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第九章二十九話「原型」

 炎もろとも凍らされた門に、圭太よりも太い根が貫く。

 琥珀の最強魔法でも傷一つ付かなかった門に木の根が刺さり、強引に押し広げるようにして門が開かれた。


「おぉっ」

「凄い。何やっても無理だったのに」


 圭太と琥珀が自分たちでは突破できなかった門をたった数発の魔法で強引に開いたスカルドに感嘆の息を漏らす。

 単純に考えれば、魔法の威力は琥珀よりも強いことになる。いくら鍵があったとしても、スカルドは最高の勇者に負けずとも劣らない能力を持っているということだ。簡単に言えばまた新たな怪物を発見した気分である。


「鍵だと言ったでしょう? 正しい手順で正しい魔法をぶつける。そうすれば開くようになっているんです」

「わたくしたちがやっても開かないわけですわ」

「単純な魔法じゃないとは思っていたが、まさかここまで複雑だとは」

「やり方さえ知ればわたくしでもできそうです」


 スカルドの説明を聞いた一桜が感心したように呟く。シャルロットも単純な力押しでは突破できないと直感していたようだが、複数の魔法を順序よくぶつけるなんて手間がかかるとは思っていなかったみたいだ。

 だがやり方さえ分かればスカルドが出張らなくてもなんとかできる気がするのも確かだ。一桜なら炎や氷の魔法も使えるだろうし、ナヴィアがいれば樹木魔法も問題ない。エルフの村を出るときにやり方を教えてくれればよかったのに。


「不可能です。鍵は誰でも開けられるものではありません」

「条件があるってことか。おそらくトップクラスの実力者しか入れないとかだな」

「違う」


 条件に一番近いであろうエルフのナヴィアでも不可能なのだ。実力が高いとか魔力の必要量が多く必要とか、そのあたりも条件に含まれているのだろうと思ったのだが、スカルドに首を横に振られた。


「この扉、かつての形見(ノットエデン)は我々が作った最初の魔法だ。作ったのだから穴も理解している。それだけの話だ」

「我々? エルフじゃないんだろ? ナヴィアでも突破できないなら」


 最初の魔法。少し、いやかなり興味をそそられる単語だ。どうして結界魔法なのかは分からないが、多分必要に駆られたのだろう。詳しくは聞かないことにした。今は突破された魔法の成り立ちなんて情報は必要ない。


原型オリジンだ」

「オリジン?」

「アダムとイブ、竜祖であるゲヘナを含めた本当の神に創られた原型だ」


 なんでもないように答えるスカルドの言葉に、圭太以外に激震が走る。

 圭太は予想の範囲内であったので顔にこそ出さなかったが、それでも指先がわずかに震えていた。


「某は第二世代だから知っていたが、ナヴィアやシャルロットでは血が薄い」


 第二世代というのは多分だが、アダムやイブたちから直接生まれた世代のことだろう。スカルドが自分でアダムとイブが両親だと言っていたから間違いないはずだ。スカルドの娘であるナヴィアは第三世代というところだろうか。それでも結界を破られないとなると、もしかしたらスカルドも結界を破るのは結構無理しなければならないのかもしれない。


「マジかよ。本当に聖書みたいな成り立ちだったんだな」

「お前たちの世界でも語り継がれていたのか?」


 圭太がボソリと呟くと、スカルドが興味をそそられたとばかりに右眉を上げた。


「ああ。禁断の果実を食べて楽園から追い出されたとしか知らないけどな」

「昔話で聞いた通りだ。だからこの世界に魔法があるのだと」

「そこは違うな。俺のいた世界じゃ知恵の実だった。だから嘘吐きになったらしいぜ」


 嘘ではない。よくリンゴみたいに描かれている禁断の果実を食べたアダムとイブは無垢を失って裸を恥ずかしがったそうだ。知識を得たのだから、嘘を吐くずる賢い知恵が身に付いたとしても不思議ではない。無垢な存在が嘘を覚えるとは思えないし。


「ならお前は血が濃いのだろうな」

「仕方ねえだろ。必要にかられてだ」


 圭太が信ぴょう性のない言葉にニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべていると、スカルドはどこか呆れたように呟いた。

 圭太がよく嘘を吐くのはそうしなければならないからだ。元の世界では少なくとも嘘を吐く必要はなかった。その代わりに腕力が必要になったが、それは圭太だけの特権だろう。悪い意味で。


「お前たちが倒す相手、アダムは果実を食べた張本人だ。奴は無機物ならなんでも作る能力を手に入れた」


 どうやらこの世界ではアダムしか禁断の果実を食べてはいないらしい。そりゃあそうか。イブや他の原型オリジンとやらがこぞって戦ってやっと神に仕立て上げるという封印ができたぐらいだ。

