第九章十七話「取り返す」
休憩なしで歩き続けて、圭太たちは森の奥深くまで進んでいた。獣もあまり歩かないのか、獣道もできていない。少しばかり歩きにくくなってきた。
「おーい」
「なんだ?」
圭太が声をかけると先頭を歩くシャルロットが鬱陶しそうに振り返った。
「どこまで行くつもりなんだ?」
「なんだ? もう疲れたのか?」
はんっとシャルロットが鼻で笑う。圭太はイラっとしたが、感情に任せて怒鳴るのは我慢した。分かりやすい挑発だ。疲れているのにわざわざ付き合ってやる理由もない。
「いやまったく。なんならシャルロットと琥珀が無双してくれるおかげで楽できてるよ」
「じゃあなんだ? まさか森を歩くのが苦手と言うつもりじゃないだろうな」
「さすがに言わねえよ。野宿だってしてるのに」
圭太たちは絶賛旅の途中だ。魔族に追われているから当然宿には泊まれないし、外で寝るしかない。
野宿だってしているのに、今さら森を歩くのは苦手なんてぶりっ子みたいなことを言えるわけがない。それに圭太にいたってはパルクールでもっと悪路を走り抜けた経験もある。シャルロットの分かりやすすぎる挑発にむしろ呆れてしまった。
「ならいいだろう。歩け」
「だから目的地ぐらいは教えてくれよ」
「森だ」
「見りゃ分かるわ。あとどれぐらいかかるか教えろって言ってんの」
森の奥深くまで歩いているのに、今さら市街地が目的地と言われても信じられない。森が途切れる気配はないし、人が通っている痕跡もまるでないのだから。
「ナヴィアを狙う魔族がいるって言うから道中は黙ってたけど、森の奥に入ればさすがに気にする必要はないよね?」
「そんなことを考えてたのか。わたしは説明するのが面倒というだけなんだが」
「分かってるさシャルロットが脳筋なことぐらい」
琥珀も黙っていられなくなったのか、目的地を知りたがっている。シャルロットは本気で配慮していなかったみたいできょとんとした顔をしていた。
どうせこの魔族最高の剣士は剣のことしか頭にない。情報戦なんて考えるようなガラではない。秘密を隠そうという考えは頭にないのだ。
「意味は分からないが腹が立つ言葉だ。斬っていいか?」
「殺す気か?」
「逆に生かす理由があるか?」
「俺貴重な戦力だと思うんだけどなあ」
一切の躊躇いもなく剣を抜きながら逆に問いかけてきたシャルロットに、圭太は困ったように頭をかいた。
圭太は自分を強いとは思っていないが、オンリーワンの使いどころはあると考えていた。だけどシャルロットには不必要だったみたいだ。なぜか目頭が熱くなってくる。
「歩いていればいずれ目的地に着く。だから黙っておくのもいいとは思うけど」
想定外の大やけどに肩を落としている圭太をよそに、琥珀は話を進める。
「ボクたちもそろそろ疲れたんだよ。まだかかるならどこかで休憩させてくれないかな?」
彼女の視線は圭太やシャルロットではなく、一番後ろで滝のように汗を流しながら歩くシリルに向けられていた。シリルは体を引きずるようにして歩いており、息も荒くなっていた。
「……なんだよ。オレは大丈夫だぞ」
「強がりはいいですわ。慣れない戦闘訓練に徒歩での長距離移動。消耗しないはずがありません」
弱みを見せまいと額の汗を拭うシリルに、一桜は肩をすくめた。
森の奥地に入ったためか魔物はあまり襲ってこなくなった。だけど少数の魔物は圭太たちを見つけて飛び掛かってきたし、訓練の一環としてほとんどをシリルが相手していた。数が多くなれば圭太や琥珀、シャルロットも手伝ったが、それでもシリルに比べれば大した数ではない。
シリルが限界近くまで疲労しているのは当然だった。
