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第九章十九話「ケータの負け」

「ヒリアと似たような機能ですか」

「俺のほうが先だ。じゃあ行くぞ」


 イロアスとヒリアはイブによって姿を変える機能を手に入れた。いわば兄弟みたいなものだ。もちろんイロアスのほうが兄である。

 改めて腕輪が斧槍に変わる瞬間を見てナヴィアは感心したように呟く。だが圭太はそんなものは関係ないとばかりに斬りかかった。


「っ!」

「防戦一方か? それでよく俺を倒せるって言えたな!」

「調子に乗らないでください!」


 さすがと言うべきか、当然と言うべきか。圭太の奇襲はヒリアに受け止められてしまった。正直それぐらいしてもらわなければ困る圭太は続けて何度もイロアスを叩きつける。

 連撃に挑発を混ぜるとナヴィアは大きく後ろに跳んだ。逃がすつもりはない圭太が後を追うように踏み込むと、その右足を狙うように魔力で作られた矢を放った。


「っと」

「今度はこっちの番です!」


 今度はナヴィアが矢継ぎ早の手さばきで連撃を畳みかけてくる。

 雨のように幾重にも飛んでくる矢の一本一本が魔物の頭を粉砕するほどの破壊力を持っている。当たればよくて即死、悪ければ肉を弾き飛ばされても死ねずに苦痛を味わうことになる。

 だが、圭太にはかすりもしなかった。

 左右に踊るようにステップを踏み、イロアスを縦横無尽に振るう。動作としてはそれだけだが、矢の雨をすべて捌いていく。


「威力が高いのは認めるけどそれだけだ。当たらなければ意味はない」

「なら当てるまでです」

「じゃあ工夫しろ。俺は銃弾が相手でも捌けるぜ?」

「上等です!」


 ナヴィアの矢は有限だ。魔力でできているからこそ膨大な数を撃てるが、それでも彼女の魔力が尽きてしまえば手は出せなくなる。

 矢の雨では圭太に通用しないと理解したらしいナヴィアは、現状を打開するために今度は前に飛び込んできた。


「接近か。武器の相性を考えてんのか?」

「もちろんです」


 圭太は当然ながら近接職だ。近距離でこそ彼の土俵である。わざわざ遠距離武器を持っているナヴィアが全身する理由はない。

 呆れたように問いかける圭太にナヴィアは自信満々に答え、ヒリアを圭太の足元に向けた。

 必殺の威力を持つ魔力の矢が地面を穿ち、その破壊力を証明するように砂ぼこりが舞った。


「目くらましか」

「これなら予測はできません」

「俺が動きを読んでることを理解してるか。面倒だな」


 やれやれと肩をすくめる圭太の背後から魔力の矢が飛んでくる。

 圭太は直感に従って背中に回したイロアスで矢を弾くが、どうやら二本仕込まれていたらしい。身を捻って辛うじて直撃は避けたが、魔力の矢があばらを撫でた。

 だが、それでナヴィアのターンは終わりではない。

 今度は左右から挟むように矢が飛んでくる。圭太は一歩下がって避けるがそれも想定されていたようだ。先読みしていたらしい矢が今度は圭太の背中をかすめる。

 その調子で、完全にナヴィアに場を掌握されてしまった。圭太に反撃する術はない。致命傷を避けるのが精いっぱいで、決して小さくはない傷が体中に増えていく。


「……そんな。立つこともできないほどの傷を与えたはずです」

「立つこともできない? 笑わせんな。俺はまだ動けるぜ?」

「化け物ですね」

「何とでも言え。俺はこの体で色んなもんを背負ってきたんだ」


 致命傷こそない。だけど言い換えるなら即死こそしていないというだけだ。

 圭太の全身からは赤黒い血が流れている。人間なら、魔族だってほとんどの種族は動けなくなるほどの傷だ。

 実力を見るために戦っているなら、ナヴィアは勝利していると言っても過言ではない。なのに圭太は倒れない。傷だらけで動くのも辛いはずなのに、まるで傷など何一つ負っていないとでも言いたげに動きを鈍らせなかった。

