顔が引きつった。

 どうやら最初からすべて見抜かれていたらしい。場合によっては作戦が頓挫していたというわけだ。


「魔族の奥様もエルフのお嬢様も人間を憎んでいるはずなのに、お救いいただきありがとうございます」


 再び店主が頭を下げる。圭太はあっけにとられてもはや声も出せなかった。

 ナヴィアだけでなくイブの正体にまで気付いていたのか。もしも事前にサンに報告されていれば、圭太の作戦は絶対に失敗していた。

 本当に運がよかった。


「なんじゃ。ワシの正体にも気付いておったか」


 イブは絶句している圭太とは打って変わって落ち着いた様子を見せていた。


「彼は騎士団団長として戦っていたときもあったんだよ。僕とは別の騎士団だけど」

「今はただの酒場のマスターです。英雄様のように誇れることではない」

「謙遜しないでください。海を渡った魔族の侵略を押し止めるという大切な役目を担っていたではありませんか」


 いえいえと手を左右に振るが、店主の経歴からするに圭太よりも高い実力の持ち主だったのだろう。

 もしかしなくても圭太がベラベラ話した嘘も気付かれていないと思っていた盗みにも気付かれていた可能性が高い。店主からすれば虚栄を張る圭太はさぞ滑稽だったことだろう。


「なるほど。人間の中でも魔族と多く接してきたというわけか。道理でワシを魔族じゃと見破れるはずだ」

「面と向かえば魔力の性質ぐらいは見分けられます。魔物を呼んだ巨大な魔力の主が誰なのかも見破れる」

「なんじゃ恨み節か? ワシを憎んでおるとでも?」


 イブが好戦的に微笑む。いや、微笑むと呼ぶにはあまりにも獰猛すぎる顔だ。

 魔族の侵略を押し止めるような実力者に、イブの好奇心が刺激されてしまったようだ。もしかするとこの魔王様は案外戦闘狂なのかもしれない。


「先ほども申した通り、あるのは感謝のみです。貴方がたの目的など些細なことはどうでもいいのです」


 イブの試すような視線を、ダンディーな店主は柔和な笑顔で切り抜けた。

 圭太も将来こんな男になりたい。そう思える対応だった。


「そしてそれは、なにもわたしだけではありません」

「そうだね。さっきからたくさんの人がチラチラ見てる」


 店主が微笑み、サンが辺りを見渡す。圭太も習って周りの様子を探ると、先ほどの子供よりも多くの顔がこちらを覗いていた。


「お礼を言うなら今だ! この機会に皆も言いたいことがあれば言おう!」


 サンの号令で、たくさんの人間が圭太とイブを取り囲んだ。


「ありがとう! 皆を助けてくれて!」


 正義感に燃えていそうな子供がお礼を言う。


「ありがとう! おかげで足の悪い両親を逃がせた!」


 頭に白髪の交じり始めた中年の女性が頭を下げる。


「ありがとう! 魔物を倒してくれて!」


 しわだらけの顔に涙を浮かべてお年寄りが圭太の手を握った。


「「「ありがとう! 英雄様!」」」


 大合唱だった。ただ感謝の念を伝えようと、人間の声が圭太たちに渡される。


「ふん。良かったのうケータ。これが主が戦い抜いた報酬じゃ」


 言葉の群れの中でもはっきりと聞き取れる凛とした声。

 イブは幼い外見には不釣り合いな慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


「ああ。生きててよかったと今日ほど強く思った日はないよ」


 自殺しようとして、今も自分を賭け金としか思っていない少年は、初めて自分の生に感謝した。

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