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第八章二十九話「連れて行って」

 夜。草木も眠る丑三つ時。

 圭太と琥珀、一桜の三人は反乱軍のアジトを出ようと荷物を背負っていた。シリルには朝になったら出発すると伝えたから、盛大に送迎会をしてもらったばかりだ。食べ過ぎたせいでまだ少しだけ胃が重たかった。

 見送ってもらうのは圭太も琥珀もあまり好きではない。誰もが寝ている今のうちに出発しようという考えだった。


「あぶねえ。ギリギリ間に合ったな」


 だけど圭太の思惑とは外れ、三人が歩き出す直前に顔を見せる少女がいた。

 送迎会で圭太と食べ比べをしたはずのオレンジ髪の少女だ。


「どうしたんだシリル。見送ってくれるのか?」

「よく言うぜ。人を騙して出ていくつもりだったくせに」


 へらっと圭太が笑みを刻むと、シリルは呆れ返ったようにため息を吐いた。

 嘘吐くのは圭太の性分だ。今さら呆れられても逆に困ってしまう。


「誰がそんなこと言ったんだよ」

「ケータの性格なら簡単に予想できるっての。一応監視の目も付けてたのにすぐに逃げるし」

「あの厄介な目はお前の指図か。今ごろ居眠り中だろうな」


 客室にいる間はともかく、出歩くたびに誰かの視線を感じていた。多分反乱軍が監視しているのだろうとは予想していたけれど、敵意はないから放っておいた。

 どうやらシリルの指示だったようだ。理由がいまいち掴めなかったのだが納得した。てっきり琥珀の熱烈なファンなのかと思っていたぞ。


「ったく。こんな夜更けに出発しようなんて、旅人とは思えねえな」

「心配すんなよ。俺は夜目が効くし、最悪琥珀がいるからな。夜道でもなんでも照らせるさ」


 圭太は夜の獣道だろうと鼻歌交じりに歩くことができる。旅の最中にそんなテンション高く歩くわけがないのであくまで比喩だけど、圭太は旅をするのに昼も夜も関係ない。

 それにもしも光が必要になっても光の勇者がいる。彼女の力を借りればどんな暗い道も明るく照らせるだろう。時間なんてますます関係ない話だ。


「それはケータたちの将来もか?」

「……あん?」

「知ってるぜ。ケータたちはイブを助けるつもりなんだよな?」


 シリルはまるで敵にでも相対しているときみたく不敵に笑みを浮かべていた。圭太の隣に立っている琥珀が思わず恋人の顔と見比べるぐらいだ。


「助ける? 何言ってんだイブの実力は知ってるだろ?」

「ならイブの様子を聞いてきたときどうしてあんなに食って掛かったんだ? 忘れたとは言わせねえぜ?」

「ちっ」


 圭太は咄嗟にとぼけようとしたのだが、再会したときに晒した無様をシリルはしっかり覚えていたらしい。

 反論材料が見つからなくて、圭太は舌打ちをした。


「それに、アダムってやつが相手ならイブでも勝てない。十年前もそう話してただろ?」

「記憶違いかもしれないぞ」

「だったらケータがこれからどこに行くのか教えてくれよ」


 十年前の会話なんて当てになる根拠ではない。そう思って肩をすくめれば、シリルは月明かりでもはっきり分かる真剣な瞳で圭太を見据えていた。

 彼女の中では既に答えが出ていて、どうやって圭太にその答えを話させてやろうか。そういう意思を感じさせる目だ。


「圭太君。もう無理じゃないかな?」

「うるせえぞ琥珀」

「金ぴかの言う通りだ。誤魔化そうたってそうはいかねえ」


 琥珀が困ったように眉で八の字を描いており、シリルも圭太の戯言に付き合うつもりはないと首を横に振った。


「オレも旅に連れて行ってくれよ」


 そして圭太がもっとも困る言葉を、シリルははっきりと口に出した。


「――ダメだ」

「なんでだ」

「理由は二つある。まず一つ、これは俺の我儘だからだ。琥珀や一桜は立場上俺と一緒にいなきゃいけないけど、シリルは違う。わざわざ危険な旅に巻き込むわけないだろ?」


 圭太は首を横に振り、ロキを倒してからずっと考えていた言い訳を口にした。

 シリルがいてくれれば心強い。それは認める。だけど圭太の一方的な考えで彼女の人生をめちゃくちゃにしていいかと言われればそんなことは絶対にない。

 琥珀も一桜も圭太からは離れられない。神造兵器として、オンネンとして、圭太がいなければ自分で生活することすらできないからだ。

 だけどシリルは違う。シリルは圭太がいなくても生きていける。事実この十年もの間、彼女は圭太の手から離れて生活していた。


「ならケータが守ってくれよ。助けてくれるんだろ?」

「言ったろ。もう一つの理由がある」


 彼女の言う通り、危険な旅だと言うのなら圭太が守ればいいだけの話だ。

 既に圭太はシリルを守ると断言している。今さらはいやめましたとは言えないし言うつもりもない。シリルもそんな圭太の性格はよく理解している。

 そして理解されていることも圭太の想定の内だ。だからこそもう一つの理由を用意しているのだから。


「お前、反乱軍はどうするんだよ」


 一番大きな理由を口に出されても、シリルは微動だにしなかった。


「シリルが要になっている。それは自分でも理解しているんだろう? ならどうして反乱軍の仲間たちを放って俺たちの旅に同行できる? 見捨てるつもりか?」


 シリルには責任がある。もちろん圭太にも責任はある。

 圭太の場合は、どんな窮地であろうと絶対に助けてもらえるという信頼だ。アヤノのようにときには暴走させてしまう可能性を常に考えて行動しなければならない。

 そしてシリルは自分を頼っている人間が多くいるという責任だ。彼女が旅に出れば、取り残された人たちはどうなる。

 シリルが圭太の旅に同行するということは、自分を頼りにしている人たちを見捨てることと同義だ。圭太は当然そんなことをしてまで旅についてきてほしいとは思えない。


「……仲間を見捨てるようなやつは信用できないか?」

「当然だ。背中を任せられない」

「そう言うと思ったぜ」


 シリルが困ったように苦笑いを浮かべるので圭太は即答で頷いた。仲間を見捨てるということは自分のために仲間を売ることができるということだ。世間話をするだけの関係ならまだしも命がけの戦闘中に背中を預けることはできない。いつ背中を刺されるかも分からないからだ。


「反乱軍の皆には既に話を通してる。難航したけど、どうにか説得したさ」


 シリルが初めて圭太の想定を超えた行動を告白する。


「オレみたいな魔物モドキと一緒にいたらダメだってな」

「……魔物モドキ、か」


 シリルの自嘲を受けて、圭太は思わず呟いてしまった。

 彼女の生まれは特殊だ。だからこそ他人の魔法を阻害する魔力なんて類を見ない能力を手に入れているのだけれど、人間とは呼べないのかもしれない。少なくとも彼女は引き目を感じているようだ。


「ああ。ケータならオレの生い立ちは知ってるだろ? 多分オレが近くにいると争いが起こるんだよ……ロキみたいに」

「あれはお前のせいじゃない」

「でもオレが止められなかったのも事実だ。チャンスはいくらでもあったのに、反乱軍のリーダーって立場に目が眩んでた」


 ロキが独裁者として暴走し、人を焼くのが趣味なクソ野郎になったのはシリルのせいではない。あの自称神は元々狂っていたのだ。誰にも解決することはできなかった。

 だけどそれでもシリルは自分に責任を感じているらしかった。近くにいたのなら確かにロキが最悪の独裁者になる前に止められていたのかもしれない。でもそう簡単でもなかったはずだ。責任を感じる必要はないと思う。


「だからオレは平和な世界にはいられないんだ。ケータと同じように」

「お前、知ってたのか?」

「さあ? 何のことだか分からないけど、ケータが自分は人間じゃないって言ってたのは覚えてるぜ?」


 圭太は自分を平和な世界では生きていけない不良品だと自覚している。実際元の平和な世界に戻されたときも拷問のように感じていたぐらいだ。多分圭太という人間は平和を生きられないのだろう。

 だけどシリルも圭太と同じように考えているとは思わなかった。確かに彼女の前でも同じようなことを言ったかもしれないけど、それでも十年経っても覚えているなんて。


「それに連れて行って貰えなかったときのことがあるからな。前は十年待たされたし」

「悪かったよ。アダムに負けて」

「今度はオレも行く。きっと役に立つはずだ。な?」


 十年前、琥珀を倒した後圭太はシリルを人間の世界に置いていく決心をした。その結果アダムに不意を突かれて世界を渡り、こちらの世界に帰ってきたのは十年経ってからだった。

 シリルを連れて行かなかったときの失敗を指摘され、最終的に自分の価値まで示されてしまえば断れない。

 圭太はため息を吐いてから肩をすくめた。


「……やれやれ、そこまで寂しいって言われたら仕方ないな」

「だ、誰が寂しいなんて言った!」


 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべるとシリルは顔を真っ赤にして怒った。


「そうですわ。ケータも素直じゃありませんわね」

「一桜。頼むから今は口を挟まないでくれ」

「なら態度を改めることですわ。わたくし酷使されましたし」

「助かった。なあこれで満足だろ? 今度琥珀と二人きりの時間を作ってやるから」

「仕方ないですわね。手を打ちましょう」


 圭太がしれっと琥珀の自由を支払うと、一桜は仕方ないとばかりに肩をすくめた。言葉とは裏腹に上機嫌なようで顔は柔らかく綻んでいる。


「恋人から親友に身売りされたんだけど。これボク怒っていいよね?」

「ダメだ」

「困りますわ」

「じゃあボクを物扱いしないでくれるかな!? いや今は剣なんだけどさ!」


 琥珀がむむぅとばかりに唸り、圭太と一桜が即答で首を横に振った。

 納得いかないとばかりに琥珀が叫ぶが、圭太の興味はとっくに彼女から離れていた。


「コホン。話がそれたな」


 咳払いをして、琥珀を無視して圭太は話を強引に戻す。


「いいぜ。シリルがいてくれたら俺たちも助かる。一緒に来てくれるか?」

「おう。もちろんだ。オレに任せてくれ」

「……ホント、俺の背中を見て育ったんだなあ」


 圭太が頭を下げると、シリルはとても嬉しそうにドンと自分の胸を叩いた。

 なんだか助けを求められたときの自分を見ているみたいで、圭太は思わず苦笑してしまった。

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