 圭太が倒れないのは当然だ。彼の体は既に彼だけのものではない。圭太が諦めて倒れるということはつまり、背負っているものすべてを投げ出すことに同義である。背負っているものをすべて捨てるなんて勇気は圭太にはない。


「もちろんお前もな、ナヴィア」

「うっ」


 圭太が土煙の向こうへと手を突っ込む。そしてそこにあったナヴィアの細腕を掴んだ。


「なんで。土煙は絶やしてないのに」

「ああそうさ。視界は最悪だ。ロクに見えねえよ」


 圭太の周りはまだ土煙が舞っている。判断材料は音しかないが、ナヴィアは当然のように足音を消していた。矢を放つ瞬間だけは音が聞こえるが、それだけでは判断材料にならない。


「でも癖は読める。十年前から進歩がないようで安心したぜ」


 だが、新たに情報がないのなら記憶から引っ張り出せばいいだけだ。

 圭太がナヴィアに背中を預けた回数は一度や二度ではない。もちろん彼女がどのタイミングを好機に思うかも理解しているし、どのタイミングでどこを狙うかも理解している。

 だから誘導した。ナヴィアならこう動いてくれるだろうと信じて。結果は見ての通り大成功だ。


「わたくしの何を知っているんですか」

「さあね。今のお前には理解できないだろうぜ」


 ナヴィアが悔しそうな顔をしているが、圭太は十年前のあれこれを説明するつもりはなかった。長話になるからだ。一応武器を向け合っているのにする話ではない。


「口を割らないつもりですか。その体で」

「まだ動けるって言ってるだろ? 手加減はいらねえよ」

「いいでしょう。なら望み通り殺してあげます」


 ナヴィアが圭太の脇腹にできた傷に指を押し込み、一瞬だけ力が抜けた圭太の手を振り払って再び土煙の向こう側へと消えていった。

 今度はどこから来るかと警戒心を強める圭太の気持ちを嘲笑うように土煙が落ち着いてきた。意図が掴めず思考に意識が向いた瞬間、圭太の脇腹の肉がはじけ飛んだ。


「くふっ」

「先ほどあなたは言いました。当たらなければ意味はないと」


 矢の飛んできた方向に反射的に目を向けると、まるで弓道でもしているみたいな綺麗な構えで弓を向けているナヴィアと目が合った。

 次に足元に違和感を感じて圭太が下を向くと、どこから生えてきたのか木の根が圭太の足に絡まりついていた。


「なら両足を塞がれたらどうしますか?」

「……知らなかったぜ。お前も樹木魔法が使えたんだな」

「わたくしはスカルドの娘です。村長譲りの魔法だって使えます」


 圭太の足を封じ、再び矢の雨を浴びせようという魂胆だろう。

 先ほどとは違ってイロアスに頼るしかないのだから、どう考えても不利だ。だけど圭太は不敵に笑みを浮かべた。


「面白え。なら試してみろよ。付き合ってやる」

「その余裕はいつまでもちますかね?」


 矢の雨が降り注ぎ、圭太もイロアスを振るって全力で抵抗する。

 だけどさすがに手数が違った。すべてを捌ききれず、圭太の体にどんどん大穴ができていく。貫通したせいで向こう側の景色が見える傷までできてしまった。


「ゲフッ」

「やっぱり両足が使えないと大したことないですね」


 たまらず血を吐く圭太に、ナヴィアは初めて勝ち誇ったように笑みをこぼした。


「バカめ」


 圭太とナヴィアの戦闘を眺めていたシャルロットが、腕組みをしたまま詰まらなさそうに呟く。


「……何か言いたげですねシャルロット」

「当たり前だ。調子に乗るのはいいが、足元を掬われるなよ」


 ナヴィアが不機嫌に表情を歪ませるが、シャルロットは冷めた目を向けるだけだ。

 琥珀や一桜、シリルはそれぞれ心配そうに表情を歪ませているのに、シャルロットの表情筋はまるで動いていなかった。逆に安心しそうだ。イロアスを杖替わりにして何とか立っている圭太は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「ケータの武器なら足に絡むツタぐらい斬り捨てられるはずだ。なのにどうして一方的にやられている?」

「バラすなよ。ちょっとかわいいって思ってたのに」


 せっかくナヴィアが勝ち誇ったように鼻を高くしている様子を楽しんでいたのに。シャルロットのせいで台無しだ。

 ネタばらしされたので、圭太はイロアスを足元に突き刺して木の根を取り除く。これで動きやすくなった。やっぱり足が自由かどうかの差は大きい。


「――っ! 余裕ですね。もう無理でしょう。放っておいても死んじゃいます」

「だろうな。息を吐くだけで全身が軋むし血を流しすぎて寒気すら感じる。水浴びの季節にはまだ早いみたいだ」


 圭太の体は生きているのが不思議なぐらいだった。周囲には圭太の一部が飛び散っているし、大きな穴がいくつも空いている。穴が深すぎて貫通しているところだってある。普通なら即死級の大怪我だ。


「だけど、止まる理由にはならねえな」


 だが、そんなものは戦いをやめる理由にはならない。

 圭太は大怪我のせいで震えるばかりで動こうとしない体を引きずるようにして、それでも戦うために前へ進む。


「なっ! なんで、どうして降参しないんですか!? すぐに治療しないと死ぬんですよ!?」

「だからどうした? 戦いってのはそういうもんだろ?」

「本気でわたくしを倒すつもりなんてないくせに!」


 ナヴィアが理解できないものに相対したみたいに叫ぶ。その叫びに、圭太の動きは一瞬だけ止まった。


「……なんだ気付いていたのか」

「当たり前です! 最初にわたくしを攻撃してきたときと先ほどの槍さばきは大きな差があります。まるで最初は手加減していたみたいに」


 最初にナヴィアに連撃を浴びせたときと違い、自分の身を守っていたときは全力でイロアスを振っていた。そうしなければ死んでいたのだから仕方ない。実際、もうすぐ死ぬぐらいの大怪我は負わされているわけだし。


「その通りだ。正直ナヴィアに武器を向けるつもりはない。怪しまれないように最初だけ手を抜いていたけどな」

「ふざけてるんですか。わたくしは殺すつもりで戦っていたのに」

「ふざけてるわけじゃない。真面目に戦ってるナヴィアを冒涜してることも理解してるつもりだ。それでも俺はナヴィアに手をあげることはできないんだよ」


 圭太とて、手加減するのが悪いことぐらい理解している。

 ナヴィアは最初から全力でぶつかっていた。圭太の個人的な事情で手を抜いているのだから、冒涜以外のなにものでもないことも理解している。


「そんなどうして」

「約束したからな」


 それでも圭太はナヴィアを全力で攻撃することなんてできない。

 十年前、ナヴィアは覚えていないだろうけど、圭太は確かに彼女と約束したのだから。


「俺はナヴィアを助けない。ナヴィアを殺すなら俺も死ぬって」

「それって……!」


 もう守ってくれないのかと聞かれて、圭太は答えた。

 頼りにしているから助けない。もしもナヴィアが窮地に陥ったら、それは圭太も同じ状況だ。一緒に死ぬことはできても彼女だけを助けたりはしないと。


「あれ? なんで、涙が」

「気にすんなよ。さあ続けようぜ。殺し合いを」

「ダメですわ」


 自分が流す涙に困惑しているナヴィア。まだ戦うつもりである圭太は震える体に鞭打ってまだ戦いを終わっていないとばかりに戦意を滾らせた瞳を向ける。

 圭太が死ぬまで終わらない戦いが再開されようとしたとき、部外者が邪魔をした。


「この戦いはケータの負け。それでいいですわねナヴィア?」


 邪魔者である一桜は二人の間に立って、勝敗を告げた。

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