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第九章八話「人外基準」

「こんの!」

「おぉー」


 シリルが銃床で魔物を殴ると、魔物は殴られた箇所から砂へと変わっていった。彼女の魔力の影響をもろに受けて、魔物の体は耐えられずに崩壊したのだ。

 シリルの戦いの様子を眺めていた琥珀が手を叩いて素直に感心していた。魔物を一撃で、しかも殴って倒せるのは強いと思う。武器を選ばないのは貴重な能力だ。


「さすがだね。やっぱり魔力が強いや」

「うるせえよ。どうせお前には通用しないくせに」


 琥珀が拍手しながら褒めていると、シリルはどこか鬱陶しそうな顔を向けてきた。

 琥珀としては素直に褒めていただけのつもりだったのだが、彼女には嫌味に聞こえてしまったらしい。少し反省してしまう。


「そうでもないよ? 動きにくくなるのは確かだし、今は対象を選べるんだよね? シリルのサポートありで何人か集まっていればボクも勝てないかも」

「何人集めればいいんだ? 十人か百人か?」

「さすがにそんなに数はいらないよ。圭太君がいれば十分だろうし」


 シリルの言葉に琥珀は思わず苦笑してしまう。いつもの状態なら魔物がいくら来ても相手にできるが、シリルの妨害を受けては圭太一人にも敵わないだろう。圭太が相手でなくても複数の人間が相手だと琥珀には成す術がない。魔物のほうが単純な身体能力は上だけど人間には知恵がある。三人集まれば文殊の知恵と言うし、圭太がいなくたって琥珀を倒す算段ができるだろう。


「アイツは既に人間を超えてるだろ」

「あははっ、それもそうだね」

「おいこら。誰が人外だ。コイツらと一緒にすんじゃねえ」


 シリルの冗談に口元を手で隠した琥珀が顔を綻ばせる。聞き捨てならなかったのか、件の圭太が不機嫌をぶら下げて近寄ってきた。イロアスは肩に担ぎ、戦闘モードは解除しているみたいだ。


「圭太君。魔物は?」


 琥珀は小さく首を傾げながら責めるような目を向ける。

 圭太には魔物の相手を頼んでいた。だから琥珀はシリルの戦いを観察できているのだが、逆を言えば圭太が戦わないのなら琥珀が魔物を相手にしなければならなくなる。


「今は一桜が腹いせにまとめて消し飛ばしてる。どうやら魔物でもオンネンの糧になるらしい」

「あははっ、ほどほどにね?」

「しょうがないだろ時間がないんだから」


 だが圭太も当然理由もなく自分の仕事を放り捨てたわけではないらしい。

 圭太が視線を背後へと向けるので、彼の視線を追って琥珀も目を向けると土石流みたいに魔物をまとめて飲み込んでいる光景が見えた。

 一瞬新たな魔物が大暴れしているようにも見えるが、圭太の話では土石流こそ一桜らしい。器が器なら中身も怪物みたいな能力を持っているらしい。


「おいケータ」

「んだよ。そろそろ一桜を止めないといけないんだが?」


 シリルに呼び止められるも、圭太の意識は今も拡大を続けている泥に向けられていた。

 あのままだと一桜は暴走しそうな雰囲気だ。魔物を取り込んでも力を手に入れられるとのことだし、もしかしたら際限なく増える力に止められなくなっているのかもしれない。圭太や琥珀のほうに矛先が向かうのも時間の問題のように思えた。


「ケータはオレのことどう思う?」

「娘だと思ってる」

「そうじゃなくて」

「分かってるよ。そうだな」


 圭太が真顔で答えると、シリルはとてもうんざりした顔になった。

 さすがに冗談のつもりだったのだが、シリルのツッコミがないところを見ると本気だと思われているのかもしれない。圭太は平然としたまま真面目な表情であごをさすった。


「正直、銃を使っている時点で危険だと思う。銃弾は消耗品だ。どれだけ手入れしたところでいずれ戦えなくなる。いくらシリルが一撃必殺の力を持っていても戦えないんじゃ意味がないからな」

「じゃあどうすればいいんだ?」

「話してもいいが、今は一桜を止めないと。魔力を取り込み過ぎて暴走しそうだし」


 アドバイスを求めてくるのは嬉しいが、今はそれどころではない。聞き捨てならない言葉に持ち場を放り捨ててきたけれど、そのせいで一桜が暴走してしまうのは論外だ。止められるのも圭太しかいないし、仲間にも被害が出てしまう。


「そっちはボクが何とかするよ。圭太君はシリルに教えてあげて」

「いいのか? 琥珀に負担が集まるだろ?」

「大丈夫だよ。ボクも魔物相手に触れられるつもりはないし。魔力は剣のおかげで無尽蔵だしね」


 だけど圭太が向かうよりも早く、琥珀が立候補してくれた。

 一桜が暴走してしまえば止められるのは圭太だけだ。だけど暴走しそうな今なら琥珀でも解決できる。要は一桜が吸収するよりも早く魔物を倒してしまえばいいだけなのだから。光の速さで動ける琥珀以上の適任者はいない。


