第一章二十五話「変わり者」
「おるあ!」
圭太が叫んで、魔物の顔面を両断した。
魔物との戦闘が始まってから既に一時間が経過した。時計はないから体感だが、多分それぐらいは経過したはずだ。斬り殺した魔物はとっくに両手の指より多くなっていた。
「お見事ですケータ様」
「ナヴィアのフォローがいいからだっ!」
圭太目掛け飛びかかってきたグリフォンみたいな魔物の顔面に、一回転分の遠心力を加えた横薙ぎの一撃をお見舞いした。
圭太の背後から襲ってきたワイバーンみたいな魔物の両目に矢が刺さり、痛みに悶絶している間にイロアスで首を刎ねる。
「それでもトドメを刺せるのはケータ様の技量があるからですよ。大きな魔物を両断するなんて」
先ほど危ないところを助けてくれたナヴィアは次の矢を放って魔物の頭蓋を砕く。圭太はその間に接近した魔物をイロアスを突き出して貫いた。
背中を預けあうようにして戦う二人の周りには魔物の死体はない。こと切れた魔物は砂が崩れるようにして消えていくからだ。おかげでどれだけ戦ってきたのかが掴みにくい。足元の邪魔がないのはいいことだが、慣れない戦闘でペース配分が分かりにくいのは圭太にとってかなり大きなマイナスだ。
「それはイロアスの力だな。仮にも神造兵器だわ。まあ強い」
圭太がまだ戦えているのは魔物をほとんど一撃で仕留められているからだ。だが圭太は素人に毛が生えた程度の実力しかない。イロアスがなければ早々に退場していただろう。
「神造兵器は勇者のような選ばれし者にしか扱えぬ代物ですよ? ケータ様は特異なご過去でも?」
「いやないな。あれ? じゃあどうして魔王城の武器庫に置いてあったんだ?」
圭太も勇者ではあるが、魔王城に天敵の装備が管理されているとは考えにくい。
確かイブは使えそうな武器だったから捨てないでいたぐらいのことを言っていたような気がする。つまり勇者の剣は触れなかったはずの魔王は、神造兵器を扱えるということになる。
それでは話が合わない。圭太がこの世界に召喚された理由が消滅してしまう。イブが両足の自由を失った理由がなくなってしまう。
「恐らく魔王様が加護を与え直したのでしょう。それなら使いやすいよう改良されていたとしても不思議ではありません」
「イブが? ……もしかしなくてもアイツって凄いんだな」
「おとぎ話になるような方ですから」
「そういやそうだった!」
圭太は正面から大口を開いて突っ込んできた狼みたいな魔物の口にイロアスをねじ込み、そのまま力任せに振り回して横をすり抜けてきた魔物を真一文字に斬り離す。
キリがない。終わりが見えない。そろそろ疲れてきた。
幾多の魔物は圭太たちの隙を遠巻きに探っている。一人だったら諦めていただろう。すべてを投げ出していたかもしれない。
圭太がまだイロアスを手放さないのは、ナヴィアがいるからだ。サンとの戦闘で任せてくれと意気込んだ以上、彼女より先にくたばっては格好がつかない。
「そういや言ってなかったけど、俺たちの味方になるようエルフたちにけしかけてくれて助かった。ありがとう」
「気になさらないでください。わたくしはただの橋渡し。この場にいるエルフは自らの意思で戦場に立っています」
「何か演説でもしたのか?」
橋渡しという言い方が気になった。彼女が何か手助けをしてくれたのだろう。
エルフの長の一人娘が演説すれば血気盛んなエルフは我先に武器を持ち出すのも頷ける。
「まさか。わざわざ説得する必要はありません。きっと彼らに理由を聞けばケータ様へお礼の言葉が出てくると思いますよ?」
「お礼? 何かしたっけ」
意味が分からない圭太は本気で首を傾げた。ちょうど顔があった位置に小さな火の玉が通過したのはまったくの偶然だった。危ないので羽の生えたトカゲみたいな魔物の腹を斧と逆位置についている鎌で裂く。
「彼らのほとんどは家族や友人、恋人が奴隷狩りに遭った者たちです。奴隷を解放し、人間を大陸から追い出そうと策を巡らせて、挙句の果てには人間すら助けようとする英雄を見て見ぬフリはできません」
ナヴィアが一歩下がり矢を放つ。魔物の頭部が飛び散った。死体が霧散しなければとてもグロテスクな死体の山ができていただろう。
「あー……あはは。運がよかったよ。俺一人じゃ何もできなかった」
英雄と呼ばれて悪い気はしないが、圭太は何か成したわけではない。サンは結局一人で倒せなかったし今もナヴィアの手を借りている。奴隷の解放だってシャルロットがいなければできなかった。
常に誰かに頼っていたからか、英雄視されるのはどうも気まずい。
「確かにケータ様自身は強くありません。ですがわたくしたちでは誰もここまで鮮やかな手口は思いつかなかったでしょう。魔物を利用しようなんて思いつきもしません」
そんなことはないと思う。きっと圭太ではない誰かだって思いついたはずだ。
