第九章十一話「魔族最強の剣士」
「さてと。どこに隠れているやら」
琥珀たちから離れ、ちょうどよく開けた場所を見つけた圭太は足を止めた。
トイレにしては開けすぎて落ち着かない。だけど圭太は別に用を足しにきたわけではないので、広い場所は願ってもない。
隠れる場所はないはずだが、圭太の他にも気配を感じる。さすがと言うべきか。圭太は辺りを見渡してから一人くすりと笑みをこぼした。
「出てこいよ。仲間と離れたんだ。そっちのほうが有利だろ? シャルロット」
「どうしてわたしの名前を知っている? お前は何者だ?」
「久しぶりだな魔族最強の剣士。元気そうで何よりだ」
圭太が適当な方向に声をかけると、疑心を表情に張り付けた剣士がどこからか降り立った。
腰には剣。柄は使い込まれているせいでボロボロの布が巻かれている。額には角。天をも貫かんほど立派なそれは、彼女が人間ではないと証明していた。
魔王の懐刀にして最後の四天王、シャルロット。圭太が不覚をとってから十年経っても彼女はまったく変わりない様子だった。
「わたしの素性を知っているというわけか。ただの人間が」
「まあ待てよ。最初は話をしようぜ? 俺との実力差は理解してるんだろ?」
自身の左腰に差してある剣へと手を伸ばす彼女に、圭太は道化のようにわざとらしく大きく肩をすくめた。
シャルロットほどの剣士なら、圭太の実力ぐらい簡単にはかれるはずだ。だからこそ、圭太は隠すどころか逆に利用する。
「……それだけ自分に自信があるのか」
「違うって。シャルロットの査定通りだ。俺はお前よりも弱いよ」
圭太がシャルロットに勝てるはずがない。彼女は圭太がこの世界に来て初めて稽古をつけてくれた師匠だ。何度も剣と槍を交えてきたからこそ、彼女の戦闘技術の次元が二つ三つ離れていることは痛感している。
「だから話をさせてくれシャルル」
「その名前で呼ぶな殺すぞ」
「悪かった。俺ごときが言っていい呼び方じゃないんだったな」
圭太ともう一人の記憶と記録はこの世から消滅している。だからこそ試してみると、シャルロットは剣を数センチほど抜いた。まるで居合切りをする構えみたいだ。彼女から放たれる全身を刺すような殺気に圭太の背筋を冷たいものが走り抜けていく。
「いいだろう。お前を殺す前に色々聞きたいことがある。時間稼ぎに付き合ってやろう」
「そりゃあ良かった。じゃあ――」
「その前に答えろ。お前は誰で何者だ? どうしてわたしを知っている?」
どうやら話に応じてくれるらしいことに喜んで口を開く圭太に、シャルロットは変わらぬ殺気をプレゼントしてくれる。言葉をかぶせられたことに苛立ちを感じる余裕もない。
「……オーケー。素性の知れない相手と話に付き合うのはリスクがあるよな」
凶暴な魔物であろうと眼光だけで殺せそうな目を向けられている圭太は、無意識のうちに抵抗する気はないと両手を挙げていた。
「俺の名前は圭太。一応勇者の一人だ。と言っても実力は見ての通り雑魚だけど」
「勇者がどうして我々の大陸に来る?」
「大切なものを取り戻すためだ。多分だがシャルロットも同じだろ?」
圭太がこの大陸にいる理由、それは一つだけだ。堂々と胸をはって答えられる。たとえぶつけられる本気の殺気のせいで手汗が尋常じゃなかったとしても。
「町から応援を求められたってわけじゃなさそうだ。魔族は外部と交流しないみたいだし、魔物の数も多い。もしも俺を倒したいんだったらもっと団体で追ってくるはずだ」
「確かにわたしは町と接触していない。だが、お前らの敵だ。勇者は許せない」
「それなら俺が名乗った時点で首を刎ねればいい。シャルロットならそれだけの実力がある」
シャルロットの実力なら闇討ちすることだってできたはずだ。圭太は気配こそ感じていたがどこにシャルロットが隠れていたのか分からなかった。さぞ無防備に見えたはずだろう。
それにシャルロットが本気で不意打ちをすれば、姿を晒している今だって圭太は反応できない自信がある。そもそもイロアスだって展開していないし、身を守る術はないに等しい。
「それは、情報を集めなければならないからで」
「へえ。俺の知る剣士は腕っ節で解決する癖があったけどな。いつの間に影響を受けたんだ?」
「影響だと?」
「おうそうさ。まるで誰かを参考にしてるみたいだ。違うか?」
「……」
首元に刃物でも突き付けられていると錯覚しそうな状況でも、圭太は不敵に笑って煽っていく。
シャルロットはどちらかと言えば正面からの正々堂々とした勝負を好んでいたはずだ。情報を集めて弱点を突こうなんて姑息な手は使わなかったはずだ。
そんな彼女が十年の間に情報の重要性を理解しているなんて、まるで圭太に影響されているみたいだ。
「お前はわたしの何を知っている」
「十年前のほぼすべてだ。忠誠心が高くて無理して全力疾走したらとても速くて神造兵器を加工できるぐらい剣の腕があって」
知っているというか、シャルロットが実際にしていたことだ。
イブを心底大切に思っていたことを知っている。魔王の言いつけを守るために圭太なら半日はかかりそうな距離をわずか一時間ほどで走破したことを知っている。虚ろな顔になりながらもイブのために車イスの作成を手伝ってくれたことを知っている。
圭太が知っているのはそれだけだ。だけどそれだけ知っていれば十分すぎた。
「大切な人を二人も奪われて、一人で戦っているであろうことぐらいだ」
「本当になんでもお見通しだな」
だってシャルロットがこの十年何をしているかなんて簡単に想像できるのだから。
「それでわざわざ仲間の元を離れてわたしに接触してきた理由はなんだ? わたしの気配を察知したから離れたのだろう?」
「ああ。言ったろ話がしたいって」
どこか毒気が抜かれたとばかりに殺気を緩めてくれるシャルロット。圭太は肩の力を抜いて一息つき、思い出したように激しく鼓動する胸を押さえながら頷いた。
「アダムを倒すために協力してほしい」
「断る」
「ちっ。理由を聞いても?」
「お前が信用できない。それだけだ」
即答である。
予想の範疇だったので舌打ちをこぼす圭太を、シャルロットはばっさりと切り捨てた。
「わたしは確かにアダムを倒したい。あれにサンを奪われてしまったからな。功績を授けると言われたときは喜んだが、サンの身柄を確保するなら断っていた」
どうやらサンの記憶はあるらしい。琥珀の記憶も残っているだろうから、もしかしたら勇者パーティのことは記憶と記録が消されていないのかもしれない。
本人は断ったのに、強引に功績を授かったことにされているらしい。ちょっとだけ三人の英雄に同情した。
「それにアダムの元に誰かがいる気がする。思い出せないけど、大切な方を連れ戻さないといけない気がするんだ。だからまず殴り込んで色々知ろうと思う」
あまりにも暴力的な考えに、圭太は思わずくすりと笑みをこぼしてしまった。
記憶は奪えても彼女の忠誠心まで奪えるわけじゃない。どうやら彼女は覚えていないだけで何をしなければならないか理解しているらしい。だからこそ殴り込みなんて物騒な解決方法に頼ろうとしているのだろう。
イブの話では自分を助けようとする魔族はいないという話だったけど、そんなことはない。立派な忠臣が一人孤独に戦っていたではないか。
「誰にも言っていない気持ちだ。それをどうしてお前は知っている? わたしを利用して神になり代わろうとしている可能性がないとどうして言い切れる?」
「神ね。興味がないわけじゃないけど」
シャルロットが再び殺気を向けてくるが、今回は圭太に通じなかった。
あまりにも的外れだったからだ。アダムを倒すために必要なら仕方ないが、好き好んで神になろうとはとても思えないのだから。
「俺はアダムを倒したいんだ。サンや他の英雄はもちろん、他にも助けたいやつがいる。多分、いや絶対にシャルロットの予感と同じだ。だから俺はお前と手を組みたい」
圭太は正直に答える。神がどうとかどうでもいい。ただアダムという傍若無人な行いをするやつを倒したいだけだ。大切な人を救い出したいだけだ。
そのためにシャルロットの協力が必要不可欠だ。なぜなら圭太が知る限り、彼女こそが最高の剣士なのだから。
「シャルル、ワシのために手を貸せ。ケータに任せておけば不幸にはしないじゃろう。アイツならこう言うはずだ」
「なぜか腹が立つな」
不遜な態度を崩さない誰かの言葉を真似ると、シャルロットはとても不愉快そうに眉間にしわを作っていた。
「お前ごときが知った風な口を効くな。誰の真似をしているか思い出せないのにそう思ってしまう」
「じゃあ手を貸してくれ。そうしたら答えを見せてやる」
「お前はわたしの知らない何かを知っているらしい。それは認める」
圭太が手を伸ばしてシャルロットに協力の握手を求める。
シャルロットは腕を組み、圭太の言葉に嘘はないと納得してくれたのか何度か頷いていた。
「だがわたしの隣に立てるか? 足手まといはいらないぞ」
「なるほどそう来たか。いいぜ。それなら少しは成長したところを見せてやるよ」
剣を抜き、シャルロットから風でも吹いたのかと錯覚するぐらいの濃厚な戦意が吹き荒れる。
どうせ話し合いだけで済むとは思っていなかった。圭太は困ったように表情を歪めてから、イロアスを斧槍に変えて両手で持ち水平に構える。
少しは成長したとかつての師匠に見せつけてやる。