「加えて言えば寝るとき以外は魔族に襲われるかもしれないからあまり休めなかったからな。寝るときは交代で見張りをしてたから十分に休めてないし」
「森の奥地なら他の魔族も近寄らない。だから足を止めて一息つかせてくれ、か?」
圭太の記憶では森を住処にしている魔族はエルフしかいなかったはずだ。孤立しているであろうエルフがいきなり圭太たちを襲ってくる可能性は低いから、今なら休憩したとしても問題はない。魔物は襲ってくるかもしれないが、それも圭太と琥珀とシャルロットで順番に蹴散らせばいいだけの話だ。
「だからオレは大丈夫だって」
「ならわたくしが疲れたから休みたいですわ。王族を歩かせるなんて不敬ですもの」
「……ちっ」
なおもやせ我慢しようとするシリルの言葉にかぶせるようにして、一桜が腕を組んで露骨に疲れたアピールをする。
気を使われたと感じたのか、シリルが小さく舌打ちした。
「休息をとるなら別に構わないが、目的地は近いぞ。お前たちも分かっているんだろう?」
「えっそうなのか?」
シャルロットが予想していなかった言葉を口にし、圭太は反射的に琥珀に目を向けた。
この中で魔力探知が得意なのは琥珀だ。圭太やシャルロットは魔法は専門外だし、一桜は人間ではないので魔力を探知できない。シリルの魔力は特殊なものだし、今まで探知をしようと考えた経験すらないだろう。消去法で琥珀が魔力を探知するしかない。
「そんな目をされてもボクも知らないよ」
「お前たち、本当に戦闘以外はからっきしだな」
だがしかし、圭太の視線を向けられた琥珀は首を左右に振った。やっぱり探知は不得手らしい。
シャルロットがなぜか呆れて、ため息を吐いていた。
「仕方ないだろ魔力がないんだから。探知しようがねえっての」
「それで、どうする? 休むか?」
この中で唯一自分の魔力をまったく持たない圭太が肩をすくめて答え、シャルロットはそんな彼を無視して再度問いかけてきた。全員の視線がシリルに集中する。
「……だからオレは大丈夫だっての」
「じゃあ進もう。再会は早い方がいい」
シリルの言葉はやせ我慢だ。全員がそれは理解している。
だが圭太は彼女にもう少し頑張ってもらうことにした。あと少しで着くのなら、着いてから休憩すればいい。
むしろ近くにいるかもしれないと思っていると、圭太の気は休まりそうにない。早く再会したいのだから。
「分かった。と言ってももう着いたも同然だ。木々が途切れている場所があるだろう?」
シャルロットがそう言って、進行方向の方角へ指を差す。確かに木々が途切れており、広場に出られそうな箇所がある。
そのときには既に圭太の体が動いていた。
「あそこに住んでるの?」
「そう聞いている。と、待てケータ」
「悪い先に行ってる」
琥珀が首をかしげ、シャルロットは走り出した圭太に手を伸ばす。
だけど圭太に止まるつもりはなかった。あそこにナヴィアがいる。そう考えたら止まっていられるわけがなかった。
「どうせ止めても聞かないくせに」
「というか既に見えませんわ。わたくしたちも急ぎましょう」
「シリル、あとちょっとだから頑張ろうね?」
「うるせえ。オレを心配すんな」
忍者のように走り去っていく圭太の背中を目で追って、琥珀と一桜がやれやれとばかりに早足になる。圭太ほどではないが、琥珀も友人と早く再会したいという気持ちはあった。
一応後を追ってくるシリルを心配すると、彼女は鬱陶しそうにしかめっ面を向けてきた。あと少しだけなら余裕はありそうだ。微笑みを浮かべて、琥珀はさらにペースを上げた。
木々が途切れた箇所にたどり着くと、途端に視界が開けた。小さな広場になっているだろうとは思っていたが、実際は一人暮らしにはちょうどいいぐらいの小屋が建っていた。屋根や壁に使われている木々の太さがまちまちだから、多分一人で作ったのではないだろうか。
