第八章八話「いつもやってたこと」
「直接集めに……? それってどういう意味だ?」
圭太の言っていることが理解できずにシリルは表情をフリーズさせて、先ほど圭太が言った言葉をほぼそのまま疑問符を付けて送り返してきた。
「文字通りの意味だ。町に行って、聞き込みがしたい」
「バカじゃねえの!?」
仕方がないので圭太は理解してもらえるように言葉を省かずにもう一度頼む。シリルの怒鳴り声が部屋に響いた。
「許すわけないだろそんなの! 命を捨てに行くようなもんだ!」
「別にその場で倒そうってわけじゃない。それに一度目ならまだ向こうの警戒も甘いだろ」
「そういう問題じゃねえよ! 危険だからやめろって言ってるんだ!」
圭太が肩をすくめて警戒されていない今がチャンスだと説得する。だけどシリルはそもそも町に出ること自体を反対しているので、余計と火に油を注ぐ形になってしまった。
昔は諭す立場だったのに今は無謀だと怒られるようになるとは。シリルの成長っぷりが初めて面倒くさいと思い始める圭太だった。
「そうだよ圭太君。いくらなんでも」
「なんだよ。お前までそっちの味方か琥珀」
「当然だよ。相手は権力者なんでしょ? 不用心に立ち寄るのは得策じゃないと思うな」
どうやら琥珀もシリルの味方らしく、いつも通りのニコニコとした微笑を浮かべながら腕を組んでいた。
圭太が決して不用心に立ち寄ろうとしていないのはなんとなく理解している。それでも警戒しすぎて損をすることはない。不測の事態が起こったとき、圭太が不利になるのは間違いない。
「一桜もそう思うか?」
「ええ。わたくしがコハクの味方にならないわけありませんわ。と言いたいところですが」
圭太が一桜に目を向けると、唯一人ならざる者は当然のように琥珀に目を向ける。そしてなんだか思うところがあるらしく、盛大にため息を吐いた。
「わたくしは、ケータに賛成ですわ」
どうやら琥珀を差し置いて圭太の味方をするというのが彼女的には我慢できないらしい。それにしたって不機嫌が過ぎるような気がするのだが、圭太はとりあえず仲間になってくれた一桜に笑顔を向けた。一桜はベーっと舌を出した。
「えっ、どうして? イオなら圭太君がどれだけ危ないこと考えてるか分かるでしょ?」
「ええ。危険ですわ。でもそれなら、コハクもこのオトコと再会することはなかったでしょうね」
「あっそうか」
困惑を表情に出す琥珀に、一桜はあっさりと答える。
琥珀と圭太が再会したとき、彼女の立場は王妃で勇者だった。まごうことなく圭太とは敵対関係にあり、圭太からすれば一歩間違えれば命を落とすような状況だった。
言うならばこれから行おうとしている状況とそう変わらない。
「いつもやってたことだ。慣れてるってのもあるが、正直言って情報集めのほうが性に合ってる。俺ぐらいの実力じゃそう活躍もできないしな」
「それは、そうかもしれないけど」
圭太に特殊能力はない。戦況をひっくり返せるのもあくまで参謀としての才能であり、戦場に出ればゾンビぐらいの耐久力を持つただの一兵卒だ。琥珀やシリルのように戦場で輝く力を圭太は持っていない。
とくに数対数の戦争では、圭太にできることなど作戦を考えることぐらいしかないのだから。
「大丈夫だ。いざとなったら屋根伝いに走って逃げるから。シリルなら知ってるだろ? 俺の身軽さは」
「知ってるよ。でも危険なのは変わらない。この世界はもうお前が活躍していた時代じゃない。今ならこれだってある」
「銃か。まあ確かに、飛び道具が普及していたら簡単には逃げられないだろうな」
シリルが肩に担いでいる相棒を指で突き、圭太もシリルの言葉を認めるように肩をすくめた。
「でも警戒されなければどっちにしろ関係ない。だって俺は旅人だぜ? いきなりとっ捕まえるわけにはいかないだろ」
「オレと初めて出会ったときは牢獄に入っていたよな」
「あれは同行者が悪い。イブが魔王だって気付かれなければ逃げ切れた」
シリルと初めて出会ったとき、圭太はキテラの策により牢獄に囚われていた。だけどあれはイブが同行者だったから問題だったわけで、圭太一人だけだったらどうとでもなった。一人なら検問を通らないという選択肢もあった。パルクールができるのだ。塀でもなんでもよじ登ることができる。
「とりあえず、一度この目で見ない限りは作戦なんて練りようがない。もしも現状の打破を求めているなら、町に行かせてくれないか」
情報があれば度肝を抜くような作戦を思いつくかもしれない。だけど逆に言えば情報がなければ出てくる作戦はどれも無茶無謀なものばかりだ。今圭太の頭に浮かんでいる最有力候補はロキの暗殺になるぐらいだ。反乱軍にとってはあまりいい結末にはならない。
「それって圭太君一人で行くつもり?」
「ああ、そのつもりだぞ。一人のほうが動きやすいからな」
一応潜入だ。町中で襲われるとは考えにくいが、それでも万が一のことを考えたら圭太一人で行動したほうが都合がいい。仮に誰かについてこられたら、圭太は逃走経路も考えなければならなくなる。
「ボクも行くよ」
「あん?」
「だから、ボクも一緒に町に行く。ボクが一緒なら危険も少ないし、いざとなったら逃げられるし」
「もちろんわたくしも付いていきますわ。どちらにせよ器とはあまり離れられませんしね」
琥珀と絶対に意見は曲げないよとでも言いたげな目を圭太に向けてきていて、琥珀が行くのならと一桜も手を挙げる。
器云々の話はオンネンとしてのものなのだろう。だけど一桜が圭太の中に戻れば話は解決する。問題は琥珀だ。
「お前ら……邪魔だけはすんなよ」
「しないよ! ボクたちをなんだと思ってるの?」
「ナヴィアやイブは一応俺に全部任せてくれていたからなあ。頑固者の琥珀が同じように黙っていられるとは思えないし」
圭太が一緒に旅をした連中は一定の線引きをしていた。奴隷市に向かっても顔を青ざめるだけで何もしなかった。琥珀はそうはいかないだろう。許せない何かを見つければ、彼女は我慢せずに突っ込むはずだ。圭太からすればそんないつ発射されるかも分からない銃弾を傍らに置くのには抵抗がある。
「ご安心をケータ。コハクのあしらうには慣れていますわ」
「そうか。一桜は一緒に旅をしていたんだっけ。じゃあ任せておけばいいな」
「二人ともひどいよ!」
一桜がいたずらっぽい目を琥珀に向けており、圭太もすぐに彼女の考えを読み取ってニヤニヤと親指を立てる。
琥珀が心外だとばかりに両手を上下に頬をふくらませると、圭太と一桜は同時に吹き出した。
「待て待て。なんで行く流れになってんだよ」
いつの間にか誰が行くかという話をし始めている圭太たちに、シリルはふざけんなとばかりに疲れ切った顔になっていた。
「そりゃあ、そのつもりだからな。断られたら勝手に行くだけだ」
「じゃあなんでわざわざオレのところに聞きに来たんだ」
「決まってんだろ? お前は反乱軍のリーダーだ。一応話は通しておかないとな」
「まったく。変なところで律儀だなケータは」
この反乱軍を率いているのはシリルだ。圭太が勝手な行動をして迷惑がかかるのもまたシリルになる。
それなら行動を起こす前に一度話をしておかなければならない。いわゆる報連相というやつだ。反りが合わないホタルが相手でも話は通さなければならないだろう。本当に嫌だが、そのせいで反乱軍が壊滅するのは圭太的にも目覚めが悪い。
「分かった。どうせダメって言っても行くんなら混乱は少ないほうがいい。許可するよ」
「サンキュ」
「ただし、条件がある」
やれやれとばかりに肩をすくめて、シリルは町へ行く許可をくれた。これで情報収集が、運が良ければロキを倒す重要な手がかりが手に入る。
さっそく向かおうとする圭太たちに、シリルは真剣な目を向けてきた。何か考えがある。彼女の瞳はそう語っていた。
「条件?」
「オレも連れて行け」
琥珀が首を傾げると、シリルははっきりと断言した。
予想していた圭太以外の二人が、わずかに表情を濁らせる。
「それは、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。オレは変装するから」
一桜が問いかけるとシリルは当たり前だろとばかりに胸をはった。小ぶりなふくらみが精いっぱいの自己主張をしている。
シリルは反乱軍のリーダー。言い換えるなら絶対に失ってはいけない存在だ。そんな彼女自身が言っていた危険な町へ向かってもいいのか。一桜の心配も当然だ。シリルでなければ圭太も同じことを聞いていた。
「変装か。バレないのか?」
「舐めんなよ。こんな生活だ。コソコソするのには慣れてる」
シリルの言葉に説得力を感じるのは、彼女の十年間が透けて見えたからだろうか。
圭太の知らない十年間。シリルだって子供ではない。簡単に出てくる言葉の裏でも十年分の経験があるはずだ。
「なるほど。信用していいんだな?」
「何度も言わせんな。オレは大丈夫だ」
「じゃあ一緒に行こう。俺たちはいつでも行けるから、そっちの準備ができ次第でいいぞ」
「分かった。すぐに準備するからちょっと待っててくれ」
準備をするというのなら、シリルの自室に残る理由はない。着替えるのはほぼ間違いないのだし、男である圭太がいたら準備もできないだろう。
いやシリルがまだ子供だった頃に裸を見たことはあるけれど、あれは事故だ。当時は許してくれたけど、今はそうもいかないだろう。隣には恋人である琥珀も圭太に当たりのキツイ一桜もいる。もしも着替えを見たいなんて言ってみろ。もれなく処刑一直線だ。
「……よかったの?」
部屋の扉を閉めて、準備ができ次第すぐ行くのだしあまり離れるのもなと思って壁に背を預ける圭太に、琥珀はどこか心配そうな目を向けてきた。
「何がだ?」
「彼女だよ。反乱軍のリーダーを連れて行くなんて、何かあったら」
「絶対守り抜く。それだけの話だろ?」
シリルに何かあれば、それはもう大問題だ。下手すれば反乱が終わる危険性すらある。
だから圭太たちにできるのは何としてもシリルを死守すること。なんと単純だろうか。あれこれと頭を悩ませる必要のない簡単な解決策だ。
「もうっ、ホントカッコいいんだから」
即答する圭太に、琥珀はどこか呆れたように大きく息を吐き出した。




