表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
241/300

第九章一話「空が赤いのは」

 圭太たちが船を降りると、見慣れた赤い空が出迎えてくれた。船で近付いて初めて知ったのだが、どうやらこの大陸特有の赤い空はある地点を超えると急に色を変えるようだ。かつてイブが結界をはっていると言っていたから、その影響なのかもしれない。

 圭太たちを運んでくれた船の船長はさっさと帰ってしまったので、今は圭太と琥珀、一桜とシリルの四名しかいない。とりあえず慣れない船の旅の疲れを癒すために今は一息ついているところだ。


「あー、死ぬかと思ったぁー」

「お疲れさん。シリルって船酔いするんだな」


 膝に手を置いて込み上げているものと一人格闘しているシリルの背中を、圭太はポンポンと優しく叩いてやる。

 船の上で出すものを出していたのは知っている。気付かないようにしていたし、決して女の子に言っていい話ではないので黙っておくが。


「オレからすりゃ平然としてるケータたちのほうが変だけどな」

「仕方ないよボクとイオは人間じゃないんだし」

「ケータも人間ではありませんしね」

「俺は人間だぞ」


 シリルがジト目を向け、琥珀が困ったように頬をかき、一桜が肩をすくめ、圭太が不服な評価に睨みを利かせる。

 琥珀と一桜が船酔いしないのは分かる。彼女たちは人間の範疇ではないし、一桜に至ってはオンネンだ。人間の機能があるのかも怪しい。どれだけ揺られようと気分を害するわけがない。

 だけど圭太はあくまでも人間だ。特殊な能力なんて一つしかないし、その能力も船酔いとは一切関係ない。人外扱いされるのは不服である。

 不満を露わにしている本人は気付いていないが、パルクールを日常的に練習してきた圭太の三半規管は常人では考えられないぐらい発達している。震度七の地震が来ても立っていられる平衡感覚も持っているのだ。船酔いなんてするはずがなかった。


「冗談はその顔だけにして欲しいですわ」

「んだとテメェ!」


 やれやれと首を左右に振る一桜に、圭太は額に青筋を走らせた。

 美少女だからって調子に乗るなよゴルア。言っていいことと悪いことがあるだろうが。


「まあまあ。ケンカしないでよ」


 二人の険悪な雰囲気をいち早く察知して、琥珀が圭太と一桜の間に体を割り込ませる。


「だってコイツが!」

「わたくしは事実を言っただけですわ」

「仲良いのはいいけどね。いい加減にしないと怒るよ?」


 圭太が指差して怒りを露わにして、反対に一桜はどこ吹く風とばかりに腕を組んでいる。

 ニコニコした顔の琥珀の周りに火花が散り始めた。


「ちっ」

「今日のところは痛み分けですわね」

「俺が一方的にやられたと思うんですけど!?」


 何をしれっとわたくしも被害者ですわみたいな顔してんだお前は。


「二人とも?」


 しつこくケンカしようと雰囲気を悪くする圭太と一桜に、琥珀はとうとうドスの利いた声を発した。

 圭太と一桜が同時に顔を逸らして目を背ける。琥珀の顔が普段とは比べ物にならないぐらい恐ろしいものへと変わっていたからだ。もはや般若である。


「にしても、ようやく着いたな魔界に」


 無理やり、本当に力任せ以外の要因がないぐらい強引に、圭太は話を逸らして空を見上げた。

 魔界。魔族が住み魔王が統治する大陸。

 シリルの話では魔王を覚えている人間はいないということだったけど、少なくとも血で濡れたような赤い空は今も健在だ。少しだけ安心する。


「魔界って。一応名前はついてなかったはずだよ」

「いいだろ魔界で。この雰囲気だ。ピッタリだと思うぜ?」

「そういうことじゃないと思うんだけどなぁ」


 話に食いついてきた般若は、圭太が恐る恐る目を向けたときには既に鳴りを潜めていた。いつも通りの琥珀が、懐かしむように目を細めている。


「確かに不気味だよな。空が赤いなんて」


 シリルが少しばかり狼狽えたように頭上を見上げて呟く。

 圭太や琥珀みたいにこの大陸で生活した者にとって、頭上が常に真っ赤なのは慣れたものだ。疑問なんてとっくに通り過ぎてしまったので、今さら頭上の光景に変なものを見るような目は向けない。

