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第一章二十一話「侵略戦」

 凄惨な光景だった。

 いつもなら落ち着いた様子の森は炎に包まれて紅蓮に染まっている。


「ヒャッハー金儲けの時間だゴルア!」

「火をつけろ! 逃げ場も全部燃やせェ!」


 勢力は二つ。片方は圭太と同じ人間。剣や槍を持ち下劣な笑みを刻んでいる。炎をバラまいているのはきっと奴らだ。


「我らの森に何をする!」

「応戦しろ戦える者は皆武器を取れ!」


 もう一つの勢力はエルフ。弓や斧を持ち人間を確実に減らしていっている。炎を消そうとしないのは余裕がないからか。


「うわーぉ。すごいなまさか異世界来て初の戦場が侵略戦とは」


 圭太は二つの勢力の戦争を眺めて、どこか他人事のように呟いた。

 見ている限り数は人間が有利なようだ。だがエルフのほうが練度が高いらしく、数の差は少しずつ埋まっていく。戦いが終わるのも時間の問題だろう。


「新鮮じゃろ? しかも相手は人間じゃ」

「ああ。ホント頭が痛くなってくる」


 イブも戦況からエルフの勝利を確信したからか呑気に笑っていた。

 圭太は額を押さえながら勝負が決している戦場から目を逸らさないようにした。

 これが人間だ。これが戦争だ。教科書でしか知らなかった地獄をしっかりと脳裏に刻み付ける。


「イブ様お下がりください。危険です」

「ワシを舐めるでないわ。人間ごとき相手にならぬ」


 シャルロットは剣を抜き、油断なく人間を視界に収めていた。だがやはりというか彼女の目にも感情はない。興味がないようだ。


「勇者に負けたけどな」


 周りにも聞こえるように圭太は独り言を呟いた。


「あー間違って魔法撃ちそうじゃー。同じ人間じゃからなー仕方ないかのー」

「冗談だよ悪かった」


 手のひらを掲げ、一目で危険と分かる魔力の塊を作り出すイブ。圭太は冷や汗を流しつつヘラッと笑った。

 イロアスをハルバードモードに切り替える。争いからの流れ弾を警戒するためだ。ついでに車イスに座る魔王から身を守るためでもある。


「助太刀してきます」

「ふむ。頑張って恩を売ってまいれ」

「かしこまりました」


 一礼して、シャルロットは目にも留まらず速さでイブの近くを離れる。隕石が落ちたような音がして彼女がいた場所にクレーターができた。移動したせいでクレーターができるなんて漫画だけだと思っていた。


「でも不思議だな。どうやってここを嗅ぎ付けたんだ?」


 シャルロットが残したクレーターの衝撃で目にかかってしまっているイブの前髪を指で梳いて、圭太は人間がここに来れた理由を考え始めた。

 エルフの村は広大な森の中にひっそりと存在している。初めから知っていたのならともかく、一から探すとなるのはそう簡単ではないはずだ。現に奴隷として売られていたエルフの数も多くはなかった。


「ワシらが原因ではないか?」


 イブはあっけらかんととんでもないことを口走った。


「えっマジで? 後はつけられてなかったと思うんだが」

「ワシも気付かんかった。まあ雑多なせいもあると思うんじゃが」


 イブは肩をすくめ、やれやれと首を横に振った。

 町にはたくさんの人間がいた。圭太たちの後をつけていたとしても雑踏に紛れて見分けにくい。一応圭太は気にしていたつもりだったが、素人の目を切り抜けた輩がいたのだろう。

 イブも注意していたようだ。だが彼女は大雑把な性格。人間の群れの中から特定の誰かを見つけるのは困難だ。


「じゃが、エルフは目立っておったじゃろう」


 イブの言葉に圭太はゆっくり頷いた。


「奴隷はそれなりにいたけどエルフは希少だった。心なしかナヴィアに対する目も多かったな」


 エルフの村を見つけられていなかったことも大きな理由の一つだろう。エルフの奴隷は希少な宝石のような価値の町だ。儲かりたいと思う連中が目を付けるのも無理はない。


「気に入らぬがあの小娘は整っておるからの。顔もスタイルも」

「素直に褒めてやればいいのに」


 今までのやり取りから何となく本心を理解していた圭太が、呆れた顔をイブに向ける。

 イブはナヴィアを認めている。そうでなければ言い争いなんてするわけがない。シャルロットとの上下関係でもなく圭太との協力関係とも違う関係。本心から言い合える数少ない相手だからこそイブは年下のエルフを対等な相手と認めているのだ。