「そうなんだろうが、疲れるだろ?」

「優しいね。言ったでしょ? 大丈夫だよ。ボクは一人じゃないんだから」

「分かったよ。困ったときは絶対に助けてやる」

「うん任せたよボクの勇者様」


 琥珀は頼りにしているとばかりに笑顔を浮かべて、閃光を残して魔物退治に向かった。

 琥珀が損耗して戦えなくなれば、もう一人の戦える人間が助けるしかない。そして今戦える人間は圭太しかいないのだ。

 いつも頼られる立場だった琥珀が唯一頼れる存在でもある圭太は、困ったようにため息を吐いた。


「勇者はお前だろうが。まあいいけど」


 琥珀にとって圭太が勇者であるように、圭太にとっては琥珀が勇者だ。

 そして勇者としての名誉も実力も備えているのは琥珀だ。ひねくれ者で誰かに頼ることでしか戦えない圭太ではない。


「よしっ、待たせたなシリル」

「別にいいぜ。恋人のイチャコラを邪魔するほうが無粋だろ」

「言うようになったなクソガキ」


 気持ちを切り替えてシリルに向き直す圭太に、教えてもらう立場の少女はニヤニヤと笑みを浮かべていた。シリルの成長に圭太も思わず口角を上げてしまう。


「それで、対策だけど」


 シリルがこの大陸で戦うための対策。銃を使っていれば銃弾の関係で戦えなくなってしまうからその対策だ。この大陸にも銃はあるのかもしれないが、お尋ね者である圭太たちが入手するのは困難である。


「シリルお前、俺が買ってやった短剣と盾はどうした?」

「壊れたから捨てた」

「なんだと!?」


 かつてシリルのことを考えて選んだプレゼントの意外な結末に圭太はつい声を荒げてしまった。


「んだよ悪いかよ。仕方ないだろ手入れの仕方が分からなかったんだから」

「あっ、そうか。そうだよな。そういえば教えるのを忘れてた。というか俺も武器の手入れの仕方なんて知らないし」

「ナヴィアには話してなかったしな。ナヴィアなら教えてくれたかもしれないのに」

「うるせえな。悪かったよ」


 そういえばシリルは武器の手入れの仕方を知らない。せっかく武器を与えるだけ与えたとしても、手入れされなければすぐに壊れてしまうのは当然だ。

 当時のパーティで武器の手入れを知っているのはナヴィアだけだった。だけどナヴィアには武器を買ったことは教えていないし、琥珀を倒した後はすぐにシリルと別れてしまったのだ。手入れの仕方を知らずに使い潰す可能性は十分にあった。

 完全に圭太のミスだ。これではシリルを責めることなんてできない。


「別に。どうせ十年もしたら壊れるだろ。壊れなかったとしてもどっちみち銃に変えていただろうし」

「それもそうか。クソッ考えてなかったな」


 この十年の間ですっかり銃は浸透した。誰でもお手軽に扱えて戦闘能力は上がるのだから当然だ。少なくとも人間の大陸では十分すぎる。一部の例外を除けば剣を使うメリットなんて存在しない。

 シリルだって特殊な魔力は持っているが身体能力はいたって常人だ。短剣を持っていたとしても十年間の中で銃に鞍替えしていただろう。


「別にケータが気に病む必要は」

「いや普通に考えて近接武器のほうが楽なんだ。要求される技量は上がるけど慣れてしまえばむしろ手軽だし」

「それ、ケータみたいな人外基準じゃねえだろな」

「誰が人外だコラ」


 シリルが疑り深い目を向けてくるので、圭太も不機嫌ぎみに返した。

 近接職は最初こそ銃より安全に立ち回れないかもしれない。だけど一度熟練まで上がってしまえば立場は逆転する。

 圭太や琥珀、他にも勇者パーティには銃が通用しない。きっとアダムやイブにも効果はないだろう。


「ロキと戦ったときのことは覚えているだろ? 銃弾は通用しなかった」

「でも最終的には効いたぜ?」

「シリルの魔力を込めればな。それでもトドメは刺せなかっただろ?」


 ロキの魔法による防御は貫けたが、それが限界だった。

 銃弾では神モドキにトドメを刺すことはできない。それでは意味がないのだ。


「結果的にお前は俺のイロアスを借りてロキに魔力を直接注ぎ込んだ。そうしないと倒せないって本能的に理解したんだろうな」

「それについては否定しないけど、でもオレが魔力を直接注ぎ込まないといけないような相手はもういないだろ」

「アダムがいるだろ」


 圭太が即答すると、シリルは忘れていたとばかりに表情を曇らせた。


「アダムを倒すときにシリルの協力は不可欠だ。それまでに俺の力が覚醒すれば別だけど、現実はそう甘くないからな。できる対策はすべて用意しておきたい」

「……ゴメン」

「謝るな。シリルは何も悪いことはしてないだろ」


 圭太は勇者だ。琥珀みたいに特別な力が眠っていないとも限らない。というかテンプレで言えば必ず持っているはずだ。自覚はないけど。

 だがそんなあるかどうかも分からないものに縋るようなことはしたくない。確実に存在するものでアダムの対策を考えたとき、シリルの魔力は決して外せないのだ。

 自分の立場を理解したのか顔を俯かせて謝るシリルに、圭太は微笑みを浮かべて首を左右に振った。

 悪いのは他人に頼ることしかできない圭太なのだから。


「でも困ったな。武器も用意しないといけない。今のシリルなら短剣じゃなくてもいいだろうし、考えるだけでも楽しくなってくるな」

「ケータ、オレもう連れ回されるのは嫌だからな」


 正直言うとワクワクしてくる。とびきりの美少女に合う武器を自分が選ぶ。これほど男心を揺さぶるイベントはそうそうないだろう。

 過去に武器選びの際に色々な店舗のはしごに付き合わされたシリルがどこかうんざりした調子で呟いた。


「大丈夫だって。最善を選ぶためだから」

「それって引きずり回すこと確定じゃねえか」


 とてもいい笑顔で親指を立てる圭太に、シリルは頭を抱えて重たいため息を吐いた。

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