 だけどシリルは違う。彼女はこの大陸に初めて来たのだ。人間の住む大陸の空は青かったので、不気味に思うのは仕方ないのかもしれない。色が違うだけで同じ空なのだが、彼女にそんな話をしたところで受け入れてもらえるとは思えない。


「別に変ではないと思うけどな。原因も予想できるし」

「えっ、そうなの?」

「逆にどうして琥珀は分からないんだ? 理科で習っただろ?」


 受け入れてもらえないなら、どういう現象なのか説明してあげるべきだろう。

 人差し指を立てて説明モードに入る圭太に、なぜか琥珀が驚きの声を出した。目を丸くしている彼女に、圭太は立てた人差し指で額を押さえた。

 琥珀の成績は優等生と言って差し支えないぐらい良かったはずなのだが、記憶違いだっただろうか。


「空が赤いのは、光の屈折の関係だ」

「光のクッセツ? なんだそれ?」


 圭太が軽く原因を口に出すと、シリルが意味が分からないとばかりに頭の上に疑問符をいくつも作って首を傾げた。


「シリルは分かんないよな。そうだな、夕日って見たことあるか?」

「当たり前だろいくらなんでもバカにしすぎだ」

「要はこの空は常に夕焼けなんだ。だから空が赤い。簡単な話だろ?」


 夕焼けなら人間の住んでいた大陸でも見たことがあるだろう。そう思って例え話に使ったら言い方が悪かったようでシリルにジト目を向けられてしまった。

 分かりやすい説明を心がけただけで他意はないんだ。本当だ。怒らないくれ。


「でも太陽は真上にあるよ? 光の屈折が関係してるなら太陽の位置もおかしいんじゃないの?」

「そうでもない。イブがいつだか言ってたろ」


 琥珀が頭上で光を放つ太陽を、厳密には恒星というだけで圭太たちの世界にあった太陽とは違うんだろうが、指差した。

 光の屈折による空の色の変化。それは太陽の位置も大きく関係している。

 太陽から放たれた光が空気中で散乱して空が青色に見える。これが大前提だ。太陽の位置関係により光の角度が変わると散乱される角度も異なってくるため色が変わる。大まかではあるがこれが夕焼けの原理である。

 つまり赤い空にするには太陽の位置関係も大きく関係あるわけだ。太陽が頭上にあるのに空が赤いなんて、前の世界の学者に見せれば大騒ぎになるだろう。


「この大陸は彼女の結界に覆われている。多分結界の魔力に影響して常に夕焼け空なんだと思うぜ」


 だが、この世界には圭太たちがいた世界とは違う法則がある。

 それが魔法だ。魔力が現象に複雑に絡み合うことで、圭太たちがいた世界では考えられないような事象が起こりえる。

 逆を言えば、不可解な現象はすべて魔法のせいだと考えればいい。そうすれば簡単な話になる。


「すげぇ。全然分かんねえ」

「まあシリルには難しかったかな。短くまとめるとイブのせいってわけだ」

「あのちんちくりん、ホントに凄かったんだな」

「それは俺も思うよ。何でもないようにとんでもないこと言うからなあの魔王は」


 難解すぎたのか頭を抱えているシリルに、圭太はとりあえず覚えていてもらいたいことだけを要点としてまとめた。

 イブがいたからこの空は赤い。あの魔王様は指先一つ動かすだけで簡単に世界そのものを作り替えるのだ。この赤い空のように。今踏みしめている大地のように。平和な世界では生きていけないひねくれ者の勇者のように。


「できない人の気持ちも共感できないしね。困った王様だよ」

「コハクが人のこと言えるのでしょうか?」


 やれやれと琥珀が肩をすくめ、一桜がボソリと呟く。琥珀が目を向けると一桜は分かりやすく目を背けた。


「そんなことよりも今の俺たちには考えないといけないことがある」

「これからどうするか、だね」


 助け船というわけではないが、話はしておきたかったので圭太が口を開くと、大真面目な顔をした琥珀が頷いた。

 一桜が助かったとばかりに視線で感謝を送ってきているが、言葉にしないと何言っているのか分からないので圭太は全力で無視した。


「情報集めするんだろ?」

「まあ定石だけどな。問題は船に乗せてくれた船長の態度だ」


 圭太が片目を閉じて、この大陸まで圭太たちを運んでくれた船長の言葉を思い出す。


『お、お礼なんていいですから。早く帰らせてください。忘れ物はありませんね? では!』


 まるで奥さんの出産が始まっているんですとでも言いたげな勢いで帰っていった。圭太たちにできたのは忘れ物を確認することだけだったぐらいだ。


「颯爽と帰りましたわね。お礼もいいとか」

「多分琥珀のおかげで協力してくれたんだろうけど、いくらなんでも帰るのが早すぎる。まるで何かから逃げるみたいだ」

「しょうがないんじゃないかな? こっちの魔物は強力だし」


 一桜も船長の行動を思い出していたのかふむとあごをさすり、琥珀はそうかなとばかりに首を傾げていた。

 喉に刺さった魚の小骨のような違和感も、人類最強の勇者様は気にならないらしい。


「えっそうなのか?」

「うん。イブがいる影響か分からないけど、こっちの大陸は魔素が濃いから魔物が強いんだよ」


 シリルがあからさまに顔色を悪くし、琥珀はかつて手を焼いたからか的確に説明していた。

 確かにこっちの大陸の魔物は強力だ。しかも数も多い。ただの人間では散歩するのも困難なほどだ。


「シリルなら大丈夫だろ。エドワードでも生き残れるんだし」

「確かにお兄様は矢面に立つような人間ではありませんが」


 圭太があっけらかんと楽観的に答え、実の兄を引き合いに出された一桜が複雑そうな顔で頷いていた。


「あのときは神造兵器があったからね。銃を持ってる人も多かったし」

「それなら今の俺たちも似たようなもんだろ。神造兵器が二つもあるんだぜ?」

「まあ、ボクと圭太君がいれば魔物は怖くないよ」


 琥珀と圭太がいれば、どれだけ魔物が出てこようと問題ではない。膨大な魔力で呼び寄せていたらさすがに作戦を考えないと守れ切れないかもしれないが、琥珀が不用心に魔力を垂れ流しにでもしない限りはその心配もないだろう。

 シリルが不安を感じる理由はどこにもない。


「そういうこと。俺たちに安心して守られてな」

「イヤだね」


 だけどシリルは気に入らないようで、首を左右に振った。


「ここまで来てお荷物になりたくない。オレも強くなったんだ。ケータたちに頼られるぐらいに」

「子供の頃から頼ってたと思うけどなぁ」


 少なくともお荷物に感じたことは一度もないのだが、そんなことをシリルに言っても聞いてもらえないのだろう。適材適所だと思うのだが、シリルは納得してくれないみたいだ。


「でもま、今は情報収集が先だ。協力者を見つけないといけないんだし、焦る必要はないだろ」


 気負っているらしいシリルだが、彼女の無力感を今すぐ解決することは難しい。

 できなくはないが、優先順位ではかなり下のほうだ。今はまず情報を集めて行動方針を固めなければならない。シリルの戦いを見るのはそれからでも遅くはないだろう。


「協力者ってナヴィアのこと?」

「もちろんナヴィアもだけど、それだけじゃない」

「だけじゃない? 他に誰かいたか?」


 ナヴィア以外に圭太に協力する魔族を知らないシリルが、はてと首を傾げる。

 そんな彼女に、圭太は一番最初にこの世界での厳しさを教えてくれた師匠のことを思い出しながら指を立てた。


「シリルは知らないけどな、魔族には最強の剣士がいるんだぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