その小屋に、焦げ跡が付いていた。
小屋だけではない。小さな広場には服や小物が散乱しており、事件性をにおわせている。何より家主であろう人物の姿がまるで見当たらない。
「これは……」
「誰かに連れ去られた、みたいだね」
予想していなかった展開に目を丸くしている一行。その中でも事件とか物騒な事態の経験が多い琥珀が、目の前の光景が何を物語っているのか端的に答えた。
シャルロットは腕を組み、目を細めている。何か思うところがあるらしい。
「みたいではないな。心当たりがある」
「それよりケータだろ。アイツ立ち惚けてるぜ?」
シリルが小屋を指差す。圭太は小屋の扉を開けた状態で立ち尽くしていた。小屋の中にも家主の姿はないようだ。もしかしたら外以上の惨状なのかもしれない。
「そうだね。圭太君、大丈夫?」
「琥珀、剣になれ。一桜も権限を渡せ。取り返すぞ」
琥珀が心配した様子で歩み寄ると、圭太が底冷えするような声で呟いた。
「待て。心当たりがあるとはいえ確証はないぞ?」
「心当たり? んなもんいらねえよ」
シャルロットが冷静に止めるが、頭に血が上っているらしい圭太はハンと鼻で笑い飛ばした。
「ここに複数の足跡がある。これを追えばナヴィアに辿り着けるだろ」
「でもそんな戦意を漲らせなくても。ナヴィアが留守の間に魔物が来たのかもしれないし」
「それはねえよ」
圭太の足元には確かに無数の泥が付いていた。複数の足跡が重なったからだろう。もはや琥珀では判別できないが、情報に触れ慣れている圭太には判別ができるらしい。
しかし可能性として、魔物も否定できない。
ナヴィアがいないのは彼女が外出しているからで、留守を狙って魔物が暴れた。それなら物が取っ散らかっているのも説明がつく。
だが圭太はあっさりと否定した。既に彼の中で答えは出ているのだと証明するように。
「なぜですか? 証拠もないのに」
「証拠はこの足跡だ。もちろんそれだけじゃないけどな」
圭太は足元を再度指差し、それからかがんで何かを拾った。
「それだけじゃない? 他にもあんのか?」
「ああ。これを見な」
圭太がたった今拾い上げたものを見せてくれたので、全員が圭太の手のひらに視線を集中させた。
手のひらにあったのは、小さな耳飾りだ。派手さはないが、小さな宝石が付いている耳飾りは不思議な魅力を振りまいている。
「……ピアス?」
「起きろヒリア」
圭太が呟くとピアスは光を放ち、姿を変えた。
そして木製の弓が現れた。使い込まれている様子が見て取れる。持ち主はさぞ大切に手入れしてきたのだろう。
「イブが渡した愛用の弓だ。どこかに出かけているなら持っていないとおかしい」
圭太のイロアスと同じ、イブが携帯できるように改造した武器だ。
もしもどこかに出かけているのなら持っていなければおかしい。魔物がいつ襲ってくるかも分からないのに丸腰で散歩するわけにはいかないのだから。
「奴隷用の首輪でもつけられているんだろう。じゃなければナヴィアが遅れをとるとは思えない。ヒリアを置いていったのは俺に向けたメッセージってわけだ」
ヒリアが落ちていたのは、自分は誰かに連れ去られたというメッセージ。ナヴィアが本気で抵抗すれば勇者でもない限りは負けないはず。だけど抵抗する意思がなかったから武器を置いた。そう捉えるのが普通だろう。
「ケータに向けられてるわけじゃねえよ。だってナヴィアは」
「どうでもいい。行くぞ。奪われたなら取り返すだけだ」
シリルの言葉にかぶせて、圭太は答えを待たずに足を進める。
圭太のものに手を出すのであれば、それは敵だ。ナヴィアが圭太のことを覚えていなかったとしても関係ない。