 神となったことを置いといてもアダムは他の原型オリジンとやらよりも一枚上手である。面食らっていたとはいえイブが何の抵抗もできなかったのも関係しているのだろう。


「そりゃあ困った。俺の槍も元はと言えば神造兵器なんだ」

「安心しろ。お前の槍はイブが手を加えている。利用されることはないだろう」

「やっぱり凄えなイブは。指先一つで仮初めの神に対抗するんだから」


 多分だけどイブが雑に保管していた神造兵器たちは既にアダムの影響を受けないようにされていたのではないだろうか。

 どうやったのか圭太には皆目見当つかないが、この世界で神造兵器の影響は大きい。そんな大それたものを改造するなんてイブもやっぱりとんでもない存在なのだと改めて実感させられる。


「当たり前だ。伊達に自分たちで神に仕立て上げてはいない」

「でもその結果不老不死を失ったんだろ?」


 ただの人間を、正確に言えば人間かどうか疑わしい存在だけど、アダムを神に押し上げるのは生半可な仕事ではないだろう。その代償にイブたちは永遠に朽ちぬ体を失った。

 圭太が肩をすくめながら呟くと、スカルドの目の色が変わった。


「――誰から聞いた?」

「自称神の生まれ変わりから。もう倒したけど」

「そうか。その通りだ」


 真実を知る者が既にこの世界にいないと理解したからか、スカルドはすぐに表情を和らげて無関心そうに頷いた。


「イブは不老不死ではない。だから自分で老いないよう魔法をかけ続けている。あのクソガキの魔力量は知っているだろう?」

「光の速さで斬り刻んでも復活するぐらいだ。下手したら魔族と人間の総量より多いんじゃないか?」

「その倍だな」

「半分冗談だったんだけどな」


 あっさりと答えるスカルドはとても嘘を吐いているようには思えなかった。

 以前圭太はイブを核兵器のようだと例えていたが、現実はそれ以上だ。イブ一人で世界を破壊することができる。

 アダムとイブがこの世界で全力で戦えば、それこそ神話のように世界が生まれ変わるだろう。


「だが、それでもアダムは倒せなかった」


 冗談が冗談にならなくて苦笑している圭太をよそに、スカルドは断言する。


「正直言って、人間であるお前が行ったところで勝てるとは思えない。相手は正真正銘の不老不死に神の力まで持っているんだぞ」

「なんだ心配してくれんのか」


 スカルドが今さらのようにいかに不可能かを教えてくれたので、圭太は肩をすくめて冗談っぽく笑みをこぼす。


「大丈夫だ。いや何が大丈夫とか説明できないけど、とにかく心配するな。何とかなるさ」

「根拠のない自信ならここで引き返せ。イブが帰ってこなかったとしても異変はない」

「それは無理だ」


 イブを助けないという選択肢を選べば確かに安全だろう。アダムと戦わなくて済むし、イブがいない状態で今の世界は回っているのだ。根拠のない自信に任せて助け出すメリットはない。


「理屈じゃねえんだよ。根拠がどうとか、勝てない相手だとか、そんなことはどうでもいいんだ」


 だが、そんな正論で止まるほど圭太は利口ではなかった。


「俺はヒーローに憧れてる。イブは絶対に助け出せないような相手に囚われてる」


 イブを助け出すのは、理屈で言えばそれは無理だろう。イブを捕まえているのはアダム。この世界の神にして最高の存在だ。

 だからどうした。困難に立ち向かってこそのヒーローだろう。


「助けたら、カッコいいだろ?」

「カッコいい、か。馬鹿げてる」

「二割冗談だ。勝機はちゃんと考えてるよ」


 もちろん圭太とて勝率もなく最高の敵に立ち向かうわけではない。多少は作戦を考えているし、勝つチャンスも視野に入っている。


「俺は受け入れるだけだ。傷も痛みもそれ以外も。イブが認めてくれた数少ない才能だからな」

「人間の器ごときに収まる相手ではない」

「アダムはな。本気で食い破ろうとされたら俺は間違いなく耐えられない」


 ロキの魔力ですら受け入れきれなかったのだ。アダムなら大丈夫だと考えるのはさすがに早計だろう。それぐらいは圭太も理解している。


「でも本気で食い破られさえしなければ、俺は神でも仕舞えると思うぜ」


 逆を言えば、抵抗さえされなければ圭太は受け入れられるということだ。

 頼りにできるとすればそれだけだ。だけど一つの可能性があれば十分だった。

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