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第一章二十二話「大きな広場」

「うっわー。えげつねえ」


 人間を殲滅した結果生まれた荒野に、圭太は冷めた視線を送っていた。

 元々は森だった。とても美しい緑の楽園だった。

 荒野に変わったのはたった一人の魔法のせいだ。圭太も手助けしたのだが、都合がいいことにもう記憶にない。


「う、うむ。ワシもさすがにやりすぎてしもうたと思うのじゃ」


 森を荒野に変えた真犯人が目を背ける。


「しかも後始末はエルフに押し付けるんだもんな。なんともひどい」

「シャルルは貸し出したじゃろうが」


 十分じゃろとでも言い出しそうな口調だ。実は大して反省していないのかもしれない。


「しかも尻拭いは部下か。シャルロットも苦労人だよな」


 圭太たちの視線の先、荒野と化した戦場の後始末をしているエルフに混じって、ツノの生えた女性が木の残骸を刻んでいた。


「なんじゃ。手伝いたいのなら行けばいいじゃろう」


 イブはとても鬱陶しそうに手をヒラヒラ振る。

 小言から逃げ出したいのだろう。残念だが、彼女の希望は叶えられない。


「そう思うんだけど、多分手伝いに行ったらイブ様を見てろって怒られるんだよ。サボりたくてサボってるわけじゃないっての」

「ワシは赤子か何かか」

「似たようなものだろ」

「違うんじゃが! ワシは子供じゃないんじゃが!」


 イブは車イスを大きく揺らし、圭太の評価を全力で否定する。


「お前が原因で森に大きな広場ができたんだが?」

「あれは、そうじゃな。仕方ないことじゃったんじゃ。ほら。エルフにほとんど犠牲なかったじゃろ?」


 確かにエルフの被害はほとんどない。魔王は戦闘をすぐに終わらせたし、イブと圭太が話をしていた間はシャルロットが奮戦した。

 エルフで負傷した者は多いがほとんどが軽傷だ。重傷者はイブがすぐ治したし、死亡者はそもそもいない。


「地形は変わったけどな」

「ぐぅう。何が望みなんじゃ」

「別に。改めて魔王の凄さに打ちひしがれているだけだ」


 圭太はぶっきらぼうに呟いて、今も後片付けが進められている荒野に視線を固定する。

 戦局は初めからイブの手の上だった。本当に魔王なのだ。両足の自由を失っても最強だ。

 たった一人で地形を変えられるのだから。


「そうじゃろうそうじゃろう。もっと尊敬してくれてもええんじゃぞ?」

「絶対ヤダ」

「なぜじゃこの頑固者!」


 車イスに座っているからかポカポカと叩いてくるイブ。

 圭太は思った。この子供はやはり魔王の器ではない。俺が頑張らなくては、と。


「イブ!」


 圭太ではない男の声が、魔王の名を呼んだ。


「なんじゃ? スカルドどうしたのじゃ。そんなに慌てるとは珍しい」

「ナヴィアを見なかったか!?」


 息も切れ切れのエルフの長は、イブの言葉を無視して叫ぶ。


「――おいまさか、あの小娘の姿がないと言わんじゃろうな」


 イブの顔は鋭さを増し、圭太は嫌な予感に顔をしかめた。


「見つからないんだ。他の者は全員いるにもかかわらず。何か知らないか!?」

「嘘だろ……?」


 どうも嫌な予感は外れていなかったらしい。


「ケータ。この村に戻ってきたとき、あの小娘はなんと言うた?」


 イブは厳しい表情のまま圭太に問いかける。


「話がしたいからとスカルドのもとへ一人で向かった」


 奴隷の偽装をやめさせてナヴィアを快く見送った。その後にイブとシャルロットの尊い主従関係を見せつけられたから、合流する時間はあったはず。


「何? 顔を見ていないぞ――まさか」


 スカルドも最悪の可能性に気付いたようだ。整ったはずの息が再び乱れ始める。


「そのまさかじゃ。ナヴィアは人間に連れていかれた」


 ナヴィアは人間の町に潜入するため丸腰だった。奴隷の証である首輪は外していたから、人間にとっては格好の獲物だっただろう。

 完全に油断していた。拠点に戻ったからといって一人で行動させるべきではなかったのだ。


「――こうしてはいられない」


 スカルドは何かを決心したのか表情を引き締め、踵を返す。


「待つのじゃスカルド。主が一人で向かったところで意味はない。奴隷が一人増えるだけじゃ」

「一人ではない。エルフ総出で」

「それでも変わらぬわたわけ。あの町には勇者の一味がおるんじゃぞ」


 勇者は魔王を封印した。その一味なのだから生半可な実力ではない。一対一の戦いで勝てるのはイブぐらいのものだろう。数に頼っても先の魔王みたいにひっくり返される可能性だってある。


「では指を咥えて娘を見捨てろというのか! もう二度と子供を持てないお前は!」

「そうではない。邪魔者を増やすなと言うておるんじゃ」


 激昂するスカルドとは対照的な冷静な声でイブは返す。


「ワシが出る。元はと言えばワシらが原因じゃ。不始末は自分でつける」


 魔王の声は静かで、確かな威厳を宿していた。


「両足の動かぬお前に何ができる」

「見ておったじゃろう? 足の自由なぞハンデにならぬ」


 たった今証明したばかりだ。スカルドは良い返しが思いつかなかったのか黙り込んだ。


「でも相手は勇者の盾だ。いくらイブでも余裕とはいかない」


 代わりに圭太が懸念を一つ並べた。

 相手は勇者の盾の異名を持つ英雄だ。全力での力比べならイブが負けるはずないのだが、大きなハンデを背負っている今は分からない。

 相手は町を一人で守り続けている。腕が鈍っている可能性はゼロに近いだろう。


「そうじゃな。じゃが、ナヴィアを助けるには十分な時間を稼げるはずじゃ」

「それではお前が身代わりとなるではないか」

「言うたじゃろう? 不始末に自分でケリをつけるだけじゃ」


 人には命を賭けのネタに使うなと言ったくせに、自分は命を捨てるつもりらしい。

 スカルドは悔しそうに顔をしかめていた。

 全面戦争をすれば被害は免れない。なら魔王一人で済ませたほうがマシである。イブはついこないだまで封印されていた身。また失っても大きな損失ではない。

 友人か娘か、スカルドはどちらか片方を切り捨てなければならない。


「待ってくれ。二人とも」


 沈黙を破ったのは、エルフの村でただ一人滞在していた人間だった。


「なんだ人間。今イブと話を――」

「なんじゃ勇者。何か思いつきでもしたか?」


 スカルドは怪訝に、イブは楽しそうに圭太に問いかける。

 この場面で口を開くということは何か考えがあるということ。戯言か救策が出てくるということだ。


「これは戦争だ。人間は魔族とエルフに喧嘩を売った。その結果起こる戦争だ」


 圭太は状況を整理するため、人差し指を立てた。

 ずっと考えていた。圭太は特別な力を持たない一般人。活躍するには頭を使うしかない。


「俺たちの勝利条件はナヴィアや他の奴隷を連れ戻すこと。敗北条件は勇者の盾と正面からやり合うこと。魔王であっても勝てない相手をどうにかしないといけない」

「回りくどい。結論を言わぬか」


 整理を続けていたら、痺れを切らしたイブに怒られてしまった。

 これ以上引き延ばしたら聞いてもらえなくなる可能性がある。圭太は単刀直入に告げた。


「俺に案がある。協力してくれるか」

「面白い。聞いてやろうではないか。のうスカルド?」

「話だけは聞いてやる」


 圭太の言葉にイブはニヤリと口角を上げ、スカルドも渋々といった様子で耳を傾けてくれた。


「ありがとう。じゃあ作戦だけど――」


 圭太はこの世界に来てからずっと考えていた逆転の策を全部話した。


「ほう。なるほどの。この大陸でしかできぬ作戦じゃな」


 話をすべて聞いたイブが唸り、はっはっと車イスのひざ掛けを叩く。


「それならエルフに危険はほとんどない。だが奴隷を危険に晒すのは避けられないだろう」


 スカルドの感触も良さそうだ。短所を見つけてくれたということは実用性を考えてくれている証拠である。


「だからエルフにも手を貸してもらう必要がある。危険になるが、奴隷を全員助けるためにはそれしかない」


 もちろんその程度の穴は想定済みだ。圭太は焦らず対策を口に出す。


「分かった。許可しよう。若い男を何人か用意しておく」

「助かる」


 スカルドは納得してくれたようだ。一度頷いて黙り込む。魔法を使っているんだと思う。


「運任せな部分はどうするんじゃ? 主にワシの仕事じゃが」

「失敗したら魔王が代わりを務めてくれ。勇者の盾以外に後れは取らないだろ?」

「ふふっ。了解じゃ任せておけ」


 イブは楽しそうに微笑んで胸を張った。


「作戦は日が昇る直前に行う。二人とも準備を頼む」

「分かった」

「あい分かった」


 勇者圭太の初陣の火蓋は切られた。

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