「嫌じゃ。ワシかて成長すればあの小娘を超えるなど造作もないんじゃぞ」

「不老不死のせいでお前成長しないじゃん」

「うるさいわ。ワシだって数千年後には」

「俺その頃には死んでるなー」


 圭太は不老不死ではないしエルフみたいに長命なわけでもない。八十年もすれば死んでしまうのだから、数千年後のイブの姿を見ることはできない。


「主が望むなら延命させてやってもいいんじゃぞ。平和な世界になった後ならの」

「考えとくよ」


 悪くない提案を圭太は軽く流した。


「話を戻すのじゃ。あの小娘は珍しいエルフの中でも上位の容姿。奴隷狩りが流行っているあの町では、さぞ金の匂いがしたじゃろうな」

「後を追えば金のタネを見つけられる。だからつけられていたのか。気付かなかったな」

「遠くからでもこのイスがつけた痕なら特徴的じゃからな。追いやすかったじゃろう」


 イブは車イスを指差す。

 この世界に車イスは存在しないとサンが言っていた。つまりわだちもない。痕跡を辿るのは簡単だったはずだ。ちなみにわだちというのは車輪の痕のことだ。


「うわーマジか。しまったな。軽率だったか」


 圭太は頭を抱えて項垂れる。このような形で科学があだとなったのは正直予想外だった。


「考えられる展開じゃ。ワシやシャルルはケータやワシ自身を心配しておったが、それ以外の可能性じゃてある。ワシらの立場は人間の敵じゃからな。与える影響も軽くはないじゃろうし」

「脳筋バカの魔王様でも考えていたんだな」


 正直意外だった。策も張り巡らせられないくせに。


「当たり前じゃ。ワシは王じゃぞ。一般人のケータでは至れぬ次元で考えておる」

「串刺しにされてボーッとしてたけどな」

「なんじゃ? ワシとやりたいのか? 魔王と勇者の因縁の対決をするんじゃな?」


 イブがニコリと笑い、魔法が手の上に浮かび上がった。目が笑っていない。


「冗談じゃないデスカー」


 圭太は電光石火でへらっと表情を崩した。


「まったく」


 イブはため息を吐いて片手間に作った魔法を適当に投げる。魔法は人間の一人に飲み込まれて内側から爆発した。とてもグロテスクだ。冗談でも使っていい魔法ではない。

 圭太は初めての戦場で最初に戦々恐々としたのは隣に座る魔王の一撃だった。


「にしても多いな」


 冷や汗を袖で拭って、圭太は話題を切り替える。


「そうじゃな。エルフを根絶やしにでもするつもりかの?」

「まとめて売ればそんだけ値段下がるんだけどな」

「需要と供給の話じゃな。主は本当に何でも知っておるの」

「なんでもは知らないよ。知ってることだけだ」


 ドヤっと音が出そうな顔で、圭太は人差し指を立てて探偵のように振った。


「そうか」

「もう少し何か言ってほしかったな」

「む? なんじゃ?」

「なんでもないよ」


 しょうがないか世界が違うんだし。

 圭太はため息を吐いた。あまりネタは通用しないようだ。今度からは自重しよう。


「じゃ、俺も行ってくるよ」


 圭太はイロアスを構え直して、人間たちが集まっている場所に目星をつける。

 初めての殺人は既に終えている。少なくとも罪悪感に苛まれて戦えなくなることはないはずだ。


「待つのじゃ。ワシを一人にするつもりか?」

「だってシャルロットだけじゃ手に余ってるみたいだし」


 シャルロットはクレーターを残しながら人間を斬っては投げを繰り返していた。無双状態だ。返り血すら浴びていない彼女は戦場にいる誰よりも生き生きしていた。

 だがいくら無双しているからと言っても一人では意味がない。エルフにも少なくない被害が出ている以上、勝利に終わる戦いであっても早めに終わらせたほうがいい。戦力は少しでも多いほうがいいだろう。


「ワシが戦えば一瞬じゃぞ」

「足が動かないだろうが。戦えないだろ」


 最強の戦力が混ざれば戦闘はすぐに終わるだろう。それぐらい圭太にだって理解できる。

 しかしイブの両足は動かない。いくら彼女の実力が別次元に優れていようと動けなければ危険だ。


「ならば、ワシを守れ。ついでに押したり引いたりすればよいじゃろう」

「えっ、まあそれなら大丈夫、なのか?」

「大丈夫なのじゃ。早く押せ」


 炎にも負けない紅蓮の瞳は既に戦場を見つめている。肩はゆっくりと上下しており、心なしかソワソワしているようにも見える。


「イブまさか、ずっとウズウズしていたのか?」

「そんなことはない。久しぶりの実戦で胸高まっておらぬ。鬱憤を晴らそうともな」


 そうか。イブはまだ奴隷市での光景を忘れられていないのだ。

 仲間想いの魔王はこれ以上の犠牲を増やしたくないのだろう。


「なるほど。分かったよ。足は任せてくれ」


 なら圭太がすることは一つ。彼女の足となり、魔王の活躍をさらに引き立てるだけだ。


「うむ。全力で参ろう!」


 イブが戦闘に参加して一分で人間たちは殲滅された。

 戦闘の余波で起きた被害が人間が好き勝手に暴れていたときよりも大きいと感じるのは、きっと勘違いではない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 車椅子を科学というのに違和感が… あと、自分達のせいで人間を呼び込んだのに、エルフが優勢だからと呑気に傍観してたり、助太刀して恩を売るとか、ちょっと感覚が理解できない
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