「まあその策に殺されそうではあるけどな」
圭太は自嘲気味にイロアスを振り回し、さらに魔物を二体まとめて斬り飛ばした。
「殺させません。そのためにわたくしは弓を引き絞るのです」
とても嫌な気配がして圭太はナヴィアを見る。彼女は圭太に向けて弓矢を構えていた。矢からは尋常ではない力を感じる。魔力を込めているのだろう。
矢は圭太の頬すれすれを飛び、背後の魔物を三体まとめて貫いた。
「……悪い助かった」
「お任せください。ケータ様には指一本触れさせません」
頼りになる言葉だ。思わず惚れそうになった。
「俺の名前は圭太な。もう慣れたけどさ」
恥ずかしさを隠すように、圭太は大きなため息を吐いた。
「ワシとシャルルは別行動したほうがいいと思うんじゃが」
イブが手をかざした方向に黒い竜巻が巻き起こり、魔物が二十体ほど黒いもやになった。
イブとシャルロットは町から五百メートル離れた位置で戦っていた。二人が本気で戦えば町どころか協力してくれているエルフまで巻き込んでしまうという配慮からだ。圭太も渋々といった様子で納得してくれたので、二人は邪魔の入らない場所で遠慮なく戦っていた。
「そうはいきません。もしもイブ様に何かあればわたしは一生後悔します」
「じゃが、二人揃って最前線に出れば余計と魔物を呼び寄せるだけじゃろ? そろそろまとめて吹き飛ばしたいんじゃが」
シャルロットはもはやクレーター製造機になっていた。後に残るのはクレーターのみで、それまでひしめいていた魔物は一斉にサイコロステーキになって霧散する。
二人の魔族がいる場所は見渡す限りの魔物で埋め尽くされている。もしかするとこの大陸全土の魔物が集結してしまったのかもしれない。間違いなく一番の激戦区だ。
「なりません。まだ魔物は町を壊しきっていない」
二人は魔物相手に無双しつつ、たまにわざと魔物を見逃していた。
圭太の企みは魔物による町の破壊。魔王の復活を隠すためだ。大量の魔物が偶然発生したというのが圭太の書いたシナリオだった。
「ううむ。ならばこれでどうじゃ」
イブは面倒くさそうに呟いて後方、圭太たちが必死に戦っている町に向けて黒い光弾をいくつか発射した。
町のほうで起きた爆発音が魔物の声に交じって聞こえてくる。
「イブ様?」
「大丈夫じゃ。エルフも人間も誰一人巻き込んでおらぬ。後でケータには怒られてしまうやもしれぬがの」
「構いません。高くなった鼻はへし折るべきです」
即答するシャルロットにイブは苦笑した。
この戦争で一番の功績者になっても魔族一の剣士は態度を改めないようだ。高すぎる忠誠心にも困ったものである。
「というわけじゃ。もう消えてもよいぞ畜生ども」
イブは右手を前に、数えるのも億劫になる魔族の群れに向けて突き出す。彼女の手を黒いオーラのようなものが包み込んだ。
本来魔力は見ることができない。魔法になって初めて見えるようになるのだ。ただの魔力は密度が高くない限り直視することはできない。
イブはこれから魔法を撃とうとしている。今腕を包んでいるのは、ただ密度が高すぎるだけの魔力だ。
「――呑まれ朽ちよ。終末の炎」
音すら燃やす黒い炎の波が、数百はくだらない魔物の群れを呑み込む。
炎が消えると、先ほどまで視界いっぱいにいたはずの魔物もまた消えていた。
「久しぶりに見ました。イブ様の最強魔法」
「仕方あるまい。使える機会は決して多くないんじゃからな」
イブはヒラヒラと右手を振り、左手から適当に放った魔法でわざとすり抜けさせた魔物を一匹残さず消滅させた。
「さてと、片付いた。もう帰ってもいいじゃろ」
「エルフに挨拶をすべきではないでしょうか。一応共闘関係ですし」
剣を収めて自然と車イスを押す体勢になったシャルロットが具申する。
「いらぬ。スカルドはそんな些細なことを気にするような奴ではない。あの小娘にはケータが礼を言うじゃろ」
イブは気付いていた。ナヴィアが連れてきた援軍はエルフの総意ではないと。
エルフは数が多くない。魔物の群れを相手に大立ち回りしようとは考えないはずだ。しかも圭太たちが町に残るとは予測していなかったはずだ。魔族やエルフからすれば人間を守ろうという思いは無駄でしかない。
「変わった人間ですね。敵味方関係なく救いたいと願い、イブ様の力添えがあったとはいえそれを達成してしまうのですから」
シャルロットも圭太を不思議な人間だと感じているようだった。
イブは目を閉じる。思い出すのは、封印される直前に殺しあった勇者の人間だ。
あの女は魔王である自分と仲良くなりたいと言っていた。敵を助けようとするところとか圭太と重なる部分がある。
「勇者じゃからな。ワシらでは理解できぬ変わり者ばかりじゃ」
肩をすくめるイブの言葉は、まぎれもない本心